*16* 物思いのティーパーティー
1歩足を踏み入れるとそこには、キラキラにゴッテゴテの悪趣味な部屋──なんてものは、意外にも見当たらなくて。
掃除の行き届いた陽当たりのいい部屋に、ナチュラルでラグジュアリーなインテリアがよく映えている。古びた外観とは、まるで別物。
ほう……これはなかなか好印象。まぁ、このこぢんまりとしたスペースであれこれと手を加えること自体、至難の業かもしれないけど。
「紅茶とお菓子の準備が整いましてよ! そちらにおかけになって!?」
「それじゃあ、失礼して」
そんなに叫ばなくても、聞こえとるわ。
本音は愛想笑いの建前に変換。
オリヴェイラに勧められ、ヴィオさんが引いてくれた向かいの席に腰を落ち着ける。
ガトーショコラ、バスクチーズケーキ、マカロンにオペラ。
純白がまぶしいテーブルクロス上のティースタンドには、カラフルで可愛らしい宝石の数々が。
これ全部リアンさんが作ったのかな、すごいな。
ひとまず、ヴィオさんが注いでくれたアールグレイを口に運ぶ。文句なしに美味しかった。
超イケメンで剣も扱えて紅茶も淹れられるとか、ひょっとして天才か。
とかなんとかひとりでうなずいていると、視線を感じた。
言わずもがな、真正面で訝しげな表情を隠しもしない悪役令嬢様だ。
「あなた……」
「はい、何でしょうか」
「……は…………すき…………ら……」
「はい?」
「……ショートケーキは……お好き、かしら」
声ちっさ。さっきまでの威勢どしたん?
「人並みには好きですよ」
「そう……」
「はい。あ、このバタークッキー、香ばしくて美味しい」
「…………」
「綺麗な黄緑色のマカロンですね。ピスタチオ味? 結構前からすごいハマってるんです、ピスタチオ!」
「………………」
「うーん……やっぱりガトーショコラは最高だなぁ!」
「〜〜〜っ、あなた!!」
「はい?」
「ショートケーキは、お好きかしら!?」
あれ、時空バグった?
んなわけないか。ならアレだ、バグってるのは彼女の頭だ。
数分前に話したことも忘れてしまう脆弱な記憶力に日々悩まされているのか、可哀想に。
音を立てないようちびちびと紅茶を口に運んでいたら、カタカタと奇妙な物音が耳に届く。
見ればティーカップを手にしたオリヴェイラが、俯き、小刻みに肩を震わせているところだった。
空耳でなければ、「もう少しですわ、頑張って、お母様!」と、リアンさんのエールが聞こえたような。うん? これどういう状況?
首をかしげるあたしの肩へ、見かねたように、そっとふれる手がある。
「ヴィオさん……?」
「ショートケーキを、お召し上がりくださいま
せんか」
あたしと彼女だけが聞こえる、ささやき程度のボリューム。
耳打ちの内緒話を終え、顔を離しては微笑みを炸裂させたヴィオさんの麗しきご尊顔に、まんまとハートを撃ち抜かれてしまう。
なんでそんなこと言ったんだろ? とか、細かいことはあんまり考えていなくて、花に魅入られた蝶のように誘われるがまま、ひとくちサイズのショートケーキを口に運ぶ。
「あれ……?」
口に入れてすぐ、異変に気づく。咀嚼するほどに、それは顕著となって。
「このショートケーキ……スポンジが、ふわふわ。生クリームも舌ざわりがよくて、口の中で溶けちゃう。雪みたい。全然くどくない甘さで、いくらでも食べられそう」
「──!」
「すごく、あたしが今まで食べたショートケーキの中でも一番なくらい、美味しい……!」
きゃあ! と悲鳴が上がり、思わずぎょっとする。
根性でフォークを落とさなかったあたしを、誰か褒めてほしい。
「うっ、うっ……うぅう……!」
「よかったわ、喜んでいただけて、本当によかったですね、お母様……!」
「早起きをした甲斐がありました……あぁ、神様……ありがとうございます、ありがとうございます……!」
どうやら、オリヴェイラとリアンさんが涙ながらに熱い抱擁を交わしているようだった。
待って、本当にこれ、どういう状況? なんでオリヴェイラ号泣してんの? そんな神様にお礼を言うようなこと?
首をかしげすぎてひっくり返りそうなあたしを支え、助け舟を出してくれたのは、やはりというかヴィオさんだった。
「我が母オリヴェイラは、花や蝶を愛する心優しきお方なのですが、反面、極度の人見知りでございまして」
「はぁ、そうなんですか」
「吹けば飛ぶ紙のようなハートに鞭打って友好関係を築こうとするほど、精神的負荷の反動とでも申しましょうか、心にもない高飛車な言動を取ってしまうのです。そのせいで、仲良くなりたい相手に嫌われてしまうという負のスパイラルに、長らく悩まされておいででした」
「それはご愁傷さまで…………んっ?」
待て待て。ということは、だよ。
彼女があたしを呼んだのって、つまり。
「マザー・セントへレム……ではなくて、えぇと……セリ様……」
「いい調子ですお母様、ほら、もうひと息!」
「そのっ……初対面で差し出がましい申し出とは重々存じておりますが、わたくしとっ……お友だちになっていただけませんか!?」
ぷしゅーと茹で上がった顔に、うるうると揺れ動くペリドットの瞳。
「……ステイステイ」
キャットファイトが始まるどころか、そこにいるのは段ボールに捨てられた子猫なんだが。
冷静になるのよ、星凛。これはもしかして、もしかしなくてもだ。
「ただの、いい人じゃん」
ここであたし、思い出す。
彼女が、ヴィオさんとリアンさんの母親であることを。
* * *
「事前にお手紙とか送ってもらえれば、普通にご招待されましたよ?」
「お送りしました。けれど何の手違いか、届かなかったんです……」
「え、マジ? いやでも、だからってあんな、ジュリやゼノに誤解させるような真似をしなくてもよかったんじゃ」
「マザーの外出を固く禁じている彼らが、見ず知らずのわたくしの提案を受け入れてくださるとお思いですか?」
「ふたりとも、話せばわかってくれたはずですよ?」
「無理なんです……」
「え?」
「わたくしが、無理なんです! 何故なら! 男性アレルギーだから!」
「えぇええ……!」
まさかのまさか。信じられない話だけど、それならヴィオさんとリアンさんに任せて、オリヴェイラが直接屋敷へやってこなかった辻褄も合う。
「こんなわたくしを哀れにお思いなら、どうかお慈悲をいただけませんか、セリ様! 一晩だけ……一晩だけ、わたくしにお時間をください!」
「超必死!」
初見の悪役令嬢は、もはやどこにも見る影もない。
ぽろぽろと号泣しながらすがりつく彼女は、外見よりもかなり幼く見えた。
「残念ですけど、ご期待には添えないと思います」
「えっ……」
そのときの、絶句したオリヴェイラと言ったら。あまりに顔面蒼白になっているので、慌てて言葉を続けた。
「あたし違うと思うんです! 哀れとか慈悲とか。友情って、そんなものでどうこうされるものじゃないでしょ? あたしが、あなたとお友だちになりたい。それじゃダメですか?」
「ダメじゃ、ない、です……」
「決まりですね。じゃあ今晩は、お世話になります」
「っ、本当ですか!?」
「正直後が怖いですけど……ジュリとゼノには、あたしも一緒に謝ります。それでいいですよね?」
「もちろんです! ありがとうございます、セリ様! あなたは女神様です!」
「いや、それは言いすぎでは」
「うっ……うぅう〜!」
「あー泣かない、泣かない!」
「むり、で、すぅ〜!」
わーん! と泣きじゃくるオリヴェイラの背をさすっていると、不思議な気持ちになる。
ずっと寂しかったんだろうなぁって、感化されたみたいに、泣きたくなる気持ち。
「ありがとうございます……セリ様」
そっとつぶやいたヴィオさんの声音も、少しだけ、震えているような気がした。
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