*12* 薔薇騎士と白百合の乙女

 軽々と抱き上げる腕のたくましさにドキドキしたり、大事にされてるなぁってキュンとしたり。


 お姫様抱っこって、乙女なら誰しもが憧れるものだと思うの。

 もちろんこれ、相思相愛なのが前提のお話ね。


「こちらが、かのセントへレムの……なんと言いましょうか、とても……うふふ」


「やめなさい、リアン。不躾に女性へふれるものではない」


 ぱちり。

 目を覚ますと、何やらわちゃわちゃと言い合いをしている、シルバーブロンドとダークブロンドの人影がある。


 オフホワイトのエプロンドレス姿の美女が手を伸ばしてくるのを、黒い軍服を身に纏った美青年が、ぴしゃりと制している。

 どこの俳優だよと、整った横顔たちをぼーっと眺めていたら、ふとペリドットのような瞳が振り返った。


「失礼、起こしてしまいましたか。ご気分はいかがですか、レディー」


 あたしに向けられた言葉だ。それはわかる。心配されてるってことも。

 だけどね、段々意識がはっきりしてくると、頭が痛くなってきてしょうがない。


「……あの、ひとついいですか」


「は、何なりと」


 そうだ、そうなんだよ。

 思い出した。自分が置かれた状況も理解した。

 となれば、あたしを抱いた彼に言いたいことはただひとつ。


「いい気にならないでくださいね」


「えぇ、もちろん……はい?」


 もぞりと腕を持ち上げて、思考停止した相手の両肩へ置く。

 背を反らし、思いっきり反動をつけたら、せーのっ。


「あたしにはもう! お姫様バージンを捧げた彼が!! いるんだからぁあああっ!!!」


 ──ごちんっ!!

 魂の、頭突きだった。



  *  *  *



 当然ながら、痛かった。ハチャメチャに痛かった。

 でもこれは絶対、物理的な痛みだけが原因じゃないと思う。


「ふふ……」


「リアン」


「ごめんなさい、でも……」


「そっとして差し上げなさい」


「わかっているわ、だけどヴィオ、無理よ! うふっ、ふふっ、あはははっ!」


 いや、めっちゃ笑うやん。


 捨て身のアタックで不審者を撃退するつもりが、おでこにたんこぶこさえたのはあたしだけっていうね。

 そりゃ軍人さん(?)相手に無謀ですわな、鍛え方が違うもんね。へぇへぇ、あたしが悪ぅございましたぁ。


 てかこの木の根っこ、硬いな。地味におしりが痛いわ。

 泣いてない。泣いてないったら泣いてない。


「大変失礼をいたしました。まさかの展開でしたもので……こちらのヴィオはウィンローズが誇る、最高の騎士なんですのよ?」


「へぇ、そうなんですかー」


「レディー、突然のご無礼をお許しください。ですがどうか、私共の話をお聞きくださいませんか」


「今日はいいお天気ですねぇ」


「では……せめてこちらを。お召し物が汚れてしまいます」


 ふてくされていると、イケメンにハンカチを差し出された。

 木の根っこに直に座って、行儀が悪いとか思われてるんだろうか。

 もしくは、腰を上げる隙を狙っているのかもしれない。


 彼らはあたしをさらった張本人たちだ。ハンカチは知らんぷり。体育座りで、頑として動かない姿勢を示してみせた。

 人質のくせに、なんて生意気なんだろうね。わかってるよ、こんな反抗をしたら何をされるかわからないってくらい。


「あなたを、傷つけたいわけではないのです」


 そうやってあたしを呼んだ声音は理知的で、街で遭遇した男のような狂気は感じられなかった。

 ちらと視線だけで振り返ると、いつの間にか目線まで屈んだペリドットの瞳が、真摯な輝きをたたえてそこに在った。


「なら、あたしを帰して。ジュリとゼノのところに」


「残念ながら、それはいたしかねます」


「だから、どうして!」


「それが我が主のご意向なのです。申し訳ありません、これ以上のことは、私の口からはお伝えできません」


「あたしに話があるのは、あなたたちの主さんなんですよね。じゃあなんであたしが連れて行かれなきゃならないんですか? しかも無理やり。おかしくないですか?」


「レディー……」


 あくまで、あたし自身の正当性を主張する。どう転ぶか? そんなん知るかっての。

 あたしのやけくそを受けた彼が、口を開こうとした、そのときだ。


 ──ビュオオウ……


 静まり返った薄暗い森に、生温かいものが吹き抜けた。


「……嫌な風だわ」


 それまでにこにこと表情を崩さなかった女性も笑みを潜め、柔和な顔立ちにわずかな警戒をにじませている。


「長居は無用ですね。ヴィオ」


「承知した。レディー、失礼いたします」


「なに……ちょっ、説明をしてくれません!? あたしにもわかるように、簡潔に!」


 名前を呼ばれただけで心得たとばかりにうなずいた青年が、颯爽と軍服を翻し、腕をつかもうとしてきたのだ。

 とっさに後ずさり、抵抗する。言葉を継いだのは女性だ。


「モンスターです」


「はっ!?」


「この『嘆きの森』は、多くのモンスターが棲みついた、別名『魔の森』と呼ばれています」


「要は危険な場所ってことでオッケー? なんでそんなとこ通ってんの!」


「ここは、あなたがいらした屋敷を取り囲むように位置しています。セントへレム郊外へ出るためには、避けては通れない道なのです」


「それって……」


 ──街まで遠いから。

 前に、ジュリが転移魔法を使って屋敷から連れ出してくれたことを思い出した。

 あのときはモンスターがどうとか、そんなことは言ってなかった。


 知らなかった? ううん、ジュリはあたしに、絶対屋敷から出ちゃダメ、外に行くときはオレがいなきゃ絶対ダメって、呪文みたいに繰り返してた。


 きっと、わざと言わなかったんだ。

 ジュリのことだから、ビビリなあたしを怖がらせないようにって。

 あたしは、自分が思う以上に守られていたこと、そして無力なことを思い知らされた気がした。

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