*4* 探検しようよ!
あたし笹舟 星凛は、遊園地に不向きな人種だ。
絶叫マシンはダメ、おばけ屋敷もダメ。
きらびやかなアトラクションの楽園に一歩足を踏み入れた瞬間から、死へのカウントダウンは始まっている。
魂を引き抜かれ、灰になること待ったなし。
大学のサークル仲間に数合わせで連れて行かれた恨みは、一生忘れない。
ビビリとか言うな、繊細なハートの持ち主なだけだ。
つまり、何が言いたいのかってことだけど。
「見間違いであれ、目の錯覚であれ! しっかりしろあたしの疲れ目!!」
「落ち着いて。見間違いじゃないよ」
「やっぱりそっかぁ! なお悪い!!」
ごめん、わかりやすく説明できる精神状態にないです。
半泣きどころかガチ泣きしてる自覚はある。でもね、仕方ないと思うの。
埃っぽい真っ暗闇で、ランタンに照らし出される一寸先に見えたのは……人間の足、ときた。
「イヤァアアアアア!!!」
これが叫ばずにいられるかい!
* * *
それは、1時間ほど前に遡る──
「そうだ、昨日掃除してたら、面白いもの見つけたんだけど」
でんぐり返ししても落ちない天蓋つきのベッドサイドまで、朝食を運んできてくれたジュリくん。
隣でパンをひとくち、ふたくち齧ってから、そんなことを言い出しました。
「なになに? 隠し部屋とか? こんな広いお屋敷だもんね。あってもおかしくないわなー、なーんつって、アハハ!」
「そうそう隠し部屋。よくわかったね、さすが」
「……真面目に?」
「大真面目」
「ですよね」
嘘をつくような子じゃないって、あたしが一番よく知ってるでしょうに、我ながらなんてばかな返しを。
ちなみに補足すると、
「面白い魔導書とかあったりしないかな。ねぇ母さん、一緒に探検してみようよ!」
キラキラと輝く曇りなきまなこは、まるで星のまたたく漆黒の夜空のよう。
ここに、無自覚・上目遣いのダブルコンボが炸裂したのよ?
「そうだねぇ、おかーさんと行こうねぇ〜!」
無事、情緒がぶっ壊れましたとさ。
ジュリくんお手製のごはんをモリモリ食べて、風邪もすっかり治った元気いっぱいな星凛さんなのだけど、広い広いお屋敷から出られずにいる。
というのも2週間前に街で起こった、騒動のせい。
あたしの命が脅かされたことにジュリはとても怒っていて、まだ警戒しているのか、体調が回復した今となっても、外出許可は下ろしてもらえない。
これには惰眠、積ん読の整理、ネットサーフィンで貴重な土日を消費していた出不精のあたしでも、苦笑いを抑えられなかった。
セフィロト──あたしをここ、エデンという異世界に連れてきたらしい張本人(張本樹?)とお目にかからないことには、元の世界へ戻る手立ても、サッパリわからないわけで。
クエストに挑戦したいのに、スタートラインにすら立たせてもらえないのよ。これなんて無理ゲー?
とか思っていた時期もありました。
「ごめんね……オレは生まれたばかりだから、ダメなところがいっぱいあると思う。家事も魔法もたくさん勉強して、母さんに負担をかけないようにするから」
街でブチ切れ、魔力を暴走させてしまったことを悔やんだ、ジュリの言葉だ。
ジュリだって、好きであたしの行動を制限してるわけじゃないんだ。
探検に誘ってきたのだって、気分転換にって気遣ってくれたのかも。なんて健気な。一等賞。
そうとわかれば、ああだこうだ駄々なんてこねられない。
いいでしょう、大海原のように広い心で受け入れますとも。だってあたしは、大人だからね!
「イヤァアアアアア!!!」
──で、冒頭に至る。
割愛しすぎ? 意味がわからない? 大丈夫、あたしも状況が飲み込めてない。
朝食を済ませてから、ジュリに案内されて、お屋敷の北側にある書斎へやってきた。
そこの壁に魔法陣が描かれていて、魔力のこもった手をかざすと、すぐ隣の小難しそうな魔導書の敷き詰められた本棚がギギギ……とスライドする、ありがちギミックが発動。
飾ってあった絵画の埃を取ろうと、額縁を外したところで気づいたんだって。
さすがジュリ。働き者のいいこだよ……
猛烈に感動しながら、持参したランタンに火を灯したジュリと共に、地下へと続く石造りの階段を下りる。
そこまでは、よかった。
まぁその……なんとなくお察しとは思うけれど、結論から言う。
そこにあったのは夢や希望なんかじゃない。
恐怖と、絶望だ。
「無理無理あたしマジでホラーとか無理なんだって、ぅぁああぁあああ!!!」
長らく閉ざされた地下室。真っ暗闇の中、人間のものと思われる足が無造作に投げ出されている衝撃映像を、前触れもなく照らし出されてもみなさい。
──
これってつまり……
「ごめんなさいほんっっっとごめんなさい! 今すぐに、早急に、迅速に出て行きますので、どうか安らかにお眠りください! アーメン!」
「なんかちょっと、変じゃない?」
「気のせいです、気のせい! さぁジュリくん、戻りましょうね、ミイラ取りがミイラになる前に。いいこだから、ねっ!」
「どれどれ……あぁ、なるほど、やっぱり」
「ジュリくぅ〜ん!?」
まったくもって動じないな、君は!
なんでランタンを近づけてるのかな? まじまじとのぞき込んでるのかな?
現場検証始めないで? 百戦錬磨の鑑識さんか?
ミステリードラマとかで、よく意地悪な刑事が偉そうに指示飛ばしてたりするよね。
けど鑑識は専門性が高いから、ぶっちゃけ立場は刑事と同じか、それより上になることもあるって聞いたことがあるよ。
君はあれかい? 生後2週間ちょっとで家事、掃除、魔法のみならず鑑識さんまでこなしてしまう、パーフェクト新生児なのかい?
初期スキル高すぎて、お母さんの立場なくなってきましたわよ!?
内心荒ぶるあたしをよそに、ジュリは至って冷静だった。
「ここはどうやら、物置き部屋みたいだね」
「物置き? え、事件現場の間違いじゃなくて?」
「生あるものは、多かれ少なかれ、魔力を持っているものだ。でもこの部屋からは、オレたち以外の魔力は感じられない」
「え、えーっと……つまり?」
しゃがみ込んだ背中から、視線を外せない。一歩踏み込むことができない。
一体何を言いたいのか。
すっと腰を上げたジュリが、首を縮め、固唾を飲むあたしを振り返る。
「ドールだよ」
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