初めての事でした

――ややあってから、


「――取り乱して申し訳ありませんでした」


御崎さんが深々と頭を下げる。


「いや、それは構いませんが」

「それで……どうですか?」

「どう、と言われても……何で?」


 冷静になった御崎さんからのお願いというのは、


「……なんで一緒にカップルシートで映画を観てくれ、と?」


という物であった。

 カップルシート。恋人同士が映画鑑賞目的と言うよりイチャつく目的の為のシートである。いや、偏見の塊なのはわかる。けど使った事は無いのでどういう物かってのはあんま良く知らない。ネットで興味本位で調べてみたら鑑賞料金にいくらかプラスして利用できるらしい。大体仕切りが無くて他の席からちょっと隔離されているので二人の世界に浸りやすくなるらしいが、中には鑑賞料金の何倍もの値段で、代わりに専用ラウンジが利用できる、なんてものもあるとか。俺には縁が無いね、全く。


「それについても御説明します。まず言っておくと逆ナンではありません」

「あっはい」


 ちょっと残念。まぁ当然だが。俺がこんな陽キャっぽい人にモテるわけがないだろ。うん、虚しいし哀しい。


「あの……大丈夫ですか? 何か泣きそうですけど」

「気にしないで……現実の厳しさをちょっと、ね?」

「は、はぁ……うん、続いて私の事情を話します。ここは映画館ですよね? 私、観たい映画があって来たわけです」

「うん」

「ところがですねぇ……バッグに入れていたはずのお財布がありません」

「ダメじゃん。観られないじゃん」


 思わず言葉が出た。いや何でそこでカップルシートになるのさ。あれ一応鑑賞料金必須よ?


「財布無いって落としたとか? 警察とか行った方がいいんじゃないの?」

「あ、御心配なく。お財布はバイト先に忘れてきたようでして、後で取りに行く予定です。それに全くの無一文ってわけじゃないんで」


 む、それならいいか。


「ただですね……観たい映画っていうのが……その……何本かありましてですね? 具体的には三本ほど……」

「えーっと、所持金的に全部観られないと?」

「はい……今大体五千円くらいしかないんです……学生料金ならギリギリでしたけど、学生証が無いので一般料金になっちゃうんで……」

「あぁ……一般料金じゃ無理だなぁ……」

「そう、足りないんです……キャッシュカードもお財布の中なので……」

「バイト先に取りに行くのは? 間に合わない?」

「はい……もうあまり時間が無いので……後日来ようにも上映期間が今週までで、今日くらいしかタイミングが無くって」


 にっちもさっちもいかないのは解った。だが、


「で、それがカップルシートに繋がる理由がわからないんですが。お金貸して、っていう方がまだわかるんですけど……何なら貸しましょうか? 大学同じですし」

「そ、そこまで会ったばかりの人に頼めませんよ! そうではなくて、あのポスター見てください」

「ポスター?」


 御崎さんが指さしたポスターに目を向ける。そして納得した。


「『カップルシート、只今キャンペーンにつき割引中』か……映画館も大変だなぁ」


 利用客減ってるって話だからなぁ。でもそれで『若者の映画離れ』とかいうのはちょっと違うと思うんだが。正直映画料金高いってところが理由だと思うのよ、俺は。


「ですねぇ……ってしんみりしてないで料金を見てくださいよ」

「料金……ってうわ『二人で二千円』!? 一人千円計算!?」

「お得ですよね!? これならお金足りるんです! というわけで、一緒に観てくれますか!?」

「三本かぁ……料金も時間も大丈夫だけど……」

「ダメ、ですか?」


 上目遣いで聞かれる。うっかり了承してしまいそうになるが、肝心の事を聞いてない。


「えーと、とりあえず何を観るつもりなのか教えてくれますかね?」

「あ」


 御崎さんもすっかり忘れているようだった。


「ああ! そうだった! 大事な事聞き忘れてました!」


 またテンパり始める御崎さん。ホント見てて面白いなこの娘。


「落ち着いて。とりあえず洋画? 邦画?」


 さっきは邦画は選択肢から外したが、こういうきっかけで観るのもありだと思っていた。面白かったらテレビシリーズ観てもいいし。


「洋画! 洋画です! 字幕版ですけど大丈夫ですか!?」

「大丈夫大丈夫」


 むしろ字幕派だ。いや吹き替えが全くダメってわけじゃないよ? 某ロボット物洋画は吹き替えの方が魅力増したくらいだし。

 御崎さんは俺の答えに安堵した様子を見せる。しかし洋画か。洋画で今から上映時間が近いとなると、さっき俺も候補に挙げていた恋愛物かサスペンスかホラーのどれかになるな。恋愛物が二本、サスペンスが四本、ホラーが……え、ホラーだけなんで五本も今上映してるの? ホラー特集? 攻めた事してんなこの映画館。

 うーん、御崎さん女性だし……恋愛物かなぁ。でも『三本観たいものがある』っていうからもしくはサスペンス? それか恋愛物とサスペンスか? 流石にホラーは無いだろ、うん。いや俺は別に構わないんだけどホラーでも。

 しかしホラーも心霊系とグロ系があるが、今この映画館で上映してるのが全部グロ系ってのが凄いな。なんでも『最後まで席を立たずに観られるか!? 不快度指数MAX! グロ、ゴア映画特集!』という物らしい。んなもん午前中から上映してるって、この映画館どういう判断だ。シネコンでこんなのやるの珍しくない? 単館系なら解るけど。


「良かったぁ……それで、私が観たいのなんですけど……」


 そう言って御崎さんが言いにくそうな様子を見せるが、やがて「これ、なんです」と指さした。


「……マジかぁ」


 思わず声が出た。まさかのグロホラー三本でやんの。


※とりあえず一旦ここまで。

後頑張って日曜くらいには投下……したいなぁ……!

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