第29話 年の瀬



秋基あきもとくん、だよね?」


 誰だお前と思ったとしても、相手が自分を知っているのだから知り合いなんだろう。

 見る限り同年代。

 あまり印象に残らない顔だが、地元で会うのだから昔の同級生か何か。


 楽口秋基たのぐちあきもとはバツイチだ。数年前に離婚した。

 付き合ってやってる女にクリスマスをすっぽかされ、今年はロクなことがない。

 信仰心などないが初詣などに行って、祭り気分で浮かれている女に声をかけてみるか。酒でも飲ませれば股を開くかもしれない。

 そんな程度の気持ちで寒い夜に出てきたのだが、逆に男に声をかけられた。



「おー久しぶりぃ、元気だった?」

「まぁ、ね」


 適当に話を合わせよう。

 話しているうちに思い出すかもしれない。


「ほんと久しぶりだな、何年振りだっけ?」

「中学以来だから、十九年……かな。一度コンビニで会ったけど」

「そうだっけ? あぁ、こないだヤブチンに会ったわ」

「藪先生?」

「相変わらず顔色悪くって、でも元気だってさ」


 中学時代の教師の名前に反応したから中学の同級生で間違いない。

 十五歳から三十を過ぎれば印象は相当変わる。しかしどこか面影に覚えがないでもない。

 なんか面白かった奴のような気がする。こんな陰気な感じのくせに。



「そっちは誰かに会った? 中学ん時の」

「いや、僕はほら」


 交友関係から探りを入れようとしたが、あいまいな笑顔で首を振った。


「最近まで、入ってたから」

「はいって……あぁ、あーっ!」


 入っていた、という言葉の意味を考えて思い出す。


「始角じゃんか! 元気だった?」

「はは、うんまぁ」


 思わず口に出してしまったが仕方がない。

 あまりに意外な相手。

 面白い性格だったわけではなくて、ネタとして面白かったのだ。



「って、そうか。出てきたんだなぁお前」

「つい最近ね」

「いや元気そうじゃん。心配してたぜ、みんな」

「みんな?」

「あったりまえだろ」


 年の瀬の夜中。神社に向かう道路は人が多い。

 さすがに刑務所だなんだと大声で言うほど秋基は馬鹿ではない。

 通りから少しそれて路地の壁に寄った。


 退屈しのぎで出てきて、思わぬ退屈しのぎと出くわした。

 これはこれで笑い話になる。



「どうだった、ムショん中って?」

「いや……普通?」

「普通じゃないっしょ普通じゃ」

「別に何もなかったよ」


 面白い性格ではないのだから面白い話など期待しても無駄。

 わかっているが、他に何を聞けばいいのか。


「んで、何してんの?」

「今は何も」

「あー、働くのも大変だわな。なんたって……あー、わりぃ」

「いいって」


 思わず性犯罪者なんて口に出てしまうところだった。

 さすがに目の前で言われれば怒るだろう。何しろ性犯罪者なのだから。

 ムショ上がりの犯罪者。そんな雰囲気に見えないから思わず昔の調子でからかいそうになってしまう。



 雪はないが寒い大晦日。

 地元で一番大きな神社だから知り合いに会うことは不思議でもない。

 ただ見つけたとして、声をかけてくるとは意外すぎる。


「なんで……俺に?」

「聞いたんだよ、秋基くんが」


 事件のことは話題になった。地方の町で同級生から犯罪者が出たのだから、それはもう。

 秋基も聞かれるたびに色々喋った。なんと言ったかまでは覚えていないが。


「取材を受けて、そんなに悪いやつじゃないって言ってくれてたって」

「あー、言ったっけ? 言ったかも」

「事件起こすような人間じゃないって……秋基くんくらいだったから、そういうの」

「あんときはみんな疑ってかかってたからな。始角って高校も中退したんだろ」

「卒業はしたんだけどね」


 もう十年以上前の話だ。何を言ったのかいちいち覚えていない。

 ただまぁ、あれはうまかった。

 こいつと知り合いって飲み屋で言ったらよく話を聞かれた。調子よく話してやったものだ。

 話が弾んでホテルに行った女もいた。性犯罪ごっことか言って。


 それと――



「お袋さんは、あれだ……残念だったな」

「……」

「お前のせいじゃないって。あんま気にするなよ」

「……うん」


 母親の自殺はさすがに笑い話とはいかない。

 子供があんな事件を起こせば誰だって死にたくなるだろう。仕方ない話だ。


「秋基くんは何をしてるの?」

「俺? 今はあれ、イベントの設営とか進行の手伝いとか」

「へえ」

「そうだな、臨時の仕事とか回せるかも。連絡先聞いとくわ」


 前科ありで職歴なし。高校も中退みたいなもので専門知識もない。

 そんな始角が仕事に困っているなら、何かの役に立つかもしれない。

 こいつの、ではなくて。

 秋基の役に立つかもしれない。


「携帯はないんだけど……」

「マジかよ」

「メアドだけなら……あ、SNSとかもあるけど」

「とりあえずそれでいいや」


 連絡先を交換するのにメモを書く奴なんて久しぶりに見た。

 スマホも何もないのだから当たり前かもしれないが、そのみすぼらしい様子がまた面白い。


「じゃあ俺のアドレスとアカも送っとくから。帰ったらフォローしといてくれ」

「わかった」



 寒空の下、背中を小さく丸めて去っていくみじめな男。始角司綿。

 自分より間違いなく下の人間の姿に口元が緩む。


 柄にもなく初詣なんて出かけてみるものだ。

 少しは面白いものを拾った。

 仕事に困っているなら適当に使うこともできるだろうし、それこそちょっとばかり問題のあることをやらせてもいい。



背背はいせさんは知ってんのかな?」


 あの事件をきっかけに知り合った男。

 噂話を広めてくれと依頼して秋基に遊ぶ金をくれたり、今のイベント関連の仕事もその繋がりで始めたのだが。


「まあいいや、俺には関係ねえし」


 まさかこんな時間に連絡を取るような間柄でもない。近く仕事で会うだろうからその時に聞いてもいい。

 背背から頼みごとをされる時は面倒なことも多い。当時も始角の家族関係や勤め先、入院先のことなども聞かれた。

 狭い田舎地域だったので親や誰かがほとんど知っていて、それを伝えただけだが。



「……あいつ、何しに来たんだか」


 もうすぐ年越しだと言うのに、神社とは逆方向に歩いていった元同級生。

 初詣に来たのではないのか。仕事に困っているのなら初詣などしている場合でもないか。


 秋基の連絡先をもらい仕事の話をされて、嬉しくなって初詣を忘れたのかもしれない。

 昔からそういう単純なところがある奴だったと思い出す。純朴というか馬鹿正直というか。


「変わってねえな、あいつ」


 馬鹿は使いよう。困窮しているのならなおさら使い道はある。

 来年は良い年になりそうだ。



  ◆   ◇   ◆

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