第15話 嗚咽
「決して、声を荒げたりしないで下さい」
「わかった……けど」
「
画面に表示された男は、痩せた中年の男。
少し病的な雰囲気を感じさせる血色の悪さだが、見たことはない。
「司綿のお兄さんのブログ、途切れる直前の頃に一度だけこの男の名前がありました」
「兄さん?」
「読み方もわからなかったのでしょう。『カウンセラー……
内容は詳しく知らないが、以前の兄はPC関係の仕事をしていた。
十三年前には既に個人ブログというツールは衰退期だったと思うが、もっと以前からやっていたのだろう。
「心労で倒れ入院していた司綿のお母様を、病院から連れ出した男です」
「連れ出し……?」
「卑金の秘書兼運転手をしています」
「っ!」
――母さんは病院を抜け出して川に飛び込んだ。
「こいつが!」
「司綿!」
「司綿さん!」
視界が真っ白になったみたいだった。
怒り。
これまでの腹の底から湧いてくるものとは別種の、頭に雷でも落ちたかのような苛烈な感情。
「こいつが母さんを殺したのか!」
「証拠はありません」
「だけど‼」
「わかっています!」
詩絵と舞彩が立ち上がろうとする僕を押さえるように抱きしめる。
僕が激高するだろうと予想していて、最初から。
「知っていたのか! この男が……今日も、あの車に!」
「そうです、お願いですから落ち着いて下さい」
「ごめんなさい、司綿さん」
僕の耳元で謝る舞彩の声に、拳と目を力の限り締めてから、力が抜けた。
壁に背中からもたれかかる僕と、その僕に寄り添う姉妹。
「こいつが……背背羞奨。この男が母さんを……」
「手段まではわかりませんが、そう考えていいと思います」
「母さんを病院から出して……川に、突き落とした……」
力が抜けて、泣くこともできない僕の肩を舞彩がそっと撫でる。
詩絵は、言いづらそうに目を伏せながら首を振った。
「それよりもっと悪いのかと」
「これより、まだ?」
「強引にやれば証拠が残るかもしれませんから。入院中のお母様が絶望するようなことを吹き込んで、死を促した……あなたのお母様の自殺に事件性が残らぬよう」
「……」
詩絵はきっと僕に隠し事をしない為に、彼女の考えを話したのだろう。
突き落とした場合と自分から飛び降りた場合では痕跡が異なる。事件性を疑われる。
精神的に参っていた母さんに近づき、カウンセラーを名乗って話をした。
深く絶望するように。
弱り切ったところで病院から連れ出して。
「う、う……ぁ……」
僕のことを、最低のクズ犯罪者だと言い聞かせたのだろう。
女児に悪戯をして怪我をさせ逮捕された息子。それを産んだ母だと。何度も、何度も言い含めた。
自ら死を選ぶまで傷ついた母のことを思い、とうに枯れ果てたと思っていた涙が溢れてきた。
申し訳がない。
あまりにかわいそうだ。
僕がクズニートだったのは本当だけれど、母さんは僕を最悪な性犯罪者だと思って死んでいった。自ら。
悔しい。
償うことも取り戻すこともできない。
浮かばれない。その言葉はきっとこういうことを言うのだ。
最低の親不孝者。死ぬべきなのは僕だったのに。
役立たずのニートをやっているくらいなら、さっさと死んでいればよかった。そうすれば母さんは、耐えられないほど惨めな気持ちを抱えて飛び込んだりせずに済んだのに。
「あ、あぁ……うぁ……」
「……」
舞彩が作ってくれた味噌汁の香りが、狭すぎる室内に漂う。
母もよく作ってくれたはずなのに、もうその香りを思い出すことすらできなくて。
ただ、泣いた。
泣き続ける僕を、詩絵と舞彩は何も言わずにそっと撫でてくれた。
◆ ◇ ◆
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