第65話:怖いくらいの幸せをあなたに

 それから一ヶ月が経ち、クリスマスイブ。


「こんばんは。ご予約ありがとうございます。担当の花寺はなでらと申します。よろしくお願いします」


 約束通り、海菜が予約をしてくれた店へ向かうと、担当をしてくれた花寺さんというセミロングヘアの女性にはどこか見覚えがあった。


「文化祭の時に一回会ってるよ」


「文化祭…あ…」


 思い出した。スムージーを買いに来てくれた女性カップルの片割れだ。短髪で背の高いスポーツ系の女性と一緒に居た。


「ふふ。お久しぶりです」


「お久しぶりです」


「私たちも昔、ここでペアリング作ったんですよ」


 そう言って花寺さんは自身がはめていたリングを外して見せてくれた。シンプルなピンクゴールドのリングの内側には4桁の数字と、筆記体で"mizuki & mone"と刻印されており、水色の宝石が嵌め込まれていた。


「この宝石は…」


「誕生石です。私は三月なのでアクアマリンが嵌め込まれています」


 机の下から一枚の紙に誕生石がまとめられた票を取り出し、三月の部分を指差す花寺さん。私の場合は六月。ムーンストーンだ。以前海菜も言っていた。


「他のデザインの指輪もありますよ」


 そう言って色々と見せてもらったが、結局、花寺さんが身につけていたものと同じもので決定した。


「刻印はどうしようか。日付けと名前でいい?」


「そうね。シンプルにイニシャルで」


「内側になさいますか?外側になさいますか?」


「内側で」


「かしこまりました。ではそれでお作りさせていただきますね。二週間から三週間ほどお時間いただきまして、出来上がり次第発送となりますので、こちらにご住所をお願いします」


「私の住所で良い?」


「えぇ」


 料金を前払いで支払い、これで手続きは終了した。

 店を出たタイミングで、丁度、空から白いものがパラパラと降って来た。雪だ。

 二人揃って空を見上げ「「ホワイトクリスマスだ」」と、声が綺麗に重なり、顔を見合わせてどちらからともなく笑い合った。


「ふふ。イルミネーション見てから帰ろうか。今日うち来るよね?」


「えぇ」


 手袋を外して差し出された手を、私も手袋を外して握りしめ、街のイルミネーションを見ながら駅の方へと向かう。


「そういえば百合香、髪切るんだよね」


「えぇ。28日に美容院予約してる。…寒いからもうちょっと後にすれば良かったって今思ったけど…。…ううん。やっぱりバッサリ切るわ」


「そっか。…じゃあ、ロングヘアの君も明日で見納めかな」


 私の髪を撫でながら彼女は寂しそうに言う。


「明後日からはちょっと忙しくなるから…今年会えるのは明日が最後になると思う」


「…そう。じゃあ、切ったら写真送るわね」


「うん。楽しみにしてるね。ところで、三が日ってどこか空いてる?一緒に初詣行かない?」


「えぇ。そうね…1日なら大丈夫よ。空いてる」


「じゃあ1日ね。一緒にうちで年越ししたかったなぁ」


 大晦日は父の家で家族で過ごすことになっている。


「…夜、電話するわね」


「うん。9時くらいには部屋に居ると思う」


「じゃあそのくらいに」


 雪が強くなってきた。彼女が折り畳み傘を取り出し、差す。私も鞄から傘を取り出そうとすると、腰を抱き寄せられた。

 取り出した傘をしまい、一本の折り畳み傘に一緒に入り、手を繋ぎなおして再び駅まで歩く。「寒いね」と言いながら、彼女は繋いだ手をポケットにしまいこんだ。


「…このまま降ったら積もりそうだね」


「そうね」


「明日の朝雪だるま作ろうか」


「嫌よ。寒い」


「えぇ?積もったら作るでしょ普通」


「…子供ね」


「雪うさぎがいい?」


「一人で作って。私は部屋に籠る」


「…猫はこたつで丸くなるっていうもんね」


「そういうあなたは犬科だったわね」


 などと言い合って、笑い合っているうちに駅に着く。電車に乗り、彼女の家の最寄り駅に着く頃にはすでに積もっていた。


「…雪だるま作る?」


「…仕方ないわね。ちょっとだけよ」


 家の庭の雪をかき集めてまとめ、小さな雪だるまを作り、玄関の屋根の下に置く。海菜がその雪だるまの隣に一回り大きな雪だるまを置いた。

 すると、大きい方の雪だるまの頭がバランスを崩し、小さい方の雪だるまの方に寄り掛かる。二体の雪だるまを見て彼女が「私達みたいだね」と笑いながら玄関の鍵を開ける。

 今日は両親は居ないと聞いている。母親は仕事、父親は母親の店に行っているらしい。この家に彼女と二人きりになることはさほど珍しくはない。


「ご飯は父さんが作ってくれてるはず。温め直しておくから、お風呂沸かしてきてくれる?」


「えぇ」


 風呂を沸かしに行き、リビングに戻り、席について台所に立つ彼女を見つめる。


「ねぇ百合香、今日こそ一緒にお風呂入る?」


 鍋をかき混ぜながら、彼女は私にいつもの問いを投げかける。


「…そうね。今日は入ってあげてもいいわよ」


「えっ!どうしたの!?」


 誘いに乗ると、彼女は手を止めて驚きの表情で私を見た。


「…たまには良いかなと思って」





「海菜」


 乳白色の湯船に浸かって彼女を前に座らせる。細いけれどがっしりしている腰に腕を回し、背中に頭を預ける。


「…髪、伸びてきたわね」


「そうかな」


 彼女が髪を伸ばすと宣言して二ヶ月半ほど経つ。髪は一ヶ月に1センチしか伸びないらしい。今の彼女の髪は耳が完全に隠れる長さ。以前はギリギリ隠れるか隠れないかだった。

 彼女の髪が今の私の長さ—今の私の髪は腰までにある—になるには何ヶ月…いや、何年かかるのだろうか。そう考えると、ここまで伸ばした髪を切るのが惜しいと思えてきてしまう。


「…あなたはずっとロングだったのよね」


「うん。一番長い時で今の君くらいの長さだったよ」


「…切る時、躊躇わなかった?」


「…ちょっとだけね。でも…変わりたかったんだ。…髪を切ったら、今までの私とは違う人間になれる気がして。実際は何も変わらなかったけどね。ただ、男と間違われる頻度が増えただけで」


「…ロング時代も間違えられていたの?」


「ごく稀に。まぁ、世の中には髪の長い男性もたくさん居るからね。伸ばし始めたのは小2頃からで、それ以前は今くらいの長さだったんだ。その頃もよく少年扱いされてて。一人称が僕だったのもあるかもしれないけど。その頃に知り合った同い年の子と中学で再開したんだけど『お前女だったのかよ!』って驚かれたよ」


「…漫画みたいな話ね」


「あははっ。ちなみに、私もその子のこと男の子だと思ってたんだけど、女の子でさ」


「お互いに男の子だと思ってたのね」


「うん。そう。…ところで、そろそろ上がらない?のぼせそう」


「…そうね」


 腕を離すと、彼女が立ち上がり、浴室を出る。私も後を追いかけると、上だけ着た彼女が髪を乾かしていた。


「ちゃんと穿いてますよ」


「見せなくて良いからズボン穿きなさい」


「どうせ脱がすじゃん」


 彼女はそうぶーぶー言いながら渋々ズボンを穿くと「髪乾かしてあげるからおいで」と手招きした。服を着て彼女の前に置かれている椅子に座る。


「…髪短くなったら痕つけられないね」


 私の髪をまとめ、首筋をつーっとなぞる。


「…今でもつけないでほしい。体育の時間困る」


「見えないところならいい?」


「…やだ」


「…内腿とか」


「やーだ」


「お尻とか」


「あのねぇ…」


「あははっ。ごめんごめん。気をつけるね」


 ふと、鏡越しに彼女と目が合う。ドライヤーが止まり、彼女の頭が私の肩に沈んだ。


「…好きだよ。百合香」


「…知ってる」


「ふふ…」


「…私も好きよ」


 向き直し、抱きしめる。「幸せだなぁ」と、私の肩で彼女が呟く。


「私も幸せよ」


「…うん。…部屋行こっか」


 部屋に入り、ベッドに横になり、電気を消し、どちらからともなく唇を重ねた。唇が離れると、私の頬に温かい雫がぽつりと落ちる。


「…海菜?どうしたの?」


「…なんだろう…なんか…泣けてきちゃった…悲しいわけじゃないんだけど…幸せすぎて…わっ…」


 上に乗る彼女をひっくり返し、ベッドに組み敷いて唇を重ねる。


「んっ…」


 何だか今日は、されるよりもしたい気分だ。

 そんな気持ちを察してくれたのか、唇を離すと彼女は「良いよ」と呟き、力を抜いて、珍しく大人しく私に身を委ねてくれた。

 やっぱり私の恋人は可愛い。カッコいいところも多いし、周りからは王子なんて呼ばれているけれど、可愛く鳴く彼女は私しか知らない。この先も、私しか知らない彼女で居てほしい。

 だからこれからも、幸せという名の鎖で、一生私の隣に繋ぎ止めておきたい。

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