第64話:あなたと別れる未来は見えない
体育祭と文化祭が終わり、他愛も無い毎日が戻って来た。
ハロウィンを過ぎ、街はクリスマスムードに移行していく。冬が近づいてきた。
買ったまま一度も履いていなかった制服のズボンに初めて脚を通す。せっかくだから、学校指定のリボンではなくネクタイを締めてみる。鏡に映る私は、なんだか男装した女の子みたいだ。だけど、悪くないかもしれない。
「あら、今日はズボン穿くの?」
「寒いから。冬の間だけ。…あ、そうそう。私ね、今年中にばっさり髪切ろうと思っているのだけど…」
「切っちゃうの?せっかく綺麗な髪なのに」
「うん。切る。ショートカットにする。これ見て」
海菜が教えてくれたアプリを使い、ショートカットになった私を母に見せる。
「短いのも悪くないでしょう?」
そうね。と母は複雑そうに笑った。昔なら絶対否定していただろう。
「…もしかして、本当はずっと切りたかった?」
「…うん。切りたかった」
「…そう。…今までごめんね」
「…うん。許してあげる。…私と海菜のこと認めてくれたから」
「あんなに見せつけられたら認めざるを得ないわよ」
「ふふ。…じゃあ、行ってきます」
「…行ってらっしゃい」
家を出て、待ち合わせ場所へ向かう。夏美ちゃんとはるちゃんは私のズボン姿を見て一瞬驚きはしたものの「似合うじゃん」と笑ってくれた。
電車で合流した海菜達も同様に褒めてくれた。
「ズボンは冬の間だけ?」
「そうね。暖かくなってきたらスカートに戻すと思う」
「そっか。じゃあ今のうちに目に焼き付けておかないとだね」
「何よそれ」
いつも通り他愛もない話で盛り上がり、時は過ぎていく。
そして、その日の放課後。
「…あのさ、百合香。クリスマスイブにさ、行きたいところがあるんだ」
「何?」
「…ペアリングが欲しいんだ。…左手の薬指にはめてほしくて。知り合いが居るお店予約しようかなって思ってるんだけど…良いかな」
左手の薬指というと、婚約指輪をはめる指だ。
「…うわ、重っ」
満ちゃんが苦笑いしながらぼそっと呟いたが、私は別に重いとは感じない。私も同じ気持ちだからだ。
「…私もペアリング欲しいなぁ」
呟き、星野くんを見るはるちゃん。星野くんは顔を逸らしながら「そのうちな」と呟いた。耳が赤くなっている。それを聞いて森くんが夏美ちゃんを見る。
「…なっちゃんは欲しいとか思わんの?」
「えっ、うーん…そうねぇ…いいなぁとは思うけど、まだ早いっしょ。…雨音が欲しいなら…買いに行ってもいいけど」
「…いつかな。俺もまだいい。二、三年くらい経ってからで」
「二、三年かー…。でもまぁ、大体そんなもんなのかな。王子達は気が早すぎー」
「…ユリエルが別れたいとか言い出したら監禁しそう。絶対、別れてからストーカーになるタイプ」
「……やだなぁ。しないよ」
「…おいおい。間があったぞ」
海菜と別れたいと思ったことはない。この先も無いと思う。確かに、好き好き言いあってるカップルほどすぐ別れるイメージはあるが、私達はそんなことはないと信じている。
「ちなみに、オーダーメイドだと2、3週間かかるみたいだから、当日に交換するなら今のうちに予約した方がいいんだけど、どうする?」
「当日でいいわ」
「うん。分かった。…ありがとう。楽しみにしてるね」
「えぇ」
握られた手に力が篭る。「これからもよろしくね」と呟かれた言葉に「こちらこそ」と返事をする。私はこの先の長い人生を彼女と共に歩みたい。たとえ茨の道だとしても、この手を離したくはない。手を離した方が後悔すると思う。私の幸せは私が決める。私の幸せはきっと、彼女の隣にある。私はそう信じている。
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