第43話:誕生日プレゼントは…
6月25日金曜日。今日は私の誕生日だ。
「おはようユリエル、誕生日おめでとー」
「おめでとう」
駅前に行くと、さっそくはるちゃんと夏美ちゃんからリボンでラッピングされたお菓子の箱を渡された。『誕生日おめでとう』というメッセージが書かれている。
「ありがとう」
家族以外に誕生日を祝ってもらうことはなかった。小中と、私には上辺だけの友人しかいなかったから。元カレとも誕生日を祝い合うことなく別れた。
「…こういう、メッセージが書かれた箱って取っておくべきなのかしら」
疑問を思わず口に出して呟いてしまうと、二人は「捨てて良いよ」と苦笑いした。
「逆に取っておかれるの恥ずかしいし」
「うんうん」
「じゃあ、食べ終わったら捨てるわね」
「うん。ゴミ箱にポイしちゃって」
「なんか色々考えたんだけどさ、王子と被ったら嫌だからお菓子にしちゃった」
「恋人の誕生日プレゼントにお菓子はないもんね」
「王子のことだから『プレゼントはわ・た・し・♡』かも」
ない。…とは言い切れないが、今日はお泊まりの日ではないし、部活が終わったらプレゼント持って行くねと言っていた。今日はサボらないらしい。
学校に持っていくのはちょっと躊躇うと言ってたから、アクセサリーの類だろうか。例えば、指輪とか。いや、指輪のサイズを聞かれたことがないし、そもそも指輪なんてつけたことないから分からない。
…彼女のことだから、寝ている間にこっそり測ったということはあり得そうだが。
「指輪かも」
「ありえる。ユリエルは王子からのプレゼントはなんだと思う?」
「…イヤリングとか…アクセサリーの類いだと思う。指輪は…まだ…じゃないかしら…私だったらクリスマスプレゼントに取っておきたい」
「あー…なるほど」
「じゃあ、ネックレスとか」
「…ピアスとか?」
「うちの学校ピアス禁止じゃん」
「そうだけど。王子は空けたがりそうだよね」
「…なんとなく分かる」
確かに以前、卒業したらピアス空けたいという話をしたら『空ける時は私にやらせてね』と言われた。もちろん断った。ドSな彼女のことだから、怯える私を見たいだけだろう。
「ユリエルは王子の誕生日何渡すん?やっぱ『わ・た・し・♡』ってやるん?」
「絶対やらない」
「冗談冗談」
彼女の誕生日は7月20日。大体一ヶ月後だ。そろそろ考えなくては。
「…そういえば、森くんも来月誕生日だったわよね?」
「そう。16日。あ、じゃあさ、来月どっかで一緒にプレゼント買いに行かん?」
「そうね」
「私も行く」
「ナイトくんの誕生日っていつなん?」
「猫の日」
「猫の日?」
「2月22日」
猫の鳴き声の"にゃん"と数字の2の語呂合わせで猫の日なのだとか。…初めて聞いた。
ちなみに犬の日は11月1日らしい。1は英語でone、犬の鳴き声もワンだから。
「あたしの誕生日も何か記念日とかあるんかな」
そう言って夏美ちゃんはスマホをいじり「恋人の日だって」とニコニコしながらスマホの画面を見せてきた。
「えっとね…縁結びの神様って言われている聖アントニオさんって人に因んだ記念だって」
「私の誕生日は?」
「4月13日は…喫茶店の日。日本で初めてコーヒー店が開店した日だって」
「おぉ…」
「はる、コーヒー飲めねぇのにな」
「それは関係ないでしょ」
などと、いつものように他愛もない話をしながら電車に乗る。
しばらくして、海菜達が乗り込んで来た。海菜が私を見ておはようと微笑む。その優しい微笑みはすっかり見慣れたが、何度向けられても飽きない。彼女に対する好きという気持ちは日に日に増していくばかりだ。
「誕生日おめでとう、百合香。私よりお姉さんになっちゃったね」
「一ヶ月もしたら追いつくじゃない」
「ふふ。…ねぇ、明日空いてる?」
「ええ…空いているけど…」
「じゃあ泊まりに来て。…もう一つのプレゼントはその時に」
「…もう一つのプレゼント?」
首を傾げてしまうと、彼女はふっと笑って「わ・た・し…だよ」と囁く。やっぱりそういうこと言うのかと呆れてしまうと、彼女は「代わりに、私の誕生日には君を頂戴ね」と続けた。
「…楽しみにしてるから」
そう言って彼女は悪魔のような笑みを浮かべて『嫌だ』と言えないように圧をかけてきた。
「…馬鹿…」
「ふふ。今日の分のプレゼントは約束通り部活終わった後に渡しに行くね。夜になっちゃうけど」
「…待ってる」
「うん」
その日の夜8時過ぎ。今日のためにわざわざ有給を取ってくれた母とケーキを食べていると、インターフォンが鳴った。玄関を開けるとラッピングされた箱を持った海菜が「こんばんは」と微笑む。
「こんばんは。…お母さんが、せっかくだからケーキ食べて行ってって」
「えっ。やったあ。じゃあ遠慮なくお邪魔します」
彼女を家にあげる。家で彼女が母と会うのは2回目だが、母は彼女のことを気に入ってくれたらしく、海菜が来るとご機嫌になる。散々反対していたくせに。
しかしまぁ、母が彼女を信頼して認めてくれているのは良いことだ。
「海菜ちゃん、こんばんは」
「こんばんは。ケーキ、わざわざありがとうございます。小百合さんの手作りですか?」
「ええ。お口に合うか分からないけど」
そう言いながらわざわざ紅茶まで用意し始めた。
「ありがとうございます」
穏やかな空気だ。私が恐れていた恐ろしい魔女はもうこの世にはいない。
しかし、無理矢理に私達の思い出の品を捨てようとしていたことを心から反省しているとはいえ、海菜に洗脳されてしまったのではないかと疑ってしまうほどの豹変っぷりだ。
「美味しいです」
「良かった。あ、この間もらったワイン、凄く美味しかったわよ」
「良かったです」
「…あと、前に、娘にノートを渡していたでしょう?私もあれ、読ませてもらってるわ。…貴女を否定してしまったこと、反省してる。…本当にごめんなさい」
「いえいえ。もう終わったことですよ。そういつまでも自分を責めないでください。ケーキ、ごちそうさまでした」
彼女は両手を合わせて空の皿に頭を下げてから、母に「少しだけ百合香お借りしますね」と断って私を連れて荷物を持って部屋へ。
そして「じゃかじゃかじゃかじゃか…じゃん!」とドラムロールの真似をしながら鞄の中からラッピングされた箱を二つ取り出した。
「…二つ?」
「こっちがメインで、こっちは予算が余ったからおまけ」
開けてみてと促され、まずはおまけと言われた正方形の箱からラッピングを解いてみる。中に入っていたのは香水だ。
「…香水?」
「うん。そう」
「へぇ…」
「付け方の説明とかはその箱の中に入ってるよ」
「ありがとう」
「ふふ。デートの時に付けてきてね」
「ええ」
続いて、メインと言われた長方形の箱のラッピングを解く。案の定、中身はネックレスだった。百合を象った飾りがついている。
「つけてあげる」
そう言って彼女はネックレスを手に取ると私の首に回した。なんだか、彼女からいつもと違う香りがする。
爽やかで甘くて…どこか、官能的な香り。
「…シャンプー…変えたの?」
「ふふ。シャンプーは変えてないよ。実は私も香水付けてきたんだ。百合香にあげたやつとは違う香り」
「…なるほど」
香りのせいか、彼女から男性的な色気を感じていつも以上にドキドキしてしまう。だけど、ほのかな甘さが女性らしさを残していて…。彼女のイメージによくあった香りだ。
「…デートの時にはつけてこないでね」
「すれ違う人みんな振り返っちゃうから?」
「…」
ムカつく。否定できないのが余計に。
「ふふ」
彼女は耳元でくすくす笑いながら、ネックレスをつけ終えると流れるように私の首にキスをしてから、私から離れて「似合ってるよ」とネックレスの飾りを手に取って笑った。
そしてもう一度私に近づき、ネックレスを外しながら「また明日ね」と囁いて耳にキスをして、ネックレスを箱に戻して、部屋を出ようとして立ち止まる。「どうしたの?」と問うと「忘れ物」と戻って来て、流れるように私の唇を奪い「おやすみ。良い夢を」と囁いて、ふっと笑って部屋を出て行った。
その日は彼女に散々愛される夢を見た。彼女と付き合い始めてからそんな夢ばかりだが、何度見たって起きた時の恥ずかしさは無くならない。
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