第44話:もう一つの誕生日プレゼント

 誕生日翌日。


『泊まりに来て。……もう一つのプレゼントはその時に』


 昨日の海菜のあの一言が頭から離れなくてバイトに集中出来なかった。


「……はぁ……」


 海菜の馬鹿。と心の中で呟き、一旦家に帰って準備をしてから彼女の家へ向かう。

 インターホンを押そうとすると「百合香」と上から声が聞こえてきた。彼女のことが好きすぎてついに幻聴まで聴こえるようになってしまったかとため息をついてしまうと声は「迎えに行くからそこで待ってて」と続けた。空を見上げると、ベランダから彼女が手を振る。本物の彼女だ。

 インターホンを押すのをやめ、彼女を待つ。しばらくすると玄関のドアが開いてパジャマ姿の彼女が顔を覗かせた。扉を開いて押さえた状態でおいでおいでと手招きする。近寄ると「持ってあげる」と荷物を奪われた。


「ありがとう」


「ん。ご飯は食べてきた?」


「……うん」


「お風呂は?」


「入った」


「えー。入っちゃったの?」


「あなたも風呂上がりじゃない」


「あはは。どうぞ上がって」


「お邪魔します」


 中から「はーい。いらっしゃい」という海菜の父親の声が聞こえてきた。


「お父様、こんばんは」


「こんばんは。ご飯食べた? お風呂は?」


 海菜と同じ質問に同じ答えで返し、海菜に連れられて彼女の部屋へ。


「百合香、おいで」


 ベッドに座り手招きする彼女に近寄ると、ぐいっと腕を引かれてベッドに引き込まれる。


「ふふ。捕まえた」


「……捕まっちゃった」


「ふふ。なにそれ」


 笑い合い、幸せな空気が流れる。


「……生まれてきてくれてありがとう」


「なによそれ……大袈裟ね」


「そうかなぁ」


「ところであなた、パジャマ着てるの珍しいわね」


 いつもはTシャツに短パンなのに。今日は上下セットアップのパジャマを着ている。理由を聞くと彼女は「Tシャツより前開きの服の方が脱がせやすいでしょ?」と悪戯っぽく笑う。


「な、なによその理由……」


「ふふ。……ねぇ百合香」


 彼女が私を抱きしめたままころんと横に転がる。

 私が彼女の上に乗っかる形になると、彼女は私の頬を撫でながら言う。


「しないの?」


「しないの? って……」


「ふふ。言ったでしょう?誕生日プレゼントは私だって」


 上半身を起こし「私の身体、好きにして良いんだよ」と、私の耳元で囁いて耳にキスをして、また身体を倒した。


「す、好きに……って……」


「好きに触って、好きにキスして。痕付けたいならつけてもいいし。君の好きにして良いんだよ。今日の私は君の言いなりだから、してほしいことがあったら遠慮なく言ってね。どんな恥ずかしい命令でも聞いてあげる」


「恥ずかしい……命令……」


「……ふふ。なにして欲しい?百合香」


 そう言って彼女はくすくすと妖艶な笑みを浮かべる。


「……キス……していい?」


「……えー? もっと過激な要求して良いんだよ?」


 何故か拍子抜けしたような顔をする海菜。


「なんでちょっと残念そうなのよ……。していい?」


「……ん。どうぞ」


 目を閉じた彼女に唇を重ねる。なんだかいつもより恥ずかしくて、深いキスまでは出来ずに触れ合うだけに留めてしまった。


「……ぬ、脱がすわね……」


そう断り、彼女のパジャマのボタンに手をかけるが、彼女はハッとして「ちょっと待って」と私の手を止めた。


「な、何?」


「爪、切ってあげる」


「爪?」


 一瞬、何故と首を傾げてしまうが、考えてみれば私は今から彼女のデリケートな部分に触れるのだ。爪が伸びていたら引っかいたりして傷つけてしまうかもしれない。

 初めて触れてくれた時も、気にしてあらかじめ整えておいてくれたのだろうか。


「あ……えっと……ごめんなさい……そこまで気が回ってなかった……」


「いいよ。手出して」


 彼女はそう言ってゴミ箱と爪切りを用意すると、私の背後に周り、後ろから抱きしめるようにしての手足の爪を一本一本短く整え始めた。

 静寂の中、パチン……パチン……と爪を切る音が響くたび、緊張感が高まっていく。

 全て切り終えてると、今度はヤスリをかけ始めた。

 全ての爪を整え終えたところで、どうぞと両手を広げて笑った。

 私は彼女が好きだ。照れている可愛い彼女が特に好き。なのに、彼女はそういう顔をほとんど見せてくれない。私の方が照れさせられるばかりだ。


「その余裕そうな顔……ほんとムカつく……」


「ふふ。なら、余裕なんてなくなるくらい気持ちよくしてよ」


 挑発するように憎たらしい笑みを浮かべる彼女。

 ほんとムカつく。


「……私を煽ったこと、後悔させてあげる」


「ふふ。期待してる」


 



 行為は日付けが変わる頃に、私の体力が尽きて終わった。彼女の腕にボーっとする頭を乗せ、彼女を抱き枕にして眠る体制に入る。


「……満足した?」


「ええ。……今日はありがとう」


「ふふ。……私の誕生日は、私が君を好きにして良いんだよね?」


 そう言って悪魔のような笑みを浮かべる彼女。嫌な予感しかしない。


「お、お手柔らかに頼むわね……」


「うん。大丈夫。酷いことはしないよ。……あ、百合香は焦らしプレイが好きみたいだし、また前みたいにして、私の誕生日をにしようか」


「……またカウントダウンする気?」


「ふふ。今日が6月27日だから……7月20日まであと23日かな? 三週間と二日だね。ちょうど終業式の日だから学校終わったらそのままうち来てよ」


「……一旦帰ってから行く」


23、楽しみにしてるね」


「ま、毎日それ言うのやめてね!授業に集中できなくなるから!」


「ふふ。ごめん。前日だけ言うようにするね。明日からはまた、触れ合いはキスだけね。それ以上のことは来月20日までだよ」


 その言葉通り、その日から再びお預け生活が始まることになった。

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