第二章:私達は普通の恋愛をしている

第41話:お父さんの誕生日

 それから一週間後。

 6月15日。父の誕生日がやって来た。部活の時間にコツコツと作っていたプレゼントは完成している。父は今日、母とデートだと言っていた。離れて暮らしているくせにその付き合いたてのカップルのようなラブラブっぷりがなんかムカつく。


 部活を休んで電車に乗って、一度家に帰ってプレゼントを持って父の家へ向かう。

 玄関のインターホンを押すと、兄が出迎えてくれた。

 現在の兄の顔は写真で何度か見ているが、実際に顔を合わせたのは幼少期以来だ。お互いに忙しくて会う機会がなかった。


「久しぶり…ってのも変かな」


「久しぶりでいいんじゃないかしら」


「…なんか不思議だな。知らない女の子を家にあげるみたい」


「私は妹よ。あなたの」


「分かるけど…百合香は僕のこと兄だって実感ある?」


「…あんまりない」


「でしょ。なんか初めて会った親戚みたいだよね」


 と、兄はくすくす笑う。私は兄がどんな人なのか、ほとんど知らない。幼少期の兄の記憶はもうほとんど残っていないから。水族館に行った家族写真があったが、そんな記憶はもう無い。

 分かるのは、父に似て穏やかで優しい人ということくらいだ。


「…お邪魔します」


 初めて友人の家に上がるような感覚で、二人で暮らすには少々広い一軒家の玄関に足を踏み入れる。

『ダレデスカ?』と、どこからか少々奇妙な声が聞こえてきた。それに対して兄は「ただいま。葵だよ」と返事をする。奇妙な声は『オカエリ、アオイ』と返してきた。


「…何か飼ってる?」


「ヨウムのヨウくん」


 兄についていくと、そこには大型の鳥が籠に入れられていた。ヨウムというオウムの仲間らしい。彼は私を見ると細くなり身を引いて「ダレ?」と、先程聞こえてきた奇妙な声で問いかけてきた。「妹だよ」と兄が返すと「ウワキ?」と返ってきた。


「どこで覚えたんだよ…そんな言葉」


「…中に人入ってる?」


「ヨウムはね、5歳児並みの知能があるって言われてるんだ」


「…にしても賢すぎないかしら」


「人見知りなんだ。挨拶してみて」


 細くなったままの彼に「こんにちは」と挨拶をする。すると、警戒を解いたのか元の姿に戻り「コンニチハ」と頭を下げて「ボクハヨウクンデス」と自己紹介をしてくれた。


「私は百合香です。この人の妹よ」


「アオイノイモウト。ユリカ」


「えぇ。そうよ。よろしくね。ヨウくん」


「ハーイ。ヨロシクネー」


 会話が成立している。本当に鳥なのだろうかと疑ってしまう。


「教えてなくても勝手に覚えるんだ。すごいでしょ」


「ヨウクン、テンサイダカラネ!」


「ふふ。そうだね。賢いね君は」


 兄に褒められると、ヨウくんはうきうきと身体を上下させる。言葉の意味を完全に理解しているようだ。やはり人が操っているのではと疑ってしまう。


「で、百合香。プレゼントは?」


「あぁ…えぇ。持ってきたわ」


 カバンの中からカーネーションの花束を抱えた犬のぬいぐるみを取り出す。


「…ちょっと子供っぽいかしら」


「いいんじゃない?父さんはきっと、百合香から貰ったものならなんでも喜ぶよ」


「…そう」


「脇に刺さってるこれは?メッセージカード?」


 兄が花束と腕の間に挟まるカードに気づく。


「…えぇ。メッセージカード」


「ふふ。父さん、泣いちゃうかもね」


「…お父さんの部屋、どこ?こっそり置いてくる」


「あぁ、そういう作戦で行くんだ?いいね」


「オトウサンノヘヤハニカイダヨ!」


「ありがとうヨウくん」


 兄に案内され2階に上がる。

 父の部屋はモノトーンを基調とした落ち着いた部屋だった。机の上のノートパソコンの隣にぬいぐるみを、なるべく目立つ影で隠れない位置にそっと置く。


「…ついでに海菜からのプレゼントも一緒に置くわね」


 海菜から預かったハーフサイズのワインボトルが入った箱をぬいぐるみの隣に置く。


「…僕のプレゼント霞むなぁ…」


「兄さんは何を渡すの?」


「財布」


「ぬいぐるみよりいいじゃない」


「いやぁ…でもメッセージカードは強いでしょ…しかもずっと離れて暮らしてて、一度も手紙を返してくれなかった娘から」


 ずるいなぁと頬を膨らませる兄。


「…兄さんの誕生日、23日よね?」


「うん。23日だよ」


 カバンからラッピングされた箱を取り出し、兄に渡す。


「これは…」


「兄さんの誕生日プレゼント。ちょっと早いけど…ついでだから渡しちゃおうかと思って。兄さん、部活で忙しいって聞いてるから」


「ありがとう。…開けていい?」


「えぇ。…大したものじゃないけど…」


 ラッピングされた箱の中身は入浴剤の詰め合わせセットだ。


「ふ…ふふ…高校生に渡すものにしては渋いなぁ…」


「う…ごめんなさい…兄さんが好きなもの知らなかったから…」


「ううん。ありがとう。嬉しいよ。…僕も君が好きなもの知らなくて、凄く悩んだから。ちょっと待っててね」


 そう言うと兄は私を待たせて部屋を出て行った。

 しばらくして、ラッピングされた小さな箱を持って戻ってきた。一言断ってから開けると、中に入っていたのは狐のストラップ。どことなく海菜…いや、"ひなた"に似ている。


「狐が好きだって海菜ちゃんから聞いたから」


「…そうね。好きよ。狐」


「…の割には嬉しくなさそうだけど」


「そんなことないわ。嬉しい。ありがとう。カバンに付けるわね。ちなみに海菜は猫が好きよ」


「えっ、う、うん…猫カフェでよく会うよ」


「…そう」


 そういえば行きつけの猫カフェに子猫が産まれたとか言っていたな。

 私は連れていってもらったことはない。猫カフェの話もこの間初めて知った。

 猫と戯れている彼女を想像すると、なんだかモヤモヤしてしまう。猫に嫉妬するなんて、我ながらめんどくさい女だ。


「…もしかして、海菜ちゃんが猫カフェ通ってるの知らなかった?」


「…それは最近知った。連れて行ってもらったことないけど」


「あー…だから拗ねてるのか。本人に言いな。言わないと伝わらないよ。…海菜ちゃんは…まぁ…人の心読めるかもしれないけど…」


「…うん。本人とちゃんと話すわ。こんなくだらないことで喧嘩したくないもの」


 とはいえこの話をしたら『もしかして猫に妬いてるの?』と揶揄われそうだ。それを考えると言いたくない。…事実ではあるが。


 それからしばらく兄と談笑をし、父が帰ってくる前に家を出た。帰ると母が居たが、どこに行っていたのかという問いには「友達の家」と答えて誤魔化してしまった。正直に話しても良かったが、父の誕生日プレゼントを置きに行っていたという話をするのはなんだか気恥ずかしくて出来なかった。

 しかし結局父が母にプレゼントの件を話したらしく、風呂から上がるとその件で母に散々いじられてしまい、認めざるを得なくなってしまった。

 最初から素直に話しておけばよかったと後悔したが、私も仕返しで父とデートしていた件を知っていると返すと、母は照れ臭そうに唇を尖らせて目を逸らし、何も言い返せなくなった。

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