第40話:君に触れた初めての夜
昔から、父も母も居ない時間を過ごすことは多かった。高校に入るまでは兄がいたが、今年の4月から兄は従兄弟とルームシェアをすると言って家を出て行った。兄も居ない一人の時間は、最初こそ寂しかったが、今はもうこの静かすぎる一人の時間にもすっかり慣れた。
だけど、今日は落ち着かない。
今日は一人ではなく、彼女が来ているから。
彼女が、風呂に、入っている。風呂に。私の家の風呂に。私がこの後入る風呂に。
悶々としていると、風呂から呼び出しがかかった。すぐに浴室まですっ飛んで行き、脱衣所から声をかける。
「どうした?もしかして一緒に入りたくな「違う。シャンプーとか借りてもいい?忘れちゃったから」
私の冗談は言い切る前に、食い気味に遮られてしまった。
「はーい。どうぞ」
なるべく浴室の方を見ないようにして脱衣所を後にし、リビングに戻って彼女を待つ。
しばらくして、足音が近づいてきた。
「……海菜。お風呂どうぞ」
「……ん」
風呂へ行こうとすると、彼女に服の袖を引かれる。なに? と首を傾げると、彼女は弱々しい声で、恥ずかしそうに、私を見ずに呟いた。
「……へ、部屋で……待ってるわね……」
本当にこの子、可愛いとか言って私を煽っていた彼女と同一人物なのだろうか。どう考えても可愛いのはそっちだと思うが。
「……ダッシュで行くね」
「ゆ、ゆっくり入ってて! 一時間くらい!」
そういうと彼女は私を脱衣所に押し込み、慌てて逃げ去ってしまった。
「……一時間ねぇ」
今日のことを、私のことを意識してほしくて、毎日毎日ギリギリまで攻めて「続きは何日後ね」とカウントダウンした。その結果、彼女はちゃんと今日のことを意識してくれた。その顔を見ていると、これ以上好きになるのが怖いなんて不安は無くなった。私が欲しくてたまらないという顔が愛おしくて仕方ないという気持ちが勝った。しかし、おかげで私もギリギリだ。
さっさと身体と頭を洗って、30秒だけ湯に浸かって上がる。
こういう時、髪が短くて良かったなと心底思う。洗うのが楽だし乾かすのも楽だ。
風呂の蓋を閉め、浴室と脱衣所の電気を消し、玄関の鍵をかけて、一階の全部屋の電気を消して階段の一段目に足をかけたところでふと立ち止まる。爪は切って置かなければ。部屋にも爪切りはあるが、彼女を目の前にしたらそんな余裕はなくなるかもしれない。
リビングに戻り、手足の爪を短めに切ってヤスリで磨いて整える。
「……百合香に爪切らせるの忘れたな……」
まぁ、いいか。今日は彼女に主導権を譲る気はないのだから。次する時に切ってあげよう。
「……よし」
さて、彼女は大人しく待ってくれているだろうか。待ちきれず一人でしていたら揶揄ってやろうと思ったが、流石に泣いてしまいそうなので一応来たことを知らせるためにノックをする。
「百合香、入るね」
返事は無く、ドアがばっと勢いよく開いた。と同時にぐいっと引き寄せられる。
「うおっ!ゆり……っ……」
唇を塞がれ、貪られる。こんなに激しく求められてしまったらもうこっちだって大人しくなんて出来ない。
攻め返してやると彼女は身を引くが、逃すわけないだろう。腰と頭を引き寄せる。
「っ……」
ガクンと崩れてしまった彼女を抱き止める。少しやりすきただろうか。本番はこれからなのだが。元々感じやすいのか、それとも焦らされすぎたせいなのか。まぁ、どちらでもいい。
そんなことより、もう我慢出来ない。止まれない。
「——!」
彼女が何度目かの悲鳴を上げたところで、一旦中断させる。私は全然余裕だが、彼女はこの辺で休憩した方が良さそうだ。
腕を頭の下に敷いて撫でてやっていると、彼女の虚な瞳からぽろぽろと涙が溢れてきた。やり過ぎただろうか。
「…どこか痛かった?」
と彼女を優しく抱きしめて涙の理由を聞くと「やっぱりあなたは初めてじゃないんだって思ってしまって」と弱々しく呟き、私にすがるように抱きつく。
「……この先、君と別れない限りは君以外の人とこういうことしないから。……それは信じてね」
彼女の気持ちは痛いほど分かる。私も彼女に彼氏がいた話を聞いた時、モヤモヤしてしまった。私が初めての恋人でありたかった。最初で、最後の恋人になりたかった。そんなこと望んだって無駄とわかっても望まずにはいられない。
「……ごめんなさい。過去は変えられないのに」
「ううん。……私も、君に元カレがいるって事実が気に入らないから。……キスもその先も私が初めてって話を聞いた時嬉しかったよ」
ちゅっ、ちゅっ……と軽いキスを繰り返しながら足を絡めて彼女の腰を撫でる。
彼女を押し返されてしまうが、逆に引き寄せる。
「ちょっ……うみ……うみな……明日学校……火曜日……まだ4日もあるから……」
どうやら彼女は、これで終わりだと思っていたようだ。終わるわけないだろう。私はまだまだ満足していないし、夜はまだこれからだ。
「ふふ。ごめんね。私、全然足りないからもうちょっとだけ付き合って」
「ちょっとって……あっ——!」
日付が変わるまでには寝かせてやるつもりだった。しかし結局、寝かせてあげられず、気付けば日が登っていた。
「今日はこのまま学校サボっちゃおうか」
ぐったりする彼女の耳元でそう囁いてみると、睨まれてしまった。
結局学校には行ったが、その週彼女はずっとボーっとしていた。私と彼女の体力の差を改めて痛感し、やはり彼女を泊まらせるなら休みの前日だなと反省した。
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