第4話:警鐘を鳴らして
おはようと挨拶をしながら教室に足を踏み入れ、まばらに返ってくる挨拶に返しながら席に着く。
「あ、百合香、今のうちにLINK交換しよ」
「えぇ」
「私も」
「いいわよ」
海菜と月島さんとLINKを交換する。高校生になって初めての友達。こんなに早く友達が出来るとは思わなかった。
今までの友人達はみんな上辺だけの付き合いだった。彼女達とは、ちゃんと付き合いたい。本音を打ち明けたい。
「そうそう。昨日君が帰ったあとにクラスのグループを作ったんだ。招待しておくね」
「ありがとう」
グループの人数は私を入れて40人。クラスの人数と一致している。全員入っているようだ。ざっと参加メンバーに目を通す。月島さんと海菜はフルネームで登録されているようだが、アカウント名が本名と違う人も多く、誰が誰だかまだよく分からない。
「…月島さんのアイコン、これ何?」
ソファの上に置かれた、綿菓子のような、白い物体。クッションだろうか。何故クッションをアイコンにしているのだろう。
「あぁ、これ? うちで飼ってる犬。可愛いでしょ」
「……犬なの?」
顔が見当たらない。どう見てもクッションだ。
「犬だよ。ポメラニアン」
「クッションか何かかと思った」
「丸まってないやつもあるよ。見る?」
「見たい」
月島さんからスマホを借り写真のアプリを開く。月島さんのスマホケースは、淡いピンク色の手帳型。よく見ると柄はポメラニアンだ。女の子らしいファンシーなケース。意外と趣味は女の子らしいのだろうか。
「"つきみ"って名前のアルバムにまとまってるから」
「つきみ?」
「犬の名前。月見団子から取った。丸くて白いから」
"つきみ"という名前のアルバムの中は、白いポメラニアンの写真で埋め尽くされていた。確かに丸くて白い。月見団子というよりは、綿菓子だ。
「月見団子というか、綿菓子みたいね」
「確かにわたあめとか綿菓子って案もあったけど……私の家族、みんな月に関する名前だから。私が満月、弟が新月、父さんが
「…なるほど」
アルバムを見ていると、犬と一緒に写る髪の長い少女が目に止まる。隣には月島さんと星野くん。少女の背丈は星野くんとさほど変わらないくらいだ。そして、海菜によく似ている。海菜と見比べる。本人だ。これはもしや、髪が長い海菜だろうか。それとも、双子の妹だろうか。
「……もしかしてこれ、海菜?」
海菜に写真を見せて確認する。
「ん?……あぁ……うん。そうだよ。私。中2の終わりまではずっと伸ばしてたんだよ。短くしたのは去年なんだ」
写真を見る限り髪の長さは胸の辺りまである。今は耳がギリギリ隠れるくらいの長さだ。
「ばっさりいったのね」
「うん。……長いと手入れ面倒だしね」
写真の彼女と今の彼女を見比べる。写真の彼女は女性らしい雰囲気だ。男性と間違えることはまずないだろう。母なら『髪を伸ばした方が男の子に間違えられたりしないわよ』とアドバイスするかもしれない。母のお人形として生きるなら、そうするのが正解なのだろう。
「……髪が長い方が女性らしいと思う」
思わず口にしてしまってからハッとする。彼女は女性扱いされるのが苦手だと言っていた。失礼なことを言った気がする。
「あっ、で、でも……今の方が素敵よ。私はそう思うわ。私は短い方が好き」
慌てて自分の意見を述べる。なんだか、自分に言い聞かせているみたいな言い方になってしまった。誤解しないでほしい。伝わっているだろうか。恐る恐る彼女の表情を窺う。
すると彼女はくすくすと笑ってこう言った
「……君みたいな綺麗な人に好きって言われるとドキドキしちゃうな」
「なっ……もう! また揶揄って!」
「ふふ。ごめんごめん。別に私は女性らしいって言われることに対しては何も思わないよ。それを強要されるのが嫌なだけ。男性に間違えられちゃうから髪を伸ばした方がいいとか、スカート穿いた方がいいとか……そういうことをたまに言われるんだ。それが嫌なの。君は別にそういう意味で言ったわけじゃないでしょう?」
「……えぇ。違うわ。……そういうの苦手だって、自己紹介の時に言ってたから」
「あぁ、覚えててくれたんだね。ありがとう」
「印象に残ってたから。髪が長い方が女性らしいって言ったのは……その……ただの感想よ。そうした方が良いって意味じゃないわ」
「うん。大丈夫だよ。分かってる。私の気持ちを汲み取ってくれてありがとう。……君は優しいね」
私もあなたと同じ気持ち。女性扱いされるのは少し苦手。彼女に本心を打ち明けたい。認めてほしい。きっと、彼女なら否定せずに受け入れてくれる。同じ気持ちなのだから。
「優しいわけじゃないわ。私……」
言葉が出なくなる。その先は言うなと、もう一人の私が喉元まで出かけている言葉を押さえ込む。
「……なぁに?」
「……な、なんでもない。……何言おうとしたか……忘れちゃった」
受け入れてくれる。分かっていても、誤魔化してしまった。受け入れられたら、尚更母の言いなりになるのが辛くなる気がして。
「あはは。よくあるよくある。また思い出したら教えて」
「……えぇ。……思い出したらちゃんと話すわ」
「うん。……なんでも話していいからね。悩み事とか、不安なこととか……なんでも。私は君の味方になりたい」
「うみちゃんに話せない話なら私が代わりに聞いてやってもいいし」
「……ありがとう。二人とも」
彼女達は母の思う女性らしさから大きく外れている。海菜はそもそも見た目が男性っぽい。しかし本人は男性と間違えられることを特に気にしている様子はない。母はきっと彼女を変な子と称するだろう。
月島さんは、見た目や好みは可愛らしいが口調が荒々しい。母ならきっと『可愛いのに勿体無い』と言って口調を矯正させようとするだろう。けれど私は、そのギャップが月島さんの魅力だと思う。二人のように、自分らしく生きたい。
「みんなおはようー。そろそろ席着いておけよー。鐘鳴ったらホームルーム始めんぞー」
時刻は8時35分。HR5分前だ。月島さんにスマホを返し、カバンを机の横にかけて前を向く。
40分になるとHRが始まった。担任から一日の流れの説明を聞き、廊下に出席番号順に整列する。今日は対面式と部活動紹介のみで、午前で解散となる。明日からは授業が始まる。本格的に高校生活がスタートするのは明日からだ。
「新入生が入場します。皆さん、拍手で迎えてください」
体育館の中からアナウンスが聞こえ、重そうな錆び付いた横開きの扉がゆっくりと開く。廊下に光が差し込み、拍手の音がまばらに聞こえてきた。担任の後に続き、体育館に入場する。
『でっか……あれ、女子?』
『女子に挟まれてるってことは女子だな』
『イケメンすぎない? 絶対あだ名王子でしょ』
拍手の音に混じって、上級生の声がひそひそと聞こえてきた。視線を感じる。私ではなく、後ろの海菜に向けられているのだろう。
「……こうも視線浴びちゃうと手振りたくなるよねぇ」
「王族のパレードじゃねぇんだからやめろ」
後ろの会話に思わず苦笑いしてしまう。
新入生が全クラス入場し終わったところでBGMが止まり、上級生が全員立ち上がり『校歌斉唱』という司会の言葉を合図にピアノの生音が流れる。舞台の上で一人の生徒がピアノを弾いているのが見えた。
歌が終わるとピアノを弾いていた生徒が後ろの方の列に合流し、全員着席する。
列を抜けて写真をカメラを片手に体育館を彷徨いている生徒がちらほら見える。写真部か生徒会だろうか。気を取られている間に、壇上に一人の生徒が上がった。
「みなさんおはようございます。新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。今こうして新しい出会いに恵まれたことを——」
生徒会長の挨拶が終わると、海菜の名前が呼ばれた。彼女の「はい」という元気な返事が体育館中に響く。堂々とした足取りで舞台へ向かい、上がる。マイクを軽くトントンと叩き、マイクチェックをしてから話し始めた。
「本日は私達のためにこのような会を開いていただき、ありがとうございます。私達は——」
新入生代表は成績で決めるらしい。彼女は選ばれるほど優秀なのだろうか。授業が始まっていないため、まだよく分からない。それにしても、壇上で話す彼女は堂々としていてカッコいい。やはり遠目から見たら男性にしか見えない。
「……はぁ。緊張した」
戻ってきた海菜がため息を吐く。「嘘付け」と月島さんが彼女を小突いた。緊張しているようには一切見えなかった。舞台に立つのは慣れているように見えた。
在校生と向き合い、お互いに礼をして対面式が終了する。一旦着席させられ、しばらくすると司会が教師から生徒に代わった。在校生代表挨拶をしていた生徒会長だ。カーテンと扉を締め切り、体育館全体の照明を落とし、舞台だけにライトが付く。今から部活動紹介が始まるようだ。
部活動ももちろん、私には選択の自由はない。母に却下されなさそうな部活動からしか選べない。入学前に学校のサイトを見ながら部活の話をした時は男子がメインの運動部のマネージャーをやらせたがっていた。それは避けたい。正直私は異性が苦手だ。かといって、母の望まない部活に入る勇気はないし、そもそも特に入りたい部活があるわけでも無い。運動は苦手だから必然的に選択肢は文化部になる。母が悪く言っていたのはアニ研と演劇部。『変人が多いからやめなさいね』と偏見しかない発言をしていた。女子メインの運動部のマネージャーは『やる意味がない』と言っていた。
男子の運動部のマネージャー以外で母が許してくれそうなのは、裁縫部、料理研究部、合唱部辺りだろう。その中で選ぶのなら、裁縫部。女性らしさを求められるのはうんざりしているが、裁縫自体は嫌いではない。むしろ好きだ。しかし、私が男性として生まれていたら許されなかっただろう。女性として生まれたから好きでいることを許されなかった趣味嗜好の方が遥かに多いが、女性だから許されたであろう趣味嗜好も存在している。裁縫、料理、それからピアノ。どれも母に無理矢理押し付けられたものだが、やるうちにハマっていった。
逆に好きになれない女性的な物というと、SNS映えスポットや料理、異性の恋愛中心の映画、漫画、小説。無意味なショッピングの時間。買うものだけ買ったら帰りたい。ハート柄も苦手だ。可愛い物は嫌いではないが、ハートを可愛いとは思えない。そして、いわゆるイケメン俳優や男性アイドル。
女性はこういう物が好きとメディアや世間に決めつけられているのを見ると腹が立つ。
ところで、海菜達は何部に入るのだろう。出来るなら一緒がいい。
「ねぇ海菜は……」
振り返ると、彼女は人差し指を自分の口に当て、静かにするようにジェスチャーして、私を前に向かせた。
「次、私の従姉妹が出るんだ」
「……従姉妹?」
「音楽部のクロッカスってバンドでドラムやってるの。見ててね」
舞台の緞帳が上がる。ギターが手前と奥に一人ずつ——恐らくどちらかがベースだと思うが、私には見分けがつかない。ドラムセットの後ろに一人、スタンドマイクの前に楽器を持たない生徒が一人、そして、ヴァイオリンが一人の五人組。ヴァイオリンはキーボードの代わりだろうか。珍しい構成だ。
「あれ? キーボードいなくない?」
「本当だ」
主に新入生側からざわつきが聞こえた。楽器を持っていない生徒がスタンドマイクに「あーあー」と声を乗せてマイクチェックをする。
「
在校生側から上がる歓声に手を振り応える。
「メンバー紹介します。まずはギターのユズキ!」
紹介されたメンバーが一人一人担当の楽器を軽く鳴らすたび、拍手や歓声が起こる。ギターのユズキさん、ベースのセイさん、ドラムのソラミさん。ソラミさんは校歌斉唱の時にピアノを弾いていた人だと後ろから補足が入る。そして、海菜の従姉だとのこと。
「そして、キーボード……ではなく、ヴァイオリンのミノリ!」
キィーンとビブラートの効いたヴァイオリンの美しい旋律が体育館中に響く。たった数秒だが、まるで天使の歌声のような澄んだ音に圧倒され、沈黙が流れる。MCに催促されてようやく拍手が起きる。
「……すげぇ。ヴァイオリンの生音初めて聞いた……」
「綺麗……」
会場がざわつく。ヴァイオリンの生徒は照れ臭そうに頭をかいていた。マイクを通したMCの生徒の咳払いで再び会場が静まる。
「ユズキ、ソラミ、セイ、ミノリ、そしてあたしがボーカル兼MC兼リーダーのキララです! えっと、ソラミはさっき校歌斉唱でピアノ弾いてたのになんでキーボードじゃないのかっていうと……ドラム叩ける人がこの他にいなかったからです! かといってキーボード弾ける人もいないのでヴァイオリンで代用してます。ほんと……みぃちゃんが二人いたら良かったんですけどね。あ、みぃちゃんってのはソラミちゃんのあだ名です。なんか、従妹ちゃんからそう呼ばれてるみたい。——っと……ごめんなさい。話が逸れちゃった。そろそろ曲の方いきたいと思います。入学する新入生ちゃん達のために、書き下ろしてきました。それでは聞いてください。"走り出せ青春"」
キララさんがスタンドマイクを握りしめ、足でリズムを取る。その足に合わせるように、ドラムスティック同士がぶつかるカンカンという音が聞こえた。すっ……と呼吸音がマイクを通って体育館に響く。彼女の声から曲が始まり、後を追うようにドラム、ヴァイオリン、ギター、ベースの音が入る。
キーボードはいないけれど、ヴァイオリンがしっかりと代役をこなしている。
清涼飲料水のcmソングに起用されそうな爽やかな曲調が、体育館に青空を描き出す。
彼女達の音楽的な技術がどれほどのものなのか、素人の私には評価出来ない。けれど私はこの曲、好きだ。
「……ペンライト欲しいなぁ」
後ろから海菜の呟きが聞こえた。「分かる」という月島さんの声も。
小学生の頃は音楽部で、中学は合唱部。そしてピアノの習い事をしている。生の音楽に触れる機会は決して少なくなかったが、ジャンルが違う。私がやっていたのは全て、コンクールがあって、賞を取るために練習をする。音を楽しむ音楽部ではなく、評価されるための音楽だった。楽しいと思ったことはあまりない。
彼女達の演奏の方が、音を楽しむという字に相応しい。自由で、羨ましい。
「……百合香、今、音楽部入りたくなってる?」
「……あんなの見せられたらね」
「私はもう部活決まってるけど、見学だけなら付き合っても良いよ」
「あら。何入るの? バスケ?」
「演劇。中学の頃演劇部だったからそのまま続ける」
『演劇部は変人の集まりだから』という母の声が蘇る。やはり彼女は、母とは相容れないタイプだ。
「……部活、一緒にやれたらって思ったのだけど残念ね」
「演劇部は嫌? 舞台立つのが恥ずかしいなら役者以外の仕事もあるけど」
「……」
部活に入るにはどうしても母の許可がいる。けれど、見学だけなら問題ないだろう。どこの部活を見学したかなんて、学校生活のことなんて、母には分からない。ここに母はいない。大丈夫。
「……見学だけ、行くわ」
「ふふ。ありがとう。じゃあ、興味持って貰えるように頑張ってアピールするね」
「残念だけど、演劇部は入らないわ」
入れない。入部届けは必ず母に確認されるから。演劇部なんて書いたらきっと、破り捨てられてしまう。黙って出したら後から何を言われるか分からない。
「そっか、残念。音楽部でもう決定?」
「いいえ。裁縫部もちょっと気になってる」
「裁縫部かぁ……。青商の裁縫部といえば——「みなさんおはようございます」
海菜の声を遮り、次の部活紹介が始まる。会話をやめて舞台に向き直すと、淡い水色のプリンセスラインのドレスを着て頭にティアラをつけた生徒と、肩章のついた紺色の白を基調としたダブレットとパンツ、内側が赤色の白いマント、そして黒いロングブーツを穿いた生徒が並んでいた。王子と姫をイメージした衣装なのだろうか。王子の方はよく見ると腰には剣を携えている。マイクを持っているのは王子の方だ。
「演劇部です。そして隣は」
「裁縫部です。今からは裁縫部と演劇部、二つの部活を合わせて紹介します。実は今、私達が着ている衣装は、私達裁縫部が一から作ったもので、演劇部が舞台衣装として使った物です。他にも……こういうものを作りました」
舞台のスクリーンに衣装が映し出されていく。アニメのコスプレ衣装のようなファンタジーなものから、日常生活で着れそうな洋服、ハンカチのような小物やぬいぐるみも映し出される。
「私達裁縫部の主な活動は、文化祭での作品の展示くらいですが、今みたいに演劇部に小物や衣装を提供したりもしてます。衣装を一から作るというと、難しそうに聞こえるかもしれませんが、初心者でもやっているうちに上手くなると思います。ちなみにこれが私が入部したばかりの時に初めて作った羊毛フェルトのプードルです」
スクリーンに映し出されたのは、白い未知の生物。プードルと言ってたが、身体はやけに細く、何故か目が一つしかない。裁縫部の作品とは思えない出来に会場がざわつく。
「そしてこちらが今年作った同じものです」
隣に並べられたフェルトはちゃんとプードルだと一目で分かるほど上手くできている。同じ人間が同じものを作ろうとして出来上がったものとは思えない。
「最初から上手く出来る人も居ますが、私みたいにそうでない人もいます。ですから、経験がないからとあまり重く考えなくても大丈夫です。私達上級生もこうやって沢山失敗を重ねながら作品を完成させてきました。まずは気軽に体験に来てください。初心者も経験者も歓迎します。放課後、部室で待ってます。部室は部室棟2階にあります。裁縫部からは以上です」
「演劇部の部室はその隣にあります。具体的にはどういう活動をするかというと——「見つけたぞ!」」
締めようとしたところで、暗殺者をイメージさせるような真っ黒なローブを身に纏った乱入者が現れた。
「姫はお下がりください」
演劇部員の声の雰囲気が一変する。裁縫部員は頷き、一歩、二歩と後ずさる。王子役の演劇部員が剣を構えると、暗殺者が「覚悟ー!」と怒号混じりの声を発しながら斬り掛かってきた。剣がぶつかり合うたび、金属がぶつかり合う音が鳴る。金属の音を響かせながら、互いに一進一退の攻防を繰り返す。姫役の裁縫部員は祈るように手を合わせてその様子を見ていた。
「っ!」
王子が剣を弾き、暗殺者に隙が出来る。その隙を突き、空いた横腹に思い切り蹴りを入れる。ドコッ! と鈍い音が鳴り、暗殺者が吹き飛び、何もないのにガラガラと物がぶつかり落ちて雪崩れが起きるような音が鳴る。暗殺者がぐったりとうなだれたことを確認し、王子が剣を鞘にしまった。まばらに拍手が起きる。
「ありがとうございます。今のは
暗殺者が何事もなかったかのようにむくりと起き上がり、王子の剣を抜いて自分の剣とぶつけて鳴らす。王子がマイクを近づけると、コンコンという可愛らしい音を微かにマイクが拾う。
「さっきの金属音はうちの部員の音響係がタイミングを合わせて流していました」
王子から演劇部員に戻った生徒が舞台袖に右手を振り合図をすると先ほどの金属がぶつかり合う音や、殴られたような音、物がぶつかり落ちる音、ヒューという落下音など、色々な音が鳴る。右手を下げ、今度は左手で合図をする。すると舞台の照明が消え、演劇部員にスポットライトが当たる。舞台をうろつく部員の動きにライトがぴったりとついていく。手を下ろすとスポットライトは消え、再び舞台全体が照らされる。
「実際に舞台に立つのは僕達役者です。ですが、演劇は役者だけで作られているわけではありません。音響係、照明係、小物を作る係など——演劇部にはこういう裏方の役もあります。部員全員で一つの舞台を作る。それが私達の活動です。興味を持った方は是非、体験入部に来てください。部員一同お待ちしております」
胸に手を当て、本物の王子様のように礼をして部紹介を締めると、演劇部二人は舞台上手袖に、裁縫部員は下手袖に捌けていった。
「……なるほど。裁縫部と演劇部は繋がりがあるのね」
「うん。そう。君が裁縫部入るなら一緒に部活出来るかもしれないね」
「……そうね。……一緒に見学行ってくれる?」
「うん。いいよ。演劇と、音楽と、裁縫だね。一日一つの部しか行けないから、明日から一つずつまわろう」
「……ありがとう」
音楽部も気にはなるが——一人で演奏するピアノのコンクールとは違う。楽しめるかどうかはメンバー次第だろう。気の合うメンバーとならやってみたいが……今の部紹介で裁縫部に対する興味の方が
「海菜は舞台に立つの?」
「うん。立ちたい」
「そう」
なら、私が裁縫部に入ったら、私が作った衣装を彼女が着るということもあるかもしれない。そう考えただけで心が躍る。『彼女に近づきすぎるな』ともう一人の私がもう一度、警鐘を鳴らした。その警鐘を無視して、私は一歩、母の世界の外へと足を踏み出す。
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