第2話:私は母に逆らえない

小桜こざくら百合香ゆりかです。小さい桜に百合の香りと書いてコザクラ ユリカと読みます。えっと……私の中学からこの高校を受験したのは私一人だけで……知り合いが誰一人いなくて不安なので、どうか皆さん、仲良くしてください。よろしくお願いします」


  温かい拍手に迎えられながら自己紹介を終えて、席に着く。次は後ろの席。新入生代表で挨拶をしていた鈴木さんだ。前に立つと、担任の先生より背が高いことが分かる。近くで見ると余計に性別が判断しづらい。まさに中性的という言葉がそのまま当てはまるような雰囲気の人だ。


鈴木すずき海菜うみなです。昔から、みんなには王子と呼ばれてます。ちなみに身長は180㎝超えてます」


 彼女が身長を言った瞬間、教室がざわつく。先生もぎょっとした顔で、彼女の爪先から頭までを目線でなぞり「何食ったらそんなデカくなるんだ?」と恨めしそうに呟いた。鈴木さんは苦笑いして「バスケ部だったからですかね」と答えた。担任の先生は男性だが、鈴木さんが隣に並んでるせいもあるのか、背は低く見える。


「あ、えっと。男か女かどっちなの?ってよく聞かれるんですけど……身体は女です。それに関して違和感を覚えたことはありません。けれど、女性らしさを求められるのは苦手です。かといって男性扱いしてほしいわけでもありません。女性でも男性でもなく、鈴木海菜という一人の人間として接してほしいです。一年間、よろしくお願いします」


『女性でも男性でもなく一人の人間として接して欲しい』

  その気持ちは痛いほど分かる。けれど、私が同じことを言えばきっと、母に否定される。『わがまま言わないの』と叱られてしまうだろう。


『貴女は女として生まれたのだから。女として生きるしかないのよ』


 母の言葉がこだまする。"女として生きる"とは一体どういうことなのか。私は未だに答えを出せない。ただ、母の思う正解を演じて生きてきた。

 その結果、異性から沢山のアプローチを受けてきた。同時に同性からは"男に媚びてる"と嫌われた。

 しかし、母はそれが正解だと言う。同性から嫌われても異性から好かれることが女のステータスなのだと。女として生まれたからにはそう生きるのが正しいと教えられてきた。間違っているとは思う。けれど、私は母に逆らえない。間違っているだろと指摘すれば怒鳴られ、生意気だと言われ、言うこと聞かない娘は要らないとまで言われる。


『貴女は一人じゃ何にもできない。お母さん無しじゃ生きられないでしょう? だから、大人しく私の言うことを聞きなさい。私は貴女のためを思って言っているのよ』


 そう。私は無力だ。母の理想の私を演じながら生きる以外の道など無い。そう教育されてきた私と"女性らしさを求められるのが苦手"と簡単に言えてしまう鈴木さんは、違う世界で生きてきたのだろう。私ももう、母の思う正解を演じるのはやめてしまいたい。女性という括りではなく、個人として接してほしいと口にできる世界で生きたい。彼女のようになりたい。羨ましい。


「……よし。これで全員終わったな」


 先生の声で現実に戻される。いつの間にか、クラス全員の自己紹介が終わっていた。鈴木さん以降のクラスメイトの自己紹介はほとんど聞いていなかった。

 今後の日程を確認して、出席番号1番の藍川あいかわくんの号令でホームルームが終了した。

 まばらに教室からクラスメイトが出ていく中、一人席に座ったままスマホを確認する。LINKに一通のメッセージがきていた。LINKとは、リンクと読む無料通信アプリのこと。現代ではメールや電話よりこのアプリで連絡を取り合うことが主流となっている。

 メッセージは母からだ。『待っているから終わったら連絡頂戴』の一言。『今終わった』と返して、スマホをポケットにしまう。立ち上がろうとすると、後ろの席から声をかけられた。


「なぁに? 鈴木さん」


「あ、ごめん。急いでる?」


「えぇ。母を待たせてるから」


「そっかぁ……」


「……なぁに?」


「いや。……えっと……君と話してみたいなぁと思って」


「……入学早々ナンパしてんじゃねぇよ」


 鈴木さんの後ろの席の女の子が彼女を小突く。


「ナンパって失礼な。ごめんね引き止めちゃって。また明日、学校でね。私の名前覚えていてくれてありがとう」


「学年代表に選ばれてた人だもの。印象に残ってるわよ。……私も、あなたと話してみたいと思っていたの。声かけてくれてありがとう。明日ね」


「えっ……! う、うん。また明日ね」


 逃げるように教室を出る。彼女の方から話しかけてくれるとは思わなかった。たまたま席が近かったからだろうか。


「お母さん、お待たせ」


 校門で待っていた母に声をかける。振り返り、私を見つけるとにこりと笑った。隣に並んで歩く。きっと、側からは仲の良い親子に見えるのだろう。


「お友達、出来そう?」


「…えぇ。後ろの席の子が話しかけてくれた」


「そう。良かったわね。ところでどう? 気になる男の子は居た?」


「……もう。学校は婚活会場じゃないのよ。私は恋愛をするために、理想の男性を探すために学校に通っているわけではないわ」


「ごめんなさい」


 私が軽く嗜めると、母はへらへらと笑いながら謝る。私は本気で苛立っている。もっと強く言わなければ伝わらないのは分かっている。しかし、私が怒りを表明すれば『そんなことで怒らなくても』と責められ、丸め込まれてしまうのだ。母とは、まともに会話ができない。母は自分に都合の良い声しか聞いてくれないから。

 母の理想の男性は賢くて、見た目が良い人。付き合うならそういう人しか認めないと散々言われている。

 一度母の理想にそぐわない人と付き合ったことがあるが、別れさせられた。母曰く、『見た目が良くても頭が悪い人は駄目』らしい。

『ふざけるな。私の相手は私が決める』

 いつか母にそう強く言える日は来るのだろうか。

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