私達はここにいる

三郎

序章:私が恋をしたのは

第1話:私は女の子だから

  女の子にとっては最高の褒め言葉だ。私は母からそう教わった。

  初めてランドセルを買って貰う時、私は黒がいいと強請った。しかし


「黒いランドセルは男の子が背負うものよ。貴女は女の子だからこっち」


  そう言って母に連れて行かれたコーナーには、ピンクやパステルカラーのランドセルが並んでいた。


「さぁ百合香ゆりか、どれがいい?」


「……黒がいい」


「駄目よ。貴女は女の子なんだから。男の子みたいって仲間外れにされちゃうわよ」


「でも……黒の方がカッコいいもん……」


「わがまま言わないの。ほら、この色とかどう? 可愛い貴女によく似合うわ」


  女の子は普通、パステルカラーやピンクなどの明るい色を好む。女の子は、可愛い物が好き。女の子は、おしゃれが好き。お化粧が好き。綺麗な物が好き。女の子は上品で、可愛くて、清楚でなければならない。

  私は女の子だから、黒いランドセルは背負えない。


「…女の子やめたい」


  そう呟いた時の母の鬼の様な形相は、未だに忘れられない。


「やめられないわ。貴女は女として生まれたのだから。女として生きるしかないのよ」


  いつもの優しい母からは想像できないくらい、冷たい声と表情だった。逆らわない方がいいと思ってしまうほどに恐ろしかった。


「……じゃあ、この色にする」


  女の子用のコーナーから、妥協して選んだ可愛いピンクのランドセル。6年背負っても好きにはなれなかった。

 黒いランドセルを背負う男の子が、ヒーローになりたいと言っても笑われない男の子が羨ましかった。

  私は誰かを守るヒーローにも、王子様にもなれない。私は女の子だから。守るのは、男の役目。女は守りたいと思われるような存在でなければならない。守る必要のない強い女に女性としての魅力はない。母から、そう教わって生きてきた。か弱いお姫様であれと。

  けれど——


「新入生代表、鈴木すずき海菜うみな


「はい」


 高校の入学式。新入生代表として呼ばれたのは、後ろに座る生徒だった。その背の高い生徒は、ズボンを履いていた。けれど、女の子の名前だったし、女の子の声だった。なにより、席順は男女で分かれている。私の後ろに座っていたことが、彼女が女性であることを証明していた。

 私が入学した私立青山商業高校は、その年から制服が変わった。LGBTに配慮して、男子でもスカートを、女子でもズボンを選べるようになったのだ。私も駄目元で、ズボンが良いと母に頼んだが、当然却下された。


『LGBTの人だと思われちゃうわよ。スカートにしなさい』


 分かっていた。母がそう言うことくらい。けれど…周りにズボンを履いた女の子はちらほら居る。スカートを履いた男の子は見当たらないが。

 母から見たら彼女達は全員LGBTの人という認識になるのだろうか。

 女性なのにスカートを好まないからLGBTの人という認識が間違っていることくらい、私は知っている。母の言う女性はこうあるべきという考えが古いことも、もうとっくに気付いている。頭では分かっている。けれど、逆らえなかった。


『貴女は女として生まれたのだから。女として生きるしかないのよ』


  あの時の母の言葉が、あの日からずっと、頭から離れない。けれど、私は本当にこのままでいいのだろうか。母の敷いたレールを走り続け、一生を終えてしまうのだろうか。私の人生は母のものではないのに。

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