第153話 それは小さく、とても大切な、二人で始める物語

 海が見えるホテルの一角にあるチャペルに讃美歌が鳴り響く。遂に二人の結婚式の日となった。


 悠が学生という事もあり、そして姉弟での結婚でもあり、式は友人知人を集めた小さなものだ。会場に集まった参列者たちが、今か今かと新婦の入場を待ち構えている。


 新郎である悠は聖壇せいだんの前に立ち、胸に込み上げる想いでいっぱいになっていた。


 遂にこの時が……

 本当に、お姉ちゃんと結婚するんだ。

 てか、もう結婚はしてるんだけど。

 でも実感が湧いてきた。

 大好きなお姉ちゃんと……

 まるで夢のようだ。

 はぁ、異世界転生しなくて良かった。


 子供の頃、ラノベやアニメが好きな悠は、異世界転生を夢見ていた時期もあった。しかしある日、魔界から淫魔女王サキュバスロードで魔王姉の百合華が現世に召喚されたので、異世界転生はやめ大好きな姉と結婚するのが夢になったのだ。

 何億分の一の確率で巡り合った、理想の姉である百合華と結婚できたのは奇跡に近い。


 ※大学生になっても中二病なのは大目に見て欲しい。


 新婦入場――

 父親の幹也にエスコートされウエディングドレス姿の百合華がバージンロードを歩いて入場する。花びらが舞う中、奇跡のような美しさの新婦入場だ。


「おおおっ……」

「ああ、美しい……」

「きゃああ、綺麗……」


 参列者から一斉に称賛と憧れの溜め息が漏れた。


「お姉さん、超綺麗……」

 貴美がうっとりとしてしまう。


「うわっ、百合華ちゃん、めっちゃ美人」

 真理亜も思わず声を上げてしまう。


「素敵です……」

「相変わらず超美人ね」

「久しぶりに見たけど更に美しくなってる」

 葵と歩美と沙彩も見惚れてしまう。


 一人娘の手を引く幹也が、感極まって泣き出してしまった。

「うおおっ……ううっ、百合華ぁ……」


「あなた、まだ泣くのは早いわよ。あと、百合華は嫁に行かないから大丈夫よ」


 絵美子からツッコみが入った。

 彼女の言う通りである。百合華は嫁に行くのではなく、今まで通り幹也の娘のままだ。姉弟で結婚するのだから。


 百合華が聖壇に到着し、悠と向かい合う。


「新郎悠、あなたは百合華を妻とし、健やかなる時も、病める時も――――」

 牧師が誓いの言葉を述べ始める。

「死が二人を分かつまで愛し敬うことを誓いますか?」


 悠は真っ直ぐ百合華を見つめて宣言する。

「はい、誓います。例え死した後も、その魂は永遠に。それは異世界に在ろうとも、別銀河に在ろうとも変わらず――」


「あの、余計なセリフは言わなくていいデース」

「あっ、すみません」


 牧師に注意されてしまった。

 悠は、百合華のことになると、思いが溢れて止まらないのだ。


「悠……あんたってば相変わらず……」

 貴美が『あちゃー』という顔をする。


「新婦百合華、あなたは悠を夫とし――――愛し敬うことを誓いますか?」


 百合華も真っ直ぐ悠を見つめ、美しく凛と響く声で宣言する。

「はい、誓います。死が二人を分かつなど生ぬるいわ。例え何度死んでも、来世も来来世も、その先もずっと、何度生まれ変わっても悠と一緒に――」


「あの、余計なセリフは言わなくていいデース」

「あっ、すみません」


 悠と同じように、牧師に注意されてしまう。

 百合華は、悠のことになると、思いが溢れて止まらないのだ。


「さすが師匠、カッコいいです」

 花子が羨望の眼差しで呟く。



「それでは指輪の交換を」


 牧師の合図で結婚指輪を交換する。

 二人で一緒に買いに行ったシンプルなプラチナの指輪だ。これからの生活もあるので、お値段は控えめなものでありながら、デザインは百合華が気に入ったものにした。


「ユウ君……」

「百合華ちゃん……」


 悠が手を添えて、百合華の左手薬指に指輪を通す。永遠の契約を結ぶように。


「それでは、誓いのキスを」


 牧師に促されて見つめ合ったまま近付く。悠が百合華のベールを上げた。


「百合華ちゃん」

「ユウ君」


 顔と顔が近付き、皆の見守る前で誓いのキスを――――


「ちゅっ――」


『百合華ちゃん……』

『ユウ君……』

『百合華ちゃん……』

『ユウ君……』

『百合華ちゃん……』

『ユウ君……』


 ざわざわざわ――

「長いな……」

「長いわね……」

「長過ぎるだろ……」


 キスが長くて会場がざわつき始める。


『んんんっ~っ、お姉ちゃん……何で舌入れてるの……』

 百合華のキスは、常に舌をインだ。


「あの、キスが長過ぎデース」

 また牧師に注意されてしまう。


「ぷはっ、す、すみません」

「あっ、つ、つい……」


 やっぱり想いが強過ぎて暴走気味だ。これも大目に見て欲しい。


「「「わぁぁぁぁー!!」」」

「「「おめでとうぉぉぉぉーっ!!」」」

 会場が沸き歓声が上がる。


 参列者の祝福を受けながら悠と百合華が歩く。花びらや紙吹雪が舞い、誰もが笑顔で声をかけて。


「悠、お姉さん、おめでとう!」

「おめでとう! ああぁ、あたしも結婚してぇ」

 貴美と真理亜が――


「ウエディングドレス姿が本当に綺麗」

「めっちゃ良かったよ」

「私も結婚したくなるわね」

 葵と歩美と沙彩が――


「うおぉぉっ、明石、羨ましいぜ! 深淵の魔王と幸せにな!」

「くうっ、ボクも結婚したくなってしまうじゃないか!」

 竹川と関谷も――


「はぁ、ほんとラブラブで羨ましいわぁ」

「百合華ぁー、おめでとーっ! 弟君もね!」

 美月とマキも――


「師匠っ! 悠君! おめでとうございます」

「あああっ、女王陛下万歳!」

「氷の女王改め、世界をあまねく照らす太陽の女王に忠誠を!」

 花子も、同僚教師たちも――


「うぉぉぉぉーっ、百合華ぁーっ!」

「あなた、泣き過ぎよ」

 両親も――



 式が終了し、参列者も外に出る。冬も終わりに近づき、少し暖かな陽射しと海からの風が気持ちいい。


 百合華がブーケトスの体勢に入ると、一斉に女性陣がキャッチの体勢に入った。女神のような神々しさの百合華のブーケとあらば、幸せの御利益も高そうだ。


「なんか負けられない気がしてきたわ!」

「おい、あたしがキャッチすんだから邪魔すんなよ」

「私も負けられません!」

 いつもの感じにドSフレンズの面々が張り合っている。


 百合華が後ろを向き、大きくスイングして来場者ゲストに向けトスした。


 ひゅぅぅぅぅ~っ!


 天高く舞い上がったブーケが、一瞬太陽と重なり誰もが見失いそうになったその時、颯爽さっそうとポジション取りに入った一人の女性が、素早くターンをしスクリーンアウトの体勢を取る。


 いつもおっとりした彼女が、奇跡の動きをしたのだ。それは、彼女の好きな漫画『黒炎のリバウンド』の推しキャラ。炎王えんおう理人りひとの必殺技『悪魔のデビルズ幻影跳弾取りインビジブルリバウンド』である!


「どっせぇいっ!! リバウンドを制する者、即ち結婚を制す!」


 ズシャァァァァーッ!

 花子が奇跡のジャンプをし、見事ブーケをキャッチした。本当にバスケ漫画のリバウンド王のようだ。


「や、やりました! 次が私の結婚です」


「ええ……花子先生……」

「花子ちゃん、すげぇな」

「えっと……負けました」


 若い女子を押しのけブーケをキャッチした花子に、誰もが目を丸くして驚く。年齢から行けば、最年長の花子に春が来て欲しいところでもある。これには皆も納得だ。


「末摘先生、頑張ってくださいね」

「はい、師匠! 私も続きましゅ!」

 百合華に激励され、花子もヤル気満々だ。


「弟君、大人になったキミも美味しそうだよね」

 マキが、さっそく悠にちょっかいを出そうとしている。


「まぁきぃ~」

 地獄耳の百合華に捕まりプロレス技をかけられそうになってしまう。まあ、想定内だ。



 そんな集団を少し離れた場所から見つめる女性がいた。楽しそうな笑顔の百合華を一心に見つめている。


「百合華……大きくなって……幸せそうで」


 百合華の実母である。

 悠が百合華に内緒で呼んでいた。百合華のメンタルを考えて、遠くから見るだけという約束だが。


「もう少し、近くて……」

 ガサッ!


 植え込みの陰から出たところで、百合華と目が合ってしまう。


「えっ!」


「ああっ!」


 逃げる実母を追いかけて百合華も走り出した。


「お姉ちゃん!」

「悠、どうしたの?」

「な、何でもない。中将さんたちは、先に食事会場に行ってて」

 貴美たちを食事会場へ促し、悠も後を追った。




「お母さん! 待って!」

 少し走ったところで、追いついた百合華が声をかけた。


「はぁはぁはぁ……まだ、あたしを母親と呼んでくれるのね……こんな、母親失格のあたしを……」


「ど、どうして……来てくれたの……」


「遠くから見るだけだったのよ。あのガキ、悠だったかしら? あの子に頼んで、一目娘を見るだけって約束だったの。あたしなんかが来たんじゃ、あんたが悲しむでしょ」


「それは…………」


「もう帰るわよ。別に、百合華に迷惑をかける為に来たんじゃないんだから。遠くから娘の幸せを祈ろうと思っただけ」


「お、お母さん……あ、あ、あ……ありがとう……来てくれて」


 百合華は、少し足が震えながら『ありがとう』と言った。


「うっ、ううっ……うわああぁぁ……ご、ごめんなさい、百合華! あなたが憎かったわけじゃないの、あなたは何も悪くない。あたしが我儘わがままで、ダメな母親だっただけなの。それを認めるのが嫌なだけで、あなたに辛く当たってしまって……」


 実母の理恵子が涙を流ししゃがみ込む。


「お姉ちゃん!」

「ユウ君……」


 悠が追い付いて百合華に声をかけた。


「ユウ君が、お母さんを呼んでくれたの?」

「う、うん……遠くから見てるだけって約束だったんだけど……」


 立ち上がった理恵子が背を向けながら話す。


「もう帰るわ。あなたが幸せそうで良かった。そのガキのおかげかもね。幸せになりなさいよ。あたしのようになっちゃダメ。あたしは、自分で壊してしまったから……家庭も、幸せも、帰る場所も……」


 背を向けたまま話終わった理恵子は、ゆっくりとした足取りで去って行く。


「お、お母さん……」

 去って行く実母の背中に、百合華が話しかける。

「今は、まだ無理かもだけど……いつか、また一緒に……食事でもできたら……」


「ううっ……ありがとう」

 ほんの微かに、お礼の言葉を残して消えていった。



「お姉ちゃん、あの……」

「ユウ君……ありがとう」

「えっ?」


 百合華が悠の瞳を真っ直ぐに見つめる。


「ユウ君のおかげなんだよ。ユウ君と出会えたから、私は幸せになれたの。きっと、お母さんとも……会えば必ず喧嘩になっていたのに……ユウ君のおかげで、こうして普通に話せるようになったの。ありがとう……ユウ君」


「お、俺は、お姉ちゃんの為なら何でもする。一生、お姉ちゃんを守るって決めたから。お姉ちゃんを守る騎士だから」


「ふふっ、ユウ君。ここから始めよう。二人で一緒に」


「うん。お姉ちゃんと一緒に」


「でもでもぉ、もうすぐ三人になるかもしれないよっ」

 お腹を擦りながら笑う百合華。


「うっ、この若さでパパになりそう」

「覚悟してよねっ! 子供は女の子と男の子でぇ……」

「が、頑張ります……」


 太陽のような笑顔で笑う大好きな姉で妻。

 チャペルで誓ったように、健やかなる時も病める時も、例え何があっても、この大切な人と一緒に歩み続けようと。


 それは小さく、とても大切な、二人で始める物語だから――――

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