第151話 結婚式に向けて、悠は最後の関門を超える

 旅行から戻った悠だが、さっそくピンチを迎えている。何故か魔王嫁と駆逐艦デストロイヤー級女子に挟まれていた。


 ぴとっ――

 やたら距離が近い美月が、悠に結婚式のアドバイスをしているのだ。


 百合華と二人で式のプランを考えていたところ、詳しそうな美月にアドバイスをもらおうと、たまたま在宅中だった美月を隣の部屋から呼び出したのだった。


「ウエディングドレスの記念撮影は、先撮りや後撮りといって結婚式と別の日に別撮りするもんなんよ」


「そうなんですか」


「チャペルなどロケーションの良い場所で撮るカップルが多わね。一生の記念になるから」


「なるほど……」


「てか、なんでうちが説明してるん? ウエディングプランナーやないんよ」


「た、確かに……」


 指輪の件でお世話になったので、結婚式関係に詳しいと勝手に思っていたが、そもそも美月は専門家でも何でもない。


「やっぱり、怪しい……」

 百合華がジト目で見つめている。


「あ、怪しくないから」

「だってだってぇ、なんか近いし」


 二人が揉め始めたところで美月が割って入る。


「確かに距離感がおかしいとか言われるんよ。あとボディタッチが多いとか」


「やっぱり!?」

 悠がツッコんでしまう。


 前から思っていたのだ。美月は距離感がおかしいと。これでは男子は完全に誤解してしまう。美月のような妖艶な女子に距離を詰められたりベタベタされたら、大半の男子は堕とされてしまうだろう。


「それで恋愛破壊神とかデストロイヤーとか言われて……」

 美月が呟いた。


 そう、美月の虜になった彼女もち男子が、勝手に勘違いして告白し自滅する。破壊デストロイされ怒った女子たちから陰口を叩かれているのだ。


「それ勘違いしちゃいますって。俺もそうでした。先輩が俺のこと好きなんじゃないかって……」


「あっ、でも明石君は、ホントに好きだったんよ。バイトに新人で入ってきた時に、すっごい好みやわぁって」


「えっ、あのっ…………」


 美月の天然なのか計算なのか分からない発言が炸裂する。


 それまで黙って聞いていた百合華が遂にキレた。

「やっぱり、その女、危険人物だよぉ! ユウ君、逃げてぇぇ~っ」


「ダメだよ、百合華ちゃん。朧先輩には、お世話になってるし、あの声で安眠妨害しちゃったんだから」


「ユウ君、どっちの味方なのっ!」

「そんなの百合華ちゃんの味方に決まってるでしょ」

「えへへっ、ユウ君……」

「でも、やっぱりちゃんと謝った方が良いかも」


 ペチン、ペチン!

 美月から見えない角度で、悠が百合華の尻をペチペチする。

「ほらっ、ちゃんと謝ろうね」

「はうっ、んっぐっ……だ、だめぇ……」

「ほらほら、迷惑かけちゃったんだから」


 ペチン、ペチン――


「うぐっ……ひ、人前ではダメぇ~悠様ぁ~♡」

 弱点を攻められ一気によわよわになった百合華が、悠にヘナヘナともたれ掛り耳元で囁いた。


 ペチン、ペチン――

「ほらほら」


「ごめんなさいぃ~っ。でもでもぉ、最近は我慢してるのにぃ……」

「朧先輩、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」


 夫婦揃って謝った。

 年下女子の前で姉と嫁の威厳を傷付けてしまい、後で百合華にどんなオシオキをされるかは分からないが。


「えっと……明石君って、大人しくて草食系に見えるのに、意外とSっぽくて亭主関白なん?」

 美月がビックリしている。


 他の女子には大人しいのに、嫁にだけは意外と攻め攻めな悠に驚いてしまう。それだけに、仲の良さや特別感を出しまくっていて、少し嫉妬もしてしまった。


「もう許してぇ、悠様ぁ……何でもするからぁ……」


 美月の前だというのに、絶対服従奴隷嫁になってしまう百合華。悠に腰をギュッと抱き寄せられヘナヘナになって抱きついている。


「あ、あの、百合華ちゃん? 先輩が見てるから」

「はあぁん♡ ご褒美ちょうだぁい♡」


「あの……うち、なに見させられてるん?」

 目の前でバカップル行為を見せられ、美月が少しだけこめかみに青筋が立ちそうになっている。


「朧先輩、ほんとすみません」

「ほらほらぁ、ちゅーしよっ! チラッ、チラッ」


 先輩に嫁とのイチャイチャを見せつけてしまい気まずくなる悠と、御主人様に屈服したはずなのに、美月を牽制けんせいするようにチラ見しながらわざとイチャイチャする百合華。


「はぁ……バカらしくなってきた。もう帰るわぁ……」

 美月が部屋を出て行く。


「先輩、ありがとうございました」

「ええよ……はぁ、うちも彼氏欲しいわぁ」


 目の前でイチャイチャする熱々夫婦にてられ、美月が滅茶苦茶エッチな気分になってしまった。もう、彼氏が欲しくてたまらない。


 ガチャ!


 こうして周囲の人々に影響を与えまくる明石夫妻。日本政府は、この二人を少子化担当大臣にするべきだろう。



「もぉ、ユウ君! 人前でお尻ペンペンするとかイジワル過ぎだよぉ! 年下女子の前で恥かかされたぁぁ~っ!」


 百合華が自分の事は棚に上げて怒っている。普段、人前で悠をオシオキしてイチャイチャしているのは忘れているようだ。


「もうっ、今夜はいっぱいしてもらうからねっ!」

 ペチンッ!

「ひゃあぁ~ん」


 百合華が悪魔嫁になりそうなところで、悠の攻撃がクリティカルヒットする。


「お姉ちゃんのターンにすると、また騒音トラブルになりそうだからな。このままオシオキしまくっちゃおうかな?」


 ペチン、ペチン、ペチン――

 左腕でガッチリと抱きしめて逃がさないようにしたまま、右手で百合華の尻をペチペチする。完璧な必勝パターンだ。


「ああああぁん♡」

「ほら、大きな声出すとエッチ禁止だよ」

「んんんん~~~~っ」


 ペチン、ペチン、ペチン――

「んっ、あっ……っ……んんん~~~~」


 この後、滅茶苦茶プロレスごっこした。


 ――――――――




 挙式の予定も決まり準備も着々と進みつつある頃、悠は駅前の喫茶店である人物と待ち合わせしていた。


 結婚式の予定も決まった……

 でも、一つだけ残された問題が……

 あの人をどうするかだ……

 あれから年月も経ち、お姉ちゃんの心の傷も少しは癒されたはず。


 でも、またあの人に会ったら、せっかく忘れかけている記憶が甦ってしまうかもしれない。

 慎重に進めるべきなのだろうか?


 悠が物思いにふけっていると、待ち合わせの相手が現れた。歳のわりに派手目の恰好、百合華に似て美人なのだがキツめの雰囲気の女性。

 百合華の実母である。


「あんたがあたしを呼び出すなんて珍しいわね」

 その女性、真理子が話しかけた。


「今日は色々と報告があって」


「報告? はっ、前回会った時に連絡先を教えたのに、それっきりうんともすんとも電話が掛かってこないから、もう忘れたんだと思ってたわよ」


 真理子は不貞腐ふてくされた態度でイスに座る。


「こっちにも色々あったんだよ……まあ、それはいいとして。俺と百合華ちゃんは結婚したんだ」


「………………っ、はああっ! あんたたち、ほんとに結婚したの!?」


 一瞬呆気にとられた表情をしていた真理子が、ビックリして大声を上げる。


「ちょっと、声が大きいって」


「だ、だって、ほんとに義理の姉弟で結婚だなんて……あんた、見かけによらず大胆ね……」


「言っただろ。俺は永遠に愛すると誓うって。あの頃の想いは何も変わっていない。俺は百合華ちゃんを一生愛し続けて幸せにするんだ」


「あんた……ほんとに変わってるわね……愛なんて二、三年もすれば冷めるはずなのに……もうあれから何年になるのかしら?」


 真理子が遠い目をする。


「九年だ」


「九年も……ははっ、これは凄いわね。珍しい男……もう九年も経つのに……あんたの目は、昔見た子供の頃と何も変わっていないわ。あの頃と何も変わらない、好きな女に恋してますって顔をしてる……」


「当たり前だ。俺は、百合華ちゃんの全てが大好きなんだ」


「大好きね……ほんと珍しい男……でも、ちょっと羨ましい……そんなに愛して、大切にしてもらえて」


 真理子が視線を外し、何か昔の事を思い出すような顔になる。


「そう、今になって思えばそうなのよ。刺激を求めて悪い男と付き合っても、ただ傷付くだけで何も残らない。幹也と始めて会った時は、なんて地味でつまらない男だと思たのに、でも、あたしに向ける優しさや一緒にいて穏やかな気持ちになれたから結婚したのに……」


「おばさん……」

「おばさんって言うなガキ!」

「えええ…………」


 相変わらず『おばさん』呼びには厳しかった。


「でも、あたしはあの人を裏切って……百合華にも酷い思いをさせて……。あの子には、あたしのようになって欲しくない。あたしのように失敗して欲しくない。あの子の相手があんたで良かったわ。あんたになら百合華を任せられるから」


「おばさん、ありがとう」

「だから、おばさんって言うな! ガキ!」

「えええ……そっちもガキって言ってるし」


 この二人は昔から全く変わらない。


「ところで今はどうしてるの?」


「付き合ってた男と籍を入れたわよ。まあ、真面目なだけが取り柄の人だけど。でも今は、あんたが言っていた『真面目で優しい男が一番』ってのが分かるわね。世の中は悪い人が多いのだから、優しいってだけで貴重なのよ」


「四字熟語でもあるだろ。子貢曰わく――」

「あっ、そういうのはいいから」


 悠が何か言おうとしたが、やっぱりスルーされてしまう。まあ、いつものマニアックな歴史ネタなので気にしてはいけない。


「ところで、あたしは結婚式に呼んでもらえるのかしら?」


「それが……まだ迷ってる。百合華ちゃんの心の傷もたいぶ癒えたと思うけど、おばさんに会ったらまた怖がっちゃうかもしれないし……」


「まあ、そうよね。あたしも、あの子と顔を合わせたら、また喧嘩をしちゃうかもしれない……」


「もしよかったらだけど、遠くから見るだけにしてくれないか?」



 百合華の実母に報告を済ませて、最愛の妻が待つ部屋へと向かう悠。果たして、これで良かったのか結論は出ないままだ。どちらにせよ、実の親に報告も無いままというわけにもいくまい。


 久しぶりに見た彼女は、子供の頃の悪い印象と比べ、少しだけ穏やかになっていた気がした。


 そして、二人の結婚式の日が迫る。

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