第150話 思い出の旅館と少し遅めのプロポーズ
悠と百合華が旅館の部屋で見つめ合う。三年前に新婚のふりをして泊まった思い出の旅館。女将の粋な計らいなのか、前と同じ部屋だ。
木目が美しい座卓も、床の間の掛け軸も、部屋の奥にある家族風呂も、何もかもが懐かしい。人によっては何気ない場所でも、大好きな人と一緒だからこそ、その思い出は輝いて見えるのだろう。
そして、悠は完全にテンパっていた。
どどど、どうしよう……
完璧なシチュエーションでプロポーズする脳内シミュレーションを繰り返したはずなのに、全部真っ白になっちゃってるんだけどぉぉーっ!
もう指輪を出した方が良いのか?
で、でも、まだ早いような……
このままだと、お姉ちゃんがプロレスごっこというエチエチなのを始めそうだし……
いや待て、ここに来るまで観光地をドライブして、お姉ちゃんは疲れているかもしれない。マッサージでもして癒してあげた方が……
いやいやいや、マッサージすると更にエチエチになっちゃいそうだし……
俺の嫁がエチエチ問題勃発である――
「ユウ君……」
色々考えているうちに、いつの間にか百合華の顔が迫っていた。完全にキス待ちモードだ。
「百合華ちゃん……」
「ユウ君、もう私たちは夫婦なんだから遠慮はいらないんだよ」
百合華の誘惑を耐え続けていた記憶が甦る。あの手この手でエッチに攻め込む義姉に、ひたすら一線を越えまいと我慢し続けていたあの頃。
禁断な関係だと耐えた頃も懐かしく、今では正式に夫婦となり遠慮なく堂々と付き合えるのだ。
そうだ……
もう何も飾らなくていい……
シチュエーションやサプライズを色々考えたけど、俺にはそんな高度なテクも駆け引きも無いんだから。正直に誠心誠意、自分の想いを伝えるだけにしよう。
悠は自分の旅行用バッグから指輪の入った箱を取り出す。
「実は、今日は百合華ちゃんに伝えたいことがあって旅行に誘ったんだ」
「えっ、ユウ君……」
百合華の前に箱を差し出す。
カパッ――
そして、箱を開け指輪を見せる。
「百合華ちゃん、順序が逆で遅くなっちゃったけど、俺と結婚してください」
「ゆ、ユウ君……」
「バイトして貯めたお金で買いました。今の俺の精一杯です。受け取ってください」
箱の中に
「ユウ君……う、嬉しい……えっ、ど、どうしよ……」
頭が状況に追いついていないのか、驚いた百合華がオロオロしながらも嬉しさで涙が溢れる。瞳がキラキラと輝き、まるで指輪と合わせてダイヤが三つあるようだ。
百合華が左手を差し出す。
そして、悠が薬指にそっと指輪をはめた。
「今の俺は頼りないかもしれないけど……。でも、絶対に百合華ちゃんを幸せにするから。俺と結婚して良かったって思ってもらえるように、絶対に幸せにするから」
「ユウ君、私はもう幸せだよ。優しくて、私を大切にしてくれるユウ君と一緒にいられて。ユウ君と結婚できて良かったって思ってるよ」
「百合華ちゃん」
「ユウ君」
「ちゅっ……んっ……」
見つめ合ったままキスをする。
何度も何度も数え切れないほどキスしてきたのに、飽きるどころか更に最高のキスになった。心と心がリンクしてしまったような、心と体の深いところが
コンコンコン――
「お食事をお持ちしました」
夕食を運んで来た中居が、ただ事ではない雰囲気を悟って回れ右して部屋を出て行く。気の利いた中居さんだ。
「ふえぇ~ん、嬉しいよぉ。ユウ君の、ユウ君の愛が伝わるよぉ」
「ほら、泣き止んで」
そっと百合華の涙をぬぐう。
「だってぇ~っ、ユウ君が、こんなサプライズをするんだもん」
「いや、本当は、もっとサプライズをしようと思ったんだけど。フラッシュモブとか?」
「それはやめてぇ~っ」
「えええっ……」
フラッシュモブは苦手なようだ。
「よ、良かった……普通に告白して……」
色々サプライズを考えた悠だが、やはり百合華と一緒に行った思い出の場所で、二人っきりで告白しようと決断した。もっとドラマティックなシチュエーションも考えたが、そんな飾ったものよりストレートに気持ちを伝えたいと思ったのだ。
色々と順序がおかしい二人には、やはりストレートに気持ちを伝える告白が合っているのかもしれない。
「そうだ、私もユウ君に話そうと思ってたことがあったの」
そう言うと百合華が自分のバッグから何かを取り出す。
「はい、これ」
「これは?」
パンフレットのようなものに結婚式のプランが描かれている。豪華なものではなく、身近な人を集めて行うコンパクトな挙式のようだ。
「どう? 小さいけど式を挙げてみるのは?」
「いいね。俺も結婚式をやりたいって思ってたんだ」
「じゃあ」
「でも、まだ貯金が……」
バイトをして貯めたお金は、指輪と旅費に使い挙式費用には全く足りない。
「ユウ君、夫婦というのは二人で協力し合うものなんだよ。今は、私が社会人でユウ君は学生なの。どちらかが大変な時は、その相手が助ける。だから、今は私に頼って良いんだよ」
「百合華ちゃん……」
「ユウ君……」
ぎゅっ――――
優しく抱きしめられ、頭をナデナデされる。慈愛に満ちた女神の
「うん……分かった」
お姉ちゃん……
やっぱり最高の俺の嫁だよ……
大学で話した同期の女子とは大違いだ。
俺の嫁が、お姉ちゃんで良かった……
あの時、出会った義理の姉が、百合華ちゃんで良かった。
金の話ばかりしていた同期の女子とは大違いで、二人で一緒に歩んで行こうと言ってくれる最高の嫁との幸せを感じる。
「ううっ、お姉ちゃんが百合華ちゃんで良かったぁ~っ!」
「私も、ユウ君で良かったよぉぉ~っ!」
感極まって二人で大泣きだ。
もう二人の間には誰も入れない。
「あのぉ……そろそろ良いですか?」
その辺をグルグル回って時間を潰していた中居が戻って来た。そろそろ部屋に入れてあげないと可哀想だ。
「あれ? いつの間にか中居さんが」
「えっ、もう夕食の時間なの?」
悠も百合華も、完全に二人だけの世界に入っていて、さきほど中居が来たのを知らなかった。二人の固有魔法である
「さきほども来たのですが、お取込み中だったようでして」
中居が熱々な二人をチラチラ見ながら、座卓に料理を並べる。ふと、百合華の指に光る指輪を見つけ、仕事も忘れて見入ってしまった。
「うわぁ、素敵な指輪ですね。もしかして、旦那様からのプレゼントですか?」
「そうなんです。うちの旦那ってば、私のことが好き過ぎみたいで」
完全に
「あ、あの、学生結婚なので……ちょっと遅れた婚約指輪なんです」
悠が代わりに説明しておいた。
「はわぁぁ~っ! 良いですね、学生結婚。前に来た時は、旦那様が若すぎて未〇年じゃないかって心配したんですよ。それじゃ事案発生ですよね」
「「ギクギクッ!」」
「でも、若い男の子を大人の魅力でメロメロにさせちゃうとか夢ですよね……はぁ……素敵……おねショタって最高…………うっとり」
「「ギクギクッ!」」
「まあ、それはマズいんですけどね」
「そうですよ。ポリスメン案件ですよ」
「百合華ちゃん、ポリスメンはやめてぇ……」
いまだにポリスメンを持ち出す百合華に、悠がたじたじになる。いい加減に子供の頃の黒歴史は忘れて欲しいところだ。
色々な料理が並んだところで、今回のメインのステーキが登場した。全開はすき焼きだったので、今回はステーキを予約していたのだ。
ジュゥゥゥゥーっと美味しそうな音と匂いを出して五感にダイレクトに訴えてくる迫力。
「美味しそう。ユウ君、素敵な旅行をプレゼントしてくれてありがとね」
「百合華ちゃんが喜んでくれると、俺も凄く嬉しいよ」
再び固有魔法の
「あ、あの……お飲み物はどう致しましょうか?」
完全に置いてけぼりの中居が声をかける。
「あのぉ…………」
何度か声をかけられたところで百合華が反応する。
「あ、飲み物は二人共ウーロン茶で。でもでもぉ、今夜のお布団では
百合華の爆弾発言が飛び出した。
「あああっ、だから中居さんの前ではやめてって言ってるのに……恥ずかし過ぎる」
「ふふふっ、中居さんに見ててもらおうか?」
「それはダメって言ってるでしょ!」
相変わらず悠の羞恥心を突いてくるエロ嫁だ。悠の好きな属性やフェチ心をダイレクトに突いてくる。もう、姉で嫁で先生でメイドで奴隷で女王様と、属性付け過ぎな気もするが。
「見たいところは山々ですが、仕事がありますので失礼しますね。あっ、でも……呼ばれた時に、偶然お客様が真っ最中だった場合は見てしまうかもしれません。偶然ですよ、偶然」
もう百合華と同じ趣味みたいな中居が、余計なことを言いながら部屋を出て行く。
「見せませんから!」
ニマニマする中居に、悠がキッパリ断った。
二人きりになると速攻でガッチリと密着する。ただでさえラブラブなのに、プロポーズと指輪で更にテンションマックスだ。
「もうっ、俺に露出趣味は無いから」
百合華の全てにフェチな悠だが、露出はしないと明言する。
「ホントかなぁ、ユウ君って、禁断で背徳的になればなるほど興奮するみたいだし」
「こ、興奮しないから。もう、ご飯食べるよ」
「もちろん、『あーん』してくれるんだよね?」
両足でガッチリだいしゅきホールドしたまま、百合華が口を開ける。
「ダメと言いたいところだけど、今日は特別だから百合華ちゃんの望みは全て叶えてあげる」
「やったぁぁぁぁーっ!」
「あ、変態なのは禁止だけど……」
「えええぇ……」
「やろうとしてたのかいっ!」
何年経っても新婚さん気分の二人。密着したまま食べさせ合う。もう、二人にとっては、これが普通なのかもしれない。
食事の後は、仲良く一緒にお風呂。
そして心も体も満たされる熱い一夜。窓の外は北風が吹く冬なのに、二人の寝る布団の中は、まるで常夏のようにポカポカと暖かかった。
疲れ果て、胸の中で眠る愛しい百合華を抱えながら、悠は一つだけ残った問題を考えていた。そう、ただ一つ残る問題を解決させるべく、悠は動き出そうと決心したのだ。
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