第147話 百合華のエッチしっくりチェック

 悠が大学に通い始めて数か月。結婚式の資金を貯めようとバイトを始めた頃。その話は突然持ち上がった。


「ユウ君、やっぱりお部屋探そうか?」


 百合華が悠の上に乗ったまま話す。

 ソファーに寝そべってテレビを観ている悠の上に、何故か逆向きに乗っている。完璧な曲線を描く美しい脚を悠の首に絡め、ムチッとした太ももを枕代わりにさせていいた。


 これぞ、膝枕ならぬ太もも枕なのだ。


「急にどうしたの?」

「だってぇ、やっぱり二人っきりで暮らしたいし」

「そうなんだ」


 悠が百合華の白くスベスベの太ももを指でツツツゥーっとなぞる。


「うんっ、ああぁん……」

「あ、ごめん」

「それにぃ……お父さんたちが限界みたいなのぉ」


 ハッと気付いた悠が、向かい側のソファーに座っている幹也を見る。


 どよぉぉぉぉーん――

 幹也は疲れた顔をしていた。


「ほらぁ、毎日イチャイチャを見せつけていたら、こんなになっちゃって。ちょっと可哀想かも」


「ええええ……お父さん……」


 それもそのはず。

 最初こそ悠が抵抗して、余り見せないように頑張っていたのだが、百合華のエチエチ大攻勢が凄過ぎて、今ではこの有り様なのだ。


 時に部屋で、時にお風呂で、時に廊下で、時にリビングで、時にキッチンで、たまにはテーブルの下で。百合華のエチエチは留まる所を知らない。


 今も幹也の前でヘンテコな体勢でイチャイチャしまくっているのだ。四六時中、こんなエッチな二人を見せつけられたら、そりゃ疲れるのは当たり前だろう。


 疲れた顔をした幹也が、ぽつりぽつりと話し始める。


「い、いや、別に家に居てくれても構わないんだけどな。百合華も悠君も幸せそうで良いと思うんだ。でも……娘の痴態や嬌声あの声をずっと見せられたり聞かされていると、凄く疲れてだな……」


 電車や街角でバカップルがチュッチュチュッチュしまくってるのを見せられている感じだろうか? いや、それ以上のことをやっているのだから、見ているダメージは数段上だろう。


 それが実の父親ともなれば、更にダメージは二倍三倍なのだ。


「た、確かに、これはキツいかも……」

「でしょでしょ」

 悠と百合華が、変な体勢のまま顔を見合わせる。


「た、たまになら良いんだぞ。でも、毎日のように見せられると……」

 幹也が天を仰いだ。まるで何かに祈るように。


「それだけじゃないのよ」

 絵美子が話に割り込んできた。


「ご近所さんで凄い噂になってるのよ。お宅の娘さんの声が凄いとかって。もう、恥ずかしくて恥ずかしくて……」


 エッチな声がダダ漏れ問題だ。


「あああっ! 俺の嫁がエッチ過ぎてご近所トラブルに!」

「ユウ君! 私だけのせいじゃないからっ!」


 そんなこんなで部屋を探す事になる。転居先でもエッチな声問題を起こしそうな気がするが、幹也の健康の為にも急がねばならない。




 悠がスマホで不動産のホームページを見ている。


「う~ん、ここなんかどうかな?」

「ちょっと狭いかも」


 何がどうしてこうなったのか、汗ばむような暑い日なのにギュギュっと抱き合う二人だ。百合華が『だいしゅきホールド』でガッチリと両足を絡め、完全に腰を密着させている。


「やっぱりユウ君の大学と私の職場の中間くらいが良いよね」

 グイッグイッグイッ!


「うん、バイト先も大学に近いし、それで良いと思う」

 グイッグイッグイッ!


「ユウ君……バイトして指輪や式のお金を貯金するのも嬉しいけどぉ、その分エッチの時間が減っちゃうのが寂しいよぉ~っ」

 グイッグイッグイッ!


「ええ……いっぱいしてるのに」


「もっとだよぉ~っ、そ、それに……そろそろ子づくりもしちゃう?」

 グイッグイッグイッ!


 ガタンッ!

 幹也が急に立ち上がる。


「だから、ボクの目の前でイチャイチャするのはやめてくれ。そ、それ大丈夫なのかい? も、もしかして……」


「入ってません。入ってませんから」

 悠が必死に弁明する。

 ※プロレス技が極まっていないという意味です。


「ああ、あんなに素直で純粋だった悠君まで、百合華の悪影響を受けてしまって……。もう、何かだ申し訳ないような気持ちでいっぱいだよ」


 幹也が、自分の娘のせいで義理の息子がエロエロになってしまったのを嘆く。


「そ、そういえば……昔はハレンチなことしちゃダメだと、あんなに心に決めていたのに。いつの間にかドスケベ嫁のペースに乗せられてハレンチ三昧に……」


 悠が絡まった百合華の脚を退けながら言う。


「悠君、分かってくれるか」

「お父さん、分かります」


 二人は心が通じ合った。

 ドスケベ百合華の乱れ具合を通して、義理の父と息子が分かり合えたのだ。エロは世界を救う。


「ちょっと二人共っ! 何で私が悪の権化みたいなのよ!」

 当然、百合華がキレた。




 家の中でエチエチしていても決まらないので、ネットでピックアップした物件を見に行くことになった。

 不動産屋に向けて出発だ。


 家を出てすぐ、いつもの奥様方に出くわす。


「あらあら、百合華ちゃんじゃないの」

「悠君も毎晩大変ね」


 うわぁ、また出た……

 お姉ちゃん大丈夫かな?

 またバトルになるかも……


「こんにちは。どうでした?」

 百合華が気さくに声をかける。


「百合華ちゃんの言った通りね。コスプレしたら旦那がその気になって。やっぱりセーラー服かしら?」


「うちもそうなのよ。ナース服にしたら、うちの人がハッスルしちゃってね。百合華ちゃんさすがね。エッチ方面なら先生ね。あ、実際に先生だったわね」


「それは良かったです。エッチがマンネリ化しないように、たまには変化や刺激も重要なんですよ」


 いつの間にか天敵のようだった奥様方を手懐けているエロ嫁。レスになっていた奥様方にアドバイスして、見事解決させてしまったようだ。


「ええええ……どうなってるの……俺の嫁が最強過ぎる」


 若干置いてけぼりの悠を他所に、世の奥様方を手懐ける百合華。天敵さえも取り込んでしまう大物感と懐の深さ。悪の組織ならぬエロの組織の総帥など、女ボスが似合いそうな気がしてくる。


 やっぱり最強の嫁だった。


 ――――――――




 さっそく不動産屋の車で目当ての物件を見学して回ることになる。悠と百合華は、営業車の後部座席に座っていた。

 当然のように恋人つなぎで指を絡め、目と目で見つめ合いピンク色のオーラを出しながら。


「ユウ君……」

「百合華ちゃん……」

「ユウくぅ~ん」

「百合華ちゃん」


 徐々に狭まる二人の距離。

 完全にキスモードだ。


 運転席の営業担当者が、チラチラとバックミラーを見ながら困った顔をする。まだ百合華とそれほど年齢も違わない若い女性だった。


「んっ……ちゅっ……」

 くちびるとくちびるが合わさる。

 人がいるのも忘れて、完全に二人の世界に突入ししてしまった。


「あ、あの、すみませんが車内でハレンチ行為は止めてもらえますか?」

 このままだと合体まで行ってしまいそうで、担当者の女性がツッコみを入れる。


「あっ、すみません。うちの嫁が」

「ええっ、ユウ君が悪いんだよぉ」

「百合華ちゃんが魅力的過ぎるから」

「ユウ君が誘い受けだからだよぉ」

「百合華ちゃん」

「ユウ君」


 再び縮まる二人の距離。


「あのっ!」


「「すみません」」

 キス寸前で止まる二人。

 困ったバカップルだ。



 ブロロロロッ――

 車はアパートの駐車場へと入って行く。


「先ず、一件目の物件はここです。駅に近くて1LDKトイレ風呂別になっております」


 部屋に入って先ずする事はキスである。目の前で説明する担当者が後ろを向いた隙に、百合華の電光石火のキスが炸裂した。


「ちゅっ……良い部屋だね」

「う、うん……」


「こちらが浴室です」


 担当者に促され浴室へと入る二人。


「なるほど、トイレ別なのは良いね」


「ユウ君ってば、私がトイレ入ってる時に、わざとお風呂入ろうとするかもしれないし」


「そんなのするわけないでしょ!」

 いまだに昔のネタを引きずっている百合華に、悠が速攻で否定しておいた。


「ホントかなぁ……ちゅっ、んっ……」


 両手を悠の首に絡めて熱いキスをする百合華。担当者が一瞬視線を外した隙を狙っての大胆な犯行だ。


「あの……百合華ちゃん、さっきから何やってるの?」

「重要なことだよっ! 新しい部屋でエッチがしっくりくるか試してるの」

「そんなの気にするのは百合華ちゃんだけのような……」

「重要だよぉ……ちゅっ」


 今度は担当者にバッチリ見られてしまう。


「あの……ハレンチ行為は……」

「「すみません……」」


 再び怒られてしまう。

 お客でもバカップルには容赦がない担当者だった。




 少し車で移動した二番目の物件に到着する。

 さっそく担当者の女性が説明に入る。


「こちらの物件は2DKになっておりまして、カップルさんには人気となっております。小さいながらもダイニングキッチン付きで、コンパクトな間取りでお値段も手ごろに」


「これ部屋が二つあって良いね」


 自然と悠の口から感想が漏れる。同じ部屋では毎晩百合華の強烈なエチエチプロレス技をくらってしまいそうだから。


「はい、喧嘩をした時に、一人になれる空間がありますから」

「なるほど」


 悠が担当者の話を聞いていると、百合華が文句を言い出す。


「喧嘩しないからっ! 部屋は一緒じゃなきゃ嫌!」

「でも、たまには一人でゲームしたい時も……」

「ベッドは絶対一緒だからねっ!」

「それは今までも一緒じゃん」


 実家でも、百合華に連行されるか忍び込まれるかで、ほぼ毎日添い寝状態なのだ。


 喧嘩はしないと言いながら喧嘩になりそうな二人に、担当者が割って入る。


「あ、あの、2DKのメリットは、片方の部屋をリビングにも使えますし、片方を寝室といった使い分けも可能です」


「それ良いかもね? 百合華ちゃん」

「私は寝室が一緒なら良いけどぉ」


 喧嘩になりそうな感じだったのに、何故か密着して抱き合っている。これが仲良しカップルの秘訣だ。


「じゃあ、ちょっと試してみよっか?」

「うん」


 新しい部屋でエッチがしっくりくるか百合華チェックが入る。またまた濃厚な熱いキスが始まってしまう。これには担当者も諦め気分なのか、もう何も言わなくなってしまった。


「ちゅっ、あんっ、れろっ……んっ」

 キスしているだけなのに、滅茶苦茶エッチな雰囲気だ。背中を搔きむしるように強く抱き合って、激しく貪るような大人のキス。


 淫魔女王サキュバスロードのフェロモンが大量に漏れ出し、部屋の中がピンクの空間に変えられてしまう。まさに悪魔の空間支配や妄想世界の具現化だ。


 そして、部屋で、ダイニングで、浴室で、ついでにベランダでキスしまくる。


「いいね、ユウ君」

「うん、百合華ちゃん」

「「ここにします」」


 百合華チェックで部屋が決定した。

 女性担当者が幹也のように疲れてしまったのは言うまでもない。


「ありがとうございます。それにしましても、熱々で羨ましいですね。私なんて、学生の時に付き合っていた彼と別れてから、ずっと独り身で……」


 大ダメージを受けた担当者が、身の上話を始めてしまった。これも百合華マジックだ。


「担当者さん、女性だからといって待っているだけでは幸せは掴めませんよ。時には狩猟者ハンターのように、狙った男をぐいぐい迫って堕としまくらないと。これからの時代、女が狩猟者ハンターとなって攻めるべきです」


 狩猟者ハンター嫁の百合華が、男を堕とすコツを伝授する。ぐいぐい攻めまくって堕とすだけだが。


「お客様……凄いです。私、やってみます。師匠と呼ばせてください」

「頑張ってくださいね」

「はい」


「あ、やっぱり師匠なんだ……」


 何処に行っても師匠にされてしまう百合華との新しい部屋が決まった。ここから怒涛の子づくりが始まるのだ。

 ご近所から苦情が来ないのを祈るばかりだった。


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