第146話 夫婦になった日
役所の窓口に婚姻届を提出する。身分証明書など各種書類も一緒に。
途中、近所の奥様方にエッチな噂話をされ大ダメージを受けた百合華は、悠にもたれ掛るようにして歩きここまで来た。
あんなエッチで恥ずかしい声を聞かれていたうえに、本人の知らないところで皆の噂になっていたなど恥ずかし過ぎる。もう、ご近所さんと顔を合わせられない状態だ。
しかし、そこは復活の速い百合華だけだって、役所に到着する頃には元気になっていた。逆に恥ずかしさをバネにして、更に夜が激しくなりそうで危険かもしれない。
「ご結婚おめでとうございます」
「「ありがとうございます」」
あっさり手続きが終了し、二人の結婚が決まった。記念品を受け取り、そのまま役所の玄関ホールまで歩く。
「えっと、凄いあっさり決まったけど。もっとこう、『義理とはいえ姉弟ですから少しお時間を頂きます』とかならないの?」
悠が窓口職員の声真似をする。
「ユウ君……結婚は、民法734条により直系血族又は三親等内の傍系血族の間では婚姻することができないの。つまり、私とユウ君は再婚した親の連れ子同士。つまり自身の血族の配偶者の血族という関係なので、結婚するには何の問題もないのよ」
百合華が説明する。
「えっと……よく分からない」
「簡単に言うと、実の姉弟は血が繋がっているから結婚できないけど、義理の姉弟は血が繋がっていないから結婚OKなの。ついでにイトコも四親等だから結婚できるの」
「分かりやすい……って、ちょっと待って。ということは、義理の姉弟って凄くイケナイコトだと思ってたけど、法的には問題ないの?」
「ないよ」
百合華があっさり認めた。
「ええええ……」
「だってぇ、ユウ君には
「いや、なに言ってんの、このお嫁さん」
楽しそうに話す百合華に、悠も苦笑いだ。
お姉ちゃん楽しそう……
途中、大丈夫かなと心配したけど、元気になって良かった。
それにしても、わざと背徳感を昂らせるとか、何だかお姉ちゃんらしいな。
てか、何で法律に詳しいんだ?
実は、お姉ちゃんって天才なのでは?
姉法における絶対権力者である百合華が、悠の腕に抱きつきながら話を続ける
「でも、姉弟での結婚は利点が多いんだよ。預金通帳や運転免許証やクレジットカードなど、氏名や住所の変更が要らないんだから」
「確かに。苗字も住所も同じだし」
「でしょ」
自動ドアの向こうの外は、明るい初夏のような日差しが照らしているのが見える。
「ねえねえユウ君、記念写真撮ろうよ」
百合華が役所を出たところでスマホのカメラを構える。
「いいね。撮ろう撮ろう」
二人で顔を寄せ合ってポーズを取る。ちゃんと役所が背景に入るように。
カシャ!
「ふふっ、二人の結婚記念だね。ユウ君っ!」
「うん」
悠が少し考えてから話し出す。
「あの……俺、バイトする。バイトしてお金を貯めて、必ず結婚指輪を用意して結婚式を挙げるから。写真もちゃんとしたのを撮ろう」
ぎゅっ――
絡めた腕で優しく抱きしめる百合華。
「ありがとうユウ君。ユウ君の気持ち、凄く嬉しいよ。でも、無理だけはしないでね」
「うん」
百合華の胸に抱かれ、ぬくもりと幸せを感じる。ずっとこのままでいたい穏やかな気持ち。
「それに、ほら、私って安いファミレスで喜ぶ彼女だからぁ」
「また、炎上しそうなネタを……」
巨乳なところも炎上ポイントだ。
「もしもの時は、私がユウ君を養うからねっ」
「ヒモだけはやめてぇ~っ!」
何かと金がものをいう世界で、真っ直ぐに愛情と優しさを向けて包んでくれる百合華。悠は、そんな優しい彼女と結婚できた幸せを実感していた。
「何だか俺のお嫁さんが世界一良い女に思えてきた。そりゃ、美人だし可愛いしスタイルも良いし。でも、性格も良くて優しいし、たまに怖いけど(小声)、オタク趣味にも理解があるし……そして、ありのままの俺を受け入れてくれる」
「そんなに褒められると照れちゃうよぉ」
モジモジ――
嫁が恥ずかしそうにモジモジする。
「これでエッチが激しいのを少し抑えてくれれば完璧なのに」
ぎゅぎゅぅぅ~っ!
「そう来ると思ってたよ。ユウ君」
もう予測済みだった。
こればかりは、いくら注意されても抑えられない。大好きな気持ちが後から後から溢れ出し、止めようと思っても止められないのだから。
「ふぅ~んだ、ユウ君がそういうコト言うのなら、もっともっと激しくしちゃうもんね。もうご近所さんにもバレちゃったし、本気だしちゃうんだからっ」
「え、ええ……まだ本気じゃなかったの?」
悠が、信じられないものを見たような顔をして呟く。
「だ、だってぇ、私が本気出したら、ドスケベ過ぎたり変態過ぎたりして、ユウ君が引いちゃうかもしれないしぃ……」
「今でも割と引いてる――って、いたたっ!」
「ほらぁ、そういうとこだぞ!」
いつもと同じコントのようになって、ギュウギュウ抱きつかれてバカップル状態だ。もう結婚して吹っ切れてしまったのか、外でもイチャイチャしまくっている。
「お昼食べてから帰ろうか? さっき言った人気のファミレスで。旦那様」
ニマニマとイタズラな顔をした百合華が、悠の顔を覗き込みながら話す。
「そうだね。いっそのことSNSに上げて炎上させるくらいの大物になりたいぜ」
「上げるの?」
「上げないよ。俺のお嫁さんを他の男達に変な目で見られたくないし。百合華ちゃんをエッチな目で見て良いのは俺だけなんだから」
「ふへへぇ~、そうなんだぁ~」
ちょっと嬉しそうな顔の百合華が顔を近づける。
「も、もう、行くよ」
「照れちゃって、可愛いぃ~」
終始ニマニマしっぱなしの百合華とファミレスに入る。
注文をして一息ついてから、悠がスマホを取り出す。
「よし、たまにはクループLIMEで報告でもしとくか」
ピピピ――
『サ〇ゼで喜ぶ嫁とランチなう』
ピコ! ピコピコピコピコ!
即座に返信が来た。
「早いな。どれどれ?」
『貴美:たまにLIMEしたかと思ったらそれ!? ムカつく!』
『真理亜:ラブラブかよっ! 爆ぜろ!』
『沙彩:わざとオシオキされに寄せてる?』
『歩美:あはは、明石君も大変だね』
『葵:いつもネタを提供してくれてありがとう』
「えええっ、酷くない?」
もう一度メッセージを送る。
『結婚しました。式はいずれ挙げる予定です』
ピコピコピコピコピコ!
やっぱり即座に返信が来る。
『貴美:おめでとう! でも、覚悟しなさいよ! 私をふって、お姉さんを選んだんだから。何かあったら承知しないからっ! あと……たまには相談にのってあげても良いわよ』
「ははっ、中将さんらしいな」
「ユウ君、相談から不倫が始まるんだよ……」
百合華がスマホを覗き込んで呟く。
「いや、不倫しないから」
『真理亜:ホントに結婚したんだ。おめでとう。あぁ~っ、あたしも結婚してぇ~っ! そうだ、あたしも相談したいことが……』
「夕霧さん……」
「旦那様、相談から不倫が――」
「しないからっ」
『沙彩:これで不倫プレイもバッチリね』
「えっと、東さん……?」
「あ・な・た・」
「しないから!」
『歩美:不倫もOKなんだ? 楽しくなりそうね』
「えっと……」
「悠……」
「しないよ!」
『葵:明石君、不倫はいけませんよ! もし見掛けたら、先生に言い付けます』
「えええええ…………」
「諜報員として六条さんを雇おうかしら?」
「ストーカースキルが活かされちゃう!」
くっ、お姉ちゃんの嫉妬を増幅させただけだったぜ。でも、皆が相変わらずな感じで嬉しいな。
「じゃあ、私もマキに送っとこ」
ピピピ――
百合かもメッセージを送る。
『私たち、結婚しました』
ピコ!
少しすると返信が来た。
『えええええぇ~っ! もしかして弟君と? やったね百合華! あっ、寝取られプレイなら任せて。良い感じに不倫してあげるから』
「はあ? はあああっ!?」
まるで釣りのようなマキの文面に、百合華がキレそうになる。
「お、お姉ちゃん、きっと冗談だから」
「でもぉ、マキって昔からユウ君を狙ってる気が……やっぱり一度キッチリプロレス技を決めていかないとダメかしら?」
「お、お姉ちゃん……よくそんなんで友人関係が続いてるね?」
百合華の暴走に付き合ってくれるマキは、かなり良い人なのではと思い始めた。
ふふっ、お姉ちゃんも相変わらずだな。
嫉妬深いところも可愛いんだけど。
でも……
お姉ちゃんは安いファミレスで良いって言ってくれるけど、いつまでも甘えてばかりじゃダメだよな。
俺が社会人になったら、お姉ちゃんをもっとオシャレで贅沢なレストランに連れて行ってあげないと。たまにはそんな風に、好きな人に夢を見させられる男にならないとな。
何故だろう、自分の為になら頑張れないのに、大好きなお姉ちゃんの為なら頑張れそうな気がする。
――――――――
仲良く手をつないで家路についていると、再びご近所の奥様方と遭遇する。もう、待ってましたとばかりだ。
「あらあら、百合華ちゃん」
「まあ、相変わらずラブラブで良いわねぇ」
ぎゅうぅぅ~っ!
突然、見せびらかすように百合華が悠に抱きつく。
「はぁい、毎日ラブラブなんです。私たち、結婚しましたから。ちょっとだけ声が漏れちゃうかもしれませんが、新婚さんというコトで大目に見てくださいね」
行きとは大違いで、奥様方の言葉にも動じずやり返している。午前中に受けたダメージを倍返しするかのようだ。
「ええっ、そ、そうなの……」
「けけけ、結婚……すごいわね」
「そうなんです。毎日ラブラブなんです。こんな風にぃ……むちゅ、ちゅぱっ、んっ……」
「ええっ……んっ、ちゅっ……」
いきなり濃厚なキスをされる。
それは舌を絡めて貪るような大人のキス。くちびるや舌を
キスしながら、奥様方をチラチラ見るのも忘れない。
「えええっ、ああっ……す、すごいっ……」
「はああぁ……良いわね……」
奥様方は完全にあてられて、顔を赤らめてムズムズしている。干上がった大地に恵みの雨が染み込むように、彼女達のカラダの奥に情欲の泉が湧いてしまった。
「では、失礼しますね。行きましょ、あ・な・た・」
「う、うん……」
そのまま奥様方を残して家に入る二人。
残された奥様方は、
「ああ、良いわね若いって……うちは、ずっとレスで」
「うちもなの。旦那がいつも疲れたって言って」
「ああっ、悠君みたいな若い子って良いわね」
「私も若い燕が欲しいわぁ」
負けたままではいられない。
かつて処女でありながら脳内シミュレーション130戦130勝という常勝不敗地上最強の姉がいた。百合華流風林火山という恋愛兵法を使い、数々の権謀術数を駆使して大好きな義弟を堕としまくった英雄女王。
そんじょそこらの有象無象の女性には負けていられないのだ。例え羞恥心で倒れたとしても、何度でも立ち上がり敵を打ち倒す。
不屈とは倒れないことではない。何度倒れても起き上がり屈しないことなのだから。
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