第145話 ご近所での噂

 三月末、札幌での転勤を終えた両親が戻って来た。再び実家での暮らしが始まるのだ。


 そして、自宅へと入った両親が最初に見たものとは――――


 ギシギシギシギシ――

「ほらっ、ユウ君、もっと頑張って!」


 リビングのソファーに座った悠の上で、馬乗りになって暴れる百合華の姿だった。


「もう許して、百合華様!」

「ダメ、許さない!」

「そ、そんなぁ……」

「姉の威厳と嫁の威厳を守らないユウ君にはオシオキ!」

「待ってぇ~」

「だから、待たないよっ! 旦那様!」


 何がどうしてこうなったのかといういえば……

 最近ちょっと強気な悠が姉兼嫁を躾けまくっていると、ドロデレ状態の百合華が突然反旗を翻したのだ。


 何事も調子に乗ってばかりではいけない。

 因みに婚姻届はまだ提出しておらず、正式に夫婦ではないのだが、もう完全に新婚さんエロエロわっしょい状態だ。


 ガタッ!

「お、おい、百合華……まさか……」


 帰宅してリビングの扉を開けた幹也が呆然と立ち尽くす。娘の意味不明なハッスルが衝撃的過ぎた。


「えっ、あああっ! 親が!」

 悠が帰宅した両親に気付く。


「ち、違うんです! これは……そ、そう、プロレスごっこです。入ってません! 入ってませんから!」


 ※プロレスごっこだからセーフです。技が入っていないという意味です。


「お姉ちゃん! 親が帰ってきたから!」

「ほぉ~ら、旦那様ぁ、いっぱい見てもらいましょうねぇ」

「訳が分からない!」


 誰も百合華の暴走を止められない。進撃する姉は世界最強の存在なのだから。


「ううっ、我が娘ながら意味が分からない……」

「ああっ、家に帰るなり眩暈めまいが……」


 幹也も絵美子も、ただただ茫然と立ち尽くしていた。


 ――――――――




 百合華の暴走も一段落して、今は全員そろって北海道土産を食べながら家族団らんだ。


「んっ! ゆ~ふん」

 オヤクソクのように百合華が口移しで食べさせようと、クッキーをくわえたキス顔で迫る。


「だから親の前はダメだって」


 お姉ちゃん……

 前より凄くなっている気が……

 人前でエチエチしないように躾けたはずなのに、前より酷くなっちゃうとかどうなってんの!


 そうなのだ。

 悠のオシオキで屈服され、ネコミミを装着したネコミミメイド奴隷姉になったはずなのに、懲りるどころか前より激しくなってしまう。


 悠にならSにもMにもなれてしまう百合華には、全ての攻撃はご褒美になり喜ばせるだけだった。もはや打つ手がない。

 オシオキすればするほど、百合華の攻撃力を上げているだけなのだ。



「というわけで、四月一日に婚姻届を提出するから」

 百合華が高らかに宣言する。


「お、おい、早すぎないか? 悠君が大学を卒業してからでも……」

 幹也が心配して声をかけた。


「なに言ってるのお父さん。こういうのは早い方が良いのよ。結婚は思い切りが大切なの。そもそも、お父さんが再婚を決めたのだって、思い切りだったんでしょ?」


「い、言われてみれば、そんな気も……」

 一枚上手な娘に突っ込まれて、ぐうの音も出ない幹也だ。


「そうね、百合華の年齢もあるから。悠が大学卒業してからというのも酷な気がしてきたわ」

 絵美子は賛成してくれるようだ。


「そうそう、高齢出産はリスクが高いって聞くし」


 ガシッ!

 余計なことを言う悠に、百合華の巨乳ヘッドロックが掛かった。


「悠! 誰が高齢ですって! まだ25歳ですけど何か?」


「ギブギブ! お、お姉ちゃんは若いです! ピチピチです。チョベリグです!」


「やっぱりバカにしてるでしょ! もう許さないからぁ~っ」


 調子に乗って二十年以上前のギャル流行語を使う悠。もう自業自得だ。


 ぎゅぎゅっ、ぎゅぎゅぎゅぅぅ~っ!

 ますます姉に絞め込まれる。

 ヘッドロックなはずなのに、巨乳を顔に押し当てられているのは愛情の証だろう。


「んんん~~~~」


「ほぉら、ユウ君、今夜は寝かさないからねっ! あ、お母さん、孫の顔は早めに見せられると思います」


 悠を胸で締めながらも、早めのお目出度アピールも忘れない。


「そ、そうね。百合華は頼もしいわね……」

「ま、まあ、孫は可愛いしな。ははっ……」


 もう、百合華の押しの強さに、絵美子も幹也も半分諦め状態で認めるしかなくなってしまった。



 そしてその夜――

 当然の事ながら、自宅に親がいると余計に燃える背徳姉だった。


 ギッシンバッタン、ギッシンバッタン!


「ほらほらぁユウ君、だらしがないぞっ! まだ二試合目ダブルヘッダーだよ。夜は必ず三試合、一日十試合がルールでしょ!」


「ひぃぃぃぃ~っ、そんなルールはねぇぇぇぇーっ!」


「ほら、旦那様ぁ~お嫁さんの愛情たっぷりチューもしてあげるから元気だしてっ! むちゅぅ~」


「んんっ……ちゅっ、ちゅぱっ……げ、元気でたかも?」


「よしっ、ガンガンいこぉ~っ!」

「ふっ、これも運命さだめか……」


 悠は全てを受け入れた。


 ――――――――




 四月一日、エイプリルフール。

 今日は二人にとって記念すべき大事な日。


「じゃあ行こっかユウ君」

「うん」


 一歩踏み出した道路は、すっかり春の陽気に包まれ、風に乗って何処かの桜の花びらが舞っている。まるで二人の門出を祝福するかのように。


「もう暑いくらいだね」

「春を通り越して夏になりそうだ」


 百合華が上着を脱ぐ。ノースリーブで胸が思い切り強調された服が現れ、悠がドキリとしてしまう。


「お、お姉ちゃん、露出度高めの服はやめてって言ってるのに」


「ええぇ~良いじゃん」


「ダメだって。お姉ちゃんは、ただでさえ美人でスタイル抜群で注目されるのに、肩とか脚とか出したり胸を強調したら、彼氏としては心配なの」


「ふへへぇ、ユウ君がヤキモチ焼いちゃうなら、もっと出しちゃおっかな?」


「もう、何なのこの姉……いや嫁か」


 タイトなシャツはキュッとウエストがくびれ、余計に胸の膨らみが強調されている。動く度にプルンプルンと胸が揺れ、煽情的やら魅惑的やらで見ていられない。


「ち、違うよぉ、私が着ると何でもエッチになっちゃうんだよぉ。わざとじゃないのに」


「言われてみれば……お姉ちゃんは何着てもエロいような? スーツ姿もメイド姿もジャージ姿でさえも……」


 そう、林間学校で着ていた学園指定のダサジャージも、一人だけエロ過ぎて男子生徒の目が釘付けだったくらいだ。


 路地を曲がったところで井戸端会議中の奥様方と鉢合わせする。


「あらぁ、明石さんの」

「まあまあ、悠君は卒業おめでとう」


「こんにちは」

「ど、どうも」


「あら、今日は二人でデート?」

「もう、相変わらず熱々ねぇ」


「「えっ?」」

 悠も百合華も、頭の中が『?』になる。


「もう隠さなくていいわよ。昔から仲が良かったけど、最近はラブラブオーラ出しまくってたからねぇ」


「そうそう、悠君が引っ越してきた頃から、百合華ちゃんの表情がとても柔らかくなって、これは将来もしかしたらとか噂し合ってたのよ」


「昔から仲良く一緒に出掛けるのを見かけたけど、最近は夜も御盛んみたいで、あの声が漏れたりしてね。もうっ、若いって良いわねぇ」


「きゃああっ、お盛んで羨ましいわぁ。オバサンたちも、もう少し若かったら悠君を狙ってたところよなのよ」


 衝撃的事実発覚だ。夜な夜なご近所に百合華の激しいあの声が漏れまくっていたようだった。これは恥ずかし過ぎる。


「えっ、あのっ、その、それは……ちがくて……」


 家の中では見せつけるようにエチエチする百合華だが、さすがにご近所にバレていたとなれば羞恥心が限界だ。真っ赤な顔で弁明しようとする。


「そ、その……プロレスごっこをですね……」


 そんな言い訳が通用するはずもなく。奥様方は更に話が盛り上がってしまう。


「もうっ、百合華ちゃん。隠さなくて良いのよ。ご近所中で噂になってるから。皆知ってるわよ。明石さん家の娘さんが御盛んだって」


「そうそう、人は見た目によるわよねぇ。普段は理知的で凛々しい風を装っているみたいだけど、エッチなカラダを持て余した百合華ちゃんは、やっぱり中身もエッチだったんだってねえ」


「でも、ちょっとは声を抑えて欲しいわよねえ。ご近所迷惑だし子供の教育にも悪いわよ」


「そうそう、私たちの頃なんて、声を抑えて天井のシミを数えたものよ」


「それいつの時代よ。あはははっ」


 奥様方は大盛り上がりだ。他人の色恋沙汰は大好物なのだろう。

 昔は完璧に外面を整えていた百合華だが、悠と本格的に付き合ってからというもの、完全に恋に溺れてボロが出まくっていたようだ。


 思わぬところから羞恥攻撃を受け、百合華のHPが削られてしまった。真っ赤な顔を両手で隠しプルプル震えている。


「すみません……もう許して……」

「あっ、これからは声を抑えさせますから。失礼します」


 限界でプルプルする羞恥姉を悠が連れて歩いて行く。これ以上は可哀想だ。



「ああああぁ~ん、ご近所にバレちゃったぁ」

「説明する手間が省けたじゃん。こ、これは不幸中の幸いだよ」


 百合華の背中をポンポンして励ます。

 ご近所に義理の姉弟での結婚を、どのように説明しようと考えていたが、百合華がエッチ過ぎて説明する手間が省けた。


 元から近所の奥様方は、二人が義理の姉弟なのも知っているのだ。


 義理姉弟で付き合う禁忌タブーさよりも、百合華の超魅惑的なボディと超煽情的な顔が勝っていた。そこに毎晩のようにエッチが声が聞こえてくるとなれば、噂の矛先は姉弟で付き合うことよりも、百合華のエッチさばかりに向かうのは当然の成り行きだった。


「ああああぁ~ん、もうイヤぁ~引っ越すぅ~」

「引っ越し先でも同じことになりそうだけど……」


 百合華の黒歴史が、また1ページ刻まれる。

 こうして、義理姉弟で結婚する噂はかき消され、百合華のドスケベさだけが近所の噂になってしまった。


 婚姻届を役所に提出する前に、羞恥心でフラフラになるエロ嫁。ここから二人の新婚生活が始まる予定なのに、百合華のエロさばかりが際立つスタートとなった。


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