第140話 いつもの日常、いつものオシオキ、百合華の黒歴史

 悠が教室に入ると、真っ先に貴美が駆け寄ってくる。いつもそうなのだが、今日は血相を変えて慌てた様子だ。三学期も終盤で自主登校となっているのにも拘らず、普通に登校して一緒になってしまうのだから気が合うというのか何というのか。


「悠、どうしたのよ!」

「中将さん、どうしたの?」

「どうしたのじゃないでしょ! 全くあんたは!」


 襟元を掴まれる。

 今日は、いつにもまして距離が近い。


「何で試験会場に来なかったのよ!」

「あっ、それは……トラブったというか何というか……」


 貴美も悠と同じ大学を受験していた。大学まで付いて来るとは、もはや健気な幼馴染ヒロインポジションのようだ。


「心配させないでよ! 全くあんたは、私が付いてないとダメなんだから! やっぱり一緒に行くべきだったわ。さ、最近は、ちょっと頼りになるとか、カッコいいかもなんて思ったりしてたのに……って、私、なに言ってるのよっ! バカっ!」


 ふられたのに、まだ忘れられないような貴美に、皆が声をかけてくる。


「不毛過ぎるわね。新しい恋でも探したら?」

 もう毎度のことのように沙彩が声をかける。


「そんなんじゃないからっ!」


「うっ、貴美が健気過ぎて可愛く見えてきたぜ」

 真理亜まで参加してしまう。


「う、うるさいわね!」


「中将さんって、ラブコメでいうと負けヒロインの幼馴染ポジションじゃね?」

 竹川が余計なオタク知識を披露してしまう。


「た・け・か・わぁぁぁぁ! 誰が負けヒロインよ!」

「ひぃぃぃぃーっ! す、すみませんでした」


 怖い顔の貴美に凄まれているのに、竹川が何だか嬉しそうだ。昔はあんなに怖がっていたのに、今では完全にドMに目覚めてしまったのかもしれない。


「竹川……おまえってヤツは……無茶しやがって」

 悠も呆れ顔だ。


 再び悠に向かって突進する貴美。竹川には近くないのに、悠にだけやたら近いのはお察しだ。キスされるんじゃないかと思うくらい顔が近い。


「それでどうなのよ? 大丈夫なの?」

「うん、追試を受けられるから大丈夫だよ」

「なら良いけど……」


 掴んだ襟元を離してくれる。

 たぶん、悠と一緒のキャンパスライフを想像していたのに、悠だけ落ちたのなら裏切られた気持ちなのだろう。


 沙彩が貴美の耳元で囁いた。

「ねえ、このままで良いの? もう完全に脈なしみたいだから諦めた方が……」


「私だってそんなの分かってるわよ。でも、あいつの顔を見ていると、何だか構いたくなっちゃうのよね。こう、ビシバシとシゴきたくなっちゃうというか……」


 シゴカレマスターの悠をシゴきたくてたまらない貴美だ。


「難儀な性格ね……」

「自分でも思うわ」

 二人で笑い合う。



 ガラガラガラ――

「おはようございます」

 そこに、百合華が教室に入ってきた。


 ササッ!

 何故か貴美が悠に抱きつく。


「え、ええっ、中将さん?」

「もう、悠ったら。そんなに私にシゴかれたいんだぁ?」


 何がどうしてこうなったのか、百合華を挑発するかのように目の前で悠にベタベタし始めた。


「ちょっと、そこの二人! ホームルームを始めるわよ。自主登校とはいえ、まだこの学園の生徒なのですから規律を守りなさい」


 ピキッ、ピキッ!

 大好きな悠を取られてキレそうになるのを抑えながら、教師として注意する百合華。本来なら速攻でアイアンクローをしているところだ。


「先生、大事な弟さんが取られて怒るのも分かりますが、学園最後の残り少ない日々を惜しむ、生徒同士のふれあいを止める権利は無いと思いまーす」


「それは……ど、どういうことかしら?」

 もう諦めたと思っていた貴美の反撃に、百合華もビックリだ。


「やっぱり、家で怖いお姉さんと一緒だと、たまには私に癒しを求めちゃうのも仕方がないと思うんですよ」

「ちょっと、中将さん!」


 悠が止めようとするのも聞かず、貴美がわざと百合華を挑発する。


「そ、そんなことないもんっ! 優しくしてるもん! あっ……」


 ついつい教師なのを忘れて百合華がムキになってしまった。悠のことになると我を忘れてしまうのがデレ姉なのだ。


そんな可愛い百合華先生に、教室の生徒達も盛り上がる。


「あ、百合華ちゃんが嫉妬した」

「百合華ちゃん、超カワイイ!」

「先生って、お茶目ですよね」

「うぉぉーっ! 可愛い百合華ちゃんも最高!」


「ん、んんっ! ち、違うのよ。今のは……早く席に着きなさい」


 案の定、真っ赤になって照れ顔を披露してしまう。氷の女王が悠に対してだけデレてしまうのは、今ではクラスの誰もが知っていた。


「もうっ、明石君! 帰ったら厳しい説教ですからね! 覚悟しておきなさい!」

「何故俺が……理不尽すぎる」


 何故か最後は悠にとばっちりがくる。とにかく百合華がイライラしたりムラムラしたら、全ては悠に向かうのだから耐えるしかない。


 ニヤニヤしている貴美に悠が声をかける。

「中将さん、なにやってんの」


「私だけ悠に振り回されてドキドキさせられるのがムカつくから八つ当たりよ! あんたは今夜キッチリ躾けられちゃいなさい!」


「くっ、相変わらずドSだぜ……中将さん、うちの姉の恐ろしさをしらないから……」


 悠が夜のオシオキを思い出す。今夜も姉の尻枕で眠る事になりそうだ。


 ――――――――




 午前中だけの悠が先に帰宅して姉の帰りを待っていると、待ちに待ったお姉様がご帰宅する。もう、ご褒美オシオキを待つペットのような従順さだ。


「おかえりなさいませ、お姉様」

 悠が玄関で跪いて丁寧にお出迎えする。


「ふふっ、良い心掛けじゃない悠」


 悠の態度を見て、ドS女王姉になる百合華。意思疎通はバッチリだ。一瞬で悠の心を読み取り、悠に合せたキャラに変化して楽しませてくれる優しさ。

 基本はSっぽいのに攻められるとMっぽくなってしまう。どちらの姉も堪能できる面白いお姉ちゃんなのだ。


「あんなに躾けたのに、まだ足りないのかしら? ほんと悠は欲しがりね」


 変なアイテムで恐ろしいオシオキをくらい、完全に躾けられて従順な尽くす弟にさせられていた。


 ちょっと攻めると、すぐよわよわになって陥落する百合華なのに、相変わらず攻めは超強力だった。毎回変なオシオキを考案し、ヘンタイさんなプレイを強要されれば、騎士王となった悠であっても従順になるというものだ。


「はい、お姉様、服を脱がせますね」


 いつものようにソファーに座った百合華の服を脱がせる悠。黒ストッキングも伝線させずにスムーズに脱がせ完璧だ。

 途中で『くんかくんか』して姉成分補充も忘れない。


「ユウ君、あの子とベタベタし過ぎ」

「で、ですよね……」

「わざと嫉妬させてるでしょ?」

「中将さんはそうなんだろうけど」


 もう、貴美はわざと百合華を嫉妬させているような気もする。


「それにしても、あなた達って仲良いわよね?」

「いや、そういうわけでは……」

「実際そうでしょ。誰が見ても仲良しよね?」

「うん……まあ、もう六年も一緒だし」


 六年間も片想いするなんて純粋に思えてしまう。ただ、貴美の場合は嗜虐心多めなのだが。


「あの子、恋敵なのに……何だか複雑……」

 百合華が少し真面目な表情をする。


 悠がキッパリと断ったのに、いまだ一途に想い続けているのは、敵ながら敬意を持ってしまいそうだ。


「色んな女を虜にするユウ君って、実は罪な弟なんだよね」


 百合華にとっては、悠がモテモテに見えて心配なのだ。悠のことは信用しているのだが、他の女は信用ならない。隙あらば寝取ってきそうで油断できないのだ。


「いや、そんなことはないでしょ」

「あるよ! いったい何人の女をたらし込んだの、ユウ君!」

「えええ……」


 意外と無意識な攻撃で、特定の女子だけ惚れさせまくっていた。現日本代表女子バレー選手で、僕っ娘で大人気になった松風美雪も悠にお熱なのだ。彼女が帰省した時は、週刊誌にスクープされないよう注意かもしれない。


「もうっ、ユウ君のエッチ! ヘンタイ!」

「エッチはどっちだよ」

「今夜もオシオキだからねっ!」


 百合華の芸術品のように綺麗な脚が伸び、悠のあごを足の指でコチョコチョする。他人にやられたら屈辱ものなのに、百合華にされるとご褒美なのだから困る。


 ううっ……お姉ちゃん……

 何でそんなフェチ心をくすぐるんだ……

 仕事帰りの蒸れた足にキスしてしまいそうだ……

 お姉ちゃんの表情が良過ぎるぅぅ~っ!


 昔から色々なフェチを植え付けられた悠は、もはや百合華の全てがフェチになっていた。百合華のカラダならば、髪の一本から足の指までフェチだらけだ。全てが愛おしくてたまらない。


「ほらっ、反省なさい」

 クイッ!

 つま先で顎クイされる。


「くぅっ……ダメだぁ……抗えない」

「うふふっ、欲しいんでしょ?」

「ううっ……」

「足にキスしなさい」

「は、はい……ちゅっ……」


 百合華の足の甲にキスした時、悠の心臓が一際高くドクンッと跳ねた。女王姉になった百合華には逆らえない。


「ふふっ、良い表情ね。そのままご奉仕しなさい」

 そんな事を言う百合華だが、内心超盛り上がっていた。


 ああっん……ユウ君……

 何でそんなにフェチ心をくすぐるのぉ……

 仕事帰りの蒸れた足にキスなんてダメぇ~っ!

 ユウ君の表情が良過ぎるよぉぉ~っ!


 昔から色々なフェチを植え付けた百合華は、もはや悠の全てのプレイにフェチ心をくすぐられていた。悠の行動ならば、髪の一本から足の指まで何処に触れられても気持ち良い。全てが愛おしくてたまらない。


 もう、息ピッタリなヘンタイ姉弟だ。


「じゃあじゃあ、次は強制お尻密着刑ねっ!」

 百合華が再び変なアイテムを使おうとする。


「お姉ちゃん……あれは止めた方が……」

「えっ?」

「だって、ずっと密着してるとお尻に汗もかくし、――も……」


 最後は小声になって聞き取れないが、悠が何か問題発言した。


「ちょっと待って! ユウ君、お姉ちゃんしてないよね?」

「えっと……」

「してないからっ! してないって言って!」

「そうだね。昔からアイドルはしないって言うし」

「ああああぁ~ん、もう許してぇ~っ!」


 そうして、百合華の黒歴史が、また一ページ増えた。


 そんないつも通りの生活が続き、悠は無事追試を受け卒業式がやって来るのだった。百合華との思い出が詰まった校舎にも別れを告げ、遂に新婚さんまっしぐらへと舵を切る。


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