第125話 オシオキも荒波も乗り越えて愛を貫く騎士王

 気まずい雰囲気でテーブルを囲む四人。


 直接対決に来たはずの貴美と、付き添いで来たはずの真理亜が、何故か悠の取り合いからエッチ宣言となり、そこに百合華まで加わりプロレスごっこに突入してしまう。

 ふと我に返ると、女子達のスカートが捲れパンチラしまくり、悠は三人の脚に埋もれ限界突破寸前だ。


 急に恥ずかしくなった女子たちが静かになったのが今の状況である。



「ご、ごめんなさい……」

 真っ赤になった貴美が謝る。

「つい興奮しちゃって……こんなつもりじゃなかったのに」


「いやぁ、あたしも何か昂っちゃってさ」

 真理亜も申し訳なさそうな顔で髪をイジっている。


「全く、だから不純異性交遊はダメって言ったのに」

「お姉ちゃんもでしょ!」

「うっ……は、はぁ~い」


 百合華が説教しようとするが、悠にツッコまれる。二人を止めるどころか、嫉妬して自分までオシオキに加わってしまったのだから困った姉だ。

 プク顔になって拗ねてしまった。


「ぷっ、ふふっ……あははっ」


 ツボに入ったのか真理亜が笑ってしまう。

 素を見せてしまった百合華としては恥ずかしさで赤くなる。


「ちょっと、夕霧さん」

「いや、だって百合華ちゃんが」

「それ! さっきから百合華ちゃんって呼んでるけど、先生をちゃん付けとか感心しないわね」


 生徒と一緒におバカな行為をしてしまった後では説得力がない。


「だって、クラスの子が言ってるけど。修学旅行の時に男子にゲームで負けて駄々こねてて可愛かったって」


 そう、あれから一部の女子生徒が親しみを込めて『百合華ちゃん』と呼んでいるのだ。


「そ、それは……ちょっとムキになっちゃっただけよ」


「百合華ちゃんって、家ではそんな感じなんだ? そっちの方が全然良いって」

 真理亜がニマニマしながら話す。


「も、もう、ダメよ。先生にそんなこと言っちゃ」

 百合華が照れて赤くなる。


「うっ、めっちゃ可愛いじゃん」

「うわっ、これじゃ悠が虜にされるのも分かるかも」


 もう隠すのも不可能なほど地が出てしまい、百合華がモジモジと恥ずかしがりながら照れる姿に、完全に二人も魅了されてしまった。

 人はギャップに弱いのだ。

 普段はキリッとして凛々しいのに実はお茶目な性格とか、そのギャップに萌えてしまうのかもしれない。


「と、とにかく、学園では内緒にすること!」

 今更ながら百合華が取り繕おうとするが、もう手遅れかもしれない。



 悠は自問自答していた。

 今までも貴美たちからやたら接触される機会が多く、『もしかして、これってモテ期では?』と『いやいや、勘違いしてはいけない』を繰り返していたのだが、ここまでハッキリ好意を向けられているのだから間違いない。


 まさか、ここに来てモテ期とか……

 気持ちは嬉しいけど、俺にはお姉ちゃんがいるのだから、ちゃんと結論を出さないとだよな。


「悠、ちょっといいかしら?」

「うん……」


 再び百合華が悠を連れ出す。


 バタン――

 廊下に出て部屋の扉を閉めると、百合華が抱きついてきた。


 ぎゅぅぅ~っ!

 そのまま悠の耳元に顔を寄せると、脳に直接響くような甘い声で囁く。


「ユウ君……信じて良いんだよね?」

「うん、俺はお姉ちゃんが大好きだよ」

「私以外を好きになっちゃったりしない?」

「俺は絶対に浮気しないから」

「嬉しい……」


 ぎゅぎゅっ!

 悠の言葉で百合華の腕が更に力が入り、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。甘い匂いと柔らかな感触で、何度やられても最高に気持ちよくて蕩けさせられてしまう。


 ちろっ――

「んんんっ~~~~」

 ビクッビクッ!


 突然首筋を舐められ、悠のカラダがビクッとなった。


「ちょっと、すぐそこに中将さんたちがいるのに」

「だってぇ、我慢できないよぉ」


 壁の向こうには貴美と真理亜がいるのだ。

 少しの声でもバレてしまう。

 絶体絶命の状況なのに、やっぱりヤキモチ姉の攻撃は止まらないようだ。


「ぺろっ、ちろちろっ、つつつぅ~~、ちゅぱっ――」


 百合華の舌が、首筋から耳へと、鎖骨を滑るように舐め、くちびるへと移動する。

 舌が通った場所が、まるで甘い電流でも流されたように快感で震える。くちびるをチロチロと舐められた時には、ゾクゾクと体の底から快感が沸き起こり立っていられない程だ。


「だめっ、バレちゃう……」

「ぺろぺろっ、ちゅっ、ユウ君……信じてるからね……」


 色々と限界になりそうなその時、部屋の中から貴美の声がした。

「ねえ、悠。まだ?」


 ビックゥーン!

 すぐそこからの声で、悠も百合華も止まってしまう。


「中将さん、ちょっと待って。すぐ戻るから」


 ガシッ!

 悠は百合華の肩を掴む。

「お姉ちゃん、ちょっと来て」


 そのまま一階へと連れて行った。



 百合華をリビングのソファーに座らせると、悠が覚悟を決めた顔で話し出す。

「お姉ちゃんはここで待っていて。俺が二人と真剣に話をしてくるから」


「う、うん。ユウ君のコト信じてるからね」

「うん」

「じゃあ、待ってるから」

「うん」

「でも、後でたっぷり続きをしてよね」

「う、うん」


 悠が二階へと向かう。

 最初から女子同士の直札対決など避けるべきだったのだ。これは悠がハッキリさせなければならないことなのだから。



 ガチャ!

「ただいま」


「悠、遅いよ」

「またオシオキされてたのか?」


 冗談のように言っていた二人も、悠の真剣な顔を見て静かになる。


「二人に聞いて欲しいんだ」


「な、何よ悠、そんな真剣な顔して。らしくないわよ」

「あ……そっか。まあ予想はしてたけどな」


 何かを察したのか、さっきまでのエチエチモードではなく、悲しそうな顔になる二人。


「あの、皆には感謝している。こんな俺を好きになってくれて。気持ちは凄く嬉しいよ。でも、俺はお姉ちゃんが好きだから」


 悠の告白に一気に落ち込む二人。


「中将さんとは中学の頃から仲良くしてもらって。俺は人付き合いとか苦手だったのに、中将さんのおかげでクラスでも浮かずに上手くやれていたんだと思う。たまにキツい時もあったけど、それも俺を思ってのことだったり優しさだったんだと思う。本当にありがとう」


「う、ううっ……」

 貴美の目に涙が溢れる。


「夕霧さんも、いつも明るく皆を引っ張ってくれて。本当はツラいこととか悲しいことがあったはずなのに、人前ではそれを見せずに、いつも楽しく皆の空気を良くしようと気配りしてくれて。そんな夕霧さんは、とても優しい人だと思う」


「な、なんだよ急に……ぐすっ……」

 真理亜も泣きそうになってしまう。


「他にも六条さんも、野分さんも、東さんも……俺と仲良く接してくれて感謝しているんだ」


 感謝しても感謝しきれない程の想いが溢れる。班決めの時も、積極的に仲間に入れてくれたのが、どれだけ嬉しかったか。今思い出して改めて感じる。


「でも、俺は……子供の頃に出会った時から、お姉ちゃんが大好きなんだ。どうしても忘れることなんてできない大切な人だから。だからごめん! 皆の好意は嬉しいけど、お姉ちゃん以外の人と付き合うわけにはいかないんだ」


 ハッキリと伝えた。

 自分の意志を。

 きっと、曖昧にする方が残酷だから。


「う、うう……うわぁ~ん! 悠のバカぁ~」

「あたしも泣けてきたぁ~」


 二人揃って完全に失恋して大泣きする。


「ごめん……」


「謝るなって言ってんでしょ!」

 ゲシッ! ゲシッ!


「中将さん、痛いって、蹴らないで」

「あんたのせいで悲しいんだから、黙って蹴られてなさいよ!」


 ゲシッ! ゲシッ!


「うん……分かった。気が晴れるまで思う存分やってくれ」

「えっ、良いの?」


 ゾクゾクッ!

「い、いや、やっぱ今の無しで」


 泣いていても怖い貴美だった。

 好きにやらせたら恐ろしい調教になりそうだ。


「うわぁぁ~ん! もう最悪ぅ~悠なんか知らない」

「だから止めとけって言ったのに」


 大泣きする貴美に真理亜が寄り添った。


「真理亜だって告白してたじゃない」

「まあ、そうだけどさ……」



 この日――――

 ドSフレンズは失恋した。

 誰が悪いわけでもない。

 出会った時期が違うのか。

 運命の巡り合わせなのか。

 ほんの少しの因果の違いで、人は出会い、人は分かれ、そうして世界は回っていた。




 泣きつかれて静かになった二人が帰るのを、悠と百合華が玄関で見送る。


「じゃあ気をつけて」


「うん……」

「じゃあな」

 貴美も真理亜も大人しい。


「中将さん、夕霧さん、私がこんなことを言うのは変かもしれないけど。私で良ければこれからも相談にのるから、もし良ければ何でも話してちょうだいね」

 百合華が心配して二人に話しかける。


「はい、お姉さん……」


 貴美が見上げる百合華は輝いていた。

 他の誰とも違う、奇跡のような完璧美人。

 それでいて、実はお茶目で可愛い人。

 欠点さえも魅力的にしてしまう理想の女性。


 百合華を見つめながら、貴美は心の中で呟く。


 はあ……

 やっぱり敵わないな……

 女の私から見ても魅力的だもの……

 初めて会った時から魅了されていたんだもの。

 凄く綺麗で、凄く知的で、凄い存在感。

 悔しい……

 でも、嫌いになれない。


「お姉さん、学園でも外でも、色々話しを聞いてください」

 何かを吹っ切ったのか、貴美の顔が上を向いた。


「ええ、これでも私は教師ですから。何でも話してね」


「じゃあ、また遊びに来ます」

「は?」


 一瞬、百合華が『?』となる。


「私、悠も好きだけど、お姉さんも好きなんです。悠にはふられちゃったけど、お姉さんのことも好きなので会いに来ますね」


「えっ、ええっ」


「貴美、おまえすげぇな」

 横の真理亜もビックリだ。


「それに、もしかしたら、悠が私の魅力に気付いて『調教してください』って言うかもしれないしねっ!」

 冗談のように笑いながら言う。


「中将さん……強過ぎるぜ」

「当たり前でしょ! 覚悟しなさいよね!」

「えええ……」


「じゃ、またね」

「じゃあな」

 バタンッ!


 悠に笑顔を見せてから玄関を出て行く。

 ちょっと強気で、何処までも前向きな少女。




 帰り道を歩く貴美が言い放つ。

「あああ! やっぱり悔しい!」


「そりゃそうだろ。あたしだって……」

 真理亜の方は少し引きずりそうな感じだ。


「真理亜、ワック行くわよ! 自棄やけワックなんだからっ!」

「またかよ。そんな大食いだと太るぞ」


 出会った頃は仲が悪かったのに、いつの間にか友達になっていた二人は、ふざけ合いながら道を歩いて行く。ちょっと初心うぶで頼りなさげなのに、優しくて何故だか惹かれた男の文句を言い合いながら。

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