第123話 お姉ちゃんvs小娘Ⅱ! 直接対決

 悠の部屋に緊張感が漂っている。

 悠争奪戦という、有り得ないような展開になってしまった。


 悠の右に貴美、左に真理亜、テーブルを挟んでベッドに百合華が腰かけている。

 百合華と貴美の間に、目に見えない攻防のようなものが繰り広げられ、真理亜は落ち着かないのかキョロキョロとしていた。




 数日前――――

 悠が職員室に乗り込んで噂が広がり、貴美と真理亜が体育館裏で話したあの日、ドSフレンズは放課後にワックワクバーガーで女子会をしていた。

 自棄やけワックだ。


 貴美の前にハンバーガーが積み上がっている。

 お尻バーガーとパイパイバーガーとお尻チキンバーガーとダブルお尻バーガーだ。


 美尻をイメージさせる丸くボリュームたっぷりなバンズにビーフ100%のパティを挟んだ、一部のマニアに大人気のメニューが復刻していた。

 ビーフの代わりに照り焼きチキンが入ったものと、お尻がダブルになっている通称『ケツダブル』と呼ばれるものも新発売だ。

 因みにパイパイバーガーは、パイ生地にパインが挟まっている健全なハンバーガーなので誤解なきように。


 小さな体の何処に入るのかと思わせるくらい、ビッグサイズのバーガー四個と、Lサイズのポテトとドリンクまで注文し、まさに自棄ワックの貴美だった。

 もちろん、真理亜と葵と歩美と沙彩は普通のセットメニューだ。


「まったく! 悠ったら、前からシスコンぽいって思ってたけど、本当にシスコンで義理の姉だったとか。何なのよもうっ! はむっ、んぐっ」


 ハンバーガーを食べながら、貴美の愚痴ぐちが止まらない。

 失恋して思いのほかダメージがあったようだ。

 文句を言いながらも、悠がクラスでイジられていた時は助け船を出す辺り、ドSなだけで性格は良いのかもしれない。


「貴美ってば、やっと認めたんだから。明石君が好きだって」

 歩美にツッコまれる。


「そうよ! 悪い?」

「悪くないし。てか、私もちょっと好きだし」

「は、はあ?」


 歩美まで認めてしまい、貴美が驚いてハンバーガーを落としそうになる。


「実は私も……」

「ちょ、ちょっとサーヤまで」


 さり気なく沙彩も暴露してしまう。


「去年の文化祭で一緒に調理班をやった時かな。彼って、素直だし優しいし料理もできるし、わりと好印象なのよね。ちょっと単純なとこもあるけど」

 普段クールな印象の沙彩が、ちょっと夢見るような顔をして語り出す。


「くっ……アユとサーヤまで……」


「あっ、でも明石先生には勝てそうもないから私は引くけどね」

「私も同意見」


 歩美と沙彩は身を引くようだ。

 あの地上最強で完全無欠で完璧美人の百合華と戦う気はないらしい。


「皆さんもなんですね。私も明石君は良いなって思っていました」

 葵まで便乗してしまう。


「あんた、私に嫌がらせしてたんじゃなかったの?」

 貴美がツッコむ。


「それもありますが」

「あるの!?」


「男子は怖いから苦手な人が多いのですが、明石君は怖くないので話やすいです。でも、貴美さんに嫌がらせしたいのもありますので」


 もう貴美が好きなのか嫌いなのかよく分からない葵だ。たぶん大好きなのだろうが。


「だから、何で嫌がらせすんのよっ!」

「お、お友達になりたかったからとか?」

「何で疑問形? てか、好きな子にイジワルする小学男子か!」


 葵の複雑な心境はさておき、ドSフレンズは皆、悠が好きだったようだ。


「まさか五人とも悠が好きだったなんてね」

「いや、あたし言ってないけど」

 既に真理亜も入っていた。


「真理亜は見りゃ分かるでしょ。冗談っぽく付き合おうとかエッチしようとか言ってたけど、あれ完全に本気なのバレバレだし」


「うっ、あたしって、そんなに分かりやすいのか……」


 あれだけベタベタしていれば誰でも分かるはずだ。

 ただ、分かりやすいのは貴美も同じなのに、やはり自分のことは気付かないらしい。


「はむっ、もぐっ、んっ……私、決めた!」


 トレイいっぱいに乗っていたハンバーガーも残り一つになった頃、貴美が何かを決意したようだ。


「明石先生に宣戦布告する!」


「「「は? はああああ?」」」

 まさかの貴美の宣戦布告宣言に一同ビックリだ。


「今度の日曜に悠の家に行こっと」


「おいおいおい、百合華ちゃんに宣戦布告って無茶すぎんだろ!」

 真理亜が止めに入る。


「やってみなきゃ分かんないでしょ。徹底的に悠を調教して、私なしじゃ生きられない体にしてあげるんだから」


 笑顔で怖いことを言い出す貴美に、皆が引き気味だ。

 沙彩だけは理解できるのか無言で頷く。


「貴美、あの百合華ちゃんの恐ろしさを分かってねぇのかよ。負けて更に傷口を大きくするだけだろ」


 皆よりも経験豊富な真理亜は気付いていた。

 百合華が、ただの氷の女王ではないことを。

 普段はピリピリした気の強そうな女性だが、好きな男にはデレデレになって甘やかし、骨の髄まで男を蕩けさせてしまう魔性を秘めているのだと。


 あんな存在自体が奇跡の女性に勝てるわけがないのだから。


「では、私も行きます」

「葵は止めとけって!」

 真理亜が葵を止めようとする。


「ですが、私も一緒に……」

「葵はうちらとショッピング行かない?」

「行きます」


 歩美のお誘いにあっさり乗ってしまう葵。

 葵の場合は、皆と一緒にいたいだけの気もする。


 くして、彼我戦力差十倍以上はありそうな戦いに挑む貴美。

 心配で真理亜が付いて行くことになるのだが……


 無謀な戦いで散ろうとする小娘の運命や如何に。

 ただ、戦力差は歴然だが、この戦いが百合華の嫉妬を大爆発させ、全て悠に跳ね返って命中しそうな予感がした。


 ――――――――




 そして現在、明石家では百合華vs小娘の戦いが繰り広げられていた。


「ほら悠、もっとこっちに来なさいよ」


 貴美が悠の腕を取り、自分の方へ引き寄せる。

 少しだけ胸を悠の腕に押し当てている。


「あの、ち、近いから……」

「しょうがないでしょ、テーブルが狭いんだから」


 テーブルの一方向に三人入っているのだから狭いのは当たり前だ。

 敢えて一緒に入って密着する戦法だった。

 そして、何故か止めに来たはずの真理亜まで一緒に密着しているのが意味不明だ。


 ピキッ、ピキッ!

 百合華の眉がピキピキする。

 目の前で悠が取られて超ご立腹なのだ。


 この勝負、圧倒的に百合華が有利かと思われたが、実はそうでもなかった。

 同年代の貴美がいくらエチエチしようと社会的に問題無いが、教師で大人な百合華が生徒とエチエチすると事案発生なのだ。

 それがこの世の習わしである。

 せっかく世間的には清い交際ということにしたのだから、ここで百合華がエチエチチュッチュするわけにもいかない。


 今、百合華の中では、大好きな悠を小娘に取られベタベタされるという、まるでNTRプレイのような状況だった。


 ピキピキ――

「中将さん……ちょっと近過ぎないかしら? 不純異性交遊はダメよ」


「いえ、これくらい普通ですよ。いつもこんな感じです」

 更に貴美が火に油を注ぐような発言をする。


「へ、へぇ……いつもしてるの?」

「はい、修学旅行では、もっと仲良くしてました」

「へぇ……もっと仲良くね……」


 百合華の威圧感が伝わってきて、悠は勉強どころではない。


 あああ……

 お姉ちゃんが、お怒りに……

 まるで龍のオーラが見えるようだ。

 百合華姫から八岐大蛇姫にでもジョブチェンジしたのか?

 あれっ?

 八岐大蛇って蛇だっけ?


 悠が混乱している内に、貴美だけでなく真理亜まで腕に抱きついてしまう。

 恥ずかしそうに頬を染める姿は完全に恋する乙女だ。


「夕霧さん、あなたも近過ぎるみたいだけど?」

 百合華は、ブチギレそうなのを何とか堪えながら聞く。


「あ、あたしも……好き……なんだけど……」

「は? 何でライバル増えてんのよ!」


 百合華より先に貴美が反応した。


「真理亜は諦めたんじゃなかったの?」

「いや、おまえが諦めないっつーなら、あたしもって……」

「はああ?」

「何なら三人……いや四人で付き合っちゃうとか?」

「ダメに決まってるでしょ!」


 真理亜は一夫多妻制でもOKらしい。

 だが、そんなの百合華が許すはずもない。



「悠、ちょっといいかしら? お茶を用意するから来て」

「う、うん……」


 有無を言わさぬ迫力の百合華が、悠の腕を引っ張り一階へと連れて行く。


 トタトタトタ――


 ダイニングに入ったところで、予想通り一気に距離を詰められる。

「ゆゆゆゆゆ、ユウ君! ななな、何で、あの子たちと良い感じになってるの!?」


 ドンッ!(壁ドォォォォーン!)

 ぼよんぼよんっ!


 百合華に壁ドンされた。

 通常の壁ドンと違うのは、巨乳がぼよんぼよんっと揺れまくって当たっている事だ。

 壁ドンというより胸ドンかもしれない。


「し、知らないから。ちゃんと断ったのに」

「あれだけオシオキしたのに、まだ懲りてない悪いユウ君なんだね」


 嫉妬と興奮で熱くなった姉の吐息が首筋にかかる。

 少しとろんとした顔で迫る百合華。

 来客でキスが中断して欲求不満が溜まりまくっていたのだろう。


「お姉ちゃん、マズいって。バレちゃうから」

「ふふっ、ここでしちゃおっか?」

「ヤバいから! 聞こえちゃうから!」

「ふふっ、チロッ」

「ぐぅっ!」


 百合華の赤い舌が、悠の首筋を滑るように走った。


「な、何する気?」

「悪い子のユウ君は、あの子達の近くでオシオキしないとダメみたい」


 本気なのか冗談なのか、恐ろしい事を言いながらくちびるを近づける。


「ちゅっ……んんっ……んああっ」


 一撃で蕩けされるキスをする。

 キスだけで悠の膝がガクガクと震えてしまう。

 本能に直接侵食するようなスキルだ。


 どうやら、貴美たちの行為で百合華のヤキモチが臨界点を越え、新たなエロテクに目覚めてしまったのかもしれない。


「ううっ、くああ……」

「ふふふふっ、あの子たちがお望みなら、お姉ちゃんも本気出しちゃおっかな?」

「ダメに決まってるでしょ!」


 攻め攻めになってしまう小娘二人に、受けて立とうとするちょっと大人げない地上最強の姉。

 二人の関係を親に打ち明ける前に、悠を狙う小娘を片付けるのだと。


 何とか姉の暴走を止めつつ貴美たちには丁寧にお断りしたい悠。

 しかし、オシオキフラグがビンビンに立っている。

 暴走姉と暴走同級生を同時に止める高難度のミッションが悠に課されていた。

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