第121話 さよなら淡い恋心と、こんにちは強いS心

 人がいない昼休みの体育館裏。

 白い体育館の壁と外周のフェンスとの間に樹木があり、独特の怪しげな雰囲気があった。


 悠は、両腕をガッチリと両側から美少女達に捕まれ、まるで男を取り合う三角関係のようなポジションで連れて来られる。


「あの、俺はどうなるの?」

 少し緊張した悠が言った。


「悠、覚悟しなさいよ……」

「まあ、痛くはしないから安心しろよ」


 貴美も真理亜も目が真剣だ。


「ええ……」



 奥まった場所まで行くと、貴美と真理亜が顔を見合わせた。


「あの」

「えっと」

 二人の声が重なる。


「一人ずつにしない?」

「そうだな」


 貴美の提案を真理亜が受け入れた。


「私は後でいいから、真理亜が先に話して」

「お、おう……」


 貴美が離れた場所まで歩いて行き、その場には悠と真理亜だけが残された。



「えっと……あのさ」


 真理亜は少し恥ずかしそうに視線を逸らしたりと落ち着きのない感じだ。まるで愛の告白でもするかのように。


「そういや、明石の好きな人って姉ちゃんだったんだな」

 意を決した真理亜がストレートに聞いた。


「えっ……う、うん」


 入学間もない頃、自分を卑下する真理亜に話したことだった。

 誰とは言っていないが、ある人との出会いで自分は変われたのだと。


「何となく、そんな気がしてたんだよ。おまえが姉ちゃんを見る目が、憧れのような恋のような、何かそんな雰囲気だったんだよな」


「夕霧さん……気付いていたのに黙っててくれたんだ。やっぱり夕霧さんは良い人だよ」


「や、やめろよ」

 ぐりぐりぐりぐり――


 何故か真理亜に腹をぐりぐりされる。


「はぁぁぁぁあ~っ、あの百合華ちゃんがライバルじゃムリだよな……」


「えっ!」

 真理亜の告白同然のセリフに悠が驚く。


「おまえ、やっぱ気付いてねぇのかよ!」


 ガシッ!

 首に腕を回され捕まってしまう。


「い、いや、何となくそうなんじゃないかとは思っていたけど。間違ってたら恥ずかしいし……俺がモテるわけないし。やっぱり気のせいかなと」


 悠は素直な思いを口にする。


「おいっ、あたし何度もアピってたのに……」

「ご、ごめん」

「謝んなよ! 余計ミジメになんだろ」

「えっと……ごめん」

「だから謝んなって! こら」


 コントのようになって真理亜にツッコまれる。


「それに、明石は意外とモテるし」

「それは無いよ。モテる男は、もっと陽キャで男らしくて頼りがいがある感じの……」

「確かに頼り無さそうな感じが」

「ええっ~」

「うそうそ、はははっ」


 真理亜が楽しそうに笑う。


「まあ、女子って確かにおまえが言うような男が好きだけどさ。でも、明石は付き合ってみたら良さが分かる男って感じなんだよな。優しいし大切にしてくれそうだし」


 かあぁぁ――

「ううっ、そんなの言われたら、て、照れるぜ」

 褒められて赤くなってしまう悠だ。


「そうやってすぐ顔赤くするのも美味しそうっつーか」

 首に回した腕に力が入り、何だか食べられそうになってしまう。


「そうだ! こっそり付き合っちゃうか?」

「いやいやいや、そんなのバレたら、お姉ちゃんにぶっ〇されちゃうよ!」

「ははっ、冗談だって」


 そう言って腕を離してくれる。


「じゃあ、貴美と変わるわ」

「うん」

「でも、結婚してねーんだから恋愛は自由だよな……(ぼそっ)」


 最後に怖い事を呟きながら、真理亜は貴美のいる方へと向かう。

 想いを吹っ切るようにハッキリさせたのに、やっぱり未練が残っている感じだ。



 入れ替わるように貴美がやって来る。

 相変わらず表情が怖い。


「何よ。何か言いなさいよ」

 やっぱり貴美がツンツンしている。


「えっ、あの……さっきは庇ってくれてありがとう。皆からイジられて困ってたけど、中将さんのおかげで助かったよ」


 まだピリピリした表情の貴美が口を開く。

「そんなの当たり前でしょ! と、友達なんだし……それより、何かムカつく!」


 ゲシゲシゲシ!

 脚に蹴りを入れられる。


「ちょっ、何で蹴るの?」

「あんたがムカつくからよ」

「そんな……」


 ガシッ!

 貴美が、襟元を掴んで顔を近づける。

 鋭い目がギラギラと輝き、ドM男子にはたまらないであろう表情で睨まれる。


 ううっ……

 やっぱり怖い……

 中将さん、基本良い人なんだけど、その目で睨まれると逆らえなくなりそう。


「今まで黙っててごめん。皆に義理の姉弟だと知られたら、さっきみたいにイジられると思って……」


「まあ、それは分かるけど……」


 やっぱり中将さんも俺を……

 そうだよな……

 夕霧さんと一緒に来たって事は……

 ちゃんと言わないと。


「あと……中将さんの気持ちに答えられなくてごめん」

「は?」

「いや、その、俺のこと好き……なのかと思って」

「は? はああ!? ち、違うし! 全然好きじゃないし! なに言ってんの!」

「えええ……違ったんだ。やっぱり俺の勘違いか」

「違わないし! 勘違いじゃないからっ!」

「どっちなの?」

「どっちもよ!」


 自分でもよく分からないのか、貴美が顔を赤くして混乱している。

 絶対に好きなはずなのに、素直になれない乙女心なのだ。


 姉以外の女の機微に鈍い悠でも、さすがにこれだけ毎日絡んできて、班決めも出掛けるのも一緒になりたがるのだから、そろそろ気付く頃だろう。

 先程の真理亜の言葉も後押ししていた。


「そうよ! あんたのこと気に入ってんのよ! す、好き……かもしれないの! 悪い!? もう、何か放っとけないのよ! いつも気が付けば悠ばかり見ちゃってるし! あああ! ほんとムカつく!」


 一気に捲し立てた。

 愛の告白なのに、終始怒っているのが彼女らしい。


「あ、あの」

「あんたは黙ってて!」

「えええ……」


 貴美の想いが止まらない。


「何なのもう! 中学の頃から悠のこと気に掛けてやってたのに。舎弟にして優しくしてあげたのに。それなのに……全然、私の方を見てくれないと思ってたら……あああああぁーっ! あんたは私に従ってれば良いのよ! 私にペットとして飼われて、何でも思うがままに恥ずかしいことされて! そ、そうすれば……え、エッチだってさせてあげても良いのに……」


 もう次から次へとボロボロ本音が出まくる。

 エッチもOKらしい。


 初めて貴美の本音を聞いて、悠も動揺が隠せない。


 ちゅ、中将さん……

 エッチもOKなのか……

 ペットにするとか恥ずかしいことさせるとか、やっぱりドSじゃないか!

 てか、あれで優しくしてたのか……

 まあ良い人だとは思うけど。


「あの、中将さんの気持ちは分かったから……」


「分かってない! ぜっっんぜん分かってない! もう容赦しないから!」


「今まで容赦してたの?」


「あんたがお姉さんを好きってなら、それで良いわよ。でもね、それで引き下がる私だと思う? もう徹底的に調教して、私なしじゃ生きられない悠にしてあげるんだから!」


「アウト過ぎるよ!」


 貴美のドSが開花してしまった。

 出会った頃から心の奥底に隠してあった……いや、隠せていないのだが。その悠を滅茶苦茶オシオキしたい嗜虐心が、他の女に取られるという嫉妬により、超強力なスキルとなって花が咲いたのだ。


「覚悟しなさいよね!」

「そ、そんな……」

「用はそんだけ。じゃ」


 ギラギラした瞳を輝かせながら、貴美は帰って行った。



「え、えっ、ええ……俺、どうなるの?」

 一人残された悠が呟く。


 百合華の問題を解決し、噂も何とか誤魔化したが、新たに同級生女子達のS心に火をつけてしまったのかもしれない。

 やっぱり英雄ヒーローになっても無双チートしても、女子からオシオキされる運命なのは変わらないようだ。




 一方、貴美たちといえば――――


「おい、良いのか?」

 真理亜が声をかける。


「ぐすっ……しょうがないでしょ」

 少し涙声の貴美だ。


「泣くなって」

「泣いてないし!」

「泣いてんだろ」

「泣いてない!」


 真理亜に肩を抱かれ歩く貴美。


「もうっ! やっぱムカつく! 徹底的に調教して私を好きにさせてやるんだから!」


「それ、やり方間違ってねぇか?」


「真理亜、今日の帰りワック行くわよ。自棄やけワックなんだから」


「貴美ってワック好きだよな。葵も呼んでやれよ。ハブると後で面倒だし」


 ふられてもめげないドSフレンズであった。


 ――――――――




 ガラガラガラ――

「ただいま」


 玄関から百合華の声がした。

 帰宅し姉の帰りを待っていた悠が、御主人様のお帰りを喜ぶワンコのように玄関まで出迎える。


「お姉ちゃん、おかえり」


 ガチャ!

 百合華が後ろ手にドアの鍵をかける。


「ユウ君……」

「お姉ちゃん……」


 靴を脱いで上がると、一気に距離を詰め抱きつく百合華。


「ユウ君、ユウ君、ユウ君! よかった、よかったよぉ~」

 ぎゅぅぅぅぅ~っ!


 廊下で抱き合ったまま押し倒される。

 百合華のムチッとした胸を押し付けられ、良い匂いと柔らかなカラダで蕩けさせられてしまう。


「良かったね、お姉ちゃん」

「うん……もう、ユウ君と一緒の学園に通えないのかと思ったよぉ」


 リビングまで行く時間も惜しいように、廊下に寝転んだままイチャイチャは始まってしまったようだ。


「俺とお姉ちゃんは、ずっと一緒だよ」

「うん、うん……」


 百合華の色っぽい顔が迫ってくる。

 完全にスイッチが入った顔だ。


「んっ……ちゅっ……」

 きゅん♡ きゅん♡ きゅん♡


 いつもより甘く、とろとろに蕩けるキスだ。

 百合華の胸が、きゅんきゅんと弾みまくって壊れてしまいそうなほどに。

 危機を乗り越えた事で、一層ラブラブ度が上がってしまったのだろう。


「ねえ、悠君」

「ん?」

「今夜は、ずっと一緒にいてね」

「うん、ずっと一緒だよ」

「嬉しいっ♡」


 百合華を抱っこしたまま体を起こす。

 ギュッとしたままリビングまで連れて行った。


 ギシッ――

 ソファーに座らせると、手足を伸ばして甘えまくる姉。


「ユウ君、服脱がせぇ~」

「はいはい」


 甘えん坊姉になった百合華のスーツを脱がす。

 モワッっと良い匂いがして、たまらなくなってしまう。


 ううっ、お姉ちゃん……

 相変わらず凄いフェロモンだ……

 抱きつかれて胸に顔が当たっていて、モロに吸い込んでしまうぜ。


 ふと百合華が思い出したように話し始める。


「ねえ、ユウ君」

「えっ?」

「クラスの女子が言っていた三人同時って何かな?」

「あっ……」


 悠はオシオキされる予定だったのを思い出す。

 オシオキばかりの人生なのだ。

 ただ、姉のエッチなオシオキは、昔から大好きなのだが。


「ねっ、ユウ君オシオキしよっ! 今夜もぉ、すっごいオシオキにしちゃうからねっ!」


「あああ……怖いのに凄い楽しみだ……もう俺どうしちゃったんだろ……」


 冗談なのか本気なのか、百合華の超オシオキEXが始まろうとしている。

 完全に躾けられている悠も、期待でドキドキが止まらない。

 今夜も眠れない夜がやって来るのだ。 

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