第119話 永遠不滅聖騎士王は決戦に挑む

 悠は学園へと向かう道すがら、ずっと百合華のことを考えていた。

 幼い頃、幸せそうな人たちを見ると羨ましさと共に劣等感を抱いていた自分に、大きな愛と優しさで自信と自己肯定感を与えてくれた大切な人。


 百合華がいたから今の自分があるのだ。

 天使のように優しくて悪魔のようにエッチさで、時に姉のように、時に友人のように、時に恋人のように、様々な顔で導き見守ってくれた大好きな存在。

 たまに怖くて変な性格だと思う時もあるが、それも魅力の一つだと思っている。


 大きなものを与えてくれた百合華には、返しきれないほどの恩があるのだから。



 お姉ちゃんが退職届を……

 きっと俺を守る為なんだ。

 お姉ちゃんとの関係がバレたら、俺がそのことで噂されたりイジメられたりすると思って……

 だから、全ての罪を背負って辞めようとしているんだ。


 でも、そうはさせない!

 必ず、お姉ちゃんを守って見せる。

 お姉ちゃんを幸せにするのは俺だ。

 その為には……



 悠は考えた。

 先ず情報を聞き出さねばならない。

 教師の中で比較的百合華と仲も良く、自分とも交流があり、そして味方になってくれそうな人物。

 悠には一人だけ心当たりがあった。



 悠が教職員用の通用口で待っていると、その人物『末摘花子』が現れた。

 すぐに駆け寄って話しかける。


「末摘先生!」

「ひゃ、ひゃい!」

 ビックゥ~ン!


 突然声をかけられてビックリする花子。

 何となく予想通りだ。


「あ、あれ? ショータく……明石君」


 相変わらず怪しげだが、今はそれどころではない。

 花子の手を掴んで人のいない階段下まで連れて行く。


「先生、ちょっと来てください」

「えっ、ええっ、えええ~」


 この時間、人通りが滅多にない校舎端の階段下で、人に見られないよう奥に隠れて花子に質問する。


「先生、姉のことで聞きたいのですが」

「は、はい……」

「何か問題があるのですよね?」

「そ、それは……」


 花子が口ごもる。


「秘密にするように固く口留めされてまして」

「俺は家族なんです。俺には説明するべきです」

「で、でも……」


 ドンッ!(壁ドォォォォーン!)


 焦った悠は、花子に迫り壁ドンする。


「先生! 緊急事態なんです。教えてください」

「ひゃ、ひゃい」


 若干、おねショタスイッチが入ってしまいそうな花子が、ポツリポツリと話しだす。


「その……師匠は……男子生徒との不適切な関係があると噂されていまして。本人は否定していますし相手の生徒も不明なのですが、スーパーで撮られた写真が……」


 写真だと!

 スーパー?

 もしかして……あの買い物の時……

 相手が不明ということは、俺だと気付かれていないのか?


「それで辞職することになったのですか?」

「はい……責任を取ると申されて……」


 やっぱり……

 俺を守る為か……


「教頭先生が、生徒から提出された写真を持っていると――」


 誰だそいつ!

 そんな写真で密告みたいな。

 迂闊うかつだった。

 やっぱり外でイチャつくのは危険だ。

 でも、まだ大丈夫だ。

 ここから俺が逆転してやる。

 俺は百合華の夫となる男、永遠不滅聖騎士王キング・オブ・エターナル・明石悠だ!


 中二病もここまでくると、もはや特殊スキルのようだ。

 完全に騎士王に成りきっている。

 百合華を想う信念が、悠を突き動かしていた。


「ありがとうございます先生。全て終わったら、規制解除BD版『魔神の刻印』を家で姉と一緒に観ましょう」


「へっ、ええええ~~~~」


 問題発言を残して去って行く悠。

 教師と深夜枠のエッチなアニメを観るとか余計に誤解されそうだ。




 ガラガラガラ――

「失礼します!」


 完全に騎士王に成りきった悠が、職員室へと入場する。

 まるで最終決戦、カムランの戦いに向かうアーサー王のように。


 スタスタスタ――

 そのまま真っ直ぐ山田教頭のところへと歩いて行く。


 ざわざわざわわざわざ――

 教師達が騒めく。


「ゆ、悠……」

 百合華も驚いて固まっている。


「な、何だねキミは?」


 教頭の前に堂々と立つ。

 まるで反乱を起こした円卓の騎士モードレッドと対峙するかのように。


「俺は騎士王……じゃなかった、明石悠です」

「明石……明石先生の弟さんかね?」

「はい、弟です」


 悠は覚悟を決めていた。

 今まで悠は、自分がシスコンだとバレたら恥ずかしいと思っていた。

 だが、今の悠は騎士王であり、百合華の夫なのだ。

 姫を守る騎士からスタートし、いまや騎士王となって、始めて百合華と対等になった瞬間なのだ。

 怖いものなど無い。

 むしろシスコンだと大声で叫びたいくらいだ。



「教頭先生、姉に淫行疑惑が出ているようですが、それはデマです。完全に間違ってます」


「な、何だと」


「写真があるようですが見せてください。その姉と一緒にいる男性は俺です」


「ななな、なに!」

 教頭が写真を出して悠と見比べる。


「ユウ君!」

「お姉ちゃんは黙ってて!」


 百合華が止めようとするが、悠の堂々とした態度で何も言えなくなった。


「確かに似ているような……?」

「こうすれば分かりますよね」


 悠が後ろを向いて同じ角度になる。


「おお、確かに似ている」

「ですよね。本人ですから」

「し、しかし、それでは……」


 それでは淫行相手が弟なのではと言いたげな教頭だ。


「教頭先生、俺は超シスコンなんです!」

「「「は? はあぁぁぁぁ!?」」」


 教頭だけでなく職員室にいる教師全員が驚いた。


「俺は、お姉ちゃん大好きっ子なんです! だから姉と腕を組んだりハグしたりとか普通です。日常茶飯事です」


「き、キミは何を言っているんだ」


「だから超シスコンの話です! 写真の男は俺で、超シスコンだからイチャイチャしているのです。相手が俺だから淫行ではないですし、生徒にも手を出していません! むしろ家族愛です!」


「ううっ……」

 余りに堂々としたシスコン宣言に、教頭も狼狽うろたえて後ずさりする。


「し、しかし、例え姉弟とはいえやり過ぎではないのかね?」


「やり過ぎ結構! これくらい欧米では普通です。実は明石家はアメリカナイズされてますので」


 ちょっと意味不明だが、とにかくアメリカンな感じだ。

 実際キスしまくっているから欧米風かもしれない。


「だ、だが、いくら欧米風とはいえ、これはさすがにやり過ぎなのでは? まるで恋人のようではないかね」


「実は……俺と姉は血が繋がっていないのです!」


「は? はああ!?」

 悠が暴露しまくって教頭も混乱してしまう。


「深々と雪が降る、あの寒い夜……」

「キミは何の話をしているのかね?」

「ま、まあ、前置きは省きます」


 想いが暴走し過ぎて、出会いの数年前から話し出そうとしたが、時間がかかり過ぎるので省略した。


「母子家庭で育った俺は、いつも家で一人寂しく過ごし愛に飢えていました。幸せそうな人を見ては、自分は不幸なのだと世を呪い劣等感に苛まれ……しかし、親の再婚で姉と出会ってからは、その大きな愛で包まれ、俺に生きる希望と幸せを与えてくれたのです。そんな恩人である姉を愛さずにいることなどできようか? いや、できなぁぁぁぁい! 大きな愛をくれた姉には、将来幸せになって欲しいから! 淫行などと言われるのは不本意です。今は清い関係ですが、俺が学園を卒業したら、姉の為に生き、姉の為にその身を捧げ、姉の為に尽くし、必ず姉を幸せにします!!!!」


 思いの丈を全て吐き出す。

 百合華が大好きだという感情を。

 実際は、やりまくりなのだが、清い交際として……

 そこは上手く誤魔化していた。


 姉の尻でオシオキされ、何でもバカ正直に言ってしまえば良いわけではないと知ったのだ。

 正直さや誠実さは大切だが、時にそれは人を傷つけてしまう。

 誰かを守る為の小さな嘘も必要なのだ。


 お尻は色々なことを教えてくれた――



「ユウ君……そんなに私のことを……」

 百合華の目に涙が溜まり零れそうだ。


「お姉ちゃん、もういいんだ。俺は、誰にも恥じない。お姉ちゃんが大切だから」


「ううっ……し、しかし」

 教頭も少し感動しつつ対応に困ってしまっている。


 ガラガラガラ――

「待ってください!」


 そこに花子が飛び込んできた。

 思わぬ援軍の登場だ。


「教頭先生! 師匠……明石先生は、弟さんを守ろうとして、だから学園を辞めようとしてたのです」


「末摘先生、それはどういうことですかな?」


「こんな写真が出回ったら、きっと弟さんが学園でイジメられると庇ったのです。これは姉弟愛、家族愛、延いては人間愛なのでしゅ! この美しくも尊い愛と思いやりの精神を否定できましょうか!」


 感極まった花子が熱弁する。

 途中、少しだけ噛んでいたが。

 感受性豊かなオタク同士だけあって、悠と何か通じるものがあったのかもしれない。


「そ、そうですね……写真の相手が生徒との淫行ではなく、家族ということでしたら……」


「で、ですよね! 家族愛ですよね!」

「ですです! 愛でしゅ!」


 教頭が、悠と花子にぐいぐい圧される。


「わ、分かりました。この件は不問に。写真を提出した生徒には、私から説明しておきます」


「や、やったぁぁぁぁ~っ!」

「や、やりましたよ。悠君」

 何故か抱き合う悠と花子。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

 後ろから百合華の威圧感が急上昇する。


「末摘先生!」

「ひぃぃぃぃ~っ、ね、狙ってません、狙ってませんよ」


 むしろ百合華より花子の方が事案を起こしそうで危険だ。



「あらあら、随分と騒がしいこと」

 その時、騒然とする職員室に、どことなく気品のある六十代くらいの女性が入ってきた。


「「「が、学園長!」」」

 そこにいる教師全員が驚く。


 藤桐皐月とうどうさつき

 藤桐紫桜学園とうどうしおうがくえんの理事であり学園長でもある。

 厳しそうな中にも優しさのある表情をした、百年以上続く学園の創立者の身内だ。


「話は聞かせてもらいました」

「学園長、こ、これはですね」


 何か弁解しようとする教頭を制して、皐月は悠のところまで行く。


「あなた、なかなかやるわね」

「えっ?」


「いくら大切な人とはいえ、普通そこまでできないわよ。愛する人を守るために罪を被ろうとする姉に、愛する人を守ろうとして自身の不利益も顧みず庇う弟。実に美しいじゃありませんか。本校の理念にも通ずるものがあると思いませんか? 先生方」


 皐月の言葉に教師たちも頷く。


「その心をいつまでも忘れずに頑張りなさいね」

「は、はい」


 何か良い感じの雰囲気を残して学園長は部屋を出て行った。


 あれ?

 何か解決したのかな?

 ほぼヤケクソっぽい感じで突撃したのに。

 あのおばさんが良い感じにまとめてくれたし。


「ユウ君!」

 ガシッ!


 百合華に抱きつかれる。

 教師達の見ている前ではさすがに恥ずかしい。


「もう、心配させないでよ。せっかく私が遠くの学校に赴任して、ユウ君を守ろうとしたのに」


「そんなのさせない! ずっと側にいるって、一人にしないって約束したでしょ」


「ふえぇぇぇぇ~ん、ユウくぅ~ん」


 ギュッと強く抱きしめられる。

 ふと、横を見ると――――

 何故か男性教師達が膝から崩れ落ちていた。


「あああっ、羨ましい」

「百合華女王と血の繋がらない弟だと」

「俺達の憧れ、氷の女王がぁぁ~」

「俺も義理の姉弟、いや兄妹になりてぇ~」

「おっぱい元帥とハグとか……羨ましすぎる」


 問題発言しながら阿鼻叫喚の嘆きに包まれる同僚教師達。

 少しでもお近づきになりたいと願っていた憧れの美人女教師が、既に義理の弟と行き過ぎたくらい仲良しで、毎日のようにハグしているのかと思うと、もう立っていられないくらいの衝撃と嫉妬の嵐なのだ。


「あ、あの、先生方……」


「明石、どんな感触なんだ? そ、その、抱きしめられた時のおっぱいは?」

「えええ……」


「明石君、先生とハグしないか? せめて女王の匂いやぬくもりを間接的にでも感じたくて」

「いや、嫌過ぎる……」


「き、キミ、もしかして、女王がお風呂上りで下着姿とか見てるのか? どんな感じだった?」

「は……?」


 この人たち、大丈夫なのか?


 男性教師達は中年女性教師に説教されている。

 自業自得なので、この際モブは関係無い。



 問題が解決したと喜ぶ悠だが、実は一つ問題を解決したことで更なる問題を起こしたことに気付いていなかった。

 果たして悠の運命は――――

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