第98話 聖なる夜に過去の幻影

 クリスマスパーティーなのに焼肉や居酒屋風の一品料理が並ぶ。

 フライドチキンがあるのでギリギリそれっぽい感じになっている。海外ではチキンではなく七面鳥ターキーが一般的だが、ここ日本ではクリスマスといえばチキンが定番なのだ。



 広々としたお座敷に悠が上がると、既に何人かは盛り上がっていた。


「ほら、あんたはここよ」

 貴美が悠の席を勝手に決める。

 ちゃっかり自分の隣を指定していた。


 やはりシゴカレマスターだけあって、周囲に怖い女子ばかりだ。


「えっと、チェンジで」

「チェンジはできませ~ん」


 冗談で悠がチェンジを要求するが、更に貴美のテンションを上げただけだった。


「明石……相変わらずドSフレンズに囲まれてるよな」

 Sっぽい女子に囲まれる悠に、竹川が憐れんでいるような羨んでいるような目を向ける。


「ちょっと竹川、『ドSフレンズ』って私たちのこと?」

「い、いや、やっぱり怖いぜ……」


 ちょっとキツめに貴美に言われただけで、竹川が怯んでしまう。

 やっぱりドSフレンズで合っているのかもしれない。


「中将さんはドSだけど、意外と良いところもあるんだよ」

 悠がフォローする。


「ちょ、ちょっと悠……って、ドSじゃないし!」

 貴美が悠に褒められて喜ぶが、結局ドSなのに気付いた。


「まあ、ドSなのは置いといて、よくこんな広い席が取れたね?」


 クリスマスイブで週末という条件なのに予約が取れたのを不思議がる悠。


「ちょうどキャンセルが出て空いてたのよ」

「そうなんだ」



「「「カンパーイ!」」」


 クリパの方は既にウーロン茶やソフトドリンクで乾杯して勝手に盛り上がっている。

 余り騒がしい場が得意ではない悠は、適当にノリに合わせておいた。



 料理が食べ終わった頃にプレゼント交換となる。

 千円くらいで買ってきたプレゼントを混ぜて、クジ引きでゲットする定番のアレだ。

 因みに誰のプレゼントかは分からないようにしてあった。


「5番……これ誰のかしら?」

 貴美が、ゲットした小さな箱のプレゼントを開けてみる。


「ハンドクリーム?」

「あ、それ俺のだ」

「えっ、悠……そうなんだ」


 貴美は悠のプレゼントだった。


「ま、まあ、実用的なのを選ぶところがあんたらしいわね。でも、ちょうど欲しかったから、使わせてもらうわね」

 ちょっとだけ嬉しそう顔を隠せずニヤニヤししている。


「俺のは何だろ?」

 ガサガサ――


 悠のプレゼントの袋を開けるとマフラーだった。


「おっ、それあたしのだ」

 真理亜が声を上げる。


「そうなんだ、ありがとう」

 とりあえず首に巻いてみる悠。


「お、おう……」

 あ、あたしのマフラーを明石が……

 諦めようと思ってたのに、やっぱり諦められなくなっちまうだろ……


 やっぱり少し未練がある真理亜だった。


 因みに竹川の持ってきた布教用ソフィアちゃん1/10スケールフィギュアは、葵がゲットしていた。


「これは何ですの?」

 葵が不思議そうな顔でソフィアちゃんを眺めている。



 おい、竹川……

 陽キャなイベントにフィギュア持ってくるとは……

 無茶しやがって……




 一次会も終了し、店の外でも皆盛り上がっていた。

 良い感じになる男女もいる中、ドSフレンズと呼ばれたいつもの女子達は、やはりギラギラした目で悠を見ている。


「悠、今夜は二次会も行くわよ。カラオケとか」

 当然のように、貴美が悠の腕を掴んで二次会に連れて行こうとする。


「ごめん……俺は一次会で……」

「えっ、何で?」

「実は……お姉ちゃんが風邪で寝込んじゃって」

「えっ! お姉さんが」


 貴美が心配そうな顔をする。


「だから早めに帰ろうかと……」

「そう、それは心配ね……」


「そうか……姉ちゃんには何か消化の良いもんとか、食べやすいもんを買ってった方が良いかもな」

 反対側から真理亜も話しかける。


「うん、何か帰りに買って帰るよ」


 余り心配な顔ばかりで場を盛り下げるのも悪いので、悠は無理やり笑顔を作った。


「じゃあ、ごめん。また」


「うん、お大事にって伝えておいて」

「またな」


 盛り上がっているメンバーに気付かれないよう、さり気なく貴美と真理亜に声をかけ、静かにその場を後にする。

 残してきた姉が心配で、通りを曲がると少し速足になった。



「はあっ、はあっ、寒い……」


 煌びやかなイルミネーションが輝く街並みを速足で歩くと、可愛くデコレーションされたクリスマスアイスケーキの看板が目に留まった。


「そうだ、お姉ちゃんに買っていこう」

 そう言うと、悠は店に入った。


 ――――――――




 その頃、百合華は少し熱が上がりうなされていた。


 悠が家を出た時は大した事ないと思っていたのに、一人きりになった途端に熱が上がり弱気になってしまう。

 普段は強く凛々しいのに、やっぱり悠がいないと弱ってしまうのだ。



「ううっん……嫌っ……一人は嫌なの……」


 朦朧もうろうとした意識の中で、百合華は子供の頃の記憶を思い出していた――――


『熱も下がってきたわね』


 体温計を見た実母が呟く。

 風邪をひき布団に寝かされた百合華の看病をしていた。


『お母さん……』

『あとはゆっくり寝てれば治るわよ。じゃあ、お母さんは用事があるから』


 派手な恰好をして家を出て行く実母。

 虐待とまではいかなくても、奔放ほんぽうな性格の実母は飲み歩いたりなど、よく家を空けていた。

 幼い百合華は、一人で仕事の忙しい父親の帰りを待っていることが多かったのだ。


 バタンッ!

 玄関ドアの閉まる音が聞こえると、百合華が声を上げる。


『やだぁ……一人はやだよぉ……』


 薄暗い部屋の中、自然と涙が流れてくる。

 いつしか百合華の心は愛に飢えてしまうのだった。


 実母は、百合華を愛していない訳ではないと言うが、問題の多い親によって被害を受けるのは常に子供なのだ。



 いつしか記憶は大きくなった頃の思い出へとなっていた。


『百合華、そんな怖い顔するなよ。初めての両家族の対面なんだから』

 父親が再婚相手を紹介すると言う。

 

 百合華は父親の再婚に反対だった。

 問題のある母が自分を捨て出て行き、もう母親などこりごりだと思っていた。

 誰かに寄り添いたい強い気持ちと共に、他人が家に入って来て欲しくない思いが混在していたのだ。


『あの、こちらが息子の悠です。仲良くしてもらえたら嬉しいのだけど』

 絵美子が悠を紹介する。


 ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーン!!!!


 あの時の衝撃は今でも覚えている。

 昔から夢に描いていたような、自分だけを愛してくれる無垢なる存在。

 誰の色にも染まっていない穢れなき少年。


 そうだ……

 私は、この子に逢うために生まれてきたんだ。

 ユウ君と逢うために……


 どうしても欲しかったの……

 誰にも渡したくなかったの……

 だから、ちょっと強引に迫っちゃったりして……

 偶然を装って胸を押し付けちゃったり……

 ごめん……

 ごめんね、ユウ君……

 悪いお姉ちゃんだったね……


 ――――――――

 ――――――

 ――――



「――――ちゃん、お姉ちゃん」


「うぅぅ~ん、ごめん……ごめんね……」

「お姉ちゃん、大丈夫?」


 うなされていた百合華が目を開ける。


「あれ……ユウ君が……幻覚かな……」

「お姉ちゃん?」


 ベッドで目を覚ました百合華の見つめる先に、愛しの悠の姿が見える。


「ごめんねユウ君……ホントはイケナイことだって分かっていたの。でも、我慢できなくて……どうしても私だけのユウ君にしたくて、どうしても私色に染めたくて、ユウ君とエッチなことしたかったの……オシオキとかプロレスごっことか言って、ホントはエッチなコトばかり考えてたのぉ!」


「え、ええっ?」


「ホントは小さいユウ君と〇〇したり〇〇〇を〇〇したりピー自主規制したかったのぉぉぉぉぉぉ~っ!!」


「あっ、アウト過ぎるよ!」


 悠のツッコミに、百合華の目の焦点が徐々に合ってくる。

 目の前にいる悠が幻覚ではなく本物だと気付いた。


「あれ? ホントのユウ君?」

「お姉ちゃん……」


 ガバッ!

 百合華が思いっ切り抱きついてくる。


「うあぁぁぁぁ~ん! ユウくぅ~ん、もう一人にしないでよぉぉぉぉ~」


 久々に見る姉のギャン泣き。

 大人っぽくてしっかりしているようでいて、たまに子供のように泣くのだ。


「よ、よしよし……」

 とりあえず、姉の頭をナデナデする。


「もうやだぁ~寂しいのぉ~何処にも行かないでぇぇぇぇ~っ!」

「い、行かないよ」

「やだやだぁ~すっと一緒にいてぇぇぇぇ~他の女に触っちゃダメぇ~喋るのもダメぇ~」

「えええ……」


 いつもより要求が多い姉。


「ギュッってしてぇ」

「はいはい」

「ナデナデもぉ」

「はいはい」

「エッチもぉ」

「はいはい……じゃないよ!」


 どさくさに合体しようとする百合華。

 風邪で体調悪いのだから無理しない方が良い。


「体調はどうなの?」

 悠が百合華の額に手を当てる。


「少し熱が下がったのかな?」

「さっきまで熱で寝込んでたんだよぉ~ホントなの」

「熱が上がってウイルスを退治したのかな?」


 少し汗をかいているようだ。


「汗かいてるから体を拭くよ」

「優しくしてよね。体の隅々まで」


 パジャマを脱がして優しく体を拭く。

 汗で濡れた艶やかな肌が、たまらなくセクシーだ。


「クリスマスアイスケーキ買ってきたから後で食べよう。アイスなら食べられるかと思って」

「うん……ありがとう……ユウ君」


 極力見ないようにしながら背中や腋を拭いてゆく。

 寝込んで乱れた髪が、不思議な色気を出しまくり、異次元のエロさになっていた。


「でも、熱が下がって良かったよ。もし下がらなかったら、座薬を入れる羽目になるかと思った」

 悠が冗談交じりに言う。


 座薬とはお尻の穴に注入する半固形状で、体温で溶けて吸収される解熱効果がある薬剤だ。

 しっかり中まで入るように押し込まねばならず、年頃の女性にするのは躊躇ためらわれる。


「……いいよ」

「へっ?」

「ユウ君がしたいなら……いいよ」

「いや、冗談のつもりだったのに」


 今日の百合華は熱のせいか、いつもよりちょっと変だ。


「もうユウ君には、ウ……してるとこも見られちゃったし……ユウ君が望むのなら全部見せてあげる」


「ちょぉ~っと待った! お姉ちゃん今日は調子悪くておかしいんだよね?」


 ぎゅうぅぅぅぅ~っ!

 百合華が強く抱きついてくる。


「ユウ君、ユウ君、ユウ君……何処にも行かないでね。ずっと私の側にいて」


「うん、何処にも行かないよ。ずっと側にいるから」


「今夜はずっと手を握ってて! あと、アイス食べたい……」


「はいはい」


 いつにも増して甘えん坊になってしまった姉。

 愛に飢えた百合華の、悠に対する独占欲が更に強まる結果になってしまう。


 そして――――

 この後、少し変になった姉の、超甘えん坊攻撃が始まるのだった。

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