第97話 クリスマスイブにヤンデレの予兆

 暮れも押し迫る終業式当日。

 藤桐紫桜学園職員室では、女教師二人が切実な話をしていた。


「はあ……今年も一人でクリスマスです……」

 リアルに悲壮感漂う顔で花子が呟く。


「あの、末摘先生って恋人は、いらっしゃらないのですか?」

 溜め息ばかりの花子に、つい百合華がツッコんでしまった。


「師匠! 師匠のような容姿端麗ようしたんれい才色兼備さいしょくけんび羞月閉花しゅうげつへいか一騎当千いっきとうせん呂布奉先りょふほうせんな女性には分からないけど、つくろうと思ってつくれるものではないのですよ」


「あの、最後の方に変なの混じってますけど……もしかしてディスってます?」


「ととと、とんでもないです。師匠をディするはずがないですよ。三国志の呂布りょふの強さのように美しいという意味です」


 つい花子が百合華を呂布に例えてしまう。

 三国志キャラなら呂布かな……などと勝手に思っていた。百合華の謎のパワーで生徒を黙らせる能力が、天下無双の戦士のように見えてしまうのだ。


「そうですか……?」

「ですです」


 花子がカクカクと頷く。


「でも、そういう意味ではなく、恋人をつくろうとしていないように見えましたので」


「私だって彼氏欲しいですよ。ショータ君みたいに幼くて、ショータ君みたいに初心うぶな感じで、ショータ君みたいに優しいけど夜はつよつよな、年下で可愛い男子が見つからないんでしゅ……」


 花子がショタコンまっしぐらだ。


「末摘先生……それ、私以外には言わない方が良いですよ」

「こんなの師匠にしか言いません」


 花子にショタコン仲間にされていた。


「末摘先生、現実リアルに手を出したらポリスメン案件ですよ」

「わ、分かってます。逆光源氏計画です」

「うう……っ」


 花子が自分と同じことを考えていてショックを受ける百合華。

 人は、自分のことはよくわからないものだ。


「はあ……師匠の弟さん……いいなぁ」

「あげませんよ!」

「じょ、冗談です」


 もう十分成長し大人になったはずなのに、何故かショタ好き女性の好みにドストライクしてしまう悠なのだ。

 やっぱり花子が手を出しそうで危なっかしい。


 そんなこんなで二学期最終日が過ぎて行く。


 ――――――――




 一方、教室では。

 今日も今日とて、悠が貴美に絡まれていた。


「悠、明日のクリスマスイブって予定ある? あ、勘違いしないでよね! べつに……変な意味じゃないんだからね!」


 ツンデレヒロインみたいなセリフを言う貴美。

 ちょっとだけ可愛く見えてしまう。


「いや、俺は家でゆっくりしてようかと……」

「あんた、いつも家にいたがるわよね」


 相変わらず出不精でぶしょうな悠を、貴美がギラギラした瞳で睨む。


「せっかくクリスマスなんだから遊びに行ったりパーティしたいじゃない。クラスの友達で集まったりとか。たまにはやりましょうよ」


「うーん……」


 クリスマスは毎年お姉ちゃんと一緒にケーキを食べるんだよな。

 皆で騒ぐようなリア充イベントは苦手だし……

 たまには、そういうのに出るのも必要なんだろうけど。

 でも、俺が出掛けると、家でお姉ちゃんが一人っきりに……



「おっ、クリパやんの? 面白そうじゃん。あたしも行くわ」

 イベントと聞いて真理亜も寄ってきた。


 周囲の男子数人もノリノリになっている。

 葵はいつものように、貴美の後ろから声をかけるタイミングを計っていた。

 悠の出欠以前に、どんどん話が大きくなり内容が決まってしまう。



「お、おい明石……」

 突然後ろから竹川が遠慮がちに話しかけてきた。


「あれ、竹川?」

「あのさ……俺もクリパに出れるように取り計らってくれよ」


 どうやらクリスマスの予定が無い竹川は、あわよくばクリパで彼女をゲットという計画らしい。


「おまえ、ウェイ系っぽいイベントに自ら突撃とか勇者だな。自爆してもしらんぞ」


「くぅぅ~、普段はソフィアちゃん推しの俺だが、この季節は人肌恋しくなるんだよ。今年の俺はやるぜ!」


 男女ともに、クリスマスが近くなると急に恋人が欲しくなったりする。

 クリスマス、大晦日、お正月、バレンタイン、ホワイトデーと、この時期はイベントが多過ぎなのだ。

 この恋愛格差社会を少子化問題と共に国会で議論すべきかもしれない。


「自分で言えよ」

「中将さんが怖いんだよ。おまえ仲良いだろ」

「しょうがないなぁ……」



 悠が渋々貴美に伝えに行く。

 貴美といえば、男女数人と場所や時間を決めていた。


「あの、中将さん」

「ん? 悠、あんたは出席になってるわよ」

「おい」

「あんたが来なきゃ意味ないでしょ」


 何が意味がないのか、もう本音が漏れてしまっている。

 悠と一緒にクリスマスイブを過ごしたいから企画したような感じだ。


「くっ……いつもながら理不尽だぜ」

「は? 何か文句あるの?」

「い、いや……」


 まあ、クリパを早めに帰って、それからお姉ちゃんと一緒にケーキ食べようかな……

 お姉ちゃんが嫉妬しそうだけど……


「あと、あそこの竹川も出席したいって」

「うん、良いわよ。一人追加っと」


 貴美がメンバーを追加する。



「竹川、参加OKだってさ」

「おお、ありがとう。心の友よ!」

為右衛門ためえもんのキャラみたいなこと言うなよ」


 ※為右衛門ためえもん:為右衛門とは、江戸時代の伝説の力士がゆるキャラになって現代にタイムスリップしてくる、子供の頃は誰もが観ていた国民的アニメだ。


 家で姉とまったりクリスマスのはずが、クラスのクリパに出席することになってしまう悠。

 この選択が、新たなトラブルを引き起こし、そして百合華の更なる悠に対する激烈な愛情を燃え上がらせ、ちょっとヤンデレレベルに好き好き大好きユウ君にしてしまうとは、この時の悠は知らなかった。


 ――――――――




「ええええええぇぇぇぇ~っ! クリスマスイブに出掛けるの?」

 悠の話を聞いた百合華が声を上げる。


「すぐ帰って来るから」

「ふ~んだっ! ユウ君は、私と一緒より他の子と遊びたいんよだね」


 案の定、百合華が拗ねてしまった。

 家でずっと一緒にイチャイチャできると思ってたのに、突然お断りされてはヤキモチやら欲求不満やらで納得できない。


「ごめん……困ったな……」


「はあっ……ユウ君がクラスの友達と遊ぶのも大切だよね。それは分かってるの。分かってるんだけど……でもでもぉ、一人でクリスマスイブだなんて悲しすぎるよぉ~」


 プンスカ怒りながらも、ちょっと泣きそうになってしまう。

 百合華としては、悠の交友関係を狭めることはしたくないのだが、やっぱり他の女と遊ぶのはモヤモヤしてしまうのだ。


「ユウ君……行っても良いよ」

「お姉ちゃん……」

「でも、気をつけてね」

「うん、横断歩道渡る時も車に気をつけるよ」

「それもだけど、女に気をつけるのよ」

「ええ……」


 やっぱり、最愛の悠を誰かに取られるのを心配していた。


「と、とにかく、知らないお姉さんに付いて行っちゃダメ! 知ってる人でも『ちょっと休憩しよっ』とか言われても休憩しちゃダメ! 『私、酔っちゃったかも』とか言われても、酔ってないから騙されちゃダメ! いい、分かった?」


「いやいやいや、子供じゃないし、付いて行かないし、ご休憩しないし、酒も飲まないから」


「大人でも、知らない女に付いて行ったら、高い絵を買わされたり、勧誘されたり、お金を取られたりするのっ! 危険なのっ!」


「た、確かに……」


 納得させられてしまった。

 世の中、知らない女性に付いて行く人が多いから、デート商法や勧誘ビジネスや美人局つつもたせが多いのだ。


「分かった。早めに帰ってくるね」

「うん、後でたっぷりサービスだからね」

「たっぷり、お尻ペンペンね」

「ちょっとぉ~」

「はははっ」



 クリパ出席を認める百合華。

 だが、この夜から少し異変を感じ始めるのだった。




「けほけほ……」

 洗面所で、百合華が小さな咳をする。


「あれ? ちょっと喉が痛いような……風邪かな?」


 百合華が喉を触る。

 今日はイチャイチャや添い寝を控えて、早めに布団に入り暖かくして寝ようと思った。


 ――――――――




 そして、クリスマスイブ当日。

 クリパに行く準備をする悠だが、朝から元気が無い姉を心配していた。

 部屋に籠りっきりで、ろくに会ってすらいない。


「気になるな……ちょっと行く前に話しておこう」

 悠は百合華の部屋に向かう。


 コンコン!

「お姉ちゃん、入るよ」


 ガチャ――


 悠が姉の部屋に入ると、百合華はベッドに寝て少し苦しそうな顔をしている。


「お姉ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」

「けほけほ……ユウ君、私は大丈夫だから」

「もしかして風邪? あの……俺、行くのやめる」

「大丈夫だから行っておいで」


 クリパに行くのをやめようとする悠を、行くように説得する百合華。


「少し寝ていれば治るから。ユウ君は行っておいで」

「そう……なの? でも」

「大丈夫。ドタキャンしたら皆に迷惑かけちゃうでしょ」

「うん…………早めに帰ってくるからね」



 後ろ髪を引かれるような思いになりながら悠は家を出た。

 百合華の部屋に水や薬を用意して。

 楽しいイベントが待っているはずなのに、街へと向かう悠の心は姉の苦しそうな顔でいっぱいになってしまう。


「お姉ちゃん……心配だな……」

 自然と口に出してしまう。


 街並みは色とりどりのイルミネーションが輝き、聞いた事のあるクリスマスキャロルが流れていた。

 街行く人は誰もが楽しそうにはしゃぎ、クリスマスムードに浮かれているようだ。

 その楽しそうな人を見るにつれ、残してきた姉の顔を思い出してしまう。


 ふうっ……

 とりあえず一次会はすぐ終わりそうだな。

 早めに帰ってお姉ちゃんを安心させよう。


 気持ちを切り替えて集合場所の店へと向かう。




「悠、遅いじゃない!」

「中将さん」


 店に着くと、貴美が店の前で待っていた。

 クリスマスシーズンだけあって、雰囲気の良いレストランなどは予約いっぱいで、やっと取れたのが座敷席のある焼肉がメインのチェーン店だった。

 クリスマスに焼肉というのも変なのだが、そこはガラパゴスと称される日本ならではの何でもアリだ。


「早く始めるわよ」

「うん」


 貴美と一緒に店内に入る。

 部屋には既に何人か集まっていた。


「お、おい、明石。俺を一人にするなよ」


 さっそく竹川が話しかけてくる。

 部屋の中に陽キャっぽい男と、後は女子ばかりで緊張していたようだ。


「ふっ、竹川……骨は拾ってやるぜ。撃沈してくるんだ」

「おいっ、やる前から玉砕覚悟かよ。ちょっとは応援しろよ」

「ソフィアちゃんはいないぞ。怖い女子に絡まれるのはあるけど」

「うう……現実は厳しいぜ……」


 竹川の彼女をつくろう作戦は本筋と無関係だが、色々と波乱のクリパが始まろうとしていた。

 そして、家で待つ百合華の心が、何処までも悠を求めて彷徨い待ち望んでいる。


 迫りくる、常勝不敗地上最強でサキュバスのように超魅惑的、そしてちょっぴりヤンデレ属性まで付けそうな義姉の熱愛。

 果たして悠の運命は。

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