第90話 夏の幻影

 葵と真理亜という異色の組み合わせの二人と道を歩く。

 見た感じ、いいとこのお嬢さんのような美少女の葵とヤンチャなイメージの真理亜という、正反対に見える二人が仲良くしているのは不思議な光景だ。



「夕霧さんも一緒なのはビックリしたよ」


 悠が、真理亜も一緒なのに驚く。

 葵と二人っきりだとデートのようで緊張してしまいそうなので、むしろ三人になったのは良かったのだが。


「それがよぉ、葵が『一人だと心細いから』って連絡してきて」

「そ、それは言わないでください」


 真理亜がバラしてしまい、葵に止められている。


「でも、これで貴美さんも嫉妬して、私をプールに誘わなかったのを後悔するはず。次からは私を尊重せざるを得ないのです」


 ちょっと謎理論を述べる葵だ。

 そんな上手く行くとは思えない。

 むしろ、別の嫉妬を呼んで拗れるだけな気もする。


「六条さん、何がしたいのやら……直接中将さんを誘えば良いのに」

 悠が本音をこぼす。


「それでは私が負けてるみたいじゃないですか。私と貴美さんは永遠のライバルなのです」


「いや、そんな熱血バトル漫画みたいな事を言われても……」

 永遠のライバルというフレーズだけ、ちょっとカッコいいと思ってしまった。



 二人の浴衣美女に挟まれハーレムのような悠だが、出掛ける時の百合華の寂しそうな顔が忘れられない。

 女子と遊びに行くのを許してくれた姉だが、本心では寂しさや苦しさを抱えているのかもしれないから。

 もしかしたら、子供の頃に問題ある実母の言動が原因で、愛情に飢えているのかもしれないのだ。


 お姉ちゃん……

 大丈夫かな?

 強く見えるけど、本当は寂しがり屋だから……


 前を向くと、楽しそうな二人の女子が見える。

 出会った頃はギクシャクしていた二人なのに、随分と仲良くなったものだ。


 お姉ちゃんには後でフォローしておこう。

 今は、六条さんや夕霧さんと一緒なのだから。


 あまり沈んでいると二人に失礼なので、悠は少しだけ元気を出した。




 神社が近くなると浴衣姿の人が増えてくる。

 通りには提灯が並び、祭りの雰囲気を盛り上げているようだ。


「うわ、何か懐かしいな。子供の時以来だ」

 神社の参道に並ぶ屋台を見て、悠が感傷に浸りながら言った。


「明石って、やっぱドーテーだから、彼女と来たことなかったんだな」

「ちょっ、夕霧さん! 恥ずかしいからドーテーイジリやめてよ」


 真理亜が、ふざけて悠の腕に抱きつく。


「へへっ、今日はあたしらが彼女の代わりをしてやんよ。嬉しいだろ?」


 ちょっと意味深な感じになって悠の腕をギュッとする。


「ちょっと、誰かに見られたらマズいって」

「うわっ、顔赤くなってんじゃん」

 照れて赤くなった悠に、真理亜は嬉しそうな顔になった。


 悠が真理亜にからかわれていると、葵が反対側の腕を取り、スマホのカメラを自分達に向ける。


 ガシャ!


「ちょうど良い機会ですね。貴美さんに証拠写真を送っておきましょう」

 そう言ってアプリで写真を送る葵。


「ちょっと待て! それって俺が被害を受ける気が……」


 ピロリピロリピロリ――――

 悠が文句を言っていると、さっそく電話が掛かってきた。


「ううっ、中将さんだ……」


 ピッ!

『ちょっと、悠! どういう事か説明しなさいよ!』


 もう予想通りの展開だった。


「だから、夏祭りで……」


『そんなの見れば分かるわよ! 何であんたが、私に内緒で葵や真理亜と遊んでるのかって聞いてんのよ!」


 付き合っているわけでもないのに、まるで彼氏が浮気しているみたいなことを言われる。

 お気に入りの悠が他の女とデートしている画像を見て、ちょっと混乱して本音がダダ漏れなようだ。


「えっと、誘われたから?」

『ちょっと待ってなさいよ! すぐ行くから!』

「は? 行くって……」

 ピッ!

「ちょっと、中将さん?」


 途中で電話は切られてしまった。


「中将さん、こっち来るって……」

 悠が茫然とする。


「作戦成功ですね」

 葵が嬉しそうに両手でグッっとガッツポーズをする。


「全然成功してねぇぇぇぇーっ!」

 六条さん、それ間違ってるから!

 俺が怒られる未来しか見えないからっ!




 三人で屋台を回っていると、予想よりも早く貴美が駆け付けてしまう。

 電話で場所を確認するとすぐにやって来た。


「はあっ、はあっ、急いで来たから……疲れたじゃない」


 余程慌てていて少し汗ばんでいるのに、ちゃんと浴衣まで着て駆け付けていた。

 強気な彼女にしては意外な、可愛いピンク色の撫子柄の浴衣を着ている。


「中将さん、早かったね」

「早かったねじゃないわよ! 何で私抜きで勝手にデートしてんのよ!」


 ぐいぐい迫られてしまう。


「近い……顔が近い……」

「説明しなさいよ!」


 貴美が嫉妬しているのを見て、葵は勝ち誇った顔で告げる。

「まあまあ、南條さん……じゃなかった貴美さんったら、相変わらず面白いわね」


「やっぱり、あんたの差し金なのね?」

 もう定番の苗字を間違えるギャグはスルーして、貴美が葵の方に向かう。


 マズい!

 ここは俺が何とかしないと。


 貴美と葵が一触即発になりそうな時に、悠が場を和ませようと貴美の浴衣を褒めた。


「あ、あの、中将さんの浴衣可愛いね」

「えっ?」

「綺麗なピンク柄が中将さんに似合ってるというか……」


 場を和ませようと自然に出たのだが、思いがけず貴美に効いてしまったようで――


「そ、そう、ホントはね、もっと髪とかもちゃんとしたかったんだけどね、急いでいたから……でも、この浴衣お気に入りなんだよね。えへへっ」


 もうデレているのではないかと思える程に照れまくっている。

 見るからに効きまくっているのに、真理亜だけがニヤニヤしていて、悠と葵は別のことを考えていた。


「大成功ですね。これに懲りたら、これからは私もプールに誘うべきです」

「はあ? あんたって、やっぱムカつくわね」


 いつものように言い合う二人を見て、悠は心の中で叫んでいた。


 中将さん!

 気付いてあげてよ。

 それは六条さんの愛情表現なんだよ。

 中将さんが六条さんと遊んであげれば解決なんだよ。



 四人になって再び屋台を回る。

 相変わらず貴美と葵が言い合っているが、葵が楽しそうなので放っておくことにした。



 ヒュゥゥゥゥ~~~~ドォォォォーン!

 打ち上げ花火が上がり、祭りの雰囲気は最高潮に達する。

 四人は、それぞれ複雑に絡み合った想いを抱えながら夜空を見上げていた。


 ――――――――




 遠くに響く花火の音を聞きながら、百合華は部屋で一人静かに悠の帰りを待っていた。

 光速と音速で時差があり花火の音が後れて届くように、百合華の心も悠との距離を感じてしまう。


「ユウ君……」


 誰も居ない虚空に向けて呟く。

 いつもは大好きな弟とイチャイチャしている場所だ。


 百合華は寂しさを紛らわすように膝を抱える。


 私の我儘でユウ君の自由や可能性を縛りたくない……

 でも、寂しさが消えない……

 ずっと一緒にいたい。

 二十四時間ずっと……

 ユウ君が私を大切にしていることは痛いほど分かる。

 ずっと好きでいてくれて……

 ずっと想っていてくれて……

 信じている……

 なのに、不意に不安を感じてしまうの……

 年の差や、社会のしがらみや、常識という檻のようなものを。

 でも好きなの!

 大好きなの!

 だからずっと一緒にいたいの!

 誰にも渡したくないの!


 こんな我儘な女は嫌いになっちゃうかもだよね…………


 ――――――――




 祭りも終盤に差し掛かる。

 花火が終わって、人々は帰り始めていた。

 凄い人混みだった参道も、少し歩きやすくなっているようだ。


 悠は屋台を見つめ、幼い頃を思い出していた――――


『私、りんご飴が食べたい』

 まだJKの百合華が呟く。


『百合華は、りんご飴好きだよな』

 父親の幹也が答える。


『やっぱり祭りといったら、りんご飴だよね』


 そう言って、真っ赤なりんご飴を手に、悠を見る百合華。

 悠の脳裏には、美しい浴衣姿でりんご飴を持つ百合華の映像が焼き付いていた――――



「悠、どうしたの? ボーっとして」

 隣で貴美が声をかけた。


「あっ、ちょっと思い出して。俺、屋台で買い物してくるよ」

「あんた、まだ食べるつもりなの?」

「いや、家族へのお土産を」


 そう言って、悠は屋台へと向かう。


 ――――――――




 ガチャ!

「ただいま」


 悠は、家に入ると先ず荷物を自分の部屋に置きに行く。


「悠、お風呂入っちゃいなさいよ」

「うん」


 後ろから絵美子の声がした。


 


 風呂を出て落ち着いてから、悠は姉の部屋をノックした。


 コンコン

「お姉ちゃん、起きてる?」


 中で姉が動く気配がした。


「ユウ君?」

「入るね」


 ガチャ!

 部屋に入ると、百合華はパジャマ姿でくつろいでいた。


「ユウ君、お祭りはどうだったの?」


 悠は袋から赤くて大きなキャンディーを差し出す。


「はい、お姉ちゃんの好きな、りんご飴だよ」

「えっ、ユウ君……」

「他にも、焼きそばとたこ焼きも。冷めちゃったけどね」

「どうしたの?」


 百合華は不思議そうな顔をしている。


「やっぱり、お姉ちゃんとお祭りに行きたいなって。一緒には行けなかったけど、ここでなら一緒にお祭りの雰囲気を味わえるのかなって思って」


 悠の純粋な気持ちに、百合華の目が潤んで涙が溢れそうになった。


「ユウ君! あ、ありがとう……」

「お姉ちゃん」

「私が……りんご飴好きなの覚えておてくれたんだね」


 そういって、優しく悠を抱きしめる。


「一緒に食べようか? 余りお腹減ってないかもしれないけど」

「ふふっ、ユウ君と一緒なら別腹だよ」

「たこやきにしようかな?」

「もちろん、『あーん』で食べさせてくれるんだよね?」

「またか!」

「当然だよ」

「ははっ」

「えへへっ」


 部屋の中で、少しだけお祭り気分に浸る二人だった。

 それは、幼い頃と何も変わらない純粋な気持ちのままで。

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