第91話 帰って来た女戦士とラスボス魔王

 夏休みも明け、今日から登校日となった。

 学園の門をくぐった悠が、久しぶりの校舎を見つめる。

 すれ違う同級生達も、休み前より少し日焼けしていたり、ちょっと印象が変わっていたりと、夏休みに何があったのか気になる者も多い。


 悠ときたら、相変わらず義姉とラブラブで、お盆期間中こそ大人しくしていた百合華だったが、親が札幌に戻った途端に再びハードなイチャイチャする始末だ。

 案の定、夏祭りに行けなかった寂しさや、親がいてイチャイチャできない欲求不満が、夏休み後半で爆発してしまう。それは凄まじいハードなイチャイチャになって。



「うっ……」

 姉の攻めを思い出した春近は頭を抱える。


 俺、凄く耐えてるよな……

 もう、自分で自分を褒めたいくらいに。

 あのお姉ちゃんのスケベさを考えると、もしエッチしちゃったら、凄い勢いで毎日求められそうで怖いのだが……


 悠は、姉と行った旅行の時のように将来が不安になる。

 一般的なカップルのように金銭面など将来の生活の不安ではなく、相手女性がエロ過ぎて夜の生活が不安になっているのは悠くらいだろう。


 どどどぉ~しよう……

 まだしていないのに、毎晩このハードさ……

 もし本当に付き合ったら?

 お姉ちゃんが本気を出したら?

 俺の体力持つのか?

 お姉ちゃんって、本当は魔界から来た王女プリンセスだったりして。



 ちょっと失礼な事を考えていると、人混みの中にバレー部エースの姿を見つける。相変わらず後輩女子に大人気のようで、次々と声をかけられていた。


「あっ、松風先輩だ……」


 ちょっと苦手な先輩を目にして、そのまま直進しようか迂回しようか迷ってしまう。

 迂回すると言っても、結局入り口は同じなのだが。


「おおっ、キミは麗しの明石悠君じゃないか!」


 悠が迷っているうちに美雪に見つかってしまった。

 すぐに走って距離を詰められる。


 ドタドタドタ!


「悠君! 夏休みはキミに会えなくて寂しかったんだぞ」

「は、はあ……」


 美雪の迫力に若干引き気味の悠だ。

 久しぶりに見る美雪は、更に大きくなっている気がした。


 松風先輩……

 何だか更に逞しくなっている気がする?

 夏の合宿や強化トレーニングで鍛えられたのかな?


 制服やスカートから伸びる腕や脚の筋肉が太くなっているようだ。

 その姿はまさしく鋼鉄の女戦士ヒルデギュートそのもの。

 アニメが放送終了してしまったが、二期が決定していて待ち遠しいところだった。


 くっ、まさに屈強な女戦士のようだ。

 あのスカートから覗く厚い筋肉の太もも……

 まさにヒルデギュートさんのマキシマムパンプアップ!

 固有スキルにより肉体を極限まで高め、超怪力と超スピードを実現させる究極の技!


 背が高く屈強そうなガタイを見て、相手が女子というのも忘れそうになり、アニメのヒロインと重ね合わせてしまう。


「松風先輩、更に――」

 途中まで言いかけて、ハッと我に返る。


 待て!

 女子にデカいは禁句だった。

 大きいとか重いもダメだったよな。

 俺としてはアニメの屈強なヒロインみたいで誉め言葉のつもりでも、相手からしたら悪口みたいでショックなのかもしれない……


「なんだい? 何かボクに言いたいことがあるのかい?」

 お気に入りの悠に話しかけられ、目をキラキラさせて迫る美雪。


「そ、その……松風先輩って、更に魅力を増しましたよね。こ、こう、何というか全体的に」


 デカいや屈強などという女子に使ってはいけない言葉を除外して伝えようとしたら、魅力的などと誉め言葉になってしまう。


「ぐっはぁ! き、キミは相変わらずだな。はぐれメ〇ルジゴロなのか? そんな嬉しい言葉を貰ったら、ボクのカラダ中が喜んじゃうだろ」


「何ですか? そのRPGに出てきそうなキャラは」


 美雪が大きな体をグネグネさせて喜んでいる。


「よし、今すぐ付き合おう!」

「ごめんなさい」

「ぐっはぁ、相変わらずつれないなぁ……」



 女子人気の美雪と話していると、周囲の女子達から一斉に噂話が聞こえてくる。


「ちょっと、あの男子」

「あいつ松風先輩をふった男じゃない?」

「あの噂になってた?」

「うそ、許せないわね」

「さいあくぅ~」

「だよね」


 悠への風当たりが強い。


 ちょっと! 俺が風評被害を……

 女子こわっ!


「悠君、ちょっと待っててくれたまえ」


 女子達に嫌われて悠が落ち込んでいると、美雪が噂している女子達のグループへと向かって行った。


「キミ達、ちょっといいかい?」


「きゃあぁぁ、松風先輩!」

「松風先輩に話しかけられちゃった!」

「美雪様ぁぁ~」


 憧れの先輩に声をかけられテンションが上がる女子達。


「ボクを慕ってくれるのは嬉しい。ありがとう」


「い、いえ」

「とんでもないです」

「きゃぁぁぁぁ~」


「だが、他の誰かを誹謗中傷するのはダメだぞ」


「えっ……」

「は、はい……」

「すみません……」


「ボクのせいで他の誰かが傷付くのだとしたら……ボクはとても悲しい。だから彼を中傷するのは止めてくれまいか」


「はい、分かりました」

「気を付けます」

「すみませんでした」


「分かってくれれはいいんだ。子猫ちゃんたち」


「きゃぁぁぁぁ~」

「先輩! 好きぃぃぃ~」

「一生付いて行きます!」


 百合的波動が出て、女子達は虜にされてしまったようだ。


 一仕事終えた美雪が悠のところに戻ってくる。


「がははっ! これで大丈夫だ。もし何か悪口を言われることがあったのならボクに言うんだぞ」


「は、はい。ありがとうございます」


 この先輩って、実はめっちゃ良い人なのでは?

 最初は変な先輩で誤解していたけど……

 人気があるのも分かる気がする……

 ちょっと自動オートで百合を広げてる気もするけど。


「じゃあ、デートしようか?」

「ご、ごめんなさい」

「ぐっはぁ、やっぱりダメなのか」


 懲りないところも大物の風格だ。


「先輩、俺なんかの何処が良いんですか? 他にも運動部にはカッコいい先輩やイケメンが多いのに」


 悠が疑問を投げかける。

 確かに運動部には、もっとイケメンで陽キャが多いはずだ。


「ホクはキミのような初心うぶで年下で可愛いタイプの男子が好みなんだ」


 人というものは、自分とは逆のタイプを好きになるのかもしれない。

 自分には無いものを補うように。


「そ、そうなんですか……」

「さあ、行こうか」


 ガシッ!

 無理やり肩を抱かれて校舎へと入る。


「ちょっと、マズいですって」

「良いじゃないか、良いじゃないか。がははっ」


 まるでカップルのように肩を抱かれていて落ち着かない。

 身長差で男女逆になっているようだが。


 待て待て!

 このパターンは絶対あれだろ。

 もう先が読めたぜ!


 悠は何かを悟った――――

 このパターンといえばアレである。

 逃げようとしても美雪の腕がガッシリと入り、力では対抗出来そうにない。



「あら、あなた達」


 予想通りに百合華に見つかってしまう。

 二人が階段へと向かっていると、ちょうど職員室から出て来た百合華とバッタリだ。


 百合華の目が鋭くなる。

 危険人物認定している美雪が、悠とベッタリくっついているのを見て、完全にご立腹モードなのだ。


「お、お姉ち……先生……」

「明石先生! おはようございます。今日もいい天気ですね。がはは」


 さすがの地上最強の姉も、美雪のテンションには押され気味だ。


「あなた達、相変わらず仲が良いのね?」


「悠君とは将来結婚するかもしれませんから。今後ともよろしくお願いします、お姉さん」


「けけ、結婚……告白は断ったと噂で聞いているけど?」


「がははっ、勝負はこれからです。諦めたら試合終了してしまうって言うじゃないですか!」


「ああ、何だか眩暈めまいが……」


 鋼の女戦士が強敵過ぎる。


「悠……あなた最近、色々な女子と遊び過ぎで浮ついているみたいね。あとで説教がありますから」


 悠に向かってそれだけ言うと、百合華は廊下を歩いて行ってしまう。


「悠君、浮ついていてはダメだぞ。一緒に筋トレするかい?」

「誰のせいだよ……」


 やはり、自らオシオキを求めているように、毎回姉を嫉妬させてしまう悠だった。


 ――――――――




 教室で悠が机に突っ伏していると、竹川が話しかけてきた。


「明石、またヒルデギュート先輩に絡まれてたそうじゃないか」


「ふっ、真に恐ろしいのはヒルデギュートさんではなく、深淵の魔王ユリウスベルゼビレトなのだよ」


 悠が述べたのは、ヒルデギュートやソフィアが戦っている最大最強の敵、深淵の魔王と呼ばれる存在だった。

 いわゆるラスボスだ。

 ユリウスであってユリカではない。


「明石……おまえ遂に恐怖の魔王少女推しになっちまったのか?」

 竹川が信じられないものを見ている顔をする。


「推しというか……あの魔王のエロさが……」

「そういえば、魔王ユリウスベルゼビレトって、おまえの姉ちゃんに似てるよな」

「ギクッ!」

「あの怖そうな威圧感とか、他を圧倒する巨乳とか、ムチッとしたエロい足とか」


 アニメ一期のラストで登場し、その巨乳とエロい足とでアニメから入ったファンを虜にしたドスケベ魔王なのだ。


「いや、待て。確かに俺の姉が魔王に似ているけど、実際はあんなもんじゃないぞ。オシオキと称して俺にプロレス技をかけてきたり、躾けと称して理不尽な怒りをぶつけてきたり、学校では凛々しいのに家ではぐうたらで――」


「そこの二人、ホームルームが始まるわよ。席に着きなさい」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

 竹川の後ろから魔王のような迫力の百合華先生が登場した。

 まさにアニメラストのシーンだ。


「うわっ、ヤバっ」

 竹川が逃げて行く。


 アニメの話で熱中しているうちに、百合華と花子が教室に入って朝のホームルームが始まろうとしていた。


 ちょっと魔王推しになりそうな悠は、余計なことを喋り過ぎたようだ。悪気などなく、自慢の姉で惚気ていただけなのだが、傍目には悪口を言っているように聞こえてしまう。


「あのっ、お姉……先生……」

「明石君、後で拷問……じゃなかった、厳しい説教がありますから」


 顔は笑っているが悠だけに分かる威圧感で百合華が言う。


「は、はい……」


 そう、悠は美雪とベタベタしていたのと、今の会話のダブルアウトで、超絶オシオキスペシャルの運命なのだ。

 もう泣いても許されないだろう。


 ま、マズい……

 お姉ちゃんのエチエチ拷問……じゃなくオシオキ……

 だ、大丈夫なのか……

 もう一線を越えてしまいそうなんだけど……

 ここまで我慢してきた俺の努力が……

 もう、最近は耐えられる自信が無いのだが……


 家に帰るのが怖いような楽しみなような変な感覚になってしまう。

 こんな気持ちにさせる百合華は、やはり魔界の王女か魔王なのでは。

 迫りくる恐怖のエチエチ拷問に、悠は貞操を守る事が出来るのか?

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