第67話 過ぎし日の追憶
悠が教室に入ると、貴美達が寄って来る。
昨日の勉強会でのアクシデントの事だろう。
くっころ女王のように堕とされてなお、百合華は気高く女王然とした姿で説教しまくったのだ。
貴美達には、かなり応えたはずなのだが。
「悠、昨日はごめん。お姉さん怒ってた?」
申し訳なさそうな顔の貴美が話し出す。
「皆が帰った後が、凄く怖かったんだけど」
悠は、とりあえず怖かったことにしておく。凄い甘えん坊になったとは言えないのだ。
「ホントごめん。最初は真面目にマッサージしてたのに、途中から変な気分になっちゃって……」
貴美が謝っていると、真理亜まで寄ってきて続いた。
「あたしも悪乗りしちまって……あの時だけ、あたしがあたしじゃなかったっつーか」
貴美も真理亜も困惑しながら話している。やはり途中から百合華のフェロモンで変な気分になっていたようだ。
女性まで催淫してしまうとは、やはり百合華はサキュバスなのかもしれない。
「くっ、やっぱり俺は厳しく躾けられる運命なのか」
「悠、機嫌直してよ。今度なんか奢るからさ」
すまなそうな顔をした貴美が少し優しくなる。
「あたしも奢ってやんよ」
真理亜も優しくなってしまう。
「いや、余計に躾けられる未来しか見えねえ……」
いつもアタリがキツい女子達が少し優しくなったが、このまま流されると更に姉の嫉妬が増幅しそうなので丁重に断っておいた。
放課後、真っ直ぐ家に帰った悠を待っていたのは、久しぶりに見る予想外の人物だった。
「ちょっと、あんた久しぶりね」
「は?」
玄関近くで突然声をかけられ、悠の思考が一瞬停止する。
もう何年も会っていなかった、前に何度か会っただけの中年女性。
派手めなファッションで少し怖そうな雰囲気。
美人だと思うのだが、キツそうな雰囲気が勝り、悠の苦手とするタイプだ。
「ああっ! おばさん!」
「おばさんとか相変わらず失礼なガキね!」
「いや、おばさんもガキとか言ってるし……」
立っていたのは百合華の実母の理恵子だった。
「な、何しに来たんだよ。まだ、お姉ちゃんが会うって言うまでは……」
悠が姉と会わせるのを断ろうとする。
「まあ、いいわ。今日は、あんたと話がしたいのだけど」
「はあ?」
「ついて来なさいよ。何か奢ってあげるから」
少し警戒しながら悠が後をついて行く。
今日は色々と奢られそうになる日だと思いながら。
駅に近い場所のファミレスに入ると、奥の陰になっている目立たない席に座る。
「ちょっと見ない間に大きくなったわね」
「当たり前だ。もう
「あ、そういうのはいいから」
悠が歴史ネタを語ろうとするが、興味の無い理恵子に軽く流されてションボリしてしまう。
「そ、それで何しに来たんだよ?」
「娘の様子を見に来たのよ。元気でやってるかと思って。丁度あんたが居たから聞こうと思っただけ」
悠が少し考える。
最初に会った時のイメージが悪いので、どうしても姉には会わせたくないのだ。
「お姉ちゃんはもう社会人だし、元気でやってるから心配はいらないぞ」
「そう、それなら良いのだけど」
「お金の無心とかはヤメロよな……」
「それはもうしないわよ。今は付き合ってる人がいるから」
悠が心配な顔になる。
また男性関係でトラブルを起こして、こちらに飛び火すると困るからだ。
「何よ、その顔。だ、大丈夫よ、今度は! 真面目な人だから」
理恵子が悠の心を読んだように答える。
「親だって恋愛する自由はあるのかもしれないけどさ……子供の立場にもなってみろよな。お姉ちゃんがおばさんに引き取られなくて良かったよ。母親が知らない男を家に連れ込んだら、どれだけ子供が迷惑するか分かってんのか? 今の俺の父親は良い人だったから良かったけどさ」
特に娘にとっては、母親が知らないオジサンを家に入れたら恐怖でしかないだろう。
悠は百合華の立場になって語っている。
「そんなの分かってるわよ。だから娘は幹也が引き取ったんでしょ。まあ、あの男は優しいだけが取り柄だけどさ」
「優しいのが一番なんだぜ。今の世の中、イジメだの虐待だの酷いニュースが多いんだから、優しいってだけで貴重なんだよ」
現実には、真面目で優しい男はモテずに、チャラくて悪い男ばかりモテたりする。
もっと真面目で優しい男を女性が選ぶようになれば、悲惨なニュースも減るのではないかと悠は思っていた。
「まあ、しょうがないわね。女は刺激を求めるもんなのよ。あんたはガキだから分からないかもしれないけど」
「ガ、ガキじゃねーし! 大人だし」
「じゃあ、あたしと寝てみる? サービスするわよ」
「ぐっ、このババア懲りてねぇ……」
百合華の母親と寝てしまったら大問題だ。
そんな禁忌はエッチなビデオだけにしてもらおう。
「と、とにかく、まだお姉ちゃんと会うのは待ってくれ。こういうのはイジメと同じでおばさんは軽い気持ちだったとしても、被害を受けた方は心の傷が残ってるんだよ。例え暴力を受けてなくても、言葉のナイフで心が傷付くのもあるんだ」
「あたしだって反省しているのよ。悪かったって。でも、血が繋がっているからこそ上手く行かない事だってあるのよ」
二人の間に沈黙が流れる。
ファミレスの中は来店客の喧騒で、二人の会話はかき消されて行くようだ。
「まあ、あの子はあんたに任せるわ。好きなんでしょ、百合華のこと」
「は? はあああっ!? なな、なに言ってんだよ!」
誰にも悟られまいとしていた百合華への気持ちがバレて、悠が滅茶苦茶動揺する。
「そりゃ分かるわよ。前に会った時に、凄いキラキラした目で『俺は、お姉ちゃんを守る!』とか『お姉ちゃんを泣かせるような事はさせない!』とか言ってたでしょ。あんな全力で恋してますって顔しておきながらバレてないと思ってたわけ?」
「ぐっ……そういえば、言ったような気がする……」
あの時は、姉を守りたい一心で、普段は隠している感情を出しまくってしまった。
「どうせ、愛なんていつか冷めるんだから。せいぜい若い時だけなのよ。どうせいつかは――」
「冷めたりしない! 俺は……俺は、永遠に愛すると誓ったんだ! ずっと大切にする。例え歳をとっても。お互い老人になって人生を振り返った時に、俺と結婚して良かったって言わせて見せる! 俺は、お姉ちゃんを絶対幸せにするんだ!」
悠が百合華への愛を誓う。途中で声が大きくなり周囲に気を使いながらも、百合華を永遠に愛すると主張した。
それは夢物語かもしれない。
でも、強く信じている。
世界中に何も永遠と呼べるものが無かったとしても。
たとえ裏切りや偽善ばかりだったとしても。
一つくらい純粋に守り続ける愛が在ったとしても良いはずだ。
「ははっ、あんた変わってるわね。でも、あんたがいたら百合華も安心かもしれないわね。あたしは悪い母親かもしれないけど、あの子の事は一応心配しているのよ。言ったからには、ちゃんと守りなさいよね」
「おう、当然だぜ!」
悠が胸を張る。
姉の実母に結婚とか言ってしまい、恥ずかしいのを隠す為でもある。
「ところで、式には呼んでくれるのかしら?」
「は、はぁぁぁぁぁぁ?」
「あんたと娘が結婚したら、あたしは義理の母親になるんじゃないの?」
「え? えっと、そうなるのか? よく分からないけど……」
悠は、ちょっと嫌そうな顔になる。
「何、あからざまに嫌そうな顔してんのよ!」
「い、いや、そういう訳では……」
「まあ、いいわ。あの子が元気でやってるのなら」
二人はファミレスを出て別方向へと歩く。
その中年女性の背中は、前に会った時の寂しそうな背中とは違い、少しだけ前向きになっている気がした――――
「結婚か……世間の人達も最初は愛し合って結婚したはずなのに、何で愛が壊れて離婚しちゃうんだろ……」
姉の実母の背中を見送りながら、悠は少し
――――――――
「ただいま」
悠が家の玄関をくぐると、帰宅していた百合華が顔を出す。
「おかえり、ユウ君」
ニコッと笑いかけてくれる大好きな人が居るだけで、胸の中に温かいものが溢れてくる気がする。
例え世界が敵になっても、大好きな百合華だけは守りたいと悠は思った。
「ユウ君、今日は遅かったね?」
「うん、ちょっと色々あって」
着替えて落ち着いてから、悠は百合華とソファーに寄り添って座った。
「そうなんだ……また、お母さんが……」
「うん、一応お姉ちゃんの事を心配しているって言ってた。でも、話はつけといたから大丈夫だよ」
悠は、掻い摘んで実母の事を話した。
結婚の話だけは隠して。
「ユウ君、ありがとう……いつも私を大切にしてくれて」
「言ったろ。俺は、お姉ちゃんの為なら何でもするって」
「ふふっ、ユウ君は頼りになるなぁ」
百合華が悠の首に腕を回し抱きつく。
「ユウ君……大好き……」
「お姉ちゃん……」
百合華の腕にギュッと力が入る。
もう完全に全身で大好きなのを表現するように。
「話はそれだけだったの?」
「ん? あっ、えっと……うん、それだけ」
「ユウ君……何か隠してる?」
「うっ……」
姉に隠し事をするのが苦手な悠は、すぐにボロが出てしまう。
「お姉ちゃんに隠し事なの?」
「ううっ、あの……俺が、お、お姉ちゃんと……け、結婚したいって……」
「えっ?」
「ううううっ~~~~」
悠が真っ赤になってしまう。
「あれあれぇ~ ユウ君ってば、お姉ちゃんと結婚したいのぉ~?」
百合華の顔がパァアっと明るくなる。
「ほらほらぁ~ ちゃんと言って。お姉ちゃんと結婚したいのかなぁ?」
「うううっ、お姉ちゃんと結婚……し、したいです……ううっ」
「はい、もう一回ね」
「け、結婚しし、したいです……」
「んふふぅ~ もう一回言って」
「け、結婚……もうダメ! 何回言わせんの!」
「えへへ~」
最後は姉に抱きつかれたまま頬をツンツンされイジワルされちゃう悠だった。
もう、甘々過ぎて誰にも見せられない感じだ。
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