第63話 最強淫魔女王百合華と鋼鉄女戦士美雪

 悠は三年生の教室の前にいた。正式にバレー部マネージャーの件を断りに来ているのだ。

 ハッキリさせなければ姉も怖いし先輩にも悪いからなのだが。


 朝まで強制密着刑を受けた悠は、一晩中ミチミチのボディウォーマーの中で百合華と密着させられた。

 もう溶けてしまうのではないかと思うくらい好き好き大好きに蕩けさせられ、両手を恋人つなぎで封印されたまま超ラブラブなキスの嵐を受け続けたのだ。


 さすがにやり過ぎで二人共ヘトヘトになってしまったのだが、百合華は気に入ってしまったのか『またやろうねっ!』と言っているから困ったものである。

 愛が超重い義姉は、二十四時間ずっとくっついていたいのだろう。


 悠は事前の百合華の言葉で危険を察知し、浴室でイケナイコトしてクールダウンしていたから限界突破はギリギリで免れた。

 クール弟で行くはずが、全然クールではなかったのだが。


 そして現在、少し緊張した顔で悠は上級生クラスの扉をくぐる。

 背の高い美雪は一際目立つ存在感で、一瞬で見つけられた。


「やあ、明石悠君じゃないか」


 悠が近付くと、美雪は笑顔で気さくに声をかけてきた。


「入部の返事を聞かせてくれるのかい?」

「それがですね……今日はお断りに……」


 ガァァァァーン!


 勝手に良い返事だと思っていた美雪が、ショックでヘコんでしまった。


「そ、そうか……ダメなのか」

「はい、すみません」

「どうしても?」

「はい。他にもっと良い人がいると思いますよ」

「ボクはキミが良いんだ!」

「ええっ…………」

「い、いちご牛乳一年分も付けるから」

「いや、いちご牛乳は要らないです。あと、お金が大変ですよ」


 いちご牛乳で落とそうとする美雪を牽制しようと、友人の女子が割り込んできた。


「こらっ、美雪! しつこくしちゃダメでしょ」


 バレー部の友人らしい。

 先日、悠を取り囲んでいた内の一人だ。


「ごめんねぇ、明石君。この子、キミのこと気に入っちゃったみたいで」


 その友人が悠に頭を下げた。


「いえ、大丈夫です」


「ほら、美雪。もう諦めなよ」

「ううっ……諦めきれない……今年の合宿は楽しくなりそうだったのに……」


 美雪が友人に肩を抱かれて、大きな体を少し小さくする。それでも十分大きいが。


「では、俺はこれで」

「待ってくれ!」


 帰ろうとする悠を、美雪が引き留めた。


「あの、その……これはマネージャーとは別件なのだが」


 急にモジモジと恥ずかしそうにする美雪が、顔を真っ赤にしながら口ごもる。


「はい?」

「明石悠君! ボクはキミのことが、す、す、好きになってしまったようなのだ。付き合ってくれまいか?」

「ええええええーっ!」


 突然、美雪が告白をして周囲が騒然となる。

 女子は『きゃぁぁぁー」と騒ぎ出し、男子は『ヒューヒュー!』と囃し立て教室内は大騒ぎだ。

 まさかの告白タイムで、輪の中心にいる悠も美雪も真っ赤になる。

 ただでさえ先輩に囲まれて居心地が悪いのに、更に目立つ事態になってしまった。


(えぇぇぇ……急にそんなこと言われても……。好きだと言ってくれるのは嬉しいけど、俺には大好きで大切なお姉ちゃんがいるし……)


 悠の胸中には、姉の百合華ばかり思い浮かんでしまうのだ。


「ど、どうかな?」

「ごめんなさい」


 ガァァァァーン!


 即答のお断りで、更にダメージを受けた美雪が泣きそうになる。


「そんなぁ…………」


 ガックリと肩を落とす美雪に、友人が同情する顔になった。


「どんまい! しょうがないって。美雪はバレーを頑張りなよ」

「ボクはバレーも恋愛も同時に頑張りたいんだ」


 美雪は諦めきれない表情だ。

 帰ろうとしている悠を目で追っている。


「では……」

「ちょっと待った!」


 逃げられないようグイグイと悠に迫る美雪。


「ちょっと……近いです」

「たまに話しかけたりするのは良いだろ?」

「それくらいなら……」

「よし、友達から始めよう!」

「ちょ待て、話が違う!」

「細かい事は気にするな。がははっ」

「くっ……この前向きさ、分けて欲しいぜ……」


 この立ち直りの速さに、悠は感動さえ覚えていた。


(とんでもない先輩だ……このスピード感と鋼のメンタル! これがバレーボールで言うところのクイック攻撃なのか? 何だか凄い人な気がしてきたぞ。前に自分で将来有望なエースとか言ってたのも頷けるぜ)


 悠の脳裏に鋼の女戦士が浮かぶ。


(悔しいけど竹川の言っていたように、松風先輩が鋼の女戦士ヒルデギュートに見えてしまったぜ)


 この松風美雪――――

 百合華が危険人物認定したように、これまでの小娘とは一味違う強敵なのだ。


 体力と運動神経では他の追随を許さない圧倒的パワー。

 恵まれた体格から鍛え抜かれた足腰と腕力による驚異のスパイク。

 鋼のようなメンタルから繰り出される怒涛の押しの強さ。

 思い込んだら止まらない恋愛脳。

 それでいて乙女な性格で、意外と可愛いことを考えていた。


「よし、デートしよう!」

「他に好きな人がいるので、ごめんなさい」

「ぐっはっ、即答か!」


 悠に速攻で断られ再びヘコむが、すぐに回復してしまう。


「恋愛も試合もプラス思考でチャレンジ精神だ! ボクは諦めないぞ! って、あれ?」


 美雪がチェレンジ精神を出すが、肝心の悠が居なくなってしまった。

 友人が呆れた表情になっている。


「明石君なら、もう帰ったよ」

「そ、そんなぁ……」


 最強淫魔女王サキュバスロード百合華に匹敵するだけの素質を持ちながら、悠の愛情が完全に百合華に向いている為、鋼鉄女戦士ヒルデギュート美雪は敗北した。

 恋愛はスポーツのようにはいかなかった。



 ◆ ◇ ◆



 キッパリ断って一件落着かと思う悠なのだが、新たな問題が巻き起こったことなど露知らず、早く家に帰って義姉とイチャイチャするラブ妄想をしていた。


 元から百合華が大好きなのに、毎日のオシオキと称した執拗で徹底的な容赦のない偏愛で変態な調教により、もう姉のことしか考えられないほど超大好きになってしまっているのだ。


(マネージャーの件も断ったし、これでお姉ちゃんも安心してくれるかな? 強制密着刑はキツ過ぎるけど……。ふ、普通にギュッてしてくれたりナデナデしてくれるのなら……)


「フヘっ」


(マズい、顔が自然にニヤケてしまうぜ! 教室では我慢しないと)


 悠がニヤニヤしそうになるのを堪えて席に座っていると、いつものように貴美が話しかけてきた。


「悠、あんた何やってんのよ。噂になってるわよ」

「は? 何のこと?」

「あのバレー部のエースで女子の憧れの松風先輩が、あんたに告白したって凄い噂になってるんだけど」

「はぁぁぁぁーっ!?」


 良かれと思ってした行動が、EXスキル『シゴカレマスター』により女子にオシオキされる運命になってしまう悠。

 マネージャーの件を断って姉を安心させるはずが、逆に告白されて姉の嫉妬を増幅させてしまう始末だ。


「何で、あんたが先輩に告白されてんのよ!」


 貴美が少し怒った顔をする。

 女子部でシゴかれて笑っていたのだが、告白されたとなれば話は別だ。


「そんな、断わったのに……」

「えっ、あっそう……断ったんだ。なら良いや」


 安心した顔になって、悠の肩を『バシバシ』と叩く貴美。お気に入りの舎弟が横取りされず笑顔になる。


「どうしよう……お姉ちゃんに怒られる」

「ふふっ、あんたは厳しく躾けられちゃいなさいな。それより悠、今度の日曜日なんだけど――」


 悠は今夜のオシオキを想像して腰の辺りがゾクゾク震えているが、貴美は全く関係無い話をドンドン進めてしまっていた。


「そういう訳で試験も近いし、昔みたいにあんたの家で勉強会しましょうよ。また、お姉さんに色々教えて貰いたいし」


 勉強会と聞いて、近くに居た葵がさり気なく近付いてきた。


「良いですね。私も明石君の家にお邪魔いしたいです」


 勿論、葵も賛同だ。


「明石ん家に行くのかよ……あ、あたしも行こうかな?」


 当然のように真理亜も賛成だ。ただ、いつになくモジモジしているのだが。悠の部屋に上がるのを想像し意識しているのだろう。


「アユとサーヤも行くでしょ?」

「行く行く! すっごく楽しみ」

「ふっ、明石君も大変だね……」


 貴美が勝手に歩美と沙彩まで誘ってしまった。

 先輩の告白の件でも頭がいっぱいなのに、女子五人で家に押し掛ける話まで決定して絶体絶命の悠。


「じゃあ、日曜日のお昼過ぎに悠の家に集合だから。よろしく」

「は? えっ、何?」

「だから、あんたの家で勉強会やるって決まったの」

「はぁぁぁぁーっ!?」


 貴美から恐ろしい計画を告げられる。


「いや、家はダメだって……」

「ふふっ、エッチなアニメも観るわよ!」


 貴美が更に問題発言する。


「ま、まあ、あれだ。林間学校の続きだと思えよ」


 真理亜もノリノリだ。


「明石君、密室で五人の女子に色々されちゃうんだ……」


 沙彩が耳元で囁く。


「こいつは理不尽過ぎるぜ……」


 悠は、超ド変態なオシオキを覚悟した。



 ◆ ◇ ◆



 そして、どうなったかというと――――


「ちょっと、いつまでやるのこれ!?」

「ずっとだよ!」


 再びボディウォーマーで百合華に強制密着刑をさせられていた。


 告白の話を聞いて嫉妬で暴走した百合華が帰宅すると、速攻で密着させられてしまったのだ。

 今度は入浴前なので、より香しい姉の匂いが強く、超強烈なフェロモンを吸い込んでしまい、気の遠くなりそうな快感の波が押し寄せてくる。



「んんっ、ちゅっ、はむっ、ちゅぱっ……」

「んっ……くっ、もう限界だぜ」


 両手を恋人つなぎでガッチリ封印され、逃げ場の無いまま熱烈なキスで口を塞がれる。


「もうダメ……だ……」

「んっ、ペロッ……ユウ君が悪いんだよ。先輩女子に告白されちゃうし、同級生を部屋に呼んでイチャイチャしようとするし……ちゅっ」


 悠のくちびるや耳や首筋をペロペロしながら、百合華がブツブツ文句を言う。


「そ、それは俺のせいじゃないだろ」

「ユウ君のせいじゃないのは分かってるんだよ。ユウ君がお姉ちゃん大好きなのも知ってるし。でもでもぉ~ヤキモチ焼いちゃう乙女心なんだからしょうがないよねっ!」


 ※しょうがないからOKです!


「ああああぁぁぁぁ~! もう、ホントにダメかも……」

「ダメになっちゃえ~」


 そして今日も、超バカップルのようなイチャイチャは続くのだった。


 こんなに毎日攻められまくっているのに、未だに昔の誓いを守り続けている悠は、もはや女王に絶対の忠誠を誓う騎士のようだ。

 しかし、お互いにこの状況を楽しんでしまっているのは否めないのだが。


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