第61話 お互い大好きだけどオシオキだけはやめられない二人

 職員室に来たかと思えば突然変な話をする美雪に、大好きな悠を狙っているのではないかと困惑する百合華。

 もはや、学園期待の星であるバレー部エースと、常勝不敗地上最強の姉が決戦の時なのか。

 風雲急を告げる職員室に嵐の予感だ。



 職員室で百合華と美雪が一触即発になっている頃、悠といえば自分の危機も知らず竹川と相変わらずアニメの話をしていた。


「やはりヒルデギュートさんがだな――」

「そうえいば明石、お昼の先輩ってヒルデギュートさんに似てないか?」

「は?」


 悠が言葉に詰まった。

 推しキャラが美雪に似ていると言われ釈然としないのだ。


 悠としては、百合華がビキニアーマーで戦っている姿を思い浮かべていたのに、推しキャラが先輩女子では姉に怒りの鉄槌てっついをくらってしまいそうだ。


「確かに松風先輩は長身で強そうだけど……」

「ほら、あの人が盾と戦槌ウォーハンマーを持ったら、そのまんま女戦士ヒルデギュートじゃん」


 推しキャラが似てる似てないで盛り上がっているところに、いつものように貴美が話しかけてくる。


「悠、またエッチなアニメの話をしてるの?」


 エッチなアニメというフレーズに、悠が即座に反応した。


「中将さん、エッチじゃないから! 深夜アニメだけど壮大な世界観のファンタジーでラノベ原作の――」


 悠が貴美にアニメの説明をし始めると、竹川まで参戦する。


「そうですよ。このアニメは涙あり笑いありの人気アニメで――」


 二人の話を聞いた貴美の目が光った。良い口実を見つけたとばかりに。


「ふ~ん、じゃあ悠の家で観ようかな?」

「ちょぉぉぉっと待った! 家は姉が怖いから別の場所で」

「ふふっ、家でエッチなアニメ観てらたら、お姉さんに厳しく躾けられちゃうわよね。さっ、帰るわよ」


 無理やり連れて行かれる悠に、竹川が羨ましさと哀れみの表情になる。


「明石って、将来絶対嫁の尻に敷かれる運命だよな」


 実は、既に物理的にも姉の尻に敷かれているとも言えず、悠は強気女子に連行されて行ってしまった。



 ◆ ◇ ◆



 そして、職員室では――


「それで、何の用なのかしら?」


 若干キレそうなのを抑えて、百合華が美雪に質問する。


「そうでした。用件を言うのを忘れてました。ボクとした事が。がははっ」


 あくまで美雪はマイベースだ。


「実は、弟さんの悠君にバレー部のマネージャーを頼みたいと思いまして。姉である明石先生からも説得していただけないかと」


「それは弟が決める事でしょ。直接弟に言うべきよね」


 百合華が聞きたいのはマネージャーの件ではなく悠と美雪の関係なのだが、美雪がマイベース過ぎて調子が狂ってしまう。


「それが、初心うぶな悠君は、我々が大勢で押し掛けると怖がって逃げてしまうようで……。でも、安心して下さい。悠君が入部したら、我々部員全員で優しく接しますし、メンタルもフィジカルも万全の体制にします。夏は合宿にも泊まり込みで何週間も寝食を共にし、お風呂上りには日頃のストレッチやマッサージのお礼に、ボク自ら悠君の全身をマッサージで揉みほぐし、ちょっと恥ずかしいのだが組んずほぐれつ肌を合わせ、恋が芽ばえちゃったりしなかったり――――って、ボクは何を言っているのやら。がははっ、困ったものです」


 ピキッピキッピキッ!


 職員室でキレる訳にもいかず、百合華は美雪の話を我慢して聞いている。こめかみ辺りをピクピクさせながら。

 もう、この上級生は悠に気があるのが確定なようだ。


「一応、弟に言っておくけど、あくまで決めるのは本人だから期待はしないでね。松風さん、もう部活が始まる時間でしょ。早く体育館に行った方が良いわよ」


「はいっ! それではお願いします、明石先生! ははっ、いやぁ~本当に弟さんは良い子ですね。ボクの弟にしたいくらいで。あっ、やっぱり弟より夫かな? そうなると、明石先生はボクのお姉さんですね。がははっ! では失礼します」


 ピキッピキッピキッピキッ!


「ええ、ありがとう。部活頑張ってね」


 次々と百合華の地雷を踏む美雪に、百合華はキレそうなのを必死にこらえる。そして、百合華の殺気を全く感じていない美雪だ。

 一番被害を受けそうなのは悠なのだが。




 美雪たちバレー部員が去ってから、百合華は席を立ちトイレへ向かう。

 平然としたまま個室に入ると、急に普段の百合華に戻って慌てだす。


(ちょ、ちょっと待って! あの松風って子、完全にユウ君を狙ってるわよね……。結婚とか夫にしたいとか言ってたし……。あと、弟にもしたいとか……)


「もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!」


 つい、興奮した百合華が叫んでしまう。


(お、弟ですって……。ユウ君は私の弟なんですけど! ぜ、絶対に、ぜぇぇぇぇーったいにあげないから! あの子、危険人物ね!)


 美雪が要注意人物から危険人物に格上げされた。


(でも、年上好きのユウ君が小娘なんかにうつつを抜かすとは思えないけど。毎日のようにオシオキして躾けてるし。何度も何度も『お姉ちゃんだいしゅき』って言わせてるし)


 そこで百合華は気付いた。


(あれっ? ちょっと待って……。あの子ってユウ君より二つ年上だよね……。それに、何かユウ君のお気に入り漫画のヒロインに似ている気が……)


 悠のアニメや漫画の好みはチェック済みだ。

 こっそり部屋に忍び込んで、本棚の漫画を読んだりベッドの下を確認したり、たまにベッドに潜り込みイケナイコトしたりのアウト姉だったりする。


 最近のアニメや漫画のお気に入りヒロインは長身の女戦士だった。

 お姉さんキャラのヒルデギュートさんだ。


(こ、これはマズいかも……。ユウ君が先輩女子に目移りしないように、もっと徹底的に調教した方が良いのかな? でもでもぉ~これ以上キツくしたら、ユウ君に嫌われちゃうかもぉ~)


 現状でも、かなりキツいことをしているのだが、百合華の中ではだいぶ手加減しているつもりだった。

 ドスケベ過ぎる百合華が悠と本格的に付き合い、性欲を全開放したらとんでもない事態になりそうだ。

 もはや性の権化『最強淫魔女王』であり『色欲の魔神ユリカ』なのだ。


(そういえば……『廊下で熱烈な――』とか言ってたけど……。ユウ君、何したのぉぉぉぉぉぉぉ!)


 悠に危機が迫る――――

 魔神ユリカの帰宅はすぐそこだ。



 ◆ ◇ ◆



 姉と先輩女子の問題など知らない悠は、自宅でご飯の準備をしながら姉の帰宅を待っていた。

 愛する百合華が疲れて帰って来た時に、温かい料理で癒されて欲しいから。

 相変わらず男なのに女子力が高い。

 これなら貴美が嫁に欲しいと思うのも納得だ。



 ガチャ――――

「ただいま……」


 玄関から姉の声がした。

 百合華が帰宅したようだ。


「おかえり、お姉ちゃん」


 悠が出迎える。


「ユウ君……」

「ご飯できてるよ。ほら、早く上がって」


 悠に手を引かれて百合華は家に上がる。ダイニングのイスに座ると、温かい料理が目の前に並んだ。

 美味しそうな味噌汁の香りが漂い、荒れていた気持ちが癒されて行くようだ。


「じゃあ、食べようか」

「うん」

「「いただきます」」


 夕食を食べる百合華の心に温かいものが広がって行く。

 悠の手料理が胃袋だけでなく心まで癒すように。


「うっ、ううっ……美味しい……」


 百合華の様子がおかしいことに悠が気付く。


「どうしたの?」

「ううっ……うわぁぁぁぁぁぁぁ~ん! ごめん、ユウくぅ~ん!」

「ええっ! ど、どうしたの?」


 突然泣き出した百合華に、悠がオロオロと動揺する。


「ごめん……ごめんね、ユウ君」

「何かあったの?」


 悠に肩を抱かれて、百合華がゆっくりと喋り出した。


「帰ったらユウ君にヒドいコトしようとして……。キツいオシオキをしようとしてたのに……ユウ君は優しくて……ユウ君は私に良くしてくれて……ユウ君は、こんなにも良い子なのに、私は嫉妬で怒ってばかりで、エッチなコトしてユウ君を困らせてばかりで。ユウ君、ごめんなさぁああぁい!」


「大丈夫、お姉ちゃんは優しいよ。お姉ちゃんは何も悪くないから。そのままのお姉ちゃんで良いんだよ」


「うわぁぁ~ん、ユウ君が優しいぃ~」


 百合華がギュッと強く抱きついた。


「何かあったの、お姉ちゃん?」

「今日、職員室に松風って子が来て……」

「うっ……」

「ユウ君にバレー部のマネージャーを頼みたいって」

「そ、そうなんだ……」

「ユウ君を、合宿に連れて行ってエッチなコトしたいとか……」

「は?」


 百合華が話を端折ってエッチな話になる。


「ねえ、ユウ君……お姉ちゃんに内緒にしてるコトない?」

「え、えっと……何のことやら……」

「松風さんと廊下で熱烈な――」

「ギクッ!」

「……ユウ君、今、『ギクッ』て言ったよね? 言ったよね?」


 途中まで良い雰囲気だったのに、廊下での一件が問題で空気が変わる。

 悠から抱きつきに行ったのが知られたら、とんでもないことになりそうだ。


「ねえ、ユウ君? 何したの? 松風さんに何かしたの?」

「えっと……その……」

「ん? お姉ちゃん怒らないから言ってみて?」


 怒らないから言ってみてを信用してはいけない。

 女性の『怒らないから』は『怒る』という意味なのだ。

 この場合は、百合華に超エッチなオシオキをされるという意味だ。


「あの……松風先輩に、敵陣中央突破的な突撃を……」

「ん? なに言ってるのかな?」


 姉の顔は笑っているのに、目は笑っていないようだ。


「えっと、つまり……腰回りにタックルして、押し倒そうとしたら……強靭な脚力でビクともしなくて……。さすが鍛え抜かれたアスリートかなって」

「ん………………?」


 百合華が満面の笑みをたたえたまま威圧感だけアップする。

 姉に嘘がつけないピュアな悠は、わざわざ自分からバラしてしまったのだ。


「ユウ君……やっぱり、お姉ちゃんはオシオキしないとならないみたい」


 一時はオシオキ回避に向かっていたはずが、やっぱりオシオキされる運命のようだ。


「だ、だよね……オシオキしてこそお姉ちゃんだよね」

「でもでもぉ、ユウ君にキッツいのばっかで嫌われちゃったらイヤだな」

「だ、大丈夫だよ。俺、お姉ちゃんのオシオキ好きだよ」

「ふふっ、良かった。今夜はぁ、すっごくキツいオシオキになっちゃいそうなの」

「わ、わーい……楽しみだな」


 悠は全てを受け入れた――――


「その前に料理が冷めちゃうから食べよ。せっかくユウ君が作ってくれたんだから」

「うん、そうだね……」

「凄く料理が上手くなったよね。偉いね、ユウ君」

「う、うん……」


 既に可視化出来そうなほどの凄まじいフェロモンが百合華から漏れ出し、部屋の中がエロスの空間になりそうな勢いだ。

 相手から触られた今までの件と違い、今回は悠から触りに行っているということで、百合華の嫉妬も一段階ギアが上がってしまったのかもしれない。

 そこは、他の女に目移りしないように、キッチリと厳しい躾けが必要だろう。


 悠は笑顔で美味しそうに料理を食べる百合華を見ながらも、恐ろしいオシオキを想像し期待と不安でいっぱいになる。

 実は、口では『ヤメロ、ヤメロ』と言いながらも、実際は百合華のオシオキが大好きなのだから。


 もう完全に愛の奴隷の悠にとって、姉とのスキンシップならオシオキだろうがご褒美だろうがプロレスごっこだろうが、全てが大好物で嬉しくてたまらないのだ。


 一線を超えてはいけないと鋼の精神力で耐えているのに、次々アップする姉の超攻撃力に何処まで耐えられるのかだけが心配だった。


 そして、想像を絶するような姉の猛攻が始まろうとしていた。


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