第60話 最強の赤備え松風先輩と敵陣中央突破の悠

 人は往々にして自分とは違うタイプに憧れてしまうことがある。

 例えばボーイッシュで体育会系なのに、実は少女趣味で可愛いものが好きだったり。

 そう、この藤桐紫桜学園とうどうしおうがくえん三年、バレー部キャプテンでエース、松風美雪のように。



 美雪が登校すると、後輩女子から黄色い歓声があがる。


「松風先輩、おはようございます」

「ああっ、今日も素敵です。松風先輩」

「きゃああっ、松風先輩カッコいい!」


 目がハートマークになっている後輩女子に、美雪はさわやかな笑顔で挨拶を返す。


「おはよう」

「「「きゃぁぁぁぁーっ!」」」


 背が高く凛々しく爽やかな立ち姿、美人なのに体育会系っぽく少し刈り上げたショートカット、まるで王子様のような美雪は後輩女子の憧れの的だった。



 ◆ ◇ ◆



「おかしい……」


 教室に入り自分の席に着いた美雪が、不満そうな顔でつぶやいた。


「なに? また愚痴ってんの?」


 クラスメイトでバレー部員の友人がツッコんだ。


「だって、キャラ付けで一人称を『ボク』にしていたのに、女子にばかりモテて全然男子にモテないんだぞ」


 自分でキャラ付けして人気選手になろうと目論んでいたのだが、男子人気はいま一つで女子にばかりモテるらしい。

 そもそも何処で聞いたのか、僕っ娘が男子に人気という情報も怪しかった。


 こんな美雪だが、実はバレーの実力はかなりのもので実業団からも声がかけられており、日本代表入りも間近と話題なのだ。


「納得いかないぞ。ボクだって彼氏が欲しいのに、男子ときたら小さくて可愛い子ばかりチヤホヤしおってからに」


「いや、そりゃ贅沢ってもんでしょ。恵まれた体格でバレーの才能もあるのに、その上に男子にまでモテたいってのかよ」


 友人が鋭いツッコみをする。天が二物も三物も与えていては不公平だろう。

 世の中、特別なものなど持っていない人が大半の中で、一つでも優れた才能があるのなら喜ばしいことなのだから。


「くっ、それは分かっているのだが……ボクが男子に近付くと、『俺の背が低く見えちゃうだろ』って離れるんだぞ。ヒドくないか?」


 美雪は殆どの男子よりも背が高かった。


「そりゃしょうがないって。男子って身長気にするから」

「ボクだって乙女なんだぞ。お姫様抱っことかされたいじゃないか」

「美雪は重いからムリでしょ。重量挙げ選手とかでないと」

「コラっ、そこまで重くないぞ!」


 太ってはいないのだが長身で筋肉質なので、そこらの男子にはお姫様抱っこは荷が重い。

 体育会系の暗黙のルールでショートカットにしているが、実はこのエース意外と乙女な性格なのだ。


 美雪のお姫様抱っこはさておき、友人が思い出したように言う。


「あっ、そういえば、美雪のお気に入りの後輩君。明石先生の弟さんなんだって」


「あの凄い美人の……」


 美雪の脳裏に美人で少し厳しそうな女教師が浮かぶ。


「あの二人、あまり似てないな。でも、やっぱりあの子はマネージャーに適任だ。あの、近寄ると顔を赤くするピュアさが良い。ああいう男ならマネージャーにしても安全だしな。それに……ちょっと可愛いじゃないか」


「ああっ、うん…………」


 美雪の言葉に、勝手に納得した顔になる友人。

 そう、ガチガチの体育会系に見える美雪は、意外にも年下でおとなしめの男子が好みなのだ。


「よし、勧誘に行ってみるか! がははっ」


 悠の知らないところで勝手に盛り上がる美雪。完全にお気に入りモードに入っている。



 普通ならモテて嬉しいのかもしれないが、姉一筋の悠にとっては更なる姉の嫉妬を呼び起こし、恐ろしいオシオキになってしまう前兆なのかもしれなかった。



 ◆ ◇ ◆



 昼休みになり、悠はクラスメイトと一緒に廊下を歩いていた。

 好きな漫画やラノベが同じで仲良くなった男子だ。


「俺としてはヒルデギュートさんが」

「いやいや、そこはソフィアちゃんだろ」


 某アニメの話だ。悠はヒルデギュートというお姉さんキャラ推しだが、竹川というその男子はソフィアというロリキャラ推しだった。

 好きな作品は同じでもキャラの好みは正反対のようだ。


「だってヒルデギュートさんって怖いだろ。ソフィアちゃんは癒しなんだよ。まあ、明石は怖い女子が好きなのかもしれないが」


 竹川は、暗に貴美や真理亜を指して、悠が強気女子好みだと言っているようだ。


「いや、別に怖い女子が好きってわけじゃないぞ。確かにソフィアちゃんは可愛いし癒しなのだが、ヒルデギュートさんのたまに見せる優しさとのギャップがだな……」


 悠は貴美たちが話題になっているのに気付かず、ヒルデギュートさんの良さを語る。

 恋愛関係に疎いのはいつものことだ。


 そんな感じに会話は続く。

 今日も今日とて、悠は無防備で初心うぶな顔して歩いていた。

 次に訪れる危機も知らずに。



 どんっ!


「やあ、久しぶりだね。明石悠君だったかな?」


 突然現れた背の高い先輩女子集団に悠は取り囲まれ、一際長身の美雪が長い腕で壁を突き通せんぼをする。


「えっ、ええっ、あの時の先輩……」


 ビシバシとシゴかれそうな雰囲気に、悠が少し震える。

 一方、竹川は長身先輩女子を見上げ、不用意な発言が漏れた。


「デカっ!」

「はあ!?」

「あ、いえ、すみません……」


 竹川が不用意にデカいなどと言ってしまい、美雪に睨まれて小さくなる。


「あっ、そ、そうだ、用事を思い出したんだ。じゃ、じゃあな明石」


 そのまま竹川は走って逃げてしまう。


(おい、竹川ぁああああぁ! 俺を置いて逃げるんじゃねぇええええ! しかし、この先輩……確か松風先輩だったか? また俺をバレー部に入れようとしているのか?)


 薄情にも逃げてしまった竹川に手を伸ばす悠だが、そんなことで届くはずもなく。


「まあまあ、そんな警戒しないでくれ。いちご牛乳でも飲むかい? 奢るよ」


 屈託のない爽やかな笑顔の美雪が話しかける。


「いや、いちご牛乳は要らないですが……」

「そうか? いちご牛乳が好きそうだと思ったのだが」


(えええっ……俺って、いちご牛乳が好きそうな顔してるのか? もしかして、お姉ちゃんのおっぱいが好き過ぎて、お乳好きな顔になっているとか?)


 お乳は関係ない。


「まあまあ、こんな場所で話すのもなんだし、体育館裏にでも行こうか?」

「いやいやいや、何で体育館裏に! 怖いですって」

「間違えた間違えた。ボクとしたことが。体育館にでも行こうか?」


(マズい……体育館に連れ込まれたら、無理やり入部届にサインさせられそうだ。こんなのお姉ちゃんに見られたら、後で恐ろしい事になりそうだし。しかも、いつも絡んでくる中将さんが、こんな時にいないなんて……)


 貴美頼みになってしまっているが、実際に絶体絶命なのだ。

 完全に包囲されてしまい、無理に押しのけて逃げようとすれば、女子の体に触れることになりセクハラ扱いされる危険もある。

 もはや悠は、敵の大軍に四方八方を塞がれ包囲殲滅の危機にあるのだ。


「ち、近いです……先輩」


 さっきからどんどん包囲が狭まり、体温や吐息が伝わりそうなほど接近されている。


「やだ、この子ってば赤くなってる」

「相変わらず初心うぶなのね」

「ねぇ、入部したらお姉さんたちが可愛がってあげるわよ」


 周囲の部員にまでからかわれてしまう。

 恥ずかしがる後輩に、ちょっとイタズラ心が出てしまったようだ。


(マズいマズい……入部させられそうなのより、お姉ちゃんに見られたら危険過ぎる。お姉ちゃんの嫉妬が爆発して止まらなくなってしまう。ここは無理にでも正面突破するしかないのか?)


 悠の頭に戦国武将の雄姿が浮かんだ。


(そうだ、関ケ原の合戦で敵陣中央突破をした島津義弘のように!)


 ※島津義弘しまづよしひろ


 慶長五年、西暦1600年の関ヶ原の戦いに於いて、西軍総崩れとなり数百の島津軍が敵の大軍の中に孤立し命運は尽きたかと思われた。

 しかし、島津義弘はまさかの徳川本陣に向け中央突破を図ったのだ。

 捨てがまりと呼ばれる戦法がある。死ぬまで戦い敵を足止めする決死の戦いを繰り返し、大将のみ生還させれば勝ちという壮絶な戦法である。

 そして島津軍は、見事大軍を突破し薩摩まで生還したのだ。


(そうだ! 捨てがまりだぜ! お姉ちゃんさえ生還させれば、俺は捨てがまりになるぜ! 行くぜっ! 井伊直政いいなおまさ!)


 中二病と歴史ロマンがごっちゃになった悠が、捨てがまりをして義弘を逃がした島津豊久しまづとよひさに成りきって、井伊直政こと松風美雪に突進する。

 気分は敵陣中央突破だ。


「とうっ! その首、置いてけぇ!」

 ガシッ!


 美雪にタックルするが、鍛え抜かれた足腰はびくともしなかった。


「あ、あれ?」

「ぐっ、ぐっはぁ! ききき、キミは意外と大胆だな。急に抱きつくだなんて。ダメだぞエッチなのは」


 悠の中二病が原因で美雪に誤解されてしまった。

 恵まれた体格をトレーニングで鍛えたトッププレイヤーの美雪と、帰宅部の悠ではフィジカルに差があり過ぎのようだ。


「す、すみません……」

「いや、なんだ……ボクになら構わないが、他の女子に触ったらダメだぞ」

「はい……」


(し、しまった……危うくセクハラになってしまうところだった。何か許してくれてるみたいだけど……。よくよく考えたら先輩女子に突進とかアホ過ぎだぜ。中二病注意報だぜ。しかし、松風先輩も怯んでるみたいだし、今の内に……)


「では、俺はこれで」


 急なハグをくらって動揺した美雪により、鉄壁の包囲が緩んだのだ。その隙を狙い、悠は敵陣中央突破して逃げ出した。



 呆然と見送る先輩女子の中で、美雪は少し顔を赤らめて頷いている。


「やっぱり気に入った。ちょっとエッチなのも良い!」

「おい、美雪! 今朝と言ってることが違ってるだろ!」


 エッチなのも受け入れる美雪に、友人がすかさずツッコミを入れる。

 もう、単に悠を気に入っているだけのようだ。


「よし、次の作戦に移行しよう」


 美雪の次の作戦とやらが、更なる悠のピンチを招いてしまうとは誰も知らなかった。



 ◆ ◇ ◆



 放課後、美雪たちは職員室を訪れていた。

 美雪は、教師たちの中に百合華を見つけると、真っ直ぐにデスクへと向かう。


「明石先生」


 美雪が運動部らしく大きな声で話しかけた。


「あら、確かバレー部の松風さん」


 百合華が答える。

 先日の体育館用具室の件で要注意人物にチェック済みだ。


「実はお願いがありまして……」

「何かしら? 私は顧問でもないし何の権限も無いわよ」

「いえいえ、明石先生にしか頼めないことです」


 百合華が少し警戒する。

 何やら悠絡みの予感がしたのだ。


「実は……お宅の悠君をボクにください!」

「は?」


 美雪がとんでもない事を言い出す。


 ピキッ!

 百合華の眉の辺りがピクピクとなる。

 予想されていたより重大事件だった。


「あっ、間違えた。ボクとしたことが。がはは」

「な、何のことかしら?」


 思わず嫉妬で怒りそうになる百合華が冷静に聞き返す。


「いやいや、これでは結婚の許可をもらいに来た彼氏みたいだった。ま、まあ、将来結婚というのも……私の方はやぶさかでもないのだが……」


 美雪が暴走して余計なことを言いまくる。


「はあ!?」


 ピキッピキッ!

 更に百合華がピクピクなった。

 青筋が立ちそうだ。


「明石先生の弟さん、なかなか真面目で純朴な感じが気に入りまして。悠君の方もボクを慕ってくれているみたいですし。先程も廊下で熱烈なハグ……おっと、今はそんな話は余計でした」


「へ、へぇ、弟とそんな関係だったの……でも、不純異性交遊はダメよ」


 何とか平静を保っている百合華だが、本当なら今すぐ美雪に掴みかかって悠との関係を問いただしたいところだった。


 ちょっと暴走気味のバレー部のエースに、更に嫉妬で暴走しそうな百合華との、壮絶な天下分け目の戦いが始まろうとしていた。

 悠の全く与り知らぬところで、勝手にバトルは始まっているのだ。


 どのみち悠は、キッツいオシオキが確定しそうなのだが。


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