第52話 Sっぽい女子に囲まれハーレム主人公みたいなオリエンテーリング

 林間学校一日目は、定番となっている各班に分かれてのオリエンテーリングの予定だ。地図とコンパスを頼りに班ごとに競い合うスポーツである。


 今回は、それほど本格的なものではない。各地点に設置されたポイントでスタンプを押して、班員揃って早くゴールした者が勝者となる簡単なものだ。


 男女混合で行う競技の為、お互いに思惑が絡み合う。女子にちょっと良いところを見せようと張り切る男子や、競技を通じて仲が深まりカップリングしてしまう男女や、逆にトラブルになり険悪になってしまうグループなど様々だ。


 まるで恋人同士や新婚さんの旅行みたいな縮図である。

 旅行で隠れていた性格が露わになり、惚れ直して仲が深まるのか、お相手に幻滅して別れてしまうのか?

 非日常に置かれた時、その人の本当の姿が見えてくる。



 そしてその中に、まるで異世界ハーレムアニメのような美少女パーティを組んでいる主人公がいた。


「明石、あんな可愛い子と周れるなんて羨ましいぜ」

「はあぁ、やっぱ中将さん可愛いよな。あのキツめの顔でビシバシとシゴかれてぇわ」

「俺は断然六条さんだな。あのクールな美しい顔でののしられてえ」

「いやいや、あの真理亜って子だろ。ちょっと怖そうだけど、意外と色々許してくれそうな感じが」


 クラスの男子たちが勝手なことばかり言っている。美少女独り占めの悠が羨ましくてたまらないのだ。

 あと、貴美たちにシゴかれたいドM男子多過ぎ問題である。


「ううっ、おまえら、女子のグループに男子一人が、どんだけ大変が分かってないな」


 羨ましそうにする男子たちを前に悠が本音を漏らす。

 一見羨ましく見えるハーレム班だが、その実、ドS女子に絡まれながら百合華の嫉妬を増幅させる危険な綱渡りなのだから。



「ほら、明石! 話してねえで行くぞ」


 真理亜が悠の首に腕を回して連れて行く。


「ちょっと、夕霧さん」

「ほらほら、行くぞ」


 もう、それだけで男子たちが羨ましさで倒れそうになってしまう。

 真理亜の柔らかそうな肌に触れてみたかったり、経験豊富そうな彼女に色々されたい男子急増中だ。



 合流した悠に、貴美は小生意気な顔をしながらも、ちょっと期待を込めた顔を寄せた。


「悠、男子はあんた一人なんだから、男らしく引っ張ってよね」

「うん、出来るだけ頑張るよ」


「明石君、だいじょーぶ? ちょっと頼りなさそう」


 頼りなさげに見える悠を、歩美がイジってきた。


「あ、明石は男らしいし、意外と頼りになるっつーか……」


 突然、真理亜が割って入って悠を庇う。何やらモジモジと落ち着かない様子で。


「えっ……」

「な、なんだよ……」


 貴美が真理亜を見つめると、彼女の頬がどんどん紅潮していく。


 真理亜は、先日の件で悠を見直していた。先輩たちから悪口を言われていた時に、悠が間に入り庇ってくれたことで、最初の頼りなさげな印象は完全に払拭され、今では『ちょっと男らしいかも』と好印象になっているのだ。

 普段は綺麗ごとや威勢のいいことを言う男などよりも、いざという時に守ってくれる男の方が数段男らしいのだと。


「い、いいから行くぞ」


 悠の手を引っ張って真理亜が先に行ってしまう。



 ◆ ◇ ◆



 スタート地点に全員集合し、ルールや注意事項の説明が始まった。

 百合華が注意事項を説明し始めると、何故か男子の中の数名が前屈みになってしまう。


「あの、明石先生のおっぱいが凄くて説明が入ってきませーん」

「「「あはは」」」


 一人の男子が百合華の胸を揶揄やゆして笑いが起こった。


「ちょっとそこ! このオリエンテーリングは本格的じゃないから遊び要素が多いけど、ちゃんと注意事項を守らないと怪我をする危険性もあるのよ。真面目に聞きなさい」


「はい……すみません」


 百合華に注意され、その男子は前屈みのまま謝った。


 ただ、男子の中には『百合華ちゃん先生のおっぱいが凄いのが原因だよ』と思っている生徒が多いのだ。

 なにしろ上がりきらないジャージのファスナーの上に巨乳を乗せている状態なのである。

 いくらなんでもエッロ過ぎな百合華の魅力に悩殺され、男子たちはたまらない気持ちになってしまう。


「ううっ、明石……おまえの姉ちゃんがエロ過ぎて我慢できねぇよ」


 近くの男子が悠に話しかけてきた。


「いやいや、我慢しろよ。てか、俺の姉をエロい目で見るな」


 他の男に百合華をエロい目で見られ、悠が嫌そうな表情になった。

 男子たちに百合華をジロジロ見られて気が気ではない。もう独占欲が爆発してしまいそうなくらいに。


 家では百合華を独り占めして、イチャイチャしてキスして添い寝して、もう思い切り甘えまくっているのだ。

 しかし、外では姉と弟、教師と生徒というケジメをつけなくてはならない。

 本当なら、今すぐ百合華を強く抱きしめて、『俺の最愛の人をエロい目で見るな!』と宣言したいくらいなのだから。


「まったく……あんなエロいジャージを着て……あとで注意しとかないと」


 男子を悩殺しまくっている姉に、悠は自然と文句が出てしまう。

 ただ、今夜は同じベッドで寝る事態になり、注意どころかオシオキされそうな勢いなのだが。




「スタート!」


 合図と共にオリエンテーリングが始まった。

 急いで駆け出す班、あまりヤル気が無くのんびり行く班、仲良く話しながら歩く班と様々だ。


「悠、ほらっ、先越されちゃってるわよ。急がないと」


 貴美はヤル気満々のようだ。


「そんなに急ぐと危ないから、ゆっくり行った方が良いよ」


 悠はのんびり派だ。

 そして葵はウザ絡み派だ。今日も貴美に絡んでゆく。


「まったく、中条なかじょうさんはいつも競ってばかりで野蛮ですこと」

「中将よ! てか、あんたのその変なギャグ懐かしいわね」


 いつの間にか、競い合うのが葵と貴美になってしまい歩くペースが落ちる。

 やっぱりケンカしているようで仲が良さそうに見える二人だ。構って欲しくて、敢えて絡みに行っているのがバレバレの葵なのだが。



 そんな中、悠は神聖Holy百合華lily騎士団Knightsの片鱗を見せてしまう。


「あっ、野分さん、そこ崖になってるから危ないよ」

「え、あっ、ありがと……」


 さり気なく悠が、歩美が危険にならないように崖側に回ってフォローする。


「東さん、そっちに蜂がいる。刺されると危険だからこっちに来て」

「えっ、あの……」


 沙彩が蜂の方に近付いていたので、悠が安全な方に誘導する。


 元から悠は女子に優しいのだが、小さい頃から姉に調教……躾けられたり、姉を守る為に色々気を使ったりしていて、危険な状況になると勝手に姉を守るように体が動くのだ。


 長年の経験値で『お姉ちゃんっ子スキル』という勝手に姉を守ろうとするスキルを会得していた。

 今は姉ではなく同級生女子に発動しているのだが。



 歩美は、当初の頼りなさげな男子という悠の印象がガラッと変わり、今ではちょっとだけ見直していた。


(あれ? 明石君って意外と良いかも……。最初は、何で貴美はこんな頼りない感じの男子にって思ってたけど。何か貴美が気に入ってるのが分かったかも)



 沙彩は、当初の頼りなさげな男子という悠の印象がガラッと変わり、今ではちょっとだけ調教したくなっていた。


(ふ~ん……明石君って意外と良いかも……。最初は、如何にも貴美が好きそうな感じの男だと思っていたけど。今は私も気にいっちゃったかな。ふふっ、調教したら良い声で鳴きそう)


 似ているようで、ちょっと違っていた。


 そんな二人の変化に気付かない悠は、葵を構っているのだが。


「六条さん、そこ、地面に穴空いてますよ」

「ありがとう、さすが私の従者ね」

「従者じゃないですけど……」


 皆をフォローしている悠を見て、貴美は複雑な心境になっていた。


(もうっ! 何よ、最初に悠の良さを知ったのは私なのに……。皆、頼りないとか大人しいとか普通とか、全然眼中に無かったはずなのに……急に仲良くなってるし……)



 数年前――――


 まだ貴美がJCになったばかりの頃。

 掃除当番をサボる男子に、規則を守らせようとする貴美はイラっときていた。


「ちょっと、男子! 掃除しなさいよ」


 注意した貴美をスルーして、男子たちは教室を出ようとする。


「わりぃ、用事あるんで」

「あと頼むわ!」

「すまん!」


 貴美の注意も聞かず、当番の男子たちは何処かに行ってしまった。


「はあ、これだから男子は……」


 教室に残された大きなゴミ袋を前に、貴美はため息をつく。


「あ、あの、中将さん。手伝おうか?」


 その時、大人しそうな男子が声をかけてきた。クラスメイトの悠である。

 困っている貴美を見て、悠が手伝いを申し出たのだ。


「明石君、あんた当番じゃないでしょ」

「でも、中将さんが困ってるみたいだし」

「ふーん、じゃあ頼もうかしら」

「おう、俺は悪魔姉サキュバスに躾けられた女子の味方だぜ!」

「ごめん、何言ってんのか分からない。バカなの?」


 こうして貴美は、重そうなゴミ袋を捨てに行く悠の後ろ姿を見て、お気に入り男子にしてしまったのだ。

 ただ、この頃から少しSっぽかった彼女は、『なんか色々言うことを聞かせられそう』と、ゾクゾクした感覚を持ってしまっていたのだが。


「ふふっ、明石君か……今度美化委員に誘ってみようかな」


 貴美の目がキラキラというよりギラギラと輝く。


 そして、悠が貴美に色々構われたり強制的に振り回される日々が始まったのだ。


 ――――――――




 貴美が回想から戻ると、目の前では悠がハーレム系主人公のように、女子に囲まれ仲良く話をしている。


(なによ……最初は六条と夕霧だけかと思ってたら……アユやサーヤまで仲良くなってるし……。なんか納得いかないっ!)


 貴美がモヤモヤした気持ちになってしまった。




 結局、悠の班は可もなく不可もない真ん中辺りの順位でゴールした。

 トップはガチな運動部で結成された班なので、本気でやっても勝てなかったはずだ。


 スタート時は女子からイジられていた悠だが、ゴール時にはちょっと女子からの待遇が変わっているようないないような……?

 真理亜が言っていたのを理解したかのように、皆がちょっと悠を見直しているようだ。



「明石君ってさ、けっこう面白いよね。貴美が気に入ってるのも分かるわぁ」


 歩美が悠に絡んできた。


「えっと……野分さん」


 急に親しげに接してきた歩美に、悠がビクッとする。


「ふふふっ、今度から私もビシバシと行くから覚悟してよね」

「は? はあ? な、何で……」


 悠が戸惑っていると、反対側から沙彩が耳打ちしてくる。


「明石君、ホントに良い表情するわね。もっと徹底的に堕として屈辱に歪む顔を見たいかも……」


 ゾクゾクゾク!

 余りの恐怖に悠が震える。


「えっ? ちょっと東さん、何言ってるの……」

「ふふっ、冗談だよ……」

「で、ですよね……」


(いやいやいやいやいや! 冗談に見えないけど! 今まで物静かなイメージで気付かなかったけど、東さんが一番の危険人物な気がしてきたぞ)


 悠が気付いてしまった。沙彩が一番危険だと。



 お姉ちゃんっ子スキルでモテるのかと思いきや、そこは悠だけに特殊能力EXスキルシゴカレマスターが強すぎて、やっぱりS系女子の嗜虐心しぎゃくしんに火をつけているだけなのだ。

 ただ、特定の女子にだけはモテモテなのかもしれない。


「ちょっと、アユ、サーヤ! あんまり悠を困らせるんじゃないわよ!」


 目の前で悠にベタベタされて、遂に貴美が怒りだしてしまう。


「もう、貴美ったらヤキモチ凄いんだから」

「明石君を取ったりしないから安心して」

「は、はあ?! ち、違うし! そんなんじゃないし!」


 歩美と沙彩に冷やかされてムキになる貴美。

 そして、真理亜と葵まで悠に絡んでくる。


「おまえモテモテだな。安心しろって、おまえのドーテーは守ってやっから」

「明石君! あなたは私の従者なんだから、私を一番に敬いなさいよね」


 結局、五人の女子に囲まれてしまう。


「勘弁してくれ…………」


 困惑する悠だが、女子に囲まれてベタベタされている姿は、百合華にバッチリと見られていた。もう限界突破で爆発しそうな嫉妬心を抱え、恐怖の夜が近付いているのだった。


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