第50話 林間学校の準備で買い物に行く悠が心配なお姉ちゃん

 ゴールデンウィークも半ばに差し掛かったある日、悠は駅近くの商業施設前に立っていた。

 林間学校の準備で、班員と買い物の予定なのだ。

 悠がミラクルを起こし、メンバーは全員女子なのだが――――


「皆、遅いな…………」

 悠が時計を見る。


 実は先程から真理亜が到着しているのだが、少し離れた場所で悠を驚かそうと隠れていた。


 ふふっ……

 明石のやつ、今日も良い感じに無防備だな。

 ちょっとビックリさせてやるとすっか。


 無防備な感じに立っている悠の背後に、真理亜が忍び足で近付いていた。


「わっ!」

「うわぁっ!」


 後ろから突然声をかけられ、悠はビックリして大袈裟なリアクションをする。


「うぃす、明石」

 真理亜が楽しそうな表情で挨拶する。


「ゆ、夕霧さん。ビックリさせないでよ」

「わりぃわりぃ、おまえ相変わらず良いリアクションするよな」


 悠のリアクションが真理亜の欲求を誘ってしまい、やっぱり色々とイジられてしまう。

 見ているだけでウズウズしてしまうようなのだ。

 悠への想いを諦めた真理亜なのだが、やっぱり少しだけ未練があるのか、ベタベタと絡んでしまうのだった。


「ちょっと、近いって」

「いいだろ、減るもんじゃねーし。ふふっ」



 悠が真理亜に絡まれていると、葵が周囲の男達の視線を集めながらやって来た。

 姫カットのような長い艶やかな黒髪が風に揺れ、まるで猫じゃらしに釣られるように男性の視線を集めてしまうのだ。


「こんにちは。あら、中将さんはまだなのね」

 出会って早々に貴美を気にするところが、『中将さん好き過ぎでは?』と百合の波動を感じてしまう。


「うぃ~す、六条」

 真理亜が葵にまで絡みに行く。


「相変わらず髪綺麗だよなぁ」

「ちょっと、触らないでください」


 葵は、真理亜に絡まれて迷惑そうな顔をするが、ちょっとだけ嬉しそうな感じもする。

 いつの間にか二人は仲良くなっているようだ。

 最初は正反対のキャラで心配だったのだが、ちょっと面倒くさい性格の葵にも物怖じせず絡んで行く真理亜が、何故だか上手く行っている感じだ。

 同じ班になったのは良かったのかもしれない。



「おまたせ」

「どうもーっ」

「こんちわー」


 貴美と、その友人が到着した。

 ショートカットで元気そうなのが野分歩美のわきあゆみで、ポニーテールで落ち着いているのが東沙彩あずまさあやだ。

 二人ともJC時代から貴美と仲が良い。



「じゃあ、行きましょうか」

 貴美が先頭でショッピングセンターに入って行く。


 女子五人に囲まれ完全にハーレム状態になってしまう悠。

 真理亜が悠の隣を確保しているのを見た貴美が、イラっとした顔をして悠の反対側に移動する。


「ほれ、腕組んでやんよ。嬉しいだろ」

 真理亜が、わざと挑発するように悠の腕を取る。


「ちょっと、悠が嫌がってるでしょ!」

 簡単に挑発に乗ってしまう貴美が、予想通りの反応で怒り出した。


「け、ケンカしないでよ。同じ班なんだから」

 間で悠がオロオロする。

 いつも通りの光景だ。


「あっれぇ、何か熱くない? もしかして、貴美ってば明石君が居るからぁー?」

「ちょ、ちょっとアユ! そんなんじゃないから」


 歩美に冷やかされて更に貴美が熱くなってしまう。


 強気な女子に全方位を囲まれてしまい、悠は完全孤立状態だ。

 まるで、紀元前春秋戦国時代、項羽こうう垓下がいかに於いて、漢の劉邦りゅうほうによって四面を包囲されてしまった感じなのだ。

 何だか訳が分からないが、つまり女子の中に男子が一人で四面楚歌しめんそかなのだ。



「もしかしたら……林間学校でも、この六人部屋だったりして」

 静かにしていた沙彩が、とんでもない事を言い出した。


「は? いやいやいや、ロッジは男女別になるはずだろ」

 悠が否定する。


「うっわ、あり得るわ。部屋が足りないから、うちら班だけ男女一緒ってカンジ?」

 真理亜がノリノリになって話し出す。


「悠……あんたやっぱり女子にシゴかれる運命なのよ。諦めなさい」

 貴美がトドメを刺す。


 いやいやいや!

 無い無い無いって!

 年頃の男女を同じ部屋で泊まらせるなんてあり得ないだろ。

 そもそも、お姉ちゃんが先生なんだから認めるはずがないし。


 悠は本気で心配した――――


「明石君……いくら私が美人だからって、寝ている時に手を出さないでよね」

 葵が不安そうな顔で呟く。


「いや、六条さんにだけは手を出さないから安心して」

「何でよ! それはそれで納得出来ないわ」


 エロい目で見られたくないのに、全く興味が無いと言われればムカつくものらしい。


「まあ、明石がエロいこと出来ないように縛っておけばいいだろ。まっ、あたしがおまえにエロいことするけどな」

 真理亜はエロいことする気満々みたいだ。


「ちょっと、夕霧さん!」

 エロいことと聞いて貴美が益々興奮してしまう。


 同室になる前提で話が進んでいて、やっぱり悠が強気な女子達にシゴかれまくる未来しか見えない。

 貴美の友人の歩美と沙彩までニヤニヤと楽しそうな顔をしていた。



 男女同室などありえないだろうと思いながらも、悠は期待……ではなく、不安でいっぱいになる。


 ううっ……

 何で俺の周りにはドSっぽい女子ばかりなんだ……

 これも運命さだめなのか!


 ――――――――




 買い物をする六人組の後を付ける不審な影があった。

 派手な金髪にサングラスをかけ、思い切り胸を強調したタイトなシャツにデニムホットパンツ。

 まるで海外のビーチにいそうなセクシー過ぎるお姉さんだ。


 その姿は、不審というよりエロ過ぎて、街行く人の注目を集めまくっていた。


「ユウ君……あんなに女子に囲まれて……」

 その女性が呟く――――


 柱の陰から悠達を見つめていた。

 まるでストーカーだ。



 女子達がワイワイと買い物をしている後ろで悠が後ろを振り向いた時、一瞬だけ派手なファッションの女性が目に入った。

 ほんの一瞬視界に入っただけで、しかも金髪のウィッグとサングラスを装着しているのにも関わらず、悠はその女性が百合華だと気付いてしまう。


 お、お姉ちゃん……

 何で後を付けてるんだ……

 しかもヘンテコな変装までして……

 マズいぞ、お姉ちゃんがエッロい恰好しているのがバレたら、先生としての立場が……


 悠は女子達に気付かれないようにその場を離れ、大きく迂回して姉の後ろ側に回り込んだ。



「あ、あれ? ユウ君が居ない。何処行っちゃったの?」

 百合華がキョロキョロと悠を探す。


「お姉ちゃん、何やってんの?」

「きゃ、きゃあ!」


 後ろから悠に声をかけられビクッとなる百合華。


「Oh、ナンテ、カワイイ、ユウクンナノデショウ!」

「いや、もうバレてるから。しかも英語になってないし」


 バレバレだった。


「何で後つけてるの?」

「ち、違うよ……ストーカーじゃないよ。ユウ君が心配で……」

「お姉ちゃん、その恰好は……エロ過ぎ……」

「ううぅ~バレないように変装したのに、皆にジロジロ見られて恥ずかしいよぉ」


 大胆に太ももを露出して、デニムホットパンツがよりヒップラインを強調してしまい、百合華のフェロモンと相まって凄まじい色気だ。


「お姉ちゃん、そういう露出度の高い服は……他の男にジロジロ見られちゃうよ」

「ふふっ、ユウ君ってば、お姉ちゃんを独り占めしたいんだぁ~」

「うっ……」

「心配しなくても、帰ったらこの格好でオシオキしてあげるねっ!」

「いや、もうっ、そうじゃなくて、早く帰ってよ」


 柱の陰でイチャイチャしそうになっていると、貴美の声が聞こえてきた。

「悠! 何処? まったく迷子になるなんて」


 突然消えた悠を探しているようだ。



「お姉ちゃん、隠れて」

 姉を押して見えないように柱の奥に入る。


「ゆ、ユウ君……大胆だねっ」

「ちょっと待て」


 ギュウギュウと姉のカラダを押し込んで密着してしまい、二人ともドキドキと鼓動が速くなってしまう。


「ユウ君……お姉ちゃん、我慢できなくなっちゃった……」

「は?」

「はむっ、ちゅっ……んっ」

「んんっ、ちょ、待て……ちゅ」


 柱の陰で見えないのを良い事に、百合華が熱烈的なキスをする。

 お外だという事を忘れているかのようだ。


「ちょっと、バレたらどうするの。ダメだよ」

「ちぇ~ケチぃ……ちょっとくらい良いじゃん」

「ダメ」

「この後……ホテル……とか」

「行かないから」

「うぇ~ん、ユウ君がイジワル」


 変装をしているからなのか、外だというのに百合華が大胆だ。


「もう、戻るから。中将さん達に怪しまれちゃう」

「ユウ君、リップが付いてる」


 ティッシュでくちびるを拭いてもらう。


「じゃあ行くから。お姉ちゃんは真っ直ぐ帰ってよ」

「分かった分かった」

「な、ナンパとか気を付けてよね。変な男に付いて行っちゃダメだよ」

「ふふっ、ユウ君も心配性だぁ」

「くっ……」


 どっちも心配性で嫉妬していた。




 キョロキョロしている貴美の前に、申し訳なさそうな悠が現れた。


「ごめん、中将さん」

「あっ、居た! あんた何処に行ってたのよ」

「えっと、トイレに……」

「もうっ、良い年して迷子かと思ったじゃない。まったく、私が付いてないとダメなんだから」

「うう、申し訳ない」


 まるで尻に敷かれているみたいになってしまう。

 家では実際に物理的に姉の尻に敷かれているので、やっぱり悠は尻に敷かれる運命なのだ。



「へへっ、明石、林間学校楽しみだな。まっ、おまえのドーテーは、あたしが守ってやっから」

 真理亜がニヤニヤしてからかってくる。


「私がビシバシとシゴきまくって鍛え直してあげるわよ」

 貴美もニヤニヤしている。


「貴美ってば大胆。私も手伝うからね」

「ふっ、明石君もシゴかれまくって大変よね」

 歩美と沙彩も、何だかヤル気満々だ。


「明石君! 私にはエッチなことやめてくださいよね」

 葵も面倒くさい事を言っている。


「くっそ……不安しかねぇ……」


 悠が不安でいっぱいになる。

 部屋は別なはずなのに、女子達の目がギラギラしているように見えてしまう。

 恐怖の林間学校が近付いていた。

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