第47話 変な先輩に捕まってシゴかれそうになる悠
悠は、背の高い先輩女子に取り囲まれていた。
タイトなウェアにピチッとしたショートパンツ、使い込んだ膝サポーターを装着した鍛えた筋肉美が眩しい脚が目の前に。
熱気が伝わってきそうな太ももに囲まれ、悠は絶体絶命な状況に追い込まれていた。
時間は少しさかのぼり、放課後――――
「悠、部活見学に行くわよ」
貴美が悠に声をかける。
いつものように、授業が終われば家に直行と思っている悠なのだが、直行してきたのは貴美の方だった。
「えっと、今日は家に帰ろうと――」
「ほらっ、行くわよ」
「やっぱり強制かよ……」
帰ろうとする悠を連れて、貴美は体育館へ向かった。
この
放課後は各運動部が体育館やグラウンドで練習に汗を流していた。
そして、新入生は部活の見学や体験入部をして、自分のやりたいものを見つけたら正式入部となるのだ。
貴美はスポーツ万能女子であり部活でも活躍できそうだが、悠は帰宅部希望なので部活見学をする予定は無かったのだが――――
「中将さんって、運動部に入りたいの?」
生き生きとした目をした貴美を見て、悠が質問する。
「えっ、別に入りたい部活は無いけど。何となく面白そうだから」
何となく面白いのは悠を連れ回すことのような顔をした貴美が答える。
「いや、面白そうって……運動部は大変だろ」
(運動部って上下関係が厳しそうだし練習もキツそうだし苦手なんだよな。どうせ入るなら文化部の方が……。というか、早く帰ってお姉ちゃんが帰るのを待っていたいのに)
そんなことを考える悠は、やっぱりシスコンで姉第一だった。
体育館に入ると女子バスケット部と女子バレー部が練習をしていた。
本格的に声を出しながら基礎トレーニングをしており、体育館内が熱気に包まれている。
「悠はどっちに入る?」
「なんでやねん!」
思わず悠がツッコミをしてしまう。
悠は男子なので女子部には入れない。
「えっ、だって悠って女子部でびしばしシゴかれてるのが似合いそう」
まるで美味しそうな食べ物を前にしたような顔で、貴美がニヤニヤする。
「くっ、俺ってそんな感じなのか……」
(た、確かに、自分でもちょっと想像してしまった……。オシオキ姉に長年シゴかれて、女子にシゴかれるのが似合う男になったのか?
悠がオシオキを想像していると、いつの間にか貴美は知り合いの先輩と話をしていた。
偶然に女子バスケ部に先輩がいたようで、連れられて一緒に行ってしまう。
悠は女子だらけの体育館に取り残されて、まるでライオンの群れの中に放り込まれた草食動物のような感じになってしまう。
そんな悠に、目を付けたかのように近寄る影が一つ。
「キミ、入部希望かな?」
突然声をかけられ悠は振り向く。
さっきまで大きな声を出して練習していた女子バレー部の先輩だ。
ちょうど休憩に入ったようで生徒たちは各自スポーツドリンクを飲んだり汗を拭いている。
そして顧問の教師は何処かに出て行ってしまった。
「あ、いや、俺は……」
悠が緊張する。正面に来て並ぶと、その先輩は悠より背が高かったからだ。
少し後ろを刈り上げたボーイッシュなショートカットで、健康的で活力溢れる鍛えた筋肉が艶めき、それでいて女性らしい曲線を描く肢体が美しい。
ユニフォームや使い込んだシューズやサポーターから、まるでエースのような風格を醸し出している。
「少し体験していかないか? ボクが案内してあげよう」
そしてボクっ娘だった。
何だか女子にモテそうな王子様系の先輩に見える。
「い、いえ、俺は男子だから入れないですよ」
「大丈夫、大丈夫、キミのような
「は? はあ?」
何だか理解が追い付かない内に先輩に手を掴まれ、悠は用具室のような場所に連れ込まれてしまう。
用具室の中には数人の先輩女子が居り、後から更に数名の先輩が入って来て退路を断たれる。
部活の熱気がそのまま伝わってきそうな、用具やダンベルやウェアが並ぶ部屋で、男は悠一人きりで完全に孤立してしまった。
「えっ、あれ? 何で連れ込まれてるの……」
状況が飲み込めず動揺する悠。
「まあまあ、とりあえず座ってくれ。あっ、スポドリ飲むかい?」
先輩に促され、悠は折り畳みイスに座らされた。周囲を完全に取り囲まれて逃げ場が無い。
大好きなのは神聖な姉の太ももだけだと決めていたのに、熱気が伝わってきそうな女子部先輩たちの太ももに囲まれ、悠は絶体絶命な状況に追い込まれていた。
「とりあえず自己紹介だ。ボクは
「ええっ、あの、明石悠です」
(自分で将来有望とか言ってるぞ、この先輩。凄い自信なのか変わった人なのか……でも、背も高いし運動神経も良さそうだし凄い人なのかな てか、近いって! 何で俺、囲まれてるんだ?)
困惑する悠を置いてけぼりで、美雪はどんどん話を進めてしまう。
「明石君、我が部ではキミのような人材を求めていたんだ。とりあえずこの書類にサインを」
何処からか書類が出てきてサインをせがまれる。
これでは何かの詐欺のようで怖いだろう。
「えっ、入部届って……いやいやいや、まだ入部するって決めたわけじゃないですから。それ以前に女子バレー部ですよねここ!」
悠は書類を突き返す。
このままでは、
「まあまあまあ、部活見学に来ていたという事は、バレー部に興味があるのだろ?」
「いや、だから女子部ですよね?」
「あれっ? マネージャー希望じゃないのか?」
どうやらマネージャー希望と勘違いされているようだ。
「で、でも、女子部なんだからマネージャーも女子の方が……?」
悠がつぶやく。
「いや、力仕事も多いし男子でも構わんぞ」
普通にOKにされてしまう。
「あっ、でもエロ目的はダメだぞ。近年では露出度の高いユニフォームをエロ目線で見るけしからん男子が多いからな。その点キミは何だか
美雪が力説する。
エロ目的の男子が多いらしいが、悠ならOKらしい。
(いやいやいや! エロ目線で見ちゃってますけど! もう、何かすみません。そんな大胆にムチッとした太ももで接近されたら、男なら誰でも見ちゃいますって)
悠は、ユニフォーム姿の女子に取り囲まれて色々とヤバい状態なのだ。
「マネージャーといっても仕事は色々あるんだ。記録取りやスコア付け、データ分析、他校の偵察。他にも、備品の用意、洗濯、マッサージなど」
入部する気は無いのに、美雪が次々に説明する。
「あっ、洗濯だが……臭いを嗅ぐのは禁止だぞ! 練習の汗で臭うと恥ずかしいからな」
(いやいやいや! すでに練習の汗で濡れたまま囲まれて、すっごい女子の良い匂いに包まれてますけど! もう、ホントすみません。 そんな大胆に濡れたウェアのまま接近されたら嗅いじゃいますって)
「あと、マッサージは重要だ。練習や試合前には十分なストレッチが必要だし、練習後もマッサージは欠かせない。そうだ、今ちょっと練習してみるか?」
「いやいやいや! ストレッチの重要性は分かりますけど、男子が女子の体を触ったらマズいでしょ!」
顔を赤くしながら悠は必死に断る。
姉以外の女性の体を触るのはマズいし、もし百合華に見られたら恐ろしいことになりそうだ。
「そうか? ボクはキミになら触られても構わないがな。がははっ!」
美雪が更に接近する。
「私も構わないわよ」
「ちょっと触ってみる?」
「やだ、この子、顔赤くなってるぅ~」
他の先輩まで面白がって迫ってくる。
先輩にからかわれて、悠の顔が更に赤くなってしまう。
こういう
そんな気持ちとは裏腹に、もう先輩たちが悠の
「と、とにかく、入部する気は無いですから。もう、戻りますね」
悠が立ち上がる。
「そうか、無理強いはできないしな。せっかく良い子が来てくれたと思ったのに残念だ」
少しガッカリした表情の美雪が引き下がった。
「では、失礼します」
悠が帰ろうとするが、美雪が出口に立ち塞がって通れない。
「あの……通れないです……てか、背高いですね」
「じょ、女子に対してデカいとか失礼だな、キミは」
通せんぼしていた美雪が、赤い顔でムキになる。
「ええ……高いって言ったのに。ビミョウにニュアンスが違うような。でも、バレー選手なら背が高い方が有利なのに」
「それはそれ、これはこれだっ! 世間の男どもは背の低い女子ばかりをチヤホヤするからな。全くけしからん! 私だって乙女なんだ!」
ボクっ娘なのに乙女だった。しかも一人称がボクから私になっている。
「ボクじゃなかったんですか?」
「それはキャラ付けだ。将来有名選手になった時にキャラがあった方が人気出るだろ」
「えええ……」
ボクっ子はキャラ付けだった――――
「とにかく、女子に『デカい』は禁止だ」
「す、すみません……」
(そうだよな……バレーでは背が高いのが長所だけど、それ以外では女の子らしいのに憧れてるかもしれないし。悪い事しちゃったな)
悠は少し考えてから、美雪を見つめ口を開いた。
「あの、男子が皆、背の低い女子が好きなわけじゃないですよ。背の高い女子はスタイル良く見えて人気ありますし。松風先輩は美人だし、きっと憧れている男子も多いと思います。俺も松風先輩、良いと思います」
「ぐっはぁ! き、キミは意外と言うじゃないか。無害な男だと思っていたのに、実は天然のジゴロか。け、けしからん! やっぱりバレー部に入部させて鍛え直してやる。というか……ちょっと気に入ってしまったぞ。何としても入部してもらうからな」
悠は自爆した。無意識に年上キラースキルが発動し、先輩に気に入られてしまったようだ。
美雪が更にムキになってしまった。
「と、とにかく俺は帰りますから」
悠が出口に向けて突撃しようとしたところで、懐かしい救世主の声が聞こえた。
「悠、こんなとこにいた。何やってんのよ!」
貴美がドアの向こうに立っていた。
「中将さん!」
「あんた、バレー部に入るの? ふへっ」
先輩たちに絡まれている悠を見て、貴美の顔がニヤっとする。
まさに想像通りの、先輩女子にシゴかれる姿そのままだ。
「いや、これは違っ――」
悠が喋ろうとした時、ドアの向こうにバレー部顧問と一緒に百合華の姿が見えた。
「あれっ、お姉……先生……」
「んんっ! ユ……あ、明石君!」
一瞬で百合華の威圧感が増した。
「こほんっ、若い時は部活動に精を出して経験を積むのも必要よね。でも、女子部じゃなく男子部の方が良いんじゃないかしら」
顔は笑っているけど目が笑っていない気がする百合華が述べる。
「で、ですよね……」
毎度の事ながら、余計なことをして百合華の嫉妬を誘ってしまう悠。もう、オシオキ欲しさにわざとやっているような感じだ。
そして、この事件が更なる悠のフェチを開拓してしまうことになる。
ちょっと家に帰るのが怖い、よく晴れた放課後だった。
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