第39話 荒ぶる姉は止められない
入学式当日のスケジュールも終了し後は帰るだけなのだが、悠の周りにはクラスメイトたちが集まっていた。
姉の百合華先生のことを聞きたくて、主に男子が興味津々で質問しているのだ。
余り目立ちたくないと思う、ちょっとだけ
「明石先生って、家ではどんな感じなんだ?」
「彼氏はいるの?」
「好きな食べ物は?」
「寝るときは何を着てるんだ?」
「バストは何センチ?」
若干セクハラっぽい質問まで飛んでいる。
「い、いや、普通の姉だから……」
根掘り葉掘り変なことまで聞いてくるクラスメイトに、悠は少しうんざり気味だ。
学園デビューに心配だったのを、姉のお陰で思わぬ人気になりデビュー自体は成功した。だが、大好きな姉をエロい目で見られるのは嫌なのだ。
姉の尻をナデナデして余計にエロいフェロモンを出させてしまった悠にも責任はあるのだが。
悠が困っていると、貴美が割って入ってくる。
「ほら、男子たち。そういうのは本人に聞きなさいよ。悠が困ってるでしょ」
いつもイジるように絡んでくる貴美が、まるで救世主のようだ。
コミュ力が高く人気もある貴美は、すでにクラスで中心人物のようになっていた。
「悠のお姉さんは、すっごく怖くて厳しいのよ。昔から悠が悪さすると、叱られてプロレス技までくらってるんだから」
「「「ぶぁっはっは!」」」
貴美の冗談のような話で笑いが起こる。
(中将さん……そこは秘密にしてくれよ……。プロレス技の話をされると、エッチなオシオキを思い出してしまうぜ)
百合華のプロレス技でエッチな気持ちになるのは悠だけではなかった。
「あんな綺麗な姉ちゃんなら、俺もプロレス技されてぇー!」
「おっぱいが当たりまくりだろ」
「あの太ももで挟まれてぇ~」
予想通り男子の妄想では、エッチなプロレスになっている。
(くっそ……やっぱりエロい目で見てやがる……俺のお姉ちゃんは誰にも渡さないぜ!)
悠の独占欲が爆発しそうになるが、シスコンがバレるので黙っていた。
とにかく、姉を誰にも渡したくないし、誰にも触らせたくないし、その笑顔は自分だけに向けて欲しいのだ。
幼い日から積み重なった姉への想いは、狂おしいほどに悠の心を支配していた。
「ねえ、悠。入学祝いでカラオケでも行こうよ」
おもむろに貴美が陽キャっぽいことを言い出す。
「ははっ、中将さん。そんな入学早々クラスで集まって遊びに行く陽キャっぽいことなんて、冗談キツいぜ」
悠が、『やれやれだぜ』と言った感じに両手を広げる。
「俺は早く帰りたいから」
「あんたいつも帰りたがるわよね? どうせエッチなアニメ――」
「シィーっ! それは内緒に!」
「あんたも行く・の・よ!」
「強制かよ……」
貴美の発案でクラスメイトと一緒にカラオケに行くことになってしまう。
一瞬だけ貴美を救世主だと思っていた悠だが、やはりいつもの貴美だった。
◆ ◇ ◆
一方、百合華の方も新任教師の歓迎会が企画されていた。当然ながら参加する羽目になるのだが。
今日の仕事が終わり、教職員で揃って店へと向かっていた。
「ささ、明石先生。今日は明石先生を歓迎する会ですぞ。教育論について熱く語り明かしましょう」
教頭の山田が鼻息荒く話す。
「は、はあ……」
百合華は微妙な顔になって聞いていた。
(もうっ! 早く帰ってユウ君とイチャイチャしたいのに! 語り明かすって何よ! 明かさないからっ!)
悠に尻をナデナデされ情欲の炎がくすぶっている百合華は、早く帰って悠にオシオキしたりイケナイコトをしたいのだ。
しかし、新任教師としては上司や同僚との面倒な人間関係も必要だろう。
◆ ◇ ◆
カラオケボックスに到着した悠は、カラオケとは別の緊張状態にあった。
「ねえ、歌わないの?」
隣の女子が話しかける。
明るい髪色をして少し制服を着崩した、ヤンチャな雰囲気の女子だ。
よく見れば可愛い顔をしているのだが、怖いイメージが先行して悠は苦手意識を持ってしまう。
と言っても、悠は姉以外の女性は苦手な人が多いのだが。
「い、いや、俺は後でいいや……」
緊張した悠が答える。
その二人の光景を、対面に座る貴美が凄い形相で睨んでいた。
いつものように葵と言い合っている内に、真理亜に悠の隣という指定席を取られてしまったのだ。
悠は、隣にギャルっぽい真理亜と正面に怒れる貴美という、ちょっと怖い女二人に見つめられ非常に困っていた。
(くうっ……何故こんなことに……。ただでさえ入学初日にクラスで集まってカラオケという陽キャイベで緊張しているのに、更に初対面の怖そうな女子の隣になってしまうなんて……。何を話せば良いんだ……)
こんな状況になって、悠は改めて貴美の存在の有難さを知った。何かと絡んだりイジったりするのだが、彼女と一緒に居ることで周囲とも溶け込めていたのだ。
ただ、今は敵になってしまったかのように睨まれているのだが――――
「緊張してる?」
真理亜がニヤニヤした顔で悠の顔を覗き込む。
「い、いや、別に……」
「ふふっ、なにキョドってんだよ?」
「は、はあ? キョドってないし」
「明石ってさ、童貞でしょ?」
「ギクッ!」
「あっ、当たり! ウケる」
どうやら、話しかけられる度に悠の体がビクッとなるのを面白がっているようだ。
童貞に間違いはないのだが、姉とキスしまくっているのに女慣れした雰囲気が無い。いつまで経っても
(ううっ……何だこの女子は。初対面なのにとんでもないぞ。
「明石ってさ、どうせキスもまだなんだろ?」
「うっ……」
「あたしがキスしてあげよっか?」
「えっ?」
「うっそぉ~」
(くっ……完全にからかわれているぞ……。キスはしたことあるのに……)
ギャルっぽい女子のイジりに、つい悠はムキになる。うっかり口を滑らせてしまうくらい。
「キスなら、したことあるけど」
「は? はあああ!? あるの? 誰と?」
(マズい! 挑発されて、つい余計なことを言ってしまった)
「へえ、なるほどね」
真理亜は、正面で睨んでいる貴美をチラッと見て、『ふ~ん』という感じの顔になる。
勝手に誤解しているようだ。
貴美は超不機嫌になっていた。
真理亜に悠の隣を取られてしまった上に、何やらコソコソと二人で話しているのだ。
しかも、クラスの陽キャ男子が流行りの曲を熱唱していて、二人の会話内容が全く聞こえない。
真理亜がチラチラとコチラを見ているのも意味深で気になってしまう。
(何なの、あの子! 初対面なのに悠にベタベタして……。チラチラ私の顔を見ながら何か言ってるみたいだし)
イラッ!
貴美は謎のイライラが込み上げてくるのを感じていた。
(べ、別に、悠が誰と仲良くしようと勝手だけど……。でも、悠は私が中学の頃から世話を焼いてきたのに! 私の許可も無しに他の女とイチャつくとか許せない!)
そして――――
悠の隣に座る男子の歌う順番がきた時、貴美は動いた。彼がマイクを持って前に出た瞬間を狙い、悠の隣に移動したのだ。
隣に座った途端、無言の圧力で悠と真理亜を睨む。
「ぐぬぬぬぬ……」
「中将さん、なんか怒ってる……?」
悠が更に緊張する。
両側を怖い女子に囲まれ、お互いに引く素振りを見せない強気女子に、ピッタリと密着されたまま挟まれ続けているのだから。
二人の女子の間に、目に見えない攻防が繰り広げられる。まるで自分の獲物を奪われないように威嚇する肉食系動物のような。
そして、この時のキス発言が、後にとんでもない嵐を巻き起こすことを悠は知らなかった。
因みに葵は、他の男子たちにチヤホヤされて、良い気分でご満悦になっていた。
◆ ◇ ◆
一方、百合華の歓迎会の方は――――
「
教頭の、よくわからない下ネタっぽいオヤジギャグが炸裂していた。
元々酒の席が苦手な百合華は、早く帰って悠と戯れたくて心ここにあらずだ。
同僚の男性教師が百合華の美貌に惹かれて声をかけてくるのだが、尽く華麗にスルーして誰も彼女を落とすことはできなかった。
「師匠ぉ~飲んでますか~」
そんな百合華のもとに、いい気分になった花子が寄ってきた。
ほろ酔い気分で顔が赤くなっている。
「末摘先生、師匠はやめてください。私、後輩なんですから」
「でも、明石先生は私の尊敬する師匠なんです」
「師匠は恥ずかしいから別のにしてください」
「では女王で」
「師匠でお願いします」
師匠に決定してしまった。
「でも~あの子って師匠の弟さんだったんですね」
「は?」
花子が、お気に入りになってしまった悠の話をし始めた。
百合華の眉がピキッと反応する。
「いいなぁぁぁぁ~私も可愛い弟が欲しいですぅ~」
「ちょっと、末摘先生。飲み過ぎてませんか?」
「何処かにショータ君みたいな可愛い義理の弟がいないかなあ~」
「うっ……」
「毎日一緒にお風呂で洗いっ子して、毎日一緒に添い寝して~」
花子が教師にあるまじき問題発言を連発する。
ただ、内容は普段から百合華がやっていることだった。
歓迎会も終わり家路を急ぎたい百合華だが、ぐでんぐでんに酔っぱらってしまった花子の対処に困る。
「ほら、末摘先生。しっかりしてください」
「ああぁ~女王さまぁぁぁぁ~」
「女王じゃないです! 師匠です!」
もう、自分でも師匠になってしまっていた。
「私のショータくぅ~ん……うぃ~」
「ああっ、もう何なの!」
百合華がイラッとする。
普段の自分とそっくりなのだが、他人の言動となるとイラつくものなのだ。
結局、花子を連れてタクシーに乗り、自宅まで連れて行くことになってしまった。
その場に残して行くわけにもいかず、他の人に任せていては余計に面倒な事態になりそうだ。
いかにも男慣れしていなくて気が弱そうな花子なのだ。男性教師とホテルにお泊りとか、ましてや不倫関係にでもなってしまうかもしれない。
地味な見た目だが、カラダは巨乳でムチッとしていて男受けは良さそうなのだから。
◆ ◇ ◆
明石家の前でタクシーが止まり、百合華は運転手と一緒に花子を引きずって家まで入れる。
本当に手のかかる先輩だ。
一足早くカラオケが終わり、家で姉の帰宅を待っていた悠は、玄関からの音で駆け付けた。
「お姉ちゃん、おかえり……あれ? 先生?」
悠が玄関で潰れている花子を見て驚く。
「あっ、ユウ君。末摘先生を運ぶの手伝って」
「う、うん……」
リビングのソファーまで花子を運ぶ。
姉の帰宅と同時に、キッツいオシオキが待っていると予想していた為、ちょぴりガッカリな気持ちだ。
「ユウ君!」
突然、百合華が抱きついてくる。
「え、ええっ、お姉ちゃん……」
「ユウ君……もう我慢できないよぉ……あれからずっとムラムラしっぱなしだったんだからぁ~」
目がとろんと蕩けた百合華が、今日一日の汗と埃とフェロモンに塗れたカラダを密着させる。
義姉の匂いが漂ってきて、もうそれだけで悠は興奮状態になってしまう。
「お姉ちゃん、ダメだよ。先生が居るのに」
「ふふっ、しよっか? 先生の見てる前で」
気持ちよさそうに眠る花子の前で、スイッチが入ってしまった百合華の瞳が光った。
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