第30話 極限状態のプロポーズ~たとえ世界で二人きりになっても~

 悠はナンパ男たちと対峙する。

 相手は少しガタイの良い輩風と、見るからにチャラい陽キャ男だ。

 悠一人では明らかに分が悪い。

 このラブコメのお約束展開に、悠の心は姉を守りたい一心で昂揚する。


(お姉ちゃんを守らないと! ここは、俺が盾になってでも!)


 悠は一歩踏み出した。


「おい、オマエ何だよ!」

「俺らが先に声かけたんだ! 関係ねえ奴は引っ込んでろよ!」


 ナンパ男たちは、イキって大きな声を上げる。

 相手の悠がまだ若いと見て、ナメられないよう威嚇しているのだろう。


「お、俺は……」


(お姉ちゃんの弟……? いや、違う! 俺は、お姉ちゃんを守る騎士ナイトになる!)


 弟から神聖Holy百合華lily騎士団Knightsの騎士団長へとジョブチェンジした悠改めユー・エターナル・ブライトストーンは、完全に中二病全開で戦う決意をする。

 ふざけているのではなく、本人は大真面目だ。


「俺は……俺は……俺は百合華の彼氏だ! 俺の女に手を出すな!」


 彼氏だ――――

 彼氏だ――――

 彼氏だ――――

 だ――――

 だ――――

 だ――――


「「「…………」」」


 唐突にぶちかました悠の彼氏宣言に、ナンパ男よりも百合華がビックリする。


(えっ、えっ、ええええええええぇぇぇぇーっ! ゆ、ゆ、ユウ君! ユウ君が、私の彼氏なの!?)



「うおおおおぉぉぉぉ!!」

「な、何だこのガキ!」

「テメェ、何しやがる!」


 百合華を守る騎士になった悠が、ガタイの良い男二人を相手にタックルしてしがみ付く。

 ナンパ男たちも、アニメのような超展開に少したじろいだ。


 しかし、悠と百合華は大真面目だ。


「早く、今のうちに逃げて!」

「えええっ、ユウ君を置いて逃げられないよぉ」

「俺は、死んでも百合華を守るぜ!」

「ユウくぅぅぅぅーん!」


 完全に二人の世界に入ってしまった姉弟に、若干置いてけぼりにされたナンパ男たちの戦意が削がれた。


「わ、分かったから、離せって!」

「ヤベぇカップルだな!」


 もみ合っている内に、偶然男の肘が悠の顔面に当たってしまう。


 ガシッ!

「ぐえっ! 痛ぇ!」


「もう、行こうぜ!」

「おまえら勝手にやってろ」


 ヤバいカップルに恐れをなしたナンパ男たちは逃げて行く。神聖Holy百合華lily騎士団Knightsユーの勝利である。



 その場に二人が残された――――

 冷静になった悠は、ラブコメのような展開にテンションが上がり、色々問題発言を口走っていたことを思い出す。


(ヤバい、ヤバい、ヤバい! 勝手に盛り上がって問題発言連発してたような……。彼氏とか……俺の女とか……名前呼び捨てにしてたし……)


 悠の心配とは逆に、百合華は悠を心配していた。


「ユウ君……大丈夫?」


 百合華は心配そうに悠の顔を覗き込む。

 もみ合った時に偶然入った男の肘に、悠のくちびるが切れて少し血が出ていた。


「あっ、怪我してる……」

「大丈夫だって、これくらい」

「あいつら……私のユウ君に怪我させるなんて……ぶっ殺してくる!」

「うぁっ、大丈夫だから! 偶然入っただけでわざとじゃないから!」


 ナンパ男よりも姉の方が危ないかもしれない。悠は百合華を必死に止める。

 悠のことになると我を忘れそうで怖いのだ。

 姉が暴走しないように、手を握って少し落ち着かせた。


 ドキドキドキドキドキドキドキ――――


 気分は落ち着いたが、胸のドキドキは速くなったのだが。


「ユウ君……ありがとう……」

「お姉ちゃんの為なら、これくらい何でもないよ」


 健気に姉を守ろうとする悠に、百合華の心はオーバーヒートしそうなくらいにドキドキしていた。

 騎士になろうとした悠だが、百合華の中では既に騎士であり運命の人なのだ。


「ユウ君、さっきは私のこと『百合華』って呼んでた」

「ギクッ!」

「彼氏だって……」

「ギクギクッ!」

「俺の女だって……」

「うわぁぁぁぁーっ! ごめんなさぁぁぁい!」


 百合華の顔が一気に紅潮してニマニマとした顔になった。


「お姉ちゃんはユウ君の彼女にされちゃったんだね」

「だから、それは言葉の綾というか、咄嗟とっさの判断というか……」

「もう~しょうがないよね。ユウ君の彼女にされちゃったから、色々エッチなコトされちゃっても文句は言えないよね」

「ち、違うから!」


 実際に迫られるとエッチ禁止とか言い出すくせに、自分が攻めている時はエッチしたがる困った姉だった。


「もう、帰るよ」

「待ってよ、ユウ君~」


 来た時より更にラブラブになって、百合華がギュッと抱きついてくる。


「ちょっと、誰か知ってる人に見られたらマズいだろ」

「大丈夫だよぉ~仲の良い姉弟って言えば」

「大丈夫じゃねえ!」


 もう、誰にも知り合いに会わないのを祈るばかりだ。

 悠は周囲を警戒しながら、やたら密着したがる姉と家路を急いだ。



 ◆ ◇ ◆



「プルルルルルルルルッ――プルルルルルルルルッ――」


 二人が玄関のドアを開けると、リビングから電話が鳴り響いていた。

 何か虫の知らせのような、不穏な空気が漂うように。


 急いで家に上がった百合華が電話を取る。


「はい、明石です」


 急に真顔になった百合華が真剣に受け答えをしている。


「はい、そうです。えっ! そ、そんな……はい……」


 ガチャ!


 電話を置いた百合華は、茫然と何も無い空間を見つめている。

 さっきまでの楽しそうな笑顔は消え、その瞳は空虚になり何も見ていないようだ。


「お姉ちゃん……どうしたの?」


 心配そうな顔をして、悠が声をかけた。


「えっ……あの……お、お父さんとお母さんが……観光バスが事故に遭って……警察から……」


「ええっ!」


(う、嘘だろ……そんなバカな……今朝、出て行った時は、あんなに笑顔で……)


「そ、そうだ! ニュース、何か分かるかも」


 悠がテレビをつける。

 ちょうど夜のニュースが始まり、事故の一報が伝えられるところだ。


『今日、午後五時過ぎ、〇〇県の国道〇号の山間で温泉施設に向かっていた37人が乗った大型観光バスが、道路左側のガードレールを突き破って谷底に転落する事故がありました。警察によりますと、被害車両は現在捜索中であり被害の状況は分かっていないとのことです』


 まるで映画か何かのように映像が流れて行く。現実感の無いような足元が不安定なような、おかしな感覚になってしまう。


「ユウ君……どうしよう……」


 百合華は泣きそうな顔で悠を見つめる。


「お姉ちゃん。き。きっと大丈夫だよ。今、捜索しているから。きっと……明日になれば、何事も無かったように二人とも帰って来るよ」


 そう言って、悠は百合華の肩を抱いた。

 いつも元気で最強の姉が、今は小さく震えて見えたから。


「ううっ、ユウ君……うわあああぁぁぁぁーっ!」

「お姉ちゃん……」

「ううっ、ぐすっ、ぐすっ……お父さんとお母さんが居なくなっちゃったら……どうすれば……」


(お姉ちゃん……さっきまで、あんなに楽しそうにしていたのに……。今はこんなに弱々しく、壊れてしまいそうな……。まだ、両親が死んだと決まったわけじゃない……。でも……もし…………)


 悠は、弱々しく泣き続ける百合華を見て、心の中に強く固い決心をした。

 それは次々と溢れ出し止められないほどに大きくなる。


 ガバッ!

 悠が百合華を強く抱きしめる。


「お姉ちゃん! 俺は、俺は絶対に、お姉ちゃんを守る!」

「ゆ、ユウ君……」


 百合華の瞳が熱く揺らめいた。


「例え世界に二人きりになったとしても、俺は絶対にお姉ちゃんを守り続けるから! ずっと、側にいて永遠に守り続けるから! 絶対に、お姉ちゃんを幸せにしてやる! お姉ちゃんが大好きだからっ!!!!」


「ユウ君…………」


 強く、強く抱きしめる――――

 もう一生に離さないと誓うように。

 永遠の愛を誓うように。



 この永遠のように時間が止まった二人を現実に引き戻すように、テレビのニュースキャスターが慌ただしく続報を伝え始める。


『あっ、今、新しい続報が入ったようです。崖に転落した観光バスですが、乗員乗客ともに全員無事との情報が入りました。崖の途中で樹木に引っ掛かり、崖下までの転落を免れたとのことです。軽症者はいるものの、全員生存です』


「「…………………………」」


 テレビは現場に到着したリポーターへと切り替わり、現場の状況を次々と伝えている。

 悠と百合華は抱き合ったまま固まっていた。



 現場リポーターが、救助された乗客へとインタビューをする。


『いや、ビックリしましたよ。急に衝撃があってガタガタと谷に』

『本当に助かって良かったわ。子供たちを残して逝くわけにはゆかないですから』


 顔が隠れているが、インタビューに答えている夫婦は幹也と絵美子の声だった。


「「…………………………」」

「えっと……よ、良かった。ほら、大丈夫だっただろ」

「ゆ、ユウ君……本当に良かったね。えへへ……」


 二人は手と手を合わせて喜び合う。


「あ、そうだ。思い出した。宿題があったんだ」

「そうそう、私も課題が……」


 急にそわそわとした二人が部屋へと向かう。




 バタン!


 自室に入った悠は、先程の発言を思い出して頭が沸騰しそうになる。


(うわああああああああぁぁぁぁーっ! 俺は何を言っているんだぁぁぁぁぁ! あれ完全に告白じゃないか! まて、告白というよりもプロポーズでは? やってしまったぁぁぁぁぁぁ!)


 ベッドの上でグネグネとのた打ち回り身悶えする。

 もう引き返せない、背徳的で禁断の扉を完全に潜ってしまったのかもしれない。



 バタン!


 自室に入った百合華は、先程の発言を思い出して頭が沸騰しそうになる。


(きゃああああああああぁぁぁぁーっ! ユウ君、なに言ってるのぉぉぉぉぉ! あれ完全に告白だよね? まって、告白というよりプロポーズかも? どおしよぉぉぉぉぉぉ!)


 ベッドの上でグネグネとのた打ち回り身悶えする。

 引き返すつもりのない背徳的で禁断の扉は既に通り抜け、階段を中腹まで登ってしまう。



 身も心も沸騰するほど熱く昂ってしまった二人が、もう止めることも戻ることもできない衝動をほとばしらせる。

 この後、お風呂に入るのに危険を感じ怯える悠と、お風呂でイケナイコトを目論む百合華の、壮絶なバトルが始まろうとしていた。


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