第21話 お姉ちゃんvs美少女! 小娘には絶対負けない!

 悠が教室に入り席に着くと、すかさず中将貴美が近寄って来る。まるで獲物を狙っていた肉食獣のように。

 いや、肉食系女子のように――――


「悠、試験勉強やってる?」

「えっ? ああ、やってるよ」


 試験勉強は大好きなお姉ちゃん先生に教えてもらっているのだが、人に言うのは恥ずかしいので悠は黙っていた。


「ふ~ん……ねえっ、今日の帰りに図書館で一緒に勉強しない?」

「えっ! あっ、いや、今日は早く帰りたいから」


 またしても同級生女子のフラグが立とうとしているのに、悠ときたら自ら圧し折るスタイルだ。

 お姉ちゃん一筋の悠にとって、他の女子など全く眼中に無いのである。


 イラッ!

 一瞬だけ貴美のこめかみ辺りがピクッとなる。


「ちょっと! あんたいつも家に帰りたがるわよね?」

「えっと、早く帰って色々とやることが……」

「どうせ、何とか寮ってエッチなのでも観てるんでしょ?」

「そ、それはもう忘れてくれ……」


 いい加減に忘れて欲しいのに、いまだに少しエッチなアニメのネタでからかってくる。

 ちょっとSっぽい女子の貴美にとって、ちょうど良いネタを見つけたと喜んでいるようなのだ。


「あっ、そうだ。今日の帰りに、あんたの家で勉強会やろうよ?」

「は? はあぁぁぁぁ!?」

「決まりね。ふふっ、楽しみ。あっ、何とか寮ってのも見せてよ」

「いやいやいやいや! ダメだって!」


 完全に貴美は悠の家に行く気満々だ。

 悠がオロオロすればするほど、更に目をギラギラさせて喜ばせてしまう。

 もはや悠の反応自体が、貴美を喜ばせているとも知らずに。


 何かと悠に絡んでは構って欲しいオーラを出しまくっているのが貴美なのだ。



(マズい、マズい、マズい、マズい、これは非常にマズい! 中将さんとお姉ちゃんを会わせたら……)


 今、悠の頭の中では、高速シミュレーションが展開されているのである。


 お姉ちゃん『ユウ君、女の子を部屋に連れ込んで何するつもりなの?』

 俺『誤解だよ! 俺はお姉ちゃんしか……お姉ちゃぁぁぁぁ~ん』

 中将さん『うっわ……悠ってシスコンだったんだ……キモっ』


(きっと、こんな展開になって……)


 中将さん『ねえねえ聞いてよアユ。ここだけの話なんだけどさ、悠ってばシスコンでね』


(うっわぁああああ! これで学校中に俺がシスコンなのが広まってしまう!!)



 脳内シミュレーションが長過ぎる悠に、貴美は呆れた顔をする。


「ちょっと、悠! なにボーっとしてんのよ。じゃ、決定ね。詳しい話はまた放課後にね」


 悠が長い妄想をしている内に、自宅で勉強会が勝手に決まっていた。



 ◆ ◇ ◆



 トイレの個室でスマホを片手に、悠は画面を見つめて悩んでいた。


(もう中将さんに何を言っても強引に家までついて来そうだし、事前にお姉ちゃんに連絡をしておいてトラブルを避けるしかないのか……。でも、何て伝えれば良いんだ……何を言ってもトラブルになる未来しか浮かばねえ!)


 覚悟を決めてメッセージを送る。


『今日の放課後、クラスメイトを家に連れてくから』


 ピコッ!

 すぐに返信が来た。


『友達が来るんだ? じゃあおもてなししないとね。あっ、女じゃないよね?』


 最後の文面に無言の圧力を感じた。


『女です』


 返信が来ない――――


(ま、マズい! お姉ちゃんを怒らせちゃったのか?)


 ピコッ!

 恐る恐る悠がスマホの画面を見ると――


『ユウ君! 若い男女が密室なんかに入ったら、ちちくり合ったり、ちゅっちゅしちゃったり、アレを〇〇に〇〇しちゃったりするんだから、絶対ダメぇぇぇぇ!』


 予想通りの反応だった。

 自分のことは棚に上げて、女子が皆エッチな行為をするとでも言いたそうだ。


『何もしないから! とにかく、大人しく勉強会をするだけだから、お姉ちゃんは静かにしていてよね』


 もう運を天に任せるように、何もトラブルが起きないのを祈るばかりだった。



 ◆ ◇ ◆



 放課後――

 悠は貴美と一緒に下校路を歩いていた。


 クラスの男子から見たら、人気の貴美と一緒なのは羨ましがられるはずなのに、悠の心ときたら、貴美が姉とトラブルにならないか心配でいっぱいだ。


「ねえっ、悠の家ってどんな感じ? 兄弟とかいるの?」


 さっきから貴美が色々と聞いてくる。


「普通だよ。姉がいるけど」

「へえ~お姉さんがいるんだ。悠に似てるの?」

「に、似てないかな……」


 下手に血が繋がっていないとか言えば、色々と詮索されそうだ。義理の姉弟なのは黙っていた。

 そして、家の近くまで来たところで、後ろから思いがけない人物に声をかけられる。


「あっ、久しぶりですね、明石君」


 二人が振り向くと、そこにはスレンダーでしなやかな体、風に揺れるサラサラの髪、クールな印象を与える美少女が立っていた。

 そう、悠の中では面倒くさい女で有名な六条葵である。


「あんた、六条! 何で居んのよ!」


 悠より先に貴美が反応した。


「あら? 厨房さんでしたっけ?」

「中将よ!」


 いつものように名前を間違えるが、もう完全に意味が違っている。


「六条さん……何で……?」


 悠は愕然とした顔で質問する。


「たまたま、こちらを歩いていましたら、偶然あなたたちを見つけて。たまたまなのよ」


 不自然に偶然を強調する葵だ。


 悠は眩暈めまいを感じた。

 貴美だけでさえ困っていたのに、更にトラブルメーカーの葵まで来てしまった。

 もう、完全に事件発生の予感しかない。


 そんな悠の気など知りもせず、学校の美少女二人は相変わらずだ。


「あんた絶対つけてきたでしょ! ストーカーみたいなのやめてよね!」

「あら、相変わらずガサツな女ですこと。明石君、こんなのじゃなく、私と勉強会しましょうよ?」

「こんなのって何よ! てか、何で勉強会のことを知ってんのよ! やっぱりストーカじゃない!」


 二人のバトルが止まらない。

 もう、ここまで来ると、葵が好きなのは貴美なのではないかとの疑惑も出そうだ。

 とにかく葵ときたら、毎回貴美に絡みに行っては楽しんでいるようにしか見えない。


 ついでに悠は、百合系の作品も好きだった。



 結局、三人で勉強会をすることで決着した。因みに悠の意見は完全スルーだ。


 悠の後ろには殺気立つ美少女二人が火花を散らしている。

 今からバチバチしている小娘どもを姉に紹介しなければならないと考えると、悠の足取りは重くなるばかりだ。


(くっ……何故こんな事に……。今日も早く帰って、お姉ちゃんと遊びたかったのに……)


 今日も今日とて、悠は百合華のことで頭がいっぱいだ。


(そりゃ最近のお姉ちゃんは暴走気味で、親が近くにいるのにキスしたがるのは困ってるけど。あと、オシオキとか言って変なことをしたがるのも困ったお姉ちゃんだけど。でも……けっこうクセになるというか……実際のところ嬉しいというか……)


 満更でもなかった。



 ◆ ◇ ◆



「ただいまー」


 自宅に到着し、悠は女子二人と玄関に入った。

 貴美と葵は興味深そうにキョロキョロしている。


「おじゃましまーす」

「おじゃまします」


 二人を二階の自室に連れて行こうとしたその時、居間リビングから百合華が登場する。


「あっ、お姉……ぶふぉ、んんっ」


 悠は一瞬吹き出しそうになった。

 現れた姉は何故か知的でデキるOL風にコスプレしていた。

 先日の女教師と似ているのだが、メガネをかけてパンツスーツに身を包み、どことなくOL感を演出しているらしい。

 もう、何を考えているのか分からない。


「悠、帰ってたの。そちらは?」


 コスプレして完全に成りきっているのか、喋り方までデキる女を主張しているようだ。

 困惑する悠を置き去りにしたまま会話は進んでしまう。


「あ、あの、中将貴美です。クラスメイトです」

「私は、六条葵と申します。よろしくお願いします」


「悠の姉の百合華よ。弟がお世話になっているわね」


 会話をしている貴美と葵だが、魅惑のボディと完璧な美貌を併せ持ち、尚且なおかつデキる女オーラを出しまくる百合華に完全に圧倒されていた。


 特に、学年一の美少女と呼ばれている葵は、ある部分の差に敗北し茫然とする。


 スレンダーでしなやかなカラダの葵は、胸の部分もスレンダーで控えめだった。

 重力に逆らうようにレディーススーツを内側から盛り上げ、パツパツに美しい形の胸を主張している百合華に敗北感を味わってしまうのだ。


(ふっ、勝ったわね……)

(くっ、負けた……でも、私もあと何年かしたらきっと……)


 百合華と葵の間に、目に見えぬ一瞬の攻防が繰り広げられた。

 この刹那にも満たない一瞬の胸バトルを、悠は何となく感じ取ってしまう。大好きな姉のおっぱいだけに。


(お、お姉ちゃん……何でJCと張り合ってるの……。ちょっと大人げないよ……)



 何を考えているのか分からない姉と、圧倒されまくっている小娘どもを他所に、悠は勉強会がトラブルにならず無事終了することだけを願う。

 もう、不安しかない勉強会が始まろうとしていた――――


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