第16話 人生色々、姉弟も色々、そして姉が覚醒する!

 玄関の前に中年女性が立っている。数年前にトラブルになった百合華の実母だ。

 悠は、覚悟を決め足を踏み出し、その女性の前まで行った。


「おい、何しに来たんだ?」


 悠が声をかけると、驚いた顔で女性が振り向く。


「あっ、あんたは……あの時のガキ」

「何しに来たんだ。また、お姉ちゃんを泣かせたら俺が許さないからな」


 その女性は悠の姿を見ると、つま先から頭のてっぺんまで視線を動かしてから顔を見つめた。


「あんた……背が伸びたわね。あの時は小さな子供だったのに」


 悠は成長期である。進学して身長も伸び、ちょっぴり大人の仲間入りしているのだ。


「うっ、あの時は子供なんだからしょうがないだろ。もう大人だ。『男子三日会わざれば刮目かつもくして見よ』だぜ! この言葉は三国志で、呉の呂蒙りょもうが……」


「あ、そういうのはいいから」


 最近覚えたての三国志ネタの慣用句を披露したかった悠だが、特にそういうのに興味がない女性に遮られてションボリする。


「ふーん、まっ、あたしから見たら、まだまだ子供だけどね」


「くっ、と、とにかく何しに来たんだよ?」

「親が娘に会いに来ちゃいけないって言うの? あたしの勝手でしょ」


 確かに親が子供に面会する権利はあるのかもしれない。

 だが――――


「お姉ちゃんは、おまえに酷いことを言われて泣いてたんだ。俺は……守る。またおまえが、泣かせるようなことをするなら、全力でお姉ちゃんを守る! お姉ちゃんを泣かせるようなことは、絶対にさせないからな!」


「あたしだって色々あるのよ。別にあの子が憎くて喧嘩してるわけじゃないのよ。つい感情的になっちゃって……」


 百合華の実母は、前回と違い少し大人しい気がする。

 だが、悠は油断をせずにいた。


 二人が話し合っていると、不意に家の中から百合華の声がした。


「あれ? ユウ君、帰ってるの?」


 ガチャ!

 ドアが開き百合華が顔を出す。


「あっ、お、お母さん……」


 一瞬で百合華の表情が曇る。


「百合華……」

「な、何しに来たの? まさか……また、お金を……」

「ちがっ、くっ! あたしが何しようが勝手でしょ!」


 結局、実母は怒りだしてしまう。


「あんたは、あたしの言う事を聞いてれば良いのよ! まったくこの子は!」

「い、いや! やめて」


 百合華は頭を抱えてうずくまった。


「おい、やめろ!」


 悠は、百合華を守るように間に入った。とにかく、この親子を離さなければと。


 最初は大人しいかと思っていた実母だが、娘と顔を合わせた途端に喧嘩を始めてしまった。



「何をしているのですか?」


 そこに、悠の実母の絵美子が帰ってきた。偶然にも、姉弟の母大家が鉢合わせしてしまう。

 興奮する百合華の実母に、恵美子は冷静に声をかけた。


「貴女は、どなたですか?」

「何よ、あんた! あっ、もしかして幹也の再婚相手の……」

「はい、絵美子と申します」

「へえ~あんな平凡でつまらない男の何処が良いのやら」

「幹也さんは、優しくて思いやりのある人です」


 絵美子はキッパリと言い切った。


「今、百合華さんを怒鳴っていたように見えましたが……あなたにとって娘かもしれませんが、私にとっても娘なのです。百合華さんを悲しませるようなことはやめて下さい」


「ぐっ! もう、いいわよ! 帰る!」


 百合華の実母は投げやりな言葉を吐いて、走って行ってしまった。


「おい、ちょっと! 俺、行ってくる!」


 悠は、気になることがあって後を追いかけた。

 前回と違って、彼女は何かを伝えようとしていた気がすること。

 今後は、姉を悲しませるような言動を止めさせたいこと。

 そして……その実母の手には、お菓子の包みが入った袋を持っていたこと。

 どうしてもハッキリさせたいと思い、その女性を追ったのだ。



 その場に残された絵美子は、百合華の肩を抱いた。


「百合華さん、大丈夫だった?」

「うっ、ううっ……お、お、おか……お母さん……」


 百合華は、初めて絵美子を『お母さん』と呼んだ。

 親が再婚して数年、どうしてもその一言が出てこなかったのだが、目の前で自分を『娘』と呼ばれたことで、ずっと心につかえていた物が取れたのかもしれない。

 少し実母とのトラブルがあったが、百合華と絵美子の絆は強くなった気がした。



 ◆ ◇ ◆



 百合華の実母は少し走って家から遠ざかった後、小さな橋の辺りまで行ってとぼとぼと歩き出した。

 そこに悠が追い付いて声をかける。


「おい、おばさん」


 女性は振り向きざまに文句が出た。


「誰がおばさんよ! 失礼なガキね。あたしは理恵子りえこって名前があるのよ」

「いや、あんたもガキとか言ってるし……」


 二人は向き合う。


「何か用なの! 文句は受け付けないわよ!」

「いや、もしかして……お姉ちゃんに何か話があって来たんじゃないのか?」


 理恵子は、ハッとした顔をする。


「何よ? あんたに何がわかるのよ」

「その袋……ケーキ屋のだろ? それをどうするつもりだったんだ?」


 理恵子は持っていた袋を悠に押し付ける。


「これ、あんたにやるわよ! あたしはこんなの食べないし! 嫌なら捨ててちょうだい!」


「事情を説明してくれよ。俺は、お姉ちゃんが悲しむのは見たくないんだ」


「あんたみたいなガキに説明してどうなんのよ……」


理恵子は、そう言うと少し逡巡しゅんじゅんしてから、ポツリポツリと話し始めた。


「そうよ……それを百合華に渡そうとしたのよ。馬鹿な話しね。散々あの子に迷惑をかけて困らせてきたのに、そんなんで許されるわけがないのに……」


「何で……?」


「あたしが借金を繰り返したって聞いてるわよね?」


「はい」


「あたしが幹也と結婚して、百合華が生まれたばかりの頃は上手く行ってたのよ。でも、だんたん幹也が退屈でつまらない男だと思えてきて……それで遊び歩いたり金遣いが荒くなったり……あの子を置いて家を出てしまって……あたしが馬鹿なのかダメ男ばかり選ぶのか、毎回失敗ばかりで、あの子にも迷惑ばかり掛けて……」


 真理子は何かを悔やむ表情になる。


「百合華が嫌いなわけじゃないの。でも、あの子と話していると、まるで自分のダメな部分や失敗ばかりが見られている気がして、ついキツく当たっちゃったり怒鳴っちゃったりするのよ。どうしても、自分がダメな母親だと自覚させられるみたいでイライラしちゃうのよ!」


「そ、それは……」


「二番目の旦那と別れて、次の彼氏もろくでもない男で……結局、退屈でつまらないと思ってた幹也が一番だった気がして。でも、あたしにはもう戻る場所も何も無くなっちゃったのよ! だから、あたしの唯一の娘であるあの子に謝ろうとしたのに、結局喧嘩しちゃってこのザマよ」


 話を聞き終わり、悠は深く息をはき出した。


(ふうっ、理由は分かった……このおばさんにも色々なことがあって、ダメな自分は自覚しているけど八つ当たりしてしまうのか。でも、だからといって、お姉ちゃんにツラく当たるのは許せないけど。そもそも、男と別れたから今度は娘にってのもどうなんだ?)


 悠は話し始める。


「俺は、母子家庭で母親しか知らないけど……子供の頃っていうのは親の存在は絶対なんだよ。親が子供に辛く当たっていたら、子供は逃げ場が無いんだ。お姉ちゃんは子供の頃のおばさんとのことがあって、会うと怖い思いをしちゃうんだよ」


「何よ、ガキのくせに。生意気ね……」


「と、とにかく、今は会わせられない。冷却期間を置いてお互い冷静になってからでないと。お姉ちゃんが良いって言うまでダメだからな」


 悠はハッキリと伝えた。


「まあ、しょうがないわね…………」

「分かれば良いんだ。俺は、お姉ちゃんを守ると決めたんだ!」

「ガキのくせにナイト気取りなの? ははっ、何よそれ」

「うるせー」

「まあ、あんたが娘を守るのなら……ちゃんと守りなさいよ!」

「お、おう! 当然だぜ!」


 理恵子は、目の前のナイト気取りの少年を眺めてから視線を上げ空を見た。


「はあ……何処かに良い男はいないかしら……」


 理恵子がつぶやく。


 得てして刺激的な男を好む女性は、トラブルになる確率が高いのだ。

 浮気やギャンブルやDVなど、様々な問題を引き寄せてしまうものだから。

 ついでに、大人しいオタクな男性はオススメなのだ。浮気は二次元の嫁だけだから。(それはどうなのだろうか?)



 物思いに耽っていた理恵子は、再び視線を悠に向ける。


「よく見ると、あんた可愛いわね。あたしと付き合わない?」

「は、はあ? はあああああ!?」

「もう大人なんでしょ?」

「いやいやいやいや、まだ子供だし!」

「あんた、さっき自分で大人だって言ってたじゃない」

「うっ……」


 百合華の実母にロックオンされてしまったようだ。

 こんなNTRは誰も求めていない。

 やっぱり悠は、年上女性の母性本能をくすぐるようだ。


「ダメに決まってんだろ! ポリスメン……じゃなかった、警察の御用になるぞ!」


 悠は、子供の頃にカッコつけて警察の事を『ポリスメン』と呼んでいたことが、今では恥ずかしい黒歴史になっていた。

 何かといってはポリスメンポリスメン言っていたのだが、何で横文字なのか意味が分からない。


「冗談よ。もう行くわね」


 百合華の実母は去って行った。

 少し寂しそうな背中で――――


 一度壊してしまった信頼や家族関係は、修復したり取り戻すのは並大抵のことではないのかもしれない。

 関係を修復できるかどうかは、今後の母親次第だろう。



 悠は思う。

 大好きな姉を幸せにしたい。

 姉が心を痛める事を取り除きたい。

 いつでも笑顔でいられるように。


 そう、大好きな人には幸せになってほしいから。



 家路を急ぐ悠が、少し駆け足になる。

 早く、お姉ちゃんに逢いたいから。


 そして、帰った悠に超絶エチエチ展開が待ち受けていることを、まだ何も知らなかった。

 この件が切欠となり百合華の悠に対する想いが暴走し、禁断で背徳的な猛攻を受けることになってしまうのだと。


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