第15話 仁義なき美少女の戦い、それより姉に甘えたい!

 悠が登校し下駄箱から上履きを出していると、さっそくいつものように貴美がちょっかいを掛けてくる。

 もう、日課のようだ。


「悠、おはよっ! 今日も冴えないわね」

「おはよう、中将さん。って、冴えないって何だよ……」

「ふふっ、シャキッとしなさいよ!」


 この小娘、悪態をついているようでいて、悠に構って欲しいだけの気もする。

 ただ、好き好き大好きお姉ちゃんの悠にとっては、他の女の機微に疎いので分かっていないようだが。


 貴美の方も、淡い恋心のようなものを抱いているようなのだが、本人も自覚していないのか悠を手のかかる弟分のようにしか思っていないようにも見える。

 同級生なのに弟オーラを出して女子の舎弟にされてしまうところは、やはり年上に気に入られてしまう弟っぽさを醸し出す悠である。


 今日も今日とて、いつものように平凡な日常が過ぎて行くと思われたその時、嵐を呼ぶ美少女が颯爽と現れた。


「明石君、おはよ!」


 その美少女とは、言わずも知れた六条葵である。貴美をチラ見しつつ悠にだけ挨拶するのもポイントだ。


 貴美としては、葵の『匂わせ』っぽい態度にイラッとした。


「あっ、お、おはよう……」


 ちょっと苦手意識を持つ葵に近寄られ、悠は葵と貴美の両方を気にかけ緊張する。


(六条さん、何なの……昨日ので気が済んだんじゃなかったのか……)


「明石君、昨日は楽しかったわね」

「えっ、ええっと……」

「もう、明石君ったら、昨日も電話で私のことを学校一の美少女だとか、話せるだけで幸せとか言って凄かったよね」


 もう『待ってました』とばかりに、昨日の話を蒸し返す葵だ。


「はあ!?」


 貴美が声を上げた。

 イラつく気持ちをぶつけるように、両手で悠に掴みかかる。


「ちょっと、悠! どういうことよ!」

「い、いや、何でもないから」


 葵がほくそ笑む。最初からこれを狙っていたかのようだ。


「ふふっ、明石君は、どこぞのガサツなクラスメイトの女子よりぃ~私のような美人で気品のある女子が良いって言ってるのですよね」


 わざと貴美を引き合いに出して自分が勝っていると言いたげな葵だ。

 どうやら、クラスの人気女子と隣のクラスの人気女子は、ライバル関係というか犬猿の仲なようだった。


「六条! ガサツって、それもしかして私のこと!?」

「あら、少将さん。居たの?」

「中将よ! あんた、それわざとでしょ!」


 美少女二人の言い合いが始まる。

 元から活発そうなイメージの貴美はともかく、清楚なイメージの葵まで強気で言い合っているのを見て、やっぱり女は姉一択だろと悠は再確認してしまう。


(ふっ……やっぱり、お姉ちゃんが一番だな。小娘どもには無い包容力というかバブみというか、とにかく包まれるような安心感があるからな。早く帰ってお姉ちゃんと遊んだりお話したいぜ……)


 まだ登校時なのに、悠はもう帰宅してからのことを考えていた。

 さすがシスコンである。


 そんな悠に、二人の強気な女子の矛先が向く。


「ちょっと、悠! どっちが可愛いか言いなさいよ!」

「明石君、やっぱり私の方が美少女よね!」


 貴美と葵の張り合いが、どっちがより男子に人気かという、全く悠が興味の無い話になってしまったようだ。


「いや、どっちも同じくらいかな」

「はあ? 六条なんかと一緒にしないでよ!」

「私が、こんなガサツな女と同じなはずないでしょ!」

「うわ、めんどくさ……」


 悠が二人を見比べる。


(どうする……六条さんを怒らせると、また追撃メッセージや電話の嵐になりそうだし、中将さんを怒らせると後で教室で怖い事になるし……。マズいな。これは、どっちを選んでも詰むじゃないか)


 考え込む悠だが、唐突に閃いた。


(そ、そうだ! アニメのヒロインが好きだということにしてやり過ごせば良いのでは? それだ!)


「えっと、実は……俺は『乙姫寮の管理人お姉さん』というアニメのヒロインが好きなんだ。乙姫おとひめ春花はるかさんと言って……」


「うっわ…………」

「あっ……明石君って、そういう趣味でしたの……」


 二人の美少女が、まるでキモオタを見る目をしている気がする。

 あくまで気がするだけだが――――


(くそっ、この場は収まったが、何か別の物を失った気がするぜ……)



 悠は、微かに個別ルートに入りそうになっていた女子のフラグを自ら圧し折りに行った。

 だが、お姉ちゃんが大好き過ぎて他の女を見ていない悠には、同級生女子との個別ルートよりも、お姉ちゃんとの幸せな毎日の方が重要なのだ。


 そして、エッチなアニメが好きな男のイメージになっていないかの方が、ちょっとだけ気がかりだった。


「もうっ、悠! バカなことやってないで急ぐわよ」


 貴美が悠を連れて教室に行こうとする。そんな貴美の背中に、少し楽しそうな顔をした葵が声をかけた。


「まあ、今日のところは引き分けにしてあげるわ。中坊さん」

「中将よ!!」


 わざと名前を間違えている葵を置いて、貴美はズンズンと行ってしまった。



 ◆ ◇ ◆



 教室に入ると、さっそく貴美が悠に迫る。


「ちょっと、何で六条と仲良くなってんのよ!」

「いや、それはコッチが聞きたいような……」

「何よ! 振られたって言ってたのに!」


 貴美は納得がいかない顔をしている。

 悠としては勝手に絡まれて付きまとわれているのだから困っているのだが。


「てか、そもそも中将さんが変な噂を流しちゃうからでしょ。俺が六条さんを好きとか噂を流しちゃうから、彼女に付き纏わられることになったんだけど」

「うっ…………」

 

 正に悠の言う通りだった。

 噂を流したことで本人の耳に入り、変に興味を持たれた挙句、悠にフラれたみたいになって執着されているのだ。


 これまで男子の誰もが、葵を美少女だとうやまかしずいてきたのに、悠の全く興味を示さない無関心で雑な対応に、逆にムキになってしまっているのだから。


 そんな無意識にライバルを増やす結果になった貴美は、心の中で毒づいた。


(もうっ、何なのよ……誰よ、噂を広めたのは! ここだけの話って言ったのに! ムカつく六条に絡まれるし、舎弟の悠にもちょっかい掛けてくるし。べ、べつに……悠のことは、す、好きってわけじゃないけど……。でも、六条に取られるのは絶対イヤ!)


 自分が最初に噂を流したのも忘れているようだ。

 ただ、悠のことを好きなのは否定しているようで、かなり気になっているのは事実だった。


 モヤモヤした気持ちをぶつけるように、やはり貴美は悠に絡んでしまう。


「とにかく、あんたは六条と仲良くしちゃダメ!」

「そんなこと言われても、あっちから絡んで来るんだからしょうがないような……」

「もうっ、ムカつく! アンタは何とか寮ってエッチなのを見てなさいよ!」

「ぐはっ!」


 エッチなアニメだとは言ってないのに、もうエッチなアニオタ扱いされている気がした。



 ◆ ◇ ◆



 放課後――――

 悠は、早く家に帰って大好きな義姉とイチャイチャしたかった。


「さて、帰るか」


 下校路を歩きながら、悠の頭は百合華でいっぱいだった。


(最近は益々お姉ちゃんのスキンシップが激しい気がする……。前から無防備に目の前で着替えたり、風呂上りにバスタオル一枚でウロウロしたりしてたけど、最近は更に過激になっている気がするんだよな)


 ついつい大好きな姉の風呂上り姿を想像してしまう。


(まったく、困ったお姉ちゃんだぜ! エロい目で見ちゃいけないと思ってるのに、どうしても揺れる胸やプリッとしたお尻に目が行ってしまう。ぐぐっ……だが、俺は耐えてみせるぜ! お姉ちゃんが大好きだから! うおおおおおおおぉぉーっ! お姉ちゃぁぁぁぁぁぁーん!)


 ちょっと、いや、かなり壊れ気味な悠だった。

 もう義姉の魅力にメロメロだ。




 悠が家の玄関に入ろうとすると、一人の女性が家の前に立っているのが見えた。

 その女性は、前に一度だけ見た事のある――――そう、百合華の実母だ。


「あ、あいつは……」


 悠の心に緊張が走る。

 姉の実母が何をしに来たのか分からないが、悠は姉の笑顔を守る為に立ち向かおうと一歩を踏み出した。

 遂に直接対決の時が迫る。


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