第11話 ライバル出現!? ユウ君、逃げてぇ~!

 時は流れ、悠も進学して少しだけ大人になった。

 そんな悠の姿に、百合華は日々ドキドキを増し、好き好き大好き弟君は加速するばかりだ。

 もう、その想いは止められないほどに。



(ぐへへ~! ユウ君、今日も可愛いよぉ。最近、ちょっとだけカッコいい気もするし)

 

 ※百合華アイ:恋する乙女というものは、恋愛脳から発せられたラヴフィルター機能により、お相手の人物を実物以上に美化してしまうものなのだ。今の百合華は、悠を超カッコいい男性へと脳内変換していた。



 そんな百合華アイなど露知らず、悠は通学の時間になり百合華の方を向く。


「じゃあ、行ってきます」

「ユウ君、気を付けてね~」


 悠が学校へと向かうと、朝食を食べていた百合華が立ち上がった。

 あまり悠を凝視して『ぐへへ~』としていては、家族から不審な目で見られてしまうので、そこの切り替えは完璧な百合華なのだ。


「百合華さん、大学の方は順調なの?」


 そんな百合華に、キッチンから戻った絵美子が声を掛けた。


「ええ、何も問題ありません。任せてください」

「そう、凄いわね。悠ったら勉強してるのか心配で……」

「大丈夫ですよ。ユウ君はしっかりしてますから。あっ、だったら私が勉強を教えましょうか?」

「えっ、良いの? ありがとう百合華さん。あなたが悠の姉になってくれて本当に良かったわ」

「えへっ、それほどじゃないですよ。私にできることなら何でもしますよ。お……え、絵美子さん……」


 家族になって数年経っているのだが、いまだに百合華は絵美子のことを母と呼べていなかった。

 絵美子も優しく良くしてくれていて仲が悪いわけではないのだが、実母との件が気がかりなのか何なのか心の整理がついていないのかもしれない。



(はあっ……ダメだな、私……。もう、そろそろ踏ん切りをつけないと。家族になっても、ユウ君とは血が繋がっていないから、問題無く結婚できるはずなのに)


 結婚を思い浮かべた百合華が、急に恥ずかしくなって赤面する。


(はわわぁ、やっぱ考えちゃうよね。ユウ君だって、私のことを慕ってくれているみたいだし。でも……もし、ユウ君の想いが恋愛じゃなく家族愛だったら……)


 百合華は急に怖くなる。


(ああああああああっ! どどどど、どうしよぉ~! 逆光源氏計画を達成したと思ったら、ユウ君が『えっ、俺とお姉ちゃんは姉弟だろ。結婚なんて無理だよ』とか言われたわぁぁぁぁーっ!)


 顔は平静を装いながら、心の中では超動揺していた。


(なななな、何とかして既成事実を……そうだ! 私がユウ君をいーっぱい誘惑しちゃって、ユウ君の方から手を出させるようにすればセーフだよね)


 ※アウトかもしれない。


 今日も今日とて、百合華の頭の中は悠のことでいっぱいだった。



 ◆ ◇ ◆



 進学した悠はここ一年で身長も伸び、少しだけ大人っぽくなっていた。この時期は、心も体も大人へと変わって行き、恋に青春に誰もが浮かれるお年頃なのだ。

 ただ、悠の場合は少し違っていて――――


 悠が教室に入ると、さっそく近寄って来て悪態をつく女子が現れる。


「明石君、先日言った委員会の件はどうなってるの?」


 中将ちゅうじょう貴美たかみ

 ちょっと強気で活発そうな表情をし、生命力が溢れた瑞々しい肢体の女子だ。

 クラスでの人気も高く、付き合いたいと憧れる男子も多い。

 美少女と呼んでいいのかもしれないが、悠は少しだけ苦手意識を持っていた。


「いや、委員会は入らないって言ったのに。そもそも何で俺が中将さんと同じ委員会に入らないとならないんだよ」


「はあ? 明石君が委員会に入ってないから、せっかく私が同じ委員会に誘ってあげてるのに!」


 誰も頼んでいないのだが、何故か貴美は悠に構ってくるのだ。

 クラスメイトの男子からは『あの中将さんに構われるなんて羨ましい』とからかわれるのだが、悠は正直面倒くさいと思っていた。


「誰も頼んでいな……」

「いいから! 明石君は、私と同じ美化委員に入るの!」

「強制かよ……」


 勝手に決まってしまった。


「じゃあ、今日の帰りに色々と説明があるので、一緒にワックに寄ってくから」

「早く帰りた……」

「じゃ、決まりね!」


 再び勝手に決まってしまった――――



 ◆ ◇ ◆



 学校帰りのワックは人が多く、制服を着た学生たちでごった返していた。

 悠と貴美は、まるでカップルのように二人で店に入る。


 注文をし二階に上がると、悠はとても懐かしい気持ちになった。

 親が再婚して間もない頃、百合華に連れられて来たのを思い出す。それはまるで、二人だけの空間になったかのような夢の時間。


 あれから百合華の実母は現れていない。

 新しい男が見つかったのか、再婚でもしたのだろうか。


 もし、また実母が百合華の前に現れて暴言を吐くというのなら、悠は全力で百合華を守ると決意していた。

 百合華の笑顔を曇らせるものは、全て取り除きたいから。

 いつでも笑顔でいて欲しいから。


 百合華のことを考えている悠に、一つだけ気がかりなことがあった。


(血は繋がっていないんだから、結婚は問題無くできるんだよな。お姉ちゃんも俺のことを慕ってくれているみたいだし……)


 悠は急に怖くなる。


(いや、待てよ……俺が大人になって、いざ告白した時に『えっ、私とユウ君は姉弟でしょ。結婚なんて無理だよ』とか言われたらどおしよぉぉぉぉぉぉーっ!)


 顔は平静を装いながら、心の中では超動揺していた。


(いやいや、落ち着け! お姉ちゃんは、やたら無防備で隙が多くてスキンシップが激しいけど、俺がその気になって手を出しちゃったら『ユウ君も他の男と同じでカラダ目当てだったんだ。最低』とかなっちゃうかもしれない。ここは、誘惑に負けてエッチなことをしないようにして、お姉ちゃんの信頼を勝ち取らないと! 俺は、お姉ちゃんのフェロモンむんむん攻撃を耐えて見せる!)


 今日も今日とて、悠の頭の中は百合華のことでいっぱいだった。



「…………君!」

「へっ?」

「明石君! なにボーっとしてるの!」


 悠が姉の妄想から現実に帰って来た。

 目の前の貴美がプンプン怒っているのが見える。


「あれ? 中将さん?」

「もうっ! 二人でデー……じゃない、委員会の説明をしているのに、上の空だなんて失礼でしょ!」

「ご、ごめん……」


 委員会の説明なら学校でして欲しいのに、何故かワックで二人っきりなのだ。


「それでね、アヤがコウタと付き合ってるんだって」

「へ、へえぇ……」


(おい、委員会の説明はどこに行った……)


「ねえっ、明石君は誰か好きな子いるの?」

「は? はぁぁぁぁぁぁーっ! い、い、い、いねーし!」


 悠は、突然好きな子の話題をふられて盛大に動揺してしまう。

 頭の中は、好き好き大好きお姉ちゃんなのだ。まるで見透かされたような気がしたのだろう。


(いや待て、バレてないのに、何で俺はこんなに動揺してるんだ……。血は繋がってないとはいえ、姉を好きだなんて知れたらキモいとか思われちゃうかもしれない絶対に気付かれないようにしないと)


 しかし動揺する悠を見た貴美のテンションは上がってしまう。


「あれあれ~その慌てっぷり、あっやし~ぃ」

「だから、いないって!」

「誰にも言わないから教えてよ? ここだけの話だから」

「いないって言ってるのに。いたとしても中将さんには関係ないでしょ」

「は? はあぁぁぁ! なによ、その言い方! ムカつく!」


 悠が余計なことを言ってしまい、貴美を怒らせてしまった。


(マズい、今の言い方は良くなかったよな……関係無いとか言われたら傷付くだろうし……)


「ご、ごめん……」

「ふ、ふ~ん……じゃあ、好きな人を教えてくれたら許すけど……」


 あくまで、好きな人を教えないと先には進めないようだ。


(どうしよう……姉とか絶対言えないし……。誰か適当な当たり障りのない人を言うしかないのか……)


「ほら、早く!」

「えっと……隣のクラスの六条さん……」

「えっ?」

「あっ、好きってわけじゃなく、綺麗だから憧れみたいな感じで……」


 六条ろくじょうあおい

 容姿端麗で成績優秀、学年トップクラスの人気を誇る美人系の皆が憧れる女子だ。


「…………ちっ、ああいうのが好みなんだ(ぼそっ)」

「えっ、何か言った?」

「いや、なんでもないよ。へえ~六条さんって美人だもんね」

「だから、ただの憧れで、好きってわけじゃないから」



 結局、委員会の話はろくにせず、悠は貴美の恋バナみたいなものに付き合わされただけだった。

 重度のシスコンである悠としては、正直隣のクラスの美人など興味も無いのだが。



「じゃ、明日から美化委員よろしくね。委員会は月一だから気楽にやれば良いから」

「うん」

「あっ、それで『明石君』ってもの余所余所しいから、これからは『悠』って名前で呼ぶから。悠も私のことは貴美で良いよ」

「うん、よろしく。中将さん」

「もしかして、ケンカ売ってる?」


 なんやかんやしながら二人はワックを出る。

 傍目はためには痴話喧嘩しているようにも見えなくもない。




 ちょうどその頃、街を颯爽と歩く美人がいた。

 可視化できそうなフェロモンを撒き散らし、スカートから伸びる長く美しく肉感的な脚を黒ストッキングに包んでいる。

 少し薄めの20デニールの黒ストからは、ムチッとした色っぽい脚が透けて見えていて、街行く男性の視線を釘付けにしていた。


(ぐへへ~早く帰ってユウ君とイチャイチャしたいな~)


 大学の講義を終えた百合華が、駅を出て家路を急いでいるのだ。

 周囲の男たちからの欲情した視線を無視して、頭の中は大好きな義弟のことでいっぱいだった。

 スキップしたいほどのテンションを抑え、表面上は気品と色気を併せ持つ美女といった感じで歩く。


 そして、ワックの前に差し掛かった時に、百合華はソレを見てしまう。


「えっ…………」


 まるでふざけ合うカップルのような二人の姿を――――


「だから、名前で呼べって言ってるでしょ!」

「いや、中将さんは中将さんだし」

「ほんとムカつく! もうっ! とりあえずそれで良いよ」


 悠と貴美はワックを出て歩いて行く。すぐ後ろにいる百合華に気付かないまま。



「えっ、ええっ……ユウ君……」


 悠の身に危機が迫る。

 嵐の予感である。


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