第9話 お姉ちゃんに集る悪い虫は、俺が全て退治する!

 桜咲く春――――

 百合華も目出度めでたく大学へ進学した。

 もう、大人の仲間入りだ。


 JKの時から可視化できるほどの凄いフェロモンを出していたのに、JDになって益々色気に磨きがかかった百合華だった。

 街を歩けば誰もが振り返り、その仕草一つ一つに男達はメロメロにされてしまうのだ。

 そんな百合華が大学に入ったのだから、新歓コンパだの飲み会のだのに積極的な男達が放っておくはずもなく……



 百合華は非常に不機嫌になっていた。


「カンパァァァイ!」

「ウェーイ!」

「ウェイウェイウェイ!」

「中央ハイウェイ!」


「………………」


 は?

 何、この人達……

 ウェイウェイうるさいんだけど。

 何で中央ハイウェイなの?

 東名じゃダメなの?

 高速道路とかけてるのかもしれないけど面白くないし。



 入学してからというもの、この手の男が虫のように集ってきては尽く断わっていたのだが、今回女子の先輩に連れられ店に来てみればこんな調子である。

 もう、速攻で帰りたくなっていた。


「あはは……もう、百合華ってば、そんな不機嫌そうな顔しないでよ」


 見兼ねたマキが声を掛ける。

 マキも同じ大学に合格し、この春から一緒に通っているのだ。

 新歓コンパに興味津々なマキが乗り気になり、百合華も一緒に連れてこられてしまったのだが、店に入って男性が居るのを見るや否や帰ろうとするのを、何とかなだめてこんな状況になっているのだった。


「だって、早く帰ってユウ君と遊びたいのに……」

「うわっ、出たよ、いつものブラコン」

「ブラコンじゃないし。うるさい男が嫌いなだけだし」

「百合華って、高校時代も学年一人気だったのに、告白してきた男子を全員フっちゃったんだよね。最初は理想高いのかと思ってたけど、最近は男嫌いなのかと思うんだよね。あと、ブラコンで」


 ブラコンなのは外せないようだ。


「だから、ブラコンじゃないから! 私は、こういう声が大きくて煩くてガサツな感じの男が嫌いなだけなの。ユウ君みたいに可愛くて、ユウ君みたいに大人しくて、ユウ君みたいに優しくて、ユウ君みたいな男が好きなだけなの!」


「いや……それ、完全にブラコンだから……」


 やっぱり、紛れもなく、疑いようもなく、一目瞭然で、火を見るより明らかにブラコンだった。


「大学に入ったら、こういうので人脈を広げたり友人を作るのも必要なのよ。あっ、あの先輩かっこいいじゃん! ちょっと話してくる。じゃ、後はよろしく」

「ちょっと、一人にしないでよ!」


 マキはイケメン先輩のところに行ってしまい、新入生女子の中で一際目立つ百合華が取り残される。

 周囲の男達の視線が一気に百合華に集中した。

 その誰もが、百合華との一夜のラブロマンスを想像し、何とかしてものにしてやろうと心も体も熱くして躍起になる。



「ウェーイ! 明石さん、飲んでる?」

 モブ男Aが寄って来た。


「いえ、まだ二十歳じゃないので飲めませんけど」

 百合華は至極当然の事を言う。

 最近は色々とコンプライアンスにうるさい世の中なのだ。


「ええーっ、もしかして明石さんって、お堅い系?」

「いえ、普通ですけど」

「ほらほら、飲んで飲んで」


 モブ男Aがグラスにビールを注ぐ。

 百合華を酔わせてホテルに連れ込もうとする作戦だ。


「モブ先輩、未成年者飲酒禁止法というのを御存じですか?」

「え、えっと……ごめんなさい……」


 モブ男Aは退散した。

 入れ替わるようにモブ男Bがやって来た。


「百合華ちゃんだっけ? 百合華ちゃんって呼んで良いよね?」

「嫌です」


 初対面で馴れ馴れしいモブ男Bは一瞬で撃沈した。

 更に、入れ替わるようにモブ男Cが現れる。


「明石さん、今後の日本の国際的なプライオリティとして、ボトルネックとなる部分がエビデンスで、ロジックにコミットメントしてリマインドをフィードバックしたいんだよね」

「は? 何言ってるのか分からないので、日本語でお願いします」


 モブ男Cは何言ってるのか分からないので撃沈した。

 百合華の、余りにも堅牢な鉄壁の防御を崩せず、誰も彼女をお持ち帰り出来ないと思われたその時、一人の大御所先輩が立ち上がる。


「ふっ、俺が行くしかないようだな!」

 見るからにチャラそうな男だ。


「おおっ、あれはナンパ四天王の一角、こましの駒蛇先輩!」

「うおっ、お持ち帰りした女は三桁を超えるという、あの『ナンパは文化』とかほざいている先輩!」

「さすが駒蛇先輩! くそっ、一番可愛い新人の子をお持ち帰りされちゃうのか!」


 四天王駒蛇とかいうモブ男Dが、百合華の隣に座る。


「ねえっ、楽しんでる? キミ、きゃわいいねっ! キミの瞳にフォーリンラァァーヴ!」

「はあ?」

「この後、二人で抜け駆けしてカラオケにでも行かない?」

「嫌です」


 モブ男Dは、百合華に嫌悪感だけを残して去って行った。


「まだだ! ヤツは四天王最弱!」

 モブ男達は勝手に盛り上がっている。


 もうそろそろ限界を迎えそうな百合華は、スマホを取り出すと悠にメッセージを送った。


 ――――――――




 ピコッ!

 悠のスマホにメッセージ着信の音が鳴る。

 姉の帰りが遅くて心配していた悠は、すぐさまスマホを取るとメッセージを確認した。


『お姉ちゃん、悪いオオカミさん達に食べられちゃいそうなの。ユウ君、たすけてぇ~!』


 ガタッ!

「な、なななな、なんだってぇぇぇぇぇーっ!!」


 姉のピンチを告げるメッセージに驚いた悠は、すぐに立ち上がり家を飛び出すと、メッセージに書かれている店に全速力で向かった。




 新歓コンパは一次会が終わり、二次会に行く者や抜け駆けするものなど、それぞれの思惑が交差し見えない戦いが繰り広げられている。

 因みにマキは、イケメン先輩と二人で消えてしまったようだ。


 百合華の周りには懲りない面々が集まり、何とかして彼女をものにしようとあれやこれやと話し掛ける。


「明石さん、良いお店知ってるんだけどさ。一緒に行かない?」

「いや、俺と行こうよ。雰囲気が良くて美味しい店があるんだけど」

「いやいやいや、明石さんは俺と一緒に行くんだって!」


 百合華はウンザリだった。

 中高時代からこうなのだ。

 彼女の魅力的な容姿に釣られた男共が、次から次へと集まり声を掛けて来る。

 要は百合華のセクシーでエロティックな胸や脚と美人で可愛い顔しか見ていないのだ。


 美人は得だと思われるのだが、次々来る告白を断ってばかりいれば角も立ち、同性からは僻み妬みで悪口を言われ、勝手に写真を撮られたり後を付けられたりと嫌な事も多いのだ。

 もう、露骨にカラダ狙いやいやらしい視線ばかりで男性不審に陥りそうなのだ。


「ほらっ、行こうぜ!」

「ちょっと、触らないで!」


 肩を抱かれそうになって、百合華が体を離す。


 もうイヤ!

 ユウ君……助けて……


「おい! お姉ちゃんに触るな!」


 その時、夜の闇を切り裂き光を照らすように声が響いた。

 百合華達の前に燦然と輝くように、一人の少年が立ち行く手を塞いている。

 悠が姉を救いに現れたのだ!



「えっと、誰? この少年」

「おい、少年は家に帰る時間だぞ」


 誰もが目の前の少年を不思議がる。


「ユウ君」

 百合華は、男達から離れて悠の後ろに回る。


「お姉ちゃんは俺と帰るんだ!」


「あれ? 明石さんの弟さん?」

「ボク? 俺達は今からお姉さんと遊びに行くから、子供は家に帰ろうな」


 子ども扱いされ、悠は悔しさで唇を噛む。


「あの、私は弟と帰るから、後は皆さんで楽しんで下さい」

 百合華は、そう言うと後ろの男達の声を無視して歩き出した。




 駅前の公園まで来ると、百合華は悠の手を取って感謝を述べる。


「ユウ君、ありがと~ 助かったよ」


 悠は下を向いたまま黙っている。

 そして……何かを噛みしめるように話し出した。


「ちくしょう、何で俺は子供なんだ! 早く大きくなりたい! 早く大人になって、お姉ちゃんを守れる男になりたい」


「ユウ君……」


「俺が大きくなって、お姉ちゃんに集る悪い虫は、全部俺が退治して……お姉ちゃんが悲しむ事が無くなるようにしたいのに……うっ、ううっ……」


 悔しさで涙が出てくる。

 姉を助ける為に来たのに、大学生の男達からは邪魔な子供扱いなのだ。

 あといくつ年をとれば、男として認められるのか。

 大好きなひとを守れる一人前の男になれるのか。

 悠は、大好きな姉の笑顔を守れる男になりたいのだ。


「ユウ君……ユウ君はカッコよかったよ。私を守ってくれたよ。ありがとう」

「お、お姉ちゃん……」


 百合華は、悠の手を取り笑顔を向ける。

 悠は、それだけで全てが報われた気がした。

 この笑顔を守りたかったのだと。


 そして二人は、手を繋いで歩き出した。


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