第6話 お姉ちゃんは俺が守る! そう、全ての災いから!
突然の実母の来訪に百合華が戸惑う。
いつも優しい笑顔をしている百合華が、何かを耐えるような表情へと変わった。
「あら、幹也は居ないの? ちょっと用があるのだけど」
その中年女性が百合華と悠をジロジロと見てから、ズケズケとした感じに話し出した。
「お母さん……もう来ないでって言ったはずでしょ……」
「はあ? 生意気な娘ね! あたしが何しようが勝手でしょ!」
「ぐっ……」
その中年女性は百合華の実母のようだ。どうやら二人の仲は微妙な感じになっているようだが。
悠が居るのもお構いなしに、中年女性は無遠慮な態度だ。
「まあ、あんたでも良いわ。お金を貸してちょうだい! あの人、けっこう稼いでるんでしょ。少しくらい援助しなさいよ!」
「そ、そんなわけないでしょ……お父さんが、どんだけ苦労したか……。お母さんが作った借金を必死で返して、やっと普通に生活できるようになって……それで、再婚もして、やっと幸せになるはずなのに!」
「へっ、あの人が再婚ね。あんな地味でつまらない男の何処が良いのやら。でも、あの人だけ幸せになんかさせないわよ! お金を貸してくれないのなら、ぶっ潰してやってもいいのだけどね」
不意に、中年女性は悠を見つめる。
「その子は再婚相手の連れ子かしら? 気を付けた方が良いわよ! 百合華もあたしと同じ遊び人の血が流れているから。どうせ学校でも男遊びしまくって問題起こしてるんでしょ。連れ子さんにまで迷惑を掛けたりして。あっはっはははっ!」
玄関に中年女性の笑い声が響く。
百合華は、目の前が真っ暗になる感覚がした。
問題ばかり起こす母と別れ、やっと落ち着いた生活ができるようになったのだ。
再婚で出会った好みの義弟と、仲良く幸せな暮らしをする予定だったのに。
どうして、この母は――いつもいつも邪魔をしに来るのか。
世間では『親ガチャ』なる言葉が流行っていて、賛否両論を巻き起こしているが、自分の母親がこんな人間だと思うと悲しくてやりきれないと。
浮気を繰り返し借金を重ね、他の男と出て行ったはずなのに、バツ2になってからは度々お金の催促をしに来る。
気に入らない事があれば喚き散らし、散々娘に迷惑をかけてきたというのに。
それでもまだ足りないのだろうか――
(お母さん、どこまで私の人生の邪魔をするの……)
「早く金を渡せって言ってるのよ! まったくこの子は、男と遊んでる金があるのなら、親の為に使いなさいよ! 早くしなさいよ、このグズッ!」
中年女性が手を上げようとした時、悠が義姉を守るように間に入り立ち塞がった。
真っ直ぐに中年女性を睨みつけ、小さな両腕を広げ絶対に姉を守るという強い意志を感じさせる。
「は? 何よこの子は。あんたは関係無いでしょ! 退きなさいよ!」
「関係無くない! お姉ちゃんは家族なんだ! 俺には家族を守る義務がある!」
悠は、堂々と百合華を家族だと言った。
「なんですって! 私はその子の母親なのよ!」
「何で……何で、おまえは母親なのに、娘の嫌がることばかりするんだ! 全ての親が子供の為に生きろなんて言わないよ! でも、おまえは娘に迷惑をかけているだけじゃないか! お姉ちゃんは、おまえなんかと全然似てない! 優しくて親切で美人で……とにかく、おまえとは全然違うんだよ! 分かったらさっさと帰れクソババア!」
「何ですって! ば、ババアですって! 何よこのガキ!」
「ババアだからババアって言ったんだよ! ババア!」
「舐めてんじゃないわよ! 子供のくせに!」
「今は小さくても、すぐに大きくなってやる! 俺がいる限り、おまえをお姉ちゃんには一歩も近づけないからな! 俺が、お姉ちゃんを守る!!」
悠は、堂々と宣言する!
百合華を守ると。
そう、まだ小さいけど成長期の悠は、あと数年もすれば大きくなり、目の前の女性の身長を優に超えるだろう。
今までは傍若無人に振舞っていた母親も、悠がいれば思い通りには行かなくなるに違いない。
これからは、義姉に悲しい想いはさせないのだと、悠は強く心に誓った。
「ぐっ、お、おぼえときなさいよ!」
百合華の実母は、捨て台詞を残して帰って行った。
そして玄関に二人だけが残った。
「う、ううっ……うわぁぁぁぁぁーん! ユウくぅぅぅん! ありがとおぉぉぉぉー!」
百合華は大泣きする。
涙をぽろぽろと零して。
可愛いだけの、自分が守ってあげなくてはと思っていた義弟が、まさか自分を守ってくれたのだ。
百合華の心の奥に、温かく強い光が灯った気がした。
それは、とても明るく、とても温かく、百合華の心と体を伝わり広がって行った。
「今度あいつが来たら、俺が追っ払ってやるからな!」
「ぶふぇ、ふふっ……」
「わ、笑うな! 何で笑ってんだ!」
「だってぇ、ユウ君が可愛いからぁ~! でも、ありがどぼぼぼぉぉぉ~っ! ぐずっ、ぶびぃぃぃーっ!」
「うっわぁぁーっ! 鼻水を付けるなあぁぁぁ!」
百合華は、悠のシャツに顔を埋めて、涙やら色んな液を流してしまう。
シャツをビショビショにして。
落ち着いて復活した百合華が声をあげる。
「さあ、街に行こう!」
さっきまで大泣きして手におえなかったのに、今は完全復活して元気が回復した。
いや、前よりも更に元気倍増しているようにも見える。
実際のところ百合華は、悠が男らしく守ってくれたのを見て、ただ可愛くて好みの義弟だったポジションから、かなり異性として意識してしまいテンションが上がっていた。
もう、好き好き大好き弟君になっているのだ。
「まったくもう、世話が焼けるな」
結局、悠はシャツがビショビショにされてしまい、新しいシャツに着替えながら文句を言っている。
まさか、あんなに泣くとは思わなかったのだ。
「もうっ、ユウ君ってば、大人ぶっちゃって可愛いんだから」
「だから、くっつくなぁ!」
二人は仲良く腕を組みながら、街へとお出かけした。
◆ ◇ ◆
ワックに到着し、お尻バーガーとポテトと栗シェイクを注文する。
百合華に連れられ二階に上がり、柱の陰になっている隅のテーブルに行く。
「ここにしよっ」
そう言うと、百合華は悠の隣に身を寄せるように座ってくる。
「なな、何で隣に来るの? 普通は対面でしょ」
「仲の良い姉弟は並んで座るって決まってるのよ」
「そんなの初耳だけど……」
「もうっ、ユウ君。お姉ちゃんの言うことを、ちゃんと聞かないとダメなんだよ」
弟の文句も無視した百合華は、まるで恋人みたいに並んで座り、少しもたれ掛るように体を密着させる。
たまに泣いたりするけど、やっぱり百合華は地上最強の姉だった。
「はい、ユウ君の好きなお尻だよ」
「ちょ待て! 誰がお尻好きだ! お尻バーガーだから!」
「ええ~っ、だってユウ君、昨日のお風呂の時も、今日の着替えの時も、私のお尻をチラ見してたよね?」
「っ……バレてる……」
そう、悠はおっぱいフェチかと思いきや、お尻フェチでもあった。
百合華のプリッとした丸い曲線を描く芸術的にまで美しい尻に、目が離せないほど虜になっていた。
悠はバレていないと思ってチラチラ見ていたのだが、当の本人にはバレバレなのだ。
悠は恥ずかしさの余り、両手で真っ赤な顔を隠してしまう。
「ごめんごめん、冗談だから。早く食べよっ」
「まったく……」
ハンバーガーを食べ始めるが、義姉がピッタリくっついていて食べにくい。
さっきより、更に悠の方に侵攻しているようである。
「お、お姉ちゃん、狭いって!」
「うふふ~ お姉ちゃんが食べさせてあげるねっ! はい、あーん」
義弟の話を聞いているのかいないのか、百合華はポテトを一つ取ると、『あーん』と悠の口に持ってくる。
「恥ずかしいって!」
「ユウ君、何で私がこの席にしたか分かる?」
「えっ?」
「ほらっ、柱の陰になっていて、向こうから見えないんだよ。ここならイチャイチャし放題だよ」
百合華は二階席に上がった時に、一瞬でイチャイチャできる死角を見極めたのだ。
もう、特殊能力の域だった。
「ほら早くぅ~ あーん」
「ううっ、あーん」
パクッ
「うふふっ、どう? 美味しい?」
「うん」
「じゃあじゃあ、お姉ちゃんにもお返ししてっ!」
悠は一瞬だけ
「はい、あーん」
「んっ、むふふっ、ユウ君ありがと~」
ざわつく店内で他の客から見えない一角で、ラブラブカップルのようになった二人が、食べさせ合いっ子しながらイチャイチャしまくっていた。
それはまるで、店内の時間が止まり二人だけの空間になったようだ。
ハンバーガーとポテトを食べ終わりシェイクを飲みながら、ふいに百合華が話し出した。
「ユウ君……さっき、私がお母さんに責められている時、助けてくれて凄く嬉しかった。いつもいつも、私の人生は上手く行かないことばかりだと思ってたの。でも、ユウ君が助けてくれて……家族だって言ってくれて……私を守るって言ってくれた。凄く、凄く嬉しかったよ。ありがとね」
「う、うん……」
百合華が心からの笑顔になる。
悠は、まるで大輪の花が咲いたような百合華の笑顔を見て、自分が姉を守れたのだと少し誇らしげに思った。
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