蕎麦と同居人のオンセ

 ――蕎麦なんて茹でるの何年ぶりだろう。

 そんなことを思いながら鍋に二玉投下する。ゆるゆると菜箸でほぐして、付属していた「作り方」に再度目を通した。ふむふむ、茹で時間3分。添付のお出汁も温めて器に入れて、と。

 時計を見れば深夜0時を回っていた。

「ねぇ」

「うん?」

 キッチンから声をかける先ではノートパソコンを開いた同居人が、目を閉じて肩をぐるぐる回しているところだ。

「あけましておめでとう」

「ああ、もうそんな時間か。…おめでとう、理理さん」

「お蕎麦、ネギ入れる?」

「入れる入れる」

 ゆるゆるとしたやり取りの合間に近所のスーパーで買ってきたエビの天婦羅をトースターに並べて温め、刻んだネギを用意しておく。

「セッション終わったの?」

「終わったとこ。これでキャンペーン残り1話」

「どうなった?」

 問えば同居人はうーんと唸って虚空を見上げた。表情を見るにまだセッションの余韻を引きずっているのかもしれない。彼はテキストセッション派で、この1年かけてゆっくりコツコツ、1つのキャンペーンを走っている真っ最中だ。

 前回は3か月ほど前だったか。確か仲間内の一人の幼馴染である女性が敵として登場し、揺さぶりをかけてきたとか聞いていた。

「うーん、その幼馴染さんが黒幕で、まぁ逃げられたんだけどね。けしかけてきたジャームがまた訳ありでしんどい想いをしたよ…子供のジャームは倒すの辛い…」

「なんか、ほんとにしんどい話好きだよね」

「そういう訳じゃないんだけど僕の身内でやるとしんどい方向になりがちだよねぇ」

「今度あれもやるんでしょ、闇落ち確定キャンペーン」

 とあるシステムの公式シナリオとして発表されたキャンペーンである。何とPC1が「将来的に闇落ちして敵になる」という結末が確定しており、いかにしてそこに至るか、物語を紡いでいくというコンセプトのキャンペーンシナリオだ。

 私も誘われたが生憎、いわゆるハピエン厨である私は丁重にお断りしておいた。GMに「何とかしてハッピーエンドにできません?」ってごねてしまいそうだし。

 彼の、本日のシナリオの感想を聞きながらゆであがった蕎麦を器に移した。温めたお出汁と天婦羅、ネギを散らして、年越し蕎麦は完成だ。――まぁもう年は越しちゃってるので「年明け蕎麦」なのだけど。

「次のシナリオでその幼馴染と直接対決?」

「うん、そうなりそう。GMがすっごく機嫌良さそうだったからろくでもない展開になるんだろうなぁ」

「成長どうすんの?」

「うーん、そこもまぁ悩みどころだよねぇ…ウロボロスなんて組むんじゃなかった」

「大変だもんねウロボロス」

 主に参照データの量が多い的な意味で。

「ま、その辺もみんなと相談して、かな。僕が一番穴埋めに動くキャラだし」

 彼はのほほんと笑って、お蕎麦を受け取るとぱしゃりとスマホで一枚写真を撮った。私も倣って同じようにする。それからお互い顔を見合わせあって、

「いただきます」

「いただきます。今年もよろしくね」

「うん、よろしく。…年明けちゃってるからこれ、年越し蕎麦じゃなくって年明け蕎麦だよね」

 ――さっき自分が考えていたくだらないことと同じことを彼が宣うもので笑ってしまって、蕎麦が気道に入って盛大に咽た。




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