立ち食いうどんとコンベンション

 年明け最初がコンベンションというのは少し張り切り過ぎだっただろうか。


 普段のセッションよりも遥かに荷物は少ない。「分かる人には分かるけど知らない人にはただのお洒落な模様」にしか見えないプリントの施された布トートをカウンター下のフックにかけてから、私は食券を厨房へ受け渡した。

「天ぷらうどんね。西?東?」

 多忙な厨房の店員さんは必要最低限にしか発言をしない。疲労感に包まれていた私は少しだけ思案して「東」と応じた。この小さな立ち食いうどん屋は、出汁を関西風・関東風で選択できる。私は正直出汁に拘りがないので西も東もそれぞれ美味しいと思うのだが、「出汁が合わないから関東で蕎麦は食べられない」という人には有難い店なのだろう。まして首都圏のターミナル駅だし。行きかう人の出自もバラバラに違いない。

(…ああ、そうか、これってコンベンションと同じよね)

 基本、友人間で卓を囲む機会が殆どを占める私としては大変珍しいことなのだが、今日はコンベンションなるものに参加していた。まぁ、理由はその「卓を囲む友人」に誘われたから、なのだが。

 コンベンションは、色んな出自の人の集まりだ。そしてTRPGにおいてはこの「色んな出自」が面倒を引き起こしがちである。

 身内同士なら通じるネタが通じない、ロールプレイの作法が違う、ルールの解釈がほんのちょっと違う、細かいところだと休憩を取るタイミングだとか、キャラクターシートやレコードシートの取り扱い方。

(関西風のお出汁みたいなもんよね)

 ――個人的にはこれはこれで旨いと思うのだけども。

 私の同居人は「関東の出汁は黒いし味も濃いし…」と関東のお出汁を嫌う。私は拘りが無い人間ではあるけど、彼に無理強いをするつもりもない。

 とはいえ、一緒に家で食事をするときにはお互い、どこかしら妥協点を見出さなければならない訳で。

(この場合、基本、彼に合わせるけど)


 コンベンションの場合は、この妥協点の探り方も、難しいものだ。


 今日のコンベンションで遊んだシステムは、「積みルルブ」と化していたうちの一つ。プレイヤー二人がペアとなり、共に戦う――というコンセプトに重点を置き、尖らせたものだ。コンベンションという「知らない人間同士が遊ぶ」場では難しいシステムだけど、今日はGMさん(このシステムだと「監督」だけど便宜上そう呼ばせてもらおう)の腕が良かったか、卓に集まったメンバーの相性が良かったか、これがうまくいった。ペアとなる隣のプレイヤーとの相談ではイメージがかみ合って、結果としてミドルシーン中も「女子学院で【姉妹】として絆を結んだ先輩後輩」や「無骨で無口な青年と小動物系の幼女」といったキャラクター同士のやり取りは大変に盛り上がり、花束が飛び交ったものだ。

(最初はどーなるかと思ったけどねぇ)

 血のつながった姉妹を提案したら難色を示されたりもしたし。

 クライマックス前に一緒に叫ぶ呪文(プレイヤー同士で相談して創作しなければならないのだ)に四苦八苦もしたけど。

 冬の寒さに震え、幻を見て敵側になった少女を救い、世界を守り、危うい均衡へと戻っていく――程よい不穏さと希望を感じさせるエンディングはなかなか良いものだった。

(またこのシステムで遊んでもいいかもなぁ。…私の回りの連中、あんま得意じゃなさそうなシステムだから、普段あんまり遊ばないプレイヤーさん誘った方がいいか…)

 今日卓を囲んだうちの2名と、GMさんとはTwitterのアカウントを交換している。普段はオンラインセッションが多くて、とコンベンションに参加した動機を語っていた人が居たっけ、そういえば。

 ――オフで遊ぶのもいいものですね。絵やBGMならともかく、小物に拘ったりするのは、オンだと出来ませんし。

 そんなことを言ってたな。

 思い返しながらうどんのおつゆを一口。色味の濃い関東風お出汁は塩気が強く、お醤油の風味とほんの僅か鰹が香る。口の中に塩気と旨味があるうちに海老天を一口かじって、ふわふわの麺を音を立てて啜った。

「…っ、ふはぁ」

 寒いときに暖かいものを啜る、それだけでも満足度はかなり高い。口から湯気の立ちそうな息を吐き、もう一口おつゆを味わいながら海老天の衣をつゆに浸す。さくさくも美味しいけど、出汁の旨味を吸った衣はそれだけで旨い。――立ち食いのお店はピンキリだが、安いところは海老天の衣が少し厚めで、だからこそおつゆを吸わせるのが楽しいと個人的にはそう思う。美味しいとか不味いとかじゃなく、「楽しい」のだ。

 あとは麺。

 コシが強いか、柔らかめか、その辺もお出汁の関東・関西風の違いと同じで、個人の好みであるけども。私の見解を述べさせてもらえば、麺はふわふわの柔らかめに限る。ここのうどん、麺もふわふわだ。気に入った。

(…お店の名前覚えておこう)

 チェーン店っぽいから、近所に案外あるかもしれない。スマホを鞄から引っ張り出して、小さなテーブルの上を見渡し。器にちょうど店名が入っていたのでぱしゃりと一枚。それから改めて割りばしを握り直し、一気呵成にうどんをかきこんでいく。

 最後におつゆに浮かんだ天かすを箸の先で拾い上げて、薬味のネギと一緒に口へ放り込んだ。


「ご馳走様ー」


 ――店員さんへのお礼の気持ちと、ついでに「今から出るから道開けてください」という気持ちを込めて狭い店内に大きく告げ外へ向かう。

 体の中でうどんがまだホカホカと温かく、店外の寒さも左程堪えることはなかった。この温かさが逃げない内にと、私は急ぎ足にホームへ向かった。どうせ電車なんて数分待たずに来る。

(コンベの熱も冷めないうちにお誘いかけるとしますかねぇ)

 階段を駆け上がり、マフラーの下でほくそ笑んだ。

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