アップルワインとぐだぐだセッション
ちょっと深めのため息をついてから、一口目に手を付けた。そろりと咽喉を流れ落ちていく、僅かな甘みとたっぷりの香り。ソーダで割ったアップルワインはしゅわしゅわと口の中を刺激して消えていった。
(つっっっっかれたぁ…)
疲労感で曇っていた思考が、ソーダの刺激で少しずつ明朗になっていく。今の今まで疲労が強く、冷静ではなかった頭の中に、ようやく疑問が沸き上がった。
(いや、今回のは私、悪くないよね…?)
思わず振り返ったのはつい1時間前まで長引いた今日のセッションの内容だ。
長引いた理由はいくつかあったのだけれども、そのうちの一つが、初対面のプレイヤー同士での価値観の相違が大きかったことだった。GMの友人は途中から疲れ果てて、「もういいよ、『罪』渡すから」と投げやりになっていたほどで、プレイヤー同士で何故か「それでエゴを表現したとは言えない」「そんなことはない」と主張しあってお互い引かずに揉めてしまったのである。
私も途中から嫌になって「もういいじゃん、次のシーン行こうよ」と思っていたのだけど、なかなか口には出せず。
時折「長くなっちゃったし、一旦シーン切って整理しない?」と提案はしたものの、話は進まず。
――予定時間を2時間は超過し、エンディングフェイズに入る頃には、私はうっかりするとうたた寝しそうなくらいに疲れ果ててしまっていた。そんな状況を何とか仕切ろうと奮闘していたGMの友人は私以上に疲労困憊しているのに違いない。
(大丈夫かなぁ、仮面ちゃん)
年下の友人は生真面目なので、今頃帰りの電車内で「私がもっと頑張ってれば…」などと凹んでいるかもしれない。そう思いいたり、私は目の前に運ばれてきたお通しの写真を撮影し、それを友人へ送付しておいた。
(『ここの燻製カレー美味しいから、今度一緒に食べよう』、っと)
メッセージを送り終えたら、手を合わせて、私はいそいそとお通しへと向かい合う。今日の疲労やイライラは、美味しい食事とお酒を前にしたら大概些細な問題だ。
燻製がメインのこの店では、お通しも燻製だ。今日は燻製卵に、燻製チーズ。
チーズを口に含むと表面からは燻製特有の香り。そのままぐっと噛み締める。燻製は水分が飛ぶので、本来よりも食材は少し噛み応えが増して、味も凝縮されているものだ。
ふぅ、ともうん、ともつかない鼻息が思わず漏れた。鼻を通っていくチーズと燻製の香りがたまらない。余韻が引かないうちに大急ぎでアップルワインで追いかける。
(っあーーーーー!)
美味しい。
アップルワインは「ワイン」とは言うけど、作る途中でブランデーを混ぜていたりもするし、感覚的にはシェリーに近いかもしれない。くどくないけどさりげない甘みがあって、ブランデーやウィスキーが苦手でも飲みやすいと思う。
これがまた、この店の燻製に合うのだ。
(…ああ、ひとりで来てよかったぁ…)
仮面ちゃんは下戸なのでこういうお店は一緒に来るとお互い気遣ってしまうし、そのほかの友人もそれぞれ疲労困憊しているのが見て取れた。それに同席したら今日の愚痴になってしまったかもしれない。それは良くない。こんな美味しいものを前に、食事と酒に集中できないのはあまりに辛い。
――あと、セッションを長引かせた原因になったプレイヤーさんについては、「お夕飯どうされますか?」とニコニコ笑顔で訊かれてしまったのだけど。うん。「この後(一人で食事をする)用事があるので!」って断ってしまった。
(今後どーすっかなぁ)
残念だけど、TRPGは人間同士で遊ぶものだから、気の合う人、合わない人というのが居る。これはもう、本当に、どうしようもない。単なる事実だ。気の合わない人と同卓してしまって、残念な体験の記憶が残ってしまうことも、それは珍しいことじゃない。
(……でもねぇ)
それでもやっぱり、このゲームが好きだから。
(次、あの人と同卓は無いかなぁ…)
――だからこそ、気の合わない人との住み分けって、大事。
そんなことを思いながら、私はメニューをめくった。疲労が大きすぎて、今日の肴さえ選べていなかったのだった。
「何いいもん食ってるんですか羨ましい!近くにいるから今すぐ行きます!!」と本日GMだった友人からの連絡が入るのはそれから数分後のこと。
「あんた下戸でしょー」
「いいんですカレー食べたいです。あ、ジンジャーエールくださーい!え、顎だしラーメンめっちゃ美味しそうなんですけどあれも頼んでいいですか!ブリュレも食べたいです!先輩おごってくださいよ!あたし今日めっちゃ頑張ったって思いません!?」
…奢りませんよ。あんたが頑張ったのは事実だけどさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます