アルフォートとオンセ前の準備

 レンジがチン、と音を立てた。

 そこから取り出したマグカップにインスタントコーヒーの粉を一匙、そこへ低脂肪牛乳を投下。ぐるりと混ぜてパソコンとマイクを乗せたテーブルへ戻る。一人分のコーヒーを飲むためにいちいちお湯なんて沸かしてはいられない。

 時刻は集合時刻の20分前、オンライン用に用意した「部屋」には誰も姿を見せていなかった。

 今のうちに、今日のセッションの内容を見直しておく。

(んーと、確か先週は私の手番が終わったとこだったから…少しゆっくりで大丈夫か)

 かちかち。部屋に張られた共有メモを開いて、既に公開情報になっている「秘密」と、誰も開いていない情報を確認する。

(…やらかしたなー…あそこはあっちのPCじゃなくて、こちらの彼に来てもらって、情報共有したほうが良かったのかなぁ…)

 前回の自分の手番でどうするか。どうすべきか、不要な長考をしてしまった。散々他のプレイヤーを待たせてしまい、GMに頼んで途中休憩まで挟んでしまった。おまけにそれだけ悩んで始めた自分の手番だったのに、やったことといえば判定の失敗。無駄にアイテムを減らした上、得た情報も必要なものではなく、挙句、他のPCとの交渉もあんまりうまくいかず仕舞い。

(やーっぱ苦手だよなぁ、PvP!)

 システムは好きだし、楽しいのだけれど。

 プレイヤー同士で情報を秘匿したり、戦闘したりする要素があるゲームは、少し苦手だ。

(苦手だけどなぁ)

 だけど、楽しいんだから仕方ない。他のプレイヤーは「こいつ、立ち回りが下手クソだなぁ」と呆れているかもしれない。

 そこまで考えたところでもう一度席を立つ。今度はレンジではなくて、少し前に焼きあがっていたトースターだ。そろそろ冷めた頃かな、と扉を開いて敷いたアルミをつんつん、と指先で突く。大丈夫そうだ。

 アルミホイルの上には、少し焦げたチョコレート菓子、アルフォートが並んでいる。ふわりと辺りを包むチョコレートの甘い香りを楽しみつつ、引っ張り出したアルミホイルごと皿に置いて、テーブルへ戻った。

 クッキー生地にチョコレートを被せたこのお菓子は、トースターでチンして冷ますと大変美味しい。普通に食べても勿論美味しいが、一度トースターで焦げる寸前くらいまで温めて冷ますと、表面のチョコレートが「焼きチョコレート」みたいな独特の食感に早変わりするのだ。

 セッション中の糖分補給のために用意したおやつだが、あんまり良い匂いなのでつられて一つ取り上げ、口に放り込んだ。チョコが溶け出した端の部分は少し焦げて苦くなっているが、表面はさくさく、中はふわっと空気を含んでいる。下のクッキー生地も温められ、水分が跳んでさくさくと小気味よい音を立てる。

 たまらず、一口齧ってからインスタントコーヒーを流しいれた。冷えた牛乳でもよかったかもしれない、と少し後悔する。とはいえセッション中は糖分と同じくらい、カフェインの補給も必要なので仕方がない。

 まだほんのりと温かいチョコ菓子の余韻に浸っていると、


<こんばんわーー!>


 他のプレイヤーの挨拶が見えた。半分齧ったお菓子を置いて、返事を打ち込む。

<ばんわっす。GM遅くなるみたいですね>

<そうみたいですねー>

 ついさっき、GMから「15分遅れる!」と連絡があったばかりだった。

 テーブルに並べたチョコ菓子と、マグカップの中のコーヒーを見遣る。


(…開始時点で無くなってたらどうしよう…)


 少しばかりの心配が頭に過ったが、手が止められなかった。だってTRPGはとても頭を使うし、糖分が必要なのだ。そんな言い訳をしながら、二つ目のアルフォートを齧った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る