第1021話 秘密だよ

私たちを案内してくれていた百貨店の社員の人が、事務所にいたお局さんっぽい女性と話をしていたと思ったら更に別の女性の所に行き、ちょろっと話した後に電話で何かを確認していた。

なんかこう、正式な会社のデータベースではなく、女性ネットワーク情報って感じだな。

やがてその社員さんがメモを手に戻って来た。


「ちなみにお尋ねになったそのお客様の名前は分かりますか?」

メモを見ながら聞かれた。


「あのトイレ近辺にいた生霊の子は北野千聖ちゃんだと言っていました。

取り敢えず今日は体に帰るように説得しましたが、長期的な解決策としては本人の体の所に行って術を掛ける方が確実なので入院先を知りたいのですが」

買い物をしたって話だから、百貨店のポイントカードでもあれば母親の連絡先は入手できそうだが・・・できれば親も通さずに勝手に病院で霊体離脱状態と体の異常とを治しちゃって素知らぬふりをしたいんだよねぇ。


今回は依頼主が両親じゃないからね。

下手に金を払わずに娘を救ってくれたなんて状況になると、変な風に感謝や善意から私らの情報を拡散されたりしたら迷惑だ。


私の返事に社員さんが頷いた。

「北野様は千聖様のおばあさまが私どものお得意様で、あの事故があった時は千聖様がおばあさまの誕生日プレゼントをお母様と一緒にお選びになる為にいらしたとの話でした。

ここの目の前で事故に遭ったこともあり、我々の担当者や店で対応した者など何人かがお見舞いに行っておりますので病院の情報もありました。

通常でしたらこう言った個人的な情報は絶対に我々から提供しないのですが・・・千聖様のお名前をご存知でしたし、もしかしたらこちらに千聖様がいらしている事が寝たきりになっている原因の一つかも知れませんので、お知らせいたします。

依頼の遂行以外にこの情報を利用したり他者へ提供しないとお約束頂けますでしょうか?」


「勿論です」

真剣な顔で言われたので、頷いておく。

当然情報を広めるつもりはないし、どうせ碧が治療したら千聖ちゃんは退院するから病院の情報なんて直ぐに『古いどうでも良い情報』になるしね。


でもそっかぁ。

千聖ちゃんは覚えていなかったのか認識してなかったのか知らないけど、祖母の誕生日プレゼントを選びに来た帰りに交通事故に遭って寝たきりな昏睡状態って・・・なんか誰にとっても辛そう。


5年間のストレスでも、家族の絆が回復可能なレベルを超えて拗れていないと期待しておこう。


4歳から意識がなくって目覚めたら9歳になっていた子供の世話もキャッチアップの教育も中々大変だろうからねぇ。家族全員が一丸になって対処するぐらいの心構えじゃ無いと、千聖ちゃんが泣くことになりそうだ。


・・・4歳で事故に遭い、目覚めたら9歳だったって場合に精神年齢はさっさと体の年齢と合わせて成長するんかね?

ある意味、精神年齢が経験に基づくのか、体の成熟度に依存するのかの研究でもしたら興味深いかも?

まあ、本人や家族はそんなことをしている暇はないだろうけど。


「分かりました。

こちらが去年担当の者がお見舞いに行った病院です」

綺麗な読みやすい字で書かれたメモを渡された。


最近は大学のレポートもPCだし、人とのやり取りはメールかチャットアプリだしで、それこそ大学の期末テスト程度でしか自分で文字を書いたりしなくなったけど、こう言う時に何気なくメモを渡すことは今後もあるだろうし、もう少し自分の字を読みやすくするように練習でもしようかなぁ。


絵奈さんママに弁護士の名前を書いた時も私の文字の評価が微妙だったし。


それはさておき。

「ありがとうございます。

千聖ちゃんの生霊問題が解決したら、翌日にでも確認の為に来ますので」


うっし。

これで碧が千聖ちゃんを治しても知らぬ存ぜぬで押し通せそうだね。

退魔協会に千聖ちゃんの所在地を調べてもらったら、碧が情に負けて自発的に治療したらそれを『違法行為だ!』って告発するぞって脅して弱みを握る為に見張る可能性がありそうだからねぇ。


多分千聖ちゃん個人の事は退魔協会も把握していないから、病室に監視カメラがあったりはしないだろう。


◆◆◆◆


幸い、千聖ちゃんの部屋はナースステーションの側で、扉を開けっぱなしにしているせいか監視カメラも無いようだった。

電気製品を感知する感じでチェックしたが怪しい電気の流れは無かったからね。

まあ、元々電気が使われている生命維持装置に隠しカメラが仕込まれてたらどうしようも無いけど。


取り敢えず認識阻害で私らを他者が認識しないようにして、部屋に入った碧が千聖ちゃんに触れて状態を確認した。


『お、ラッキー。

色々と古い怪我があったっぽいけど、殆ど日常生活が問題なく送れる程度には治っているね。

脳への軽い損傷のせいで意識が目覚めないだけみたいだから、これだけ治せば覚醒出来そう』

碧が念話で教えてくれた。


『それは良かった!』

内臓が破裂したから取り除く羽目になったとか手足を切断したとか脊髄が破損していたせいで下半身付随だなんて事だったら、流石にそれが治っちゃったら奇跡的すぎる。


私たちに生霊が誰だったかの報告義務は無いとは言え、百貨店の社員に言っちゃっているからそっちから話がバレる可能性はそれなりにある。だから『何が悪かったのかも不明だけど、諦めずに声をかけ続けていたらある日突然覚醒した』って言う程度な細やかな奇跡で誤魔化しちゃいたいところだからね。


『じゃあ、直しちゃうね』

碧がそっと目を瞑って集中する。


『何をしてるの?』

暇だったのか、病室の中をふらふらしていた千聖ちゃんが現れて聞いてきた。


碧が体を治したって言う記憶が残るかどうかは微妙だが、『美人なお姉ちゃんが来て治してくれたの〜』なんて言われては困るので、百貨店から戻った後の記憶は消しておこう。


退魔師に魂を体に戻されたから目覚めたと本人も周囲も思って下さいね〜。






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